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第六話「奴隷」

 ノールド宅はちょうどリョウマ宅とモナ宅の間くらいにあった。中産階級という雰囲気の家であった。リョウマが強めにノックしてみると、しばらくしてドアが開いた。出てきたのはまだ子供っぽい感じの大人しそうな雰囲気の男の子であった。

(この子がノールドかな?)

 リョウマがそう思って話しかけようとすると、モナが先に喋った。

「こんにちは、ノールド。お久しぶりね」

「あ!モナ・スミノ!」

 ノールドは驚いた表情を見せてそう声を張った。

「あら、弟子入りを懇願した身分で師匠に呼び捨てはいけないわよ?」

「ボロクソ言って断ったくせに!何が師匠だ!」

(え?ボロクソ言ったんだ・・・)

「子供にも分かるように丁重にお断りしただけよ」

「あれのどこが丁重だったんだよ!」

「怒らせちゃった?ごめんね。でも今日は良い話があるのよ?実はね、あなたを弟子にしてあげようと思って」

「は!・・・へ?」

 ノールドは怒っていた表情から急に?マークが浮いたような表情をした。

「今ね、こちらの異世界人さんを来年のセイクリッドワンのパートナーにしたの。だからあなたも参加すれば弟子にしてあげようと思ったのよ。どうかしら?」

「パートナー?マジで!?僕がセイクリッドワンに・・・」

 ノールドは嬉しそうな表情をしたが、急にまた怒ったような表情に戻った。

「あ!でも、前科持ちじゃないか!セイクリッドワンには出られないだろ!」

(おお!子供でもそんなこと知ってるのか)

「そうよ、前科持ちよ。でも出られないとかそういうのは子供が心配することじゃないわ」

「え!?もしかして、出られるの?」

「出られないのにパートナーを探す人っているのかしらね?どう思う?」

 モナはノールドの顔を覗き込みながらそう聞いた。するとノールドは子供特有の俊敏な動きで振り返り、こう叫びながら奥に走って行った。

「・・・ちょっとまってて!!・・・おかあさああああああん!!!!」

(母親に報告か、偉いな。まあ普通か)

 すると、ノールドの母親らしき女性が現れた。ノールドと同じブロンドの白人タイプである。

「えっと、あなたがモナさん?うちの子をパートナーに?」

「はじめまして、モナ・スミノです。パートナーとして参加して頂けたら嬉しいですわ」

 モナは優しくそして柔らかな口調でそう言った。

(大人って感じのやり取りだ)

「失礼ですが、モナさんは出場権があるのでしょうか?」

 ノールドの母親も同じことを聞いてきた。

(まあそりゃ当然の反応だよな。出られるかどうか分からないのに息子がパートナーになるなんて認めないわな。しかも前科持ちなんだし・・・あれ?なんでノールドのお母さんは出場権の確認をしているんだ?普通、前科持ちという方が問題のはずなのに・・・)

 リョウマの感覚からすれば、何か悪いことをした大人に自分の子を近寄らせたくないのが普通の親なのである。しかし、それはなぜか論点になっていないような気がした。

「確実とは言えません。しかし、法的に前科持ちは出場してはいけないなどという決まりがあるわけではないのです。あくまでもこの西区でセイクリッドワンの出場受付を行っているシャラガ場の人達に受理してもらえないということなのです」

「でも、結局出られないのでは同じことでは?」

「そうかもしれません。ですが、私の元で息子さんがシャラガを学べば、それは来年以降の大会出場にきっとアドバンテージとなるはずですわ。それに、こう言っては失礼かもしれませんが、今の息子さんはまだクレイ。どちらにしても今回私達以外のパートナーを見つけて出場することはほぼ不可能でしょう。」

「・・・確かにそうですね・・・」

 ノールドの母親がそう言って少し考えるような仕草をした時、モナがリョウマの方を振り向いて言った。

「あ、ちょっと悪いんだけど、あっちの方へ行っててくれる?」

「へ!?あ、うん、分かりました」

 急に話し掛けられたリョウマは慌てて了解すると、モナに指を差された方へ15mほど離れた。モナとノールドとノールドの母親の話し合いは続いている。頑張って耳を澄ましたが、ほとんど聞き取れない。唯一、「この方法なら息子さんを間に合わせられるかも」とモナが言って、ノールドの母親が感謝っぽい意を示したっぽいということだけが分かった。

(うーん・・・つまり、「この方法なら次回大会までに実力を向上させて戦えるように仕上げられる」ということなのかな・・・モナさんは精神と時の部屋でも持ってるんだろうか・・・)

 すると、ノールドと彼の母親がリョウマに向かってお辞儀をし、家に戻って行った。そしてモナがリョウマの所に来て言った。

「ノールドがパートナーになることが決まったわよ」

「え!?凄い・・・あ、でも何で俺を遠ざけたんですか?」

 リョウマがモナにそう聞くと、彼女は悪そうな笑みを浮かべて答えた。

「それが決め手よ。シャラガ的に言えば絶妙の寄せという所かしら」

(・・・絶対に俺に都合の悪い話をしたんだ・・・)

 リョウマは得体の知れない何かを感じたのであった。

「あ、ところで、一つどうしても確認したいことがあります」

 リョウマは真面目な顔に戻って聞いた。

「何かしら?」

「なぜ、ノールドで即決だったんですか?クレイですし、親の問題もありましたし、戦力という意味ではほぼ期待出来ないと思っていたんでしょう?」

「そうね、戦力としては今も期待していないわ。あの子は居ればいいのよ。3人じゃないと出場出来ないんだからね。メンツ合わせよ」

「え!?」

(さすがにそれは冷たいよモナさん)

 すると、モナも真面目な表情をして続けた。

「それにね、前科持ちと初心者の異世界人の組に、腕の覚えのある人なんて絶対に参加しないわよ。だって、普通の人からすれば8年も練習や研究を積み重ねてきたのよ。それを出場出来るかどうか分からない前科持ちと組んで、出られませんでした、ではこの8年間の頑張りは何だったの?ということになってしまうわ。それに彼らから見れば、私は全部勝つと期待出来ても、あなたは全部負けると思われるでしょう?それって実質1勝1敗スタートということになるから、3人目からすれば参加した自分がこの組の運命を決めてしまう、ということになるわ。相当自信のある人じゃないとそんなの踏み切れないし、そもそもそういう人は8年の頑張りを無駄にしたくないから参加してくれない、という部分に戻ってループするのよ。だから最初からノールドしか有り得なかったのよ」

「な、なるほど」

 リョウマは彼女に一気に言われて押し切られてしまった。とは言っても、全く理解出来ないわけではない。リョウマは確かにそう言われればそうだという気もしてきた。

「あ、そうそう、6日後の夕刻、私の家までいらして。今ノールドにも伝えておいたけど、3人でちゃんと顔合わせをしておきたいわ」

(お、モナさんが自宅をその会場として提供してくれるのか。ちゃんと優しい所もあるんだな)

「分かりました!ありがとうございます!」


 それからリョウマは6日間、70件ずつの配達先チェックを怠らず行った。同時に、少し文字を覚えてきたようで、若干ながら確認作業がスピードアップしていった。そしてモナとの約束の日、そしてそれは新聞配達試験の日ということでもあった。リョウマは西区役所で試験内容を聞いていた。

「えーっと、この400枚のチラシを新聞の配達先へ配って戻ってくる、ということですね?」

「そうです。試験監督として、私どもの仲間であるこちらの1名をリョウマさんのお傍に付けさせて頂きます」

「分かりました、よろしくお願いします」

「もう一度言いますが、試験でチェックするのは2つです。正しい配達先に配っているか?時間内に配り終えるか?です。問題なければ早速配ってきて下さい」

「はい!それでは行って来ます!」

 リョウマは試験監督者とともに役所を出て、早速この1週間で作り上げた配達先リストを見ながら配り始めた。制限時間は2時間である。リストを作っている時はたったの70件で3時間も要していた。それを考えると、歩いていては間に合わない。チラシ400枚はちょっと嵩張るが、重さはそれほどでもなかったので、リョウマは走っていくことにした。

(・・・はあ、はあ・・・まともに走るのは久しぶりだな・・・でも間に合わせるには走るしかない)

 リョウマは事前に調べた家に次々配っていく。

(よし、この調子だ)

 しかし、最初は快調であったが、階段などもあって、次第に体力が無くなっていった。

(やべえ・・・キツイ・・・)

 体中から汗が吹き出ている。そして、丁度リョウマが半分くらい配り終えた時である。それは起こった。

(・・・あれ?・・・)

 リョウマが1週間かけて作り上げた地図とリストが汗で滲んでしまい、家や路地が入り組んでいる一帯の細かい部分が判別出来なくなっていた。

(やべえ・・・これはどっちだ?)

 今更表札の文字とリストの文字を見比べているようでは絶対に間に合わないことは分かり切っている。

(くっそおおお!!!!!)


 こうして、リョウマは半分と少しを配り終えて、不幸にも試験に落ちたのである。役所に戻り、その場で不合格判定が下され、無情にも害虫駆除を勧められたが、生来の虫嫌いと、走り回ってヘトヘトだったことから、回答は先延ばしにさせてもらった。リョウマはフラフラしながら自宅に戻り、シャワーを浴びた。

(はぁ・・・何だよちっくしょう・・・)

 リョウマにぶつけ所の無い怒りが沸いていた。

(くっそ・・・疲れた・・・ああ、夕方になったらモナさんのとこに行かなければいけないんだった・・・なんで試験と同じ日で承諾しちゃったんだろ俺・・・)

 リョウマは自分の考えの無さに呆れた。彼は少し仮眠すると、疲れ果てた体を引き摺るようにしてモナの家に向かった。


「あら、約束通り来たわね。いらっしゃい」

 モナがリョウマをそう出迎え、彼女の家の中に招いた。

「あれ?模様替えしたんですか?」

 先週の雰囲気と、部屋の中が少し違っていた。

「目ざといわね。模様替えじゃないけどね。あとそれだけよ、ちょっと持ってもらえる?」

 モナはリョウマにそう言うと、やや大きめの袋を指差した。

「え?なんすかこれ?」

「荷物よ」

「何の?」

「あなたの部屋に住む為のよ」

「あーそうなんですか」

(はあ?)

 リョウマは何を言われたのか理解できなかった。

「あなたの部屋に住む為って、どういうことですか?」

 リョウマは当然の質問をした。

「だから、私があなたの部屋に住むって言ってるのよ。今日1日かけて荷物まとめたのよ。はー疲れた」

(何言ってるのこの人・・・)

「何わけのわからないことを言ってるんですか?冗談も大概にして下さいよ。ノールドはまだですか?」

「ノールドはここには来ないわよ。それに大真面目よ。いい?私とノールドが今日からあなたの部屋に住み込みでシャラガを学ぶのよ」

「・・・姫、少々お待ち下され。拙者、どうしても理解出来ないでござる」

 リョウマは額にしわを寄せて考えるフリをした。正しくは、理解するのを拒否した。

「あなたがわけのわからないことを言ってるじゃないのよ」

「えーちょっと待って下さいよ!なんで二人が俺の部屋に住むんですか!?」

「だーかーら!シャラガを学ぶ為って言ってるでしょ!」

「シャラガを学ぶことと俺の部屋に二人が住むことには何の関係もないじゃないですか!」

「あるわよ」

「ないわよ」

「真似しないでよ。とにかくノールドを拾ってあなたの部屋に行けばいいのよ」

「どんな手配してるんですか!ちゃんと説明して下さい!」

「分かったわよ。ノールドを説得するのに、あなたの部屋に住み込みで教えれば次回大会にもきっと間に合うと言ったのよ、ノールドの母親に」

「・・・それ、俺を遠ざけた後に伝えたんですか?」

「そうよ。そうするしかなかったのよ」

(何てことだ・・・精神と時の部屋は俺の部屋だったんだ・・・)

「ああ、頭が痛くなってきた・・・」

「黙っていたことは謝るわ。それにあなたにだって悪いことばかりじゃないと思うわよ?」

「・・・どういう点で?」

「あなた収入どうなってるのよ?」

「ああ、しんぶ」

 リョウマはそう言い掛けて声が出なくなった。今日就職試験に落ちたばかりである。

「・・・ああ、区役所の方で手配してくれる・・・」

 リョウマが自信無さ気に言ったのを、モナは見逃さなかった。

「それ、嘘でしょ」

「ギクッ・・・」

「やっぱりね、あなた収入が無いんでしょ?」

「はい・・・ありません・・・」

「無職なのね?」

 モナはさらにリョウマの傷ついた心を抉るように追撃した。

「はい、無職です・・・」

「生活費はあるの?」

「・・・一応・・・」

「どのくらい?」

「・・・2か月分」

「じゃあ取り引きしましょ?私があなたの部屋に住み込みであなたからシャラガを教えてもらう。あなたの生活費は私が請け負う。ついでにノールドの生活費も私が請け負う。ノールドにもついでにシャラガを教える。これで、万事解決じゃない?」

 ついにリョウマは観念した。綺麗に寄せられたのである。

矛盾等御座いましたらご指摘頂けますと幸甚です。

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