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闇世界の情報屋 ~中二病こじらせて裏稼業~

作者: Tyada

 闇の帳が街を覆い込み、都会の喧騒もわずかに鳴りを潜めた夜半過ぎ。


 コードネーム:リーリンという通り名の少女は息を切らせながらも裏通り沿いに並ぶ低層階ビルの屋上を走り抜けていた。


 屋上の端まで来ても速度を緩めはせず、左腕に取り付けたパッド端末を2、3操作すると、時間にかかわらず交通量の減らない大通りを僅かな予備動作で飛び越えた。

 飛び移った先の屋上で並べられた業務用空調機の大きな室外機や電力盤の物陰に素早く身を潜めると、先ほどまで自身が逃げていた原因でもある追っ手が来ていないことを確認し、ふっと短く息を吐いた。



 数分の間、背後や周囲の気配を探りながら息を潜め続けた後、漸く立ち上がり物陰から姿を現すと、取引の場として指定された超高層マンションを見上げる。端正な顔を若干ゆがめながら目をすぼめ、バルコニーへ続く大きなガラス窓が明け広げられた一室を強く睨み付ける。


「まったく、こんな場所を取引に指定するなんて。ここは世界でも類を見ないほどの抗争激戦区よ?」


 呆れたような、怒っているかの様な声を出しながら、先ほどまでよりも数が増えたこちらへ向けられる視線や意識に気が付きながらも、不思議とだれも近づかない、いや、手を出してこない奇妙な雰囲気にゾワリと身をすくませる。


 これではまるで舞台に立たされた役者の様だ、と彼女のそれまでの人生経験では理解できない状況に体を一度ブルリと震わせると、端末を操作しながら先ほどまでとは打って変わった様子で、素早い身のこなしで目標地点である高級マンション『ロードクリスタル』の一室、 1304号室へ向かって勢いよく身を翻した。





 中層とでもいうべきか約10階建て程の中規模マンションの屋上を軽やかに踏み切り、高々と跳躍し1304号室の広々としたバルコニーへと静かに着地した。


 一体何人の人の出入りを想定しているのか、5、6人なら同時に出入りできそうなほどに大きく明け広げられたバルコニーに面した窓の奥は暗く、月明かりに照らされるレースカーテンが、柔らかな風にたなびきながらも絶妙に内部の様子をこちらに見せないでいた。


 着地したままの体制でその様子をうかがっていたリーリンは思わず怖気づくものの、ここまでくればどうにでもなれと一瞬の迷いの末、室内へ向けて歩き出し、そのまま潜り抜けた。


 顔にかかったレースカーテンを払いのけたリーリンが、外からはわからなかった薄く付けられた照明の中で、見た物は、一見してバーのようにも見える、壁一面の棚に並べられた様々な酒ビンや小さなカウンター、そしてならべられたソファに腰かけたまま、こちらをうかがう様子を見せる人物だった。


「遅かったじゃないか。約束の時間はとうに過ぎているぞ?」


 フードのついたストールを目深にかぶり、顔を見せない青年風の人物が立ち上がると、ギャルソンスタイルにもにたその格好も相まって、このバーのバーテンダーのようにも見えた。

 唐突に投げかけられた言葉にわずかにたじろぐも、過ぐに憤懣やるかたない様子で言い返す。


「こんな組織間の縄張り争いのど真ん中を指定しておいてそれ!?ふざけないで!

 ここまで来るだけで何度死にかけた事か、アンタわかってる?」


「それはこちらの問題ではなく、キミの問題だろう。10分前行動は社会の常識だとそちらの組織では学ばなかったのかな」


 対する青年は怒声に近い抗議の声を聴いても涼しい顔でさらりと毒を吐く。


 ピリッと空気が張り詰め、リーリンは自身に向けられた殺気に思わずたじろいだ。

 まるで周りをすべて敵に囲まれているかのような威圧感は本当に彼から発されているのかと一歩後ずさる。


「まぁいい。それよりも取引だ。ただでさえ遅刻のせいで予定が押している。」


 リーリンが実力を理解したかのように後ずさる様子を見ていた青年はフッと威圧感を消し去ると、何事もなかったかのように言い放つ。

 リーリンはその言葉にここへ来た本来の理由、組織の上役から言われた「情報データを渡し、別のデータを受け取る」という使命を思い出す。

 どうやら今までに類を見ないほどの危険にさらされ、さらに一息ついたかと思えばこちらを小ばかにした態度に憤り、肝心の取引のことが向け落ちていたようだ。


「ま、まぁいいわ。水に流してあげる。それであんたがうちのボスの言っていたやつであってるの?

 こんな激戦区のど真ん中で組織間の情報屋をやるなんて正気じゃないと思うんだけど?」


「逆だ。僕がここで情報屋をやっているから周りが勝手に騒がしくなっているだけで、それすらも僕にとっては商売繁盛以上の意味を持たないことだ。」


 リーリンの負け惜しみから続く軽口に答えた青年の答えは、望んだわけではなくとも、この家業に足を踏み入れてから短くない彼女にして驚きを隠せないものだった。

 事前に彼は仕事の付き合いでは決して嘘を言わないと言い含められていなければ思わずこういった場面での定番の答えを返してしまうところであった。


「わかりやすい反論を口に出さないところを見るに、僕のことをちゃんと聞いているようだ。キミが今夜の取引相手と確認が取れたところで、とっとと取引といこう。」


 そういいながらも青年は立ち上がる様子もなく、手にしていたグラスに入った澄んだ液体、おそらく酒を口に含みながらゆったりとしている。

 リーリンはペースを崩されている己を自覚しながらも、とっとと終わらせてしまいたい心境で隠し持っていたUSB端末を取り出す。


「これが渡すように言われたものよ。これを渡して代わりに情報をもらう。それが私の受けた使命。」


 彼女が言い切るかどうかといったタイミングで彼のほうから彼女に向けて10cm角程度の薄いディスクカードが床を滑ってくる。

 それを見た彼女は同じようにUSBを彼の方へと滑らせながらそれを手に取る。


「なにこれ?こんな情報端末初めて見たわ。持ち運びしずらいじゃない。」


「フロッピーディスクだ。お前が生まれたくらいの時はまだ現役だった。」


 見覚えのない物体にいぶかしげな様子の彼女を見てその疑問に答える青年。

 USBとフロッピーディスクでは情報の量にはかなりの差があるが、量ではなくその質で取引を行う青年にとってはそれは問題とはなりえない。


 しかし、彼女にとってはそうではなかったようだ。


「なにそれ!ふざけないで!」


「ふざけてなどいないさ。いいか、お前がどんな指令を受けているのかは知らんが、それをしっかりと愛しのボスの元まで届けるんだ。」


 一瞬で沸騰した彼女の怒りを上から押しつぶすように一方的に言い放った青年は続けて


「さて、取引は終わりだ。お引き取り願おうか。」


 と言いながら先ほどよりは柔らかくとも有無を言わさぬ雰囲気で彼女の退出を促す。


 結局青年に対して一度も優位を保てなかった彼女はその言葉に押されるようにして入ってきたとき同様にレースカーテンを潜り抜けながら口をつぐんだままバルコニーへ向かう。


 目の前のビルへ向かって飛び移りながら来るとき同様の追っ手の気配が再び彼女をとらえるのを感じながら、来る時以上の敵の妨害を潜り抜けながら彼女は帰還の途に就いた。




──────────────────────────────────────────────



「ふぅ。今日のお客さんはもう離れたかな。」


 彼女が離れたマンションの一室では、先ほどの青年が先ほどとは打って変わった気の抜けたような、どうにも軽い調子の声でそう呟いた。

 はた目からは彼の心のなかは伺い知れないが、ため息に続いて彼の口からでた言葉がこの青年の胸の内をすべて言い表していた。


「まったく、僕はただ、それっぽい中二病行動をとっていただけなのに、どうしていつの間にか本当に裏組織の情報屋をやっているんだろうか」



 裏世界一の情報屋は一人、誰もが想像していなかった自身の悩みをこぼしていた。




 ネタだけ綴ってたメモ帳から連載作品っぽく書いてみようと思いたったものの、気づけば主人公役が舞台から消えて、主人公役の仲間のチョイ役の情報屋が主人公になっていた…


 連載用の物語として膨らまそうとしたけれど、どうしても続かなかったため、短編で投稿してみました。

 やたらと考えていた設定の8割近くが表現できていないけど、これはこれで面白いものが書けたなと自己満足。

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