杯交わすも他生の縁
会社から少し離れたブランド店やセレブ御用達ショップが立ち並ぶ街の一角。
普段入るには少し高めの値段設定のイタリアンレストランは店内に入るとイタリアの国花であるデイジーをふんだんに取り入れたお洒落な内装で、あちこちにカップルや女子会、合コンのグループが目についた。
さすがに大学の時に行った安い居酒屋での合コンとは違うのね。
レストラン内を遠慮がちに見回しながら、キラキラした空間でキラキラした笑顔を振りまくお客や店員に引け目を感じて沙智はまた自分の格好を見下ろす。
案内されるままにテーブルへ向かうと、すでに到着していた数人の男女が興味深そうにこちらを見た。
そこに並ぶ顔ぶれは他のお客のようにキラキラな世界の住人たちだ。
私、場違いかも……。
今さらながら不安になったが、ここで帰るわけにもいかない。
「お待たせ。ごめんなさい、私たちが最後かな?」
後輩がいつもより高めの声で手を振りながら尋ねると、男性グループの一人が「もう一人、俺の先輩が後から合流するから大丈夫」と愛想良く答えた。
「じゃあ先輩はもう少しかかるらしいから始めちゃおうか」
幹事らしきその彼が通りかかった店員を呼び止め、全員分のドリンクを頼むと一先ず三対四のアンバランスな合コンが始まった。
ドリンク到着と共に乾杯と軽く自己紹介を終え、それぞれ出身地や出身校、はまっている趣味など当たり障りのない会話が始まる。
沙智はといえば、話を振られた時だけなるべく笑顔で可もなく不可もない答えを返し、あとの時間はひたすらみんなの話をニコニコ聞く。
そうしながら目の前の男性陣を眺める。みなが小ぎれいな身なりで爽やかな見た目だが、幹事の彼だけやたらに高いブランド品を身につけているのに目が行く。
そういえばK商事の営業って言ってたっけ。やり手なのかな。
清潔感があり爽やかな笑顔で人当たりも良く、地味に徹している沙智にも頻繁に話を振ってくれる。さすが営業。話し慣れている人だ。しかしその「気を遣っています感」が逆に沙智を緊張させる。
他の男性陣も女性陣も感じが良く、沙智にも話を振ってくれるのだが自分が果たしてこの空気を壊さずに喋れているのか、変な返答をしていないかばかりが気になってなかなか集中できない。
「そういえば遅れて来る方ってどんな方なんですか?」
沙智の隣に座っている後輩がそう話を向けると幹事の彼が嬉々として身を乗り出した。どうやら彼は沙智の後輩に狙いを付けたようだ。
「俺に営業のノウハウとか教えてくれた超出来る先輩なんだ。でもずっと彼女いないから今回の合コンにはぜひって引っ張り出そうとしたんだけど、なんせ仕事人間だから商談で遅れててさ。ごめんね」
彼の話が終わるか終わらないかのうちに黒服の店員が沙智たちのテーブルの前に現れる。
視線をやると黒服の後ろに一回り体の大きなスーツ姿の男性。
「すみません。遅れました」
落ち着いた口調でそう言った、ネイビーのスーツに身を包んだその男性は沙智たち女性陣に視線をくれるとふわりと柔らかく微笑んだ。
「賢木先輩、お疲れ様です」
幹事の彼が挨拶をすると、先輩は彼にも女性陣にしたように微笑んだ。
「お疲れ。ごめんな、せっかく誘ってもらったのに」
そうして空いていた沙智の目の前に腰を下ろす。
なんか、予想していたより、なんというか……。地味?
沙智だって人のことを言える身分ではないのだが。
先に来ていた男性陣が特別騒がしいわけでもチャラチャラしているわけでもない。
しかし目の前に座ったこの先輩は彼らに比べると格段に落ち着いている。彼らがオープンしたてのセレクトショップだとしたら先輩は老舗の呉服店だ。
身につけているものも後輩の男性に比べて抑えめで威嚇されている感覚が少ない。
彼の身なりを改めてさっと見てからハッとする。
あ、違う。地味なんかじゃない。
パッと見、目を引くブランド品がないだけで身につけているもののセンスは抜群に良い。全体的なコーディネートのバランスも考えられていることがわかる品の良い装いなのだ。
このセンスは哲に似てるかも……。
哲の場合は彼自身の顔立ちが整っているので立っているだけで嫌でも目立ってしまうが、目の前の彼は地味目な顔立ちでそれがコーディネートの邪魔をしない。
とはいえ決して不器量というわけではなく、まとっている柔らかな雰囲気はいかにも女子受けしそうだ。ずっと彼女がいないなんて信じられない。
「ドリンクどうしますか?」
「とりあえず生もらおうかな」
ちらりとテーブルの上を見回してそう言った先輩は、沙智の視線を感じたのかまっすぐに沙智を見た。
彼と視線が絡んだところで自分が不躾に相手を凝視していたことに気づき咄嗟に視線をずらす。
しかし彼は座ったまま少しだけ屈むようにすると沙智の目線をとらえた。
「賢木謙吾です。よろしくお願いします」
そうして挨拶して沙智の様子をうかがう彼が、まるで野良猫でも手なずけようとしているみたいに見えて沙智は思わず頬をほころばせた。
「石田沙智です。よろしくお願いします」
軽く会釈して顔を上げると彼はまた柔らかく微笑んでいる。
ああ、この笑顔はちょっと好きかも。
いかにも営業っぽい大人の笑顔ではない、優しさがにじみ出るような笑顔。
つられて口角を上げた沙智に、彼は運ばれてきたビールグラスを軽く掲げる。それに応じて沙智も手元のビールグラスを彼に向かって掲げ、中身を飲み干した。




