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第五話「パートナー」

 リョウマは酒場を出て、すぐに来た道を引き返した。暗い顔で。

(さて・・・新聞配達・・・)

 リョウマは外出した第一目的を思い出して気分が重くなっていた。そしてすぐ近くに商店を見つけて足を止めた。

「あのー、これってペンですか?」

「ああそうだよ。600メニーだ」

 メニーというのはこの世界の通貨単位である。

(ろ・・・600!?)

 2か月分としてもらったのは2000メニーである。

(どういうことだってばよ・・・)

「ペン1本で600なのですか?」

「そうだよ、お客さんペンの相場知らないのかい?」

「役所で使わせてもらったのがそんなに高価だったなんて・・・」

「は?役所のはそんなにしないよ、せいぜい10メニーだな」

「あれ?そうなんですか?じゃああれはペンではなかった?」

「あれはね、鉛筆だよ」

「マジで!?」

 思わず声を上げた。なぜなら役所のものはどう見てもペンだったのである。

「そうだよ。鉛筆はペンと違ってすぐ無くなっちゃうんだけどな」

「鉛筆はこちらで扱っていますか?」

「ああ、あるよ。うちのは1本7メニーだ」

「良かった!2本下さい」

 リョウマは書くものをゲットして一つ目の関門はクリアしたと感じた。そして早速地図に酒場や役所、自宅の位置を書き込んだ。

(次に配達先リストに番号を振って、地図にその番号を書き込めば出来上がりだ。でもなあ、それが大変そうなんだよなあ)

 そう思ったリョウマは作戦を練るべく、一旦部屋に帰ることにした。


 明日からだとあと6日。400軒割る6日は1日あたり66軒以上ということになる。自宅に戻ったリョウマはジョージに渡されていた配達先リストで70軒ごとに線を引いた。それがこれから6日間の毎日のノルマである。

(ウワーメンドクセエ・・・)

 リョウマはあまりのめんどくささに新聞配達の方は一旦忘れることにして、将棋とシャラガの駒の対照表を書きながら、バーデラやマイアと話したことを考えることにした。

(シャラガの方は3人揃えるんだよな・・・気分が乗って勢いで言っちゃったな・・・マイアがまともな有力プレーヤーはもういないって言ってたけど・・・まともじゃないプレーヤーならいるってことなのか・・・?)

 リョウマはそんなことを考えながら何も無い部屋でゴロゴロしていると、眠ってしまった。そしてそれから半日以上も寝続けた。


「ねえ、あの異世界人のリョウマがルールを覚えてすぐにバーデラに8個落ちで勝ったってほんと?」

「ああ、本当だ、嘘じゃねえ」

「普通は無理よね?」

「普通はな。しかも内容がすげえ」

「どう凄いの?」

「完敗だ。何のスキも無かった」

「そ、そうなんだ」

 マイアもさすがに驚いた。

「あいつが正式出場のことを言った時、俺が一言二言しか止めなかったのは、もしかしたらって思っちゃったからなんだ。まあ、それだけ俺が追い詰められてるという裏返しなのかもしれねえが」

「クレイよりは強そうね・・・。ところで今日、東区の最新トップメンバー達のことを聞いたわ。・・・全員ゴールドよ」

 マイアが真面目な顔でそう言った。

「!!・・・マジかよ・・・。ゴールドなんて騎士級なのに8年で揃うもんなのかよ・・・」

 バーデラがちょっと引いた。ゴールドと言うのはマイアやバーデラからすれば雲の上のような存在であり、超強豪なのだ。

「まあ本当の所はシルバーでしょうけど。東区の区長は見栄っ張りだから」

「そうだとしても強い」

 両者とともに後ろで話を聞いていた8人も皆一斉にため息を漏らした。

「あ、リョウマに次回の練習戦を伝え忘れていたわ。まあでもまだ早いわね」


 翌日早朝、リョウマは自分で自分に課したノルマを達成すべく、外に出た。ちょっと土の匂い混じりではあるものの、涼しくて気持ちが良い。

(布団じゃない所でずっと寝てたせいか体がクソ痛い・・・でもよっしゃ!やるか!)

 リョウマは無理やりやる気を出し、ノルマ達成に動き出した。地図とリストを見比べながらまずは同じ集合住宅の部屋の表札を次々確認していく。文字は読めないが、同じ文字が該当する人がいればそれでいい。3階の一番奥の部屋に該当の文字を見つけた。リョウマは番号を地図に書き込んだ。リストの方には同じ集合住宅であることを書いた。この集合住宅は3階まであるので、次は1階を確認した。階段を下りて先ほどと同様にチェックしていく。該当無し。どうやらこの建物には1人しか新聞を読む人がいないらしい。次は路地に出て片っ端からチェックしていく。表札の無いところは地図にその旨を書き込み、飛ばした。10分ほどでトータル4軒発見出来た。

(えーと、このペースだと70軒は・・・3時間!?・・・こりゃすぐ飽きてヘコたれるぞ・・・しかも6日間・・・)

 とは言えやるしかないのでどんどんチェックしていく。リストは概ね地域順と聞いている。それでも手間である。段々人通りが増えてきて、空腹を感じ始めた頃、70人目を発見した。リストの途中、見つからなかったのは幸運にもいなかった。

「はぁ疲れたあ~」

 近くにある建物の壁にドンッと背中をぶつけながらもたれかかった。なんとなく、通りの人の流れを見ていた。

(西区の人達なんだろうな・・・シャラガ、つまり将棋がこの人達の生活を左右しているんだな・・・)

 不思議な気持ちになっていると、前方から男3人が近づいて来た。そして囲まれた。

「おい!お前何してやがる」

「え!?休憩中ですけど・・・」

 リョウマは何のゆかりもない異世界の人々にいきなり絡まれ、さすがにちょっと恐怖を感じた。

「今朝この辺をうろうろして他人の家々を覗き回ってただろ!」

「ち、違います!新聞配達の仕事をするからその為に配達対象の家の位置を事前に確認していたんです!この世界に来たばかりの異世界人で文字が読めないからリストの文字を絵として捉えて表札と見比べていたから時間が掛かって変なことをしているように見えたのかもしれませんけど、決して怪しい者じゃないです!」

「あ?文字が読めない?・・・お前本当に異世界人か?」

「は、はい、本当です」

「ふーん・・・確かに見たことない服装だな・・・異世界人か、そうだったか・・・それは申し訳ないことを言ってしまった」

「あ、いえ、大丈夫です。こちらも不審に思わせてしまったことを謝ります」

「あーいやいや、俺らの早とちりだから。本当にすまない」

 リョウマはシャラガのことを急に思い出した。

「あ!そうだ!この西区でパートナーが決まっていない強いシャラガプレーヤーをご存じないですか?」

「パートナーのいないシャラガプレーヤー?うーん・・・それはつまり無名ってことだよなあ・・・」

 3人とも首をひねった。そのうち1人が何かを思い出したようでリョウマを見てこう言った。

「そういえば、強くはないけど、ノールドという男がいる。まだ子供だけど」

「でもノールドはなあ・・・」

 もう1人も知ってるようだったが、乗り気ではないことが明らかだった。

「あいつは体が弱くて他の子に比べて始めたのが遅いんだ。だから同年代では最弱だろう。ランクは一番下のクレイの中でも一番下の方だろう」

(子供は伸びるといっても大会まで1年しかないし、そりゃさすがに弱すぎるか・・・)

「まあでもやる気はあるし、始めたのが遅いと言ってもまだ子供だから早く伸びるだろうし、気が向いたら会ってみたら?」

 地図を出すとノールドの家の位置に丸を書き込んでくれた。ついでに表札に書かれているであろう文字も教えてもらった。

「図々しいのは承知なのですが、他にも心当たりはありませんか?」

「あるぞ」

 2人の男の後ろにいて最初からずっと声を発していなかった男が言った。

「以前、賭けシャラガで捕まった前科持ちの女だ。相当強いらしいぞ。噂ではゴールド級とのことだ」

「え!?あの女かよ、あいつはダメだ。シャラガ場の連中もどんなにパートナー探しに困ってもあいつだけは相手にしないのが暗黙になっているくらいだぞ」

「でも異世界人には関係無いんじゃないか?賭けで捕まったとはいえ、本当は凄い手を指すっていう噂だぜ?それに俺はな、あいつの戦いを一度だけ見たことがあるんだ。内容は高度過ぎて正直全然分からなかったが、何ていうか、そんな俺でも格の高さってのは伝わってきたんだ。女であんなに強い奴は滅多にいない」

 その女を挙げてくれた男が、熱っぽく語ってくれた。

(ゴールドって言えば、西区でも相当強いというジョージさんもゴールドだったよな。それってめっちゃ強い人じゃん。そんな人の情報を早々に得られるなんてラッキー!)

「ちょっとワケありなんですね。でも一度会ってみたいと思います。その人がダメでも、その人のツテでまた誰かを見つけることが出来るかもしれませんし」

 そう伝えて、地図に彼女の家をマーキングしてもらい、名前の文字も教えてもらった。彼女の名はモナ・スミノというらしい。

「図々しすぎて恐縮ですが、他にはいませんでしょうか?」

 とりあえず2人いればいいが、念のため聞いてみた。

「他には思いつかないな」

 3人とも「ああ」と頷いた。収穫は2人。全くダメかと考えていただけに、望外であった。

 3人に例を言い、早速女の方の場所に行ってみることにした。子供の方より近いからというのもあるが、それ以上に、強いらしいということに興味を惹かれた。


 モナ・スミノの家と思しきドアをトントン、と軽くノックしてみた。反応が無かったから今度は強めにドンドン!と叩いた。すると、ゆっくりドアが開いた。そこにいたのは、長くて若干パーマがかっている黒髪の妖艶な女性であった。

「・・・あなた、誰?」

「あ・・・その・・・モナ・スミノさんにシャラガのことでちょっとお話が・・・」

「だからあなた誰?」

「あ、その、すみません。私は糸田リョウマと申します。異世界人です。はじめまして。来年行われるシャラガのマチュアド戦のパートナー探しをしていまして・・・」

「異世界人?誰に私のことを聴いてきたの?・・・前科持ちって聞いてないの?」

「あ、それは伺っています。でも一度お話をさせてもらいたくて来ました。紹介してくれた方は道すがら出会った方なのでどなたとも言えませんが、あなたのシャラガは格が高いと言っていました」

「ふーん・・・」

 モナ・スミノはそう言ってちょっと考えると、軽く笑みを浮かべながら

「いいわよ、入って」

 と、中へと誘った。

(大人の女性の部屋はこんな香りなんだ・・・)

 ちょっと変な気分になりかけてしまった。部屋は綺麗で広く、20畳くらいはある。高価に見える調度品もいくつかあり、一般庶民に比べたら恐らくかなり裕福なのだろう。

「そこの椅子に掛けて」

 リョウマは窓辺に近い位置にある向かい合った2席のテーブルに通された。そしてモナはリョウマの飲み物を用意した。

「ご用件は?私のシャラガを格が高いと言ってあなたに私を紹介したその人のメンツを考えて一応話を聞いてあげるわ」

「西区の現状をご存知でしょうか?来年の大会では下位になる公算が大きい、と」

「詳しいわけではないけれど、その程度なら知っているわ」

「だから、もし、モナさんが噂通りにシャラガが強いのでしたら、マチュアド戦のパートナーになって頂いて俺と一緒に出場してもらいたいんです!」

「強いわよ?疑ってるの?」

 そう言って彼女は首をかしげた。リョウマは少し慌てて否定した。

「あ、いえ、疑っていません。言い方が悪かったです、すみません」

「まあいいわ。で、今のメンバーは?」

「えっと・・・まだ俺だけです・・・」

「あらそうなの。無駄足だったわね」

「え!?」

「だって、あなた異世界人でしょ?シャラガのルール知ってるの?って程度でしょ?それにまだ誰もパートナーがいないんじゃ話にならないわよ」

「いや、とりあえず俺がいますし、もう一人アテが・・・」

「時間の無駄ね。帰って」

「え、もうちょっとお話させて下さい!モナさんがダメなら誰かご紹介頂けませんでしょうか?」

「知らないわよ。シツコイ男は嫌われるのよ」

「じゃ、じゃあ!」

 またリョウマはへんなことを言ってしまったのであった。

「俺がモナさんにシャラガで勝ったらお話させてもらえますか!?」

 急に彼女の目つきが鋭いものに変わった。

「・・・ケンカ売りに来たっての?」

「いえ、純粋にパートナーを探していて、せっかく強い方に出会えたからもっと話をさせて頂きたいんです」

 リョウマは懇願して食い下がった。異世界人で何も知らないリョウマにしてみれば、こんなに早く強豪と言われる人に出会えるのは幸運であろうし、しかもどこのパートナーにもなっていないのであるから、簡単に諦められなかった。

「あなた、ランクは?」

 モナが少し冷たく聞いた。

「シャラガの経験はこないだ8個落ちでブロンズの人に勝った以外やったことがありません」

「はあ!?冗談でしょ!?1回しかやったことないのに私に挑もうっての?ていうかそんな経験しかなくてよく出場しようと思ってるわね。あと1年しかないのよ?さすがに呆れるわ」

「でも・・・」

 そう言い掛けると急に彼女は真面目な表情になって静かに言った。

「ちょっと待って。今の話少しおかしいわ。初めてのシャラガでブロンズに8個落ちで勝てたですって・・・?」

「はい、そうです。嘘じゃありませんし、相手してくれた方には申し訳ないですが、あまり強くないとさえ思いました」

 彼女にちょっとでも関心を持ってもらいたい一心でバーデラには申し訳ないと思いつつ敢えてトゲのある言い方を選んだ。

「言うわね。8個落ちなんてそもそも大きすぎるハンデだし、初心者じゃブロンズの力を理解できないものよ。負けてくれただけかもしれないわ?」

「初手から再現も出来ます」

 リョウマにそう言われると、彼女がちょっと驚いたのが分かった。

「ふーん、強気ね。いいわ、相手してあげる。私が負けたら、話を聞いてあげる。あなたが負けたら・・・そうねえ、税率の一番高い地域へでも転出してもらおうかしら?」

 彼女は悪戯っぽい表情でそう脅してきた。

「分かりました、それでいいです」

「本当?意味分かってる?私はね、賭けシャラガの前科持ちなのよ?転出は冗談で言ってないわよ?」

「はい。絶対負けませんから」

「まさか私も8個落ちでやってくれるなんて思ってないわよね?」

「思っていません。賭けなのですから、ノーハンデでお願いします」

「いいわ、その鼻っ柱へし折ってあげる」

 そう言うと彼女は立ち上がって、シャラガセットを持ってきた。リョウマは昨日書いた将棋との対照表を取り出して、それを見ながら駒を並べていく。

「なあにそれ?」

 彼女はもう並べ終わっていて、リョウマのメモを覗き込んだ。

「あなた、まともに並べることも出来ないわけ・・・?まあいいわ、瞬殺してあげる。手番は面倒だからあなたからでいいわよ」

「いえ、モナさんからお願いします。よろしくお願いします」

(こっちの人は先手だとどういう駒組みをするのか知りたかったんだよな)

「余裕ね、よろしくね」

 モナは抑揚無く言うと、すぐ2六歩。

(お、将棋的だな)

 リョウマも飛車先を伸ばし、お互いさらに1マスずつ飛車先を伸ばしあって5手目。モナ2四歩。

(え!?5手爆弾!?・・・馬鹿にされてんのかな、俺・・・)

 これは5手爆弾という先手の自爆戦法である。相手が初心者のような何も知らない状態であれば成功するだろうが、実際には先に仕掛けた先手が負けるのであり、将棋をやっている者にとっては常識だ。

「あなた、本当に初心者なのね。もうあなたに勝ち目は無いのよ?」

 リョウマはこの思わぬ宣告に驚いた。

(この人マジで言ってるのか・・・?もしかして俺はシャラガのルールを正しく認識出来ていないのか?)

 リョウマは同歩と取りながら聞いた。

「勝ち目が無いってどういうことですか?」

「これは先番必勝ということよ。シャラガプレーヤーには常識よ?」

 モナはリョウマの知識と真逆のことを言った。

(ほんとかよ・・・5手爆弾にまだ見ぬ凄い手順があるっていうのか!?これはどうやら俺の世界の研究vsこっちの世界の研究という構図になりそうだな。それは負けられない。もし負けたら俺の今までの勉強は何だったんだということになってしまう)

「最低限の知識ということですが?」

「そうよ。そもそもお互いほとんど初形のまま先番と後番が同じ形で先番が1手早く攻めているんだから」

「そうですか。じゃあなおさら都合が良いです。これで俺が勝ったら、何の言い訳も出来ませんもんね?」

「・・・ちょっと、言ってくれるじゃない!?」

 彼女は語気を強めて言い、同飛と取った。

(先手と後手が同じ形といっても、この先手だけ同飛として飛車が飛び出している状態が同じ形ではないし、先手から見て悪いはずなんだ・・・でも・・・)

 中途半端に前に出ている飛車は不安定で狙われ易いはずなのである。

(モナさんは先番必勝が常識と言った。つまり俺の知らない何かがあるってことなんだろう。でも将棋に人生を賭けて来た者として、絶対に負けられない!)

 リョウマは気合を入れ、将棋の定跡の通り8六歩とした。モナはすぐに同歩と応じ、以下は8七歩、2三歩、8八歩成、同銀とモナが指した所まで進んだ。

(ここまで俺の知っている定跡通りだ。そしてこの角で不安定な飛車と無防備な敵陣を狙ってこっちが優勢になるはずなんだ)

 その角とは3五角。リョウマにとっては定跡通りの展開である。そしてリョウマはモナを見た。するとモナもすぐにリョウマを見て来たので、リョウマは思わず目線を盤に逸らしてしまった。

(やべ・・・表情を読み取るつもりがこっちが見られた・・・まさか本当に先手が良くなる方法があるのか?少なくともここまではモナさんにとっても知識の範囲内のようだけど・・・)

 リョウマは緊張で自分の鼓動が高鳴るのを感じた。

「・・・あなた、初心者じゃないわね?ここまで正しく指せる初心者はいないわ」

 彼女はそう言いながら狙われた飛車を2八飛と引いた。

「・・・実は元の世界で同じルールのゲームをやっていました」

(この敵陣へ入り込む角成でこちらが有利なはずなんだ)

 リョウマはそう思って落ち着いて5七角成と指した。

「え!?同じルール!?」

 モナが驚いた表情でそう言い、リョウマはそれを聞くと再び彼女の顔を見た。かなり驚いたのは間違いなさそうだったが、モナはすぐに落ち着いた表情を取り戻していた。

(凄い、動揺をすぐに抑えられるんだな。評判通り、この人は強い。でも勝つ!)

「はい、ルールを聞いた限り、そして1度指した限りでは同じです。この戦法は、モナさんは先番必勝と言いましたけど、俺の世界では後手有利なんです。だからこの勝負は、俺の世界の研究vsこの世界の研究なんです」

「異世界のゲームと全く同じなんて・・・さすがに驚いたわ。でも、だからといってこの対局で私が負ける理由にはならないわ。この形は先番必勝で結論が出ているのに今更ケチを付けてくる人がいるだなんて。確かにこれはあなたの言う通り、私の世界とあなたの世界のそれぞれの研究成果の戦いのようね」

 すると次は彼女がリョウマを見た。今度は彼も目を逸らさずに彼女の目を見て言った。

「俺はこのゲームに今までの人生の大半を費やしてきたんです。あなた方も生活が掛かっているから生半可な練習はしていないと思いますが、俺も自分の師匠や一緒に切磋琢磨した仲間達やたくさんの研究成果を残してくれた先人達がいますから、負けられないんです、絶対に勝ちます!」

 モナはそれを聞いて微笑を浮かべ、

「それも私が負ける理由にはならないわ。どこまでお互いの常識が一致するかしら?」

 と言って2二歩成と指した。これでお互いに角を取り合ったことになった。

(序盤から激しい戦いになるこの5手爆弾は、先手だけが2四飛、2八飛と2回飛車を動かしている。これが先手の得になっていない2手で、その分、後手にアドバンテージが生じている。そしていよいよ後手もここで同飛として飛車を動かすが、ここからの後手の飛車の動きは後手の損になっていないんだ。そうだよね?将棋の神様!)

 リョウマはいつもの奨励会での緊張感に包まれていた。そして同飛とした。これで将棋における最強の駒である飛車がお互い向かい合った。

「もちろん取らないわよ?あなたも知っているでしょう?」

 と言って表情を変えずに彼女は2三歩と打って向かい合っているお互いの飛車を歩で遮断し、リョウマは今度は無言で8二飛と飛車を定位置に戻した。

「あら?そっちに行っちゃったの?とうとう道から外れたようね。あなたさっき絶対に勝ちますと言っていたわね?でも、これで終わりなの・・・高税率にさせてしまって悪いわね」

 彼女はそう言いながら絶対的に自身のある優雅な手つきで角を持ち、余裕の微笑を向けてきたのが分かった。

(な・・・何だ?どこだ?どこに打つんだ?1八?3六?6五?2二?・・・いやそれは定跡的な範囲の変化に過ぎない。何かもっと凄い手があるのか・・・)


 4五角。

(ん!?・・・こ、こんな手が・・・)

「これがあるから先番必勝なのよ?こんな中途半端な位置に打つなんて普通は思い浮かばないわよね。あなたの世界の先人が気付かなかったとしても仕方ないわ。あなたの責任じゃないのよ」

 彼女はリョウマを憐れむようにしてそう言った。

挿絵(By みてみん)


 実際、これはリョウマが予想していなかった手であり、そしてモナにとってまさに絶対的な勝利を確信した角打ちであり、彼女はこれでテンドリアのシャラガ研究がリョウマの世界の研究に勝利したと確信した。リョウマ陣への成り込みを狙いながら、それを守れば今度は飛車の方で攻め潰せるというスキの無い完璧な角打ちであった―モナにとっては。

 リョウマは彼女を見てみたらまだ余裕の微笑を浮かべていた。座り方は「勝ちました」という感じである。

(ドヤ!って感じなのだろうか?・・・この角、36角の場合と似たようなことになるんじゃないのか?・・・確かに素直に指すとダメなんだろうけど、歩を打ったらどうするんだろう・・・何か凄い反撃でもあるのだろうか・・・いや、自分の将棋を信じよう)

 リョウマは内心ちょっと心配になりながらも気を取り直して2七歩と打った。

「なにこれ?・・・!?」

 彼女はそう言うとちょっと間を置いて、驚いた表情をし、ここまでパタパタと進んできた指し手が急に止まり、考え始めた。今までで一番盤面に顔を近づけており、「勝ちました」という雰囲気は無くなっていた。実際、モナはこの歩打ちで今までの余裕が打ち砕かれていた。どう応じても打ったばかりである勝利を決めたはずの4五角が活きない。彼女は脳裏に負けが浮かんで来るのを抑えるのに必死だった。そして彼女の驚いた表情に、思わずリョウマも驚き、動揺してしまっていた。

(まさか、この歩が読み抜け?こっちの世界の研究範囲内ではないの?普通の手だと思うけど、それとも余裕過ぎて演技してる?)


 ―この歩打ちは叩きの歩という。この局面は先手から6三角成を見せられている。例えばそれを6二銀などと守ってしまうと今度は2二歩成で飛車先を突破される。両方を守る手は存在しない。これがモナの打った4五角の意味である。そこで叩きの歩の登場である。2七歩は飛車取りなので6三角成の暇がない。だから一旦は同飛と取ることから考えるのだが、そうすると更に2六歩と叩かれる。これも同飛と取ってしまうと、3五馬と引いた手が飛角両取りになってしまって今度は先手が対応を迫られる。ゆえに2六歩には2八飛と引くのも考えられるが、そうすると先手は飛車道が止まってしまうので2二歩成が消え、今度は6二銀や5二金右が間に合うという後手の工夫の叩きの歩である。ちなみに最初の2七歩を同角と取ることも可能だが、これもやはり飛車道が止まるので2二歩成が消え、6三の地点を守る手が間に合う。こうなれば後手は馬を作った分、先手の単なる角との比較で有利ということになる。これがリョウマの読み筋である。―


 リョウマは黙ったまま目線を局面に戻し、同角、同飛の両方の対応手を考える。将棋は一瞬有利になったからといって、勝ち切れる保証はどこにもないゲームである。途中どれほど有利や不利になろうが、最後に勝った方が偉いのである。有利だからといってすぐに余裕な気分に浸ってしまうのは逆転負けのパターンである。リョウマはそれが痛いほど分かっていた。だから油断せずに盤面に再び集中した。結局モナはしばらく考えた後、黙って同飛とした。リョウマは予定通り再度叩きの歩である2六歩をすぐに打つと、彼女はノータイムで同飛と応じ、リョウマもノータイムで3五馬。

(焦っていたようだったけど、すぐに落ち着きを取り戻したんだな。やっぱりこの人は強い。それに2七歩が読み抜けだったとしたら、その後の2六歩は同飛とはなかなか取れないものだけど、この人は取った。手の善悪とかそういうのではなく、これを取れるなら間違いなく強い人だ)


 ―将棋は精神の同様が指し手に現れてしまい易いゲームである。弱き者は一度動揺すると、駒が前に進まなくなってしまう。動揺が広がってしまわないよう、一旦局面を落ち着かせて一呼吸置きたいと思うからだ。だが、モナが指した2六同飛はリョウマが直後に指した3五馬により最強の駒である角と飛車の両取りをかけられてしまうのである。だからそれが思い浮かんだ時点で、動揺している者であればそう指してはいけないと思ってしまうのである。だが、彼女は3五馬の局面を想像しながらその先を落ち着いて考えることが出来たということである。だから2六同飛は「将棋が招く自分の心の弱い部分」に抗える強き者にしか指せないのである―


 先ほどまで動揺していた彼女はリョウマの見立て通り落ち着きを取り戻していた。

「私の知っている範囲ではその手は無かったわ。これで終わりと言ってしまったのは勇み足だったようね。それは認める。でもここからが実力を発揮するところよ。あなたもここから先のことまで全部知っているわけではないのでしょう?」

 彼女はリョウマに強い眼差しを向けてそう言うと、4六飛とした。

(そう、これで飛と角の両取りによる大損はなんとか防げる。まだこちらの勝ちが決まったわけではないし、この人に対して絶対に油断してはいけない。この人の言う通り、詰みまでの手順が研究されているわけではないし、実際俺もこれ以降の具体的な手まで知識として持っているわけではないからな)

 リョウマは自分の心にムチ打つと、モナからの攻めが無くなったので次の展開に備えるべく5二金右とした。そこからしばらくお互いに無言となり、緊張感が高まっていった。モナは自陣のスキを消す7八金。

(この飛角と馬の状態を放って置いて自陣に手を入れられるなんてさすがだ。でも形勢はこちらが優勢なはず。どうするモナさん?動いてくるか?いや・・・動かさせよう)

 4六馬、同歩、8六飛、5四歩

(動いてきた!・・・へぇーなるほど、こちらの金を吊り上げてから7五角の飛金両取り狙いかな。でもそれは5五飛の王手角取りで逆に両取りがあるから上手くいかないんだよな。それとも違う狙い筋か?うーん・・・金を吊り上げてから5八を塞いでおくつもり?でもそれじゃ全然ダメだよな・・・こちらとしては堂々と取って狙いを明らかにしてもらった方がいいな)

 同歩、5三歩、同金

 この手を見たモナは大きく深呼吸し、今までよりも大きな音を立てて7五角とした。場の緊張が一気に弾け飛んだ。リョウマが彼女を見ると、先ほどとは雰囲気が全然違っていて微笑を浮かべていた。

「油断したわね」

 彼女は勝ちを確信したのだろう。だが、リョウマから見れば読み通りの展開で、5五飛で簡単な王手角取りがある。

(おっかしいなあ・・・両取りがあるんだけど、モナさん全然気付いてなさそう・・・やっぱ演技かなあ・・・?それとも角をタダで取った後に何か凄い手が?)

 リョウマはそう考え直して角を取った後のことを考えてみたが、モナ側に良い手がありそうな気はしなかった。そしてそれと同時に、自分の方に王手角取り以外の手があることに気付いた。

(お、これだ!王手角取りでもきっとモナさんは驚くだろうけど、それだと見落としを嘆くことになるんだよな。簡単な見落としで負けたという反省をすることになる。もっと、彼女に驚いてもらいたい。だからこっちだ!)

 リョウマは普通の手つきで4六飛とした。

「そこでそちらを逃がしちゃうの?やはりあなたの負けね!最後に勝った方が偉いのよ!」

 今までになかったトーンの高さで彼女は溌剌とそう言い放ち、リョウマの王に一気に迫る5三角成を指した。普通ならこれでリョウマは苦しくなるのだが・・・!


 6九飛

(これで詰みなんだよな。いわゆるトン死という奴だけど、指された方は分かっていなかっただけに急に負けになって驚いちゃうんだよな)


「は!?」

 モナは自分の王の横に打たれた飛を見て、そう言って首を捻った。そして、彼女の顔が見る見るうちに青く変わっていった。呼吸が段々と荒くなり、小刻みに震え出していた。最初は妖艶な雰囲気であったが、今は華奢で可憐な女性になっていた。彼女は力の無い震えた声でこう言った。

「・・・この一度のゲームで二度も負かされたわ・・・あの叩き、そして今度は追い詰められた・・・」

 華奢で可憐な女性となったモナは椅子にもたれかかり、うな垂れた。

「・・・私の負けよ」


 ―優れた将棋指しは勝っても決して驕らない。対局を振り返り、自己を反省するのみである。そして、将棋における最も優れた理性的な行いである「感想戦」を行うのである。感想戦では敗者も勝者も無い。お互いに対局を俯瞰していた第三者のような視点になって、その一局を一緒に振り返り、より良い手が無かったか探すのである。勝負師から探求者へと変わる瞬間である―


「ありがとうございました・・・そちらがこうした時に一つ手前からの方が良かったように思いました」

「え・・・?」

 リョウマが一礼した後、モナが指した4五角の代わりに3六角を示すと、彼女は目を丸く見開いて驚いた。今日一番驚いたようだった。

「あなた何言ってるの!?」

 取り乱したようにモナがそう言った為、リョウマもビックリした。

「え!?で、ですからこっちだったら被害が少しはマシだったのではないかと・・・」

「なんで相手に手を教えるの!??」

 リョウマが手を教えてきたことにモナは本当に驚いたのである。彼女にはそのような経験が無かった。いや、テンドリア中のプレーヤーにも無いだろう。唯一、覚えたての時に少し教えてもらえるかどうかである。

「なんでと言われましても・・・」

 リョウマはリョウマでなぜそんなことを言われるのか全く分からなかった。将棋では局後に感想戦を行い、お互いに読み筋などを披露して次の対局に活かそうとするのが普通だからである。

「あなた、手の内を見せるなんてバカなの!?あなたが損するだけじゃないの!?次にもし私が本当にその手を指したらあなたはどうするの!?それとも私に勝ったからって舐めているの!?」

「そんなわけがありません!感想戦ですよ!やらないんですか?感想戦」

「カンソーセン?何それ、そんなの知らないわよ。とにかく手の内を教えるなんて税を払いたがってるようなものよ!」

 リョウマはそれを聞いて得心が行った。

(ああそうか!そりゃそうだよな、負けたら税率に関わっちゃうかもしれないんだもんな。勝負に徹しているってことか。将棋指しには求道者の側面があるから相手に手の内を見せると言う一見勝負とは矛盾したこともやっているからむしろ将棋指しの方が変わっているのかもしれないな)

「なるほど勝負に徹しているということですね。それで一つ分かったことがあります。シャラガが普及している割には対局している人を見掛けないのは、練習などで手の内を見せることが上達することよりも損であると考えているからですね」

「当たり前よ」

「俺の世界では、感想戦と言って、局後に相手と読み筋を披露したりより良い手を一緒に探したりするのが普通に行われています」

「理解出来ないわ。何の為に?」

 モナは先ほどよりは落ち着いたようであった。

「俺の世界では、プレーヤーはただの勝負師ではなく、求道者や研究者としての側面も持ち合わせているからです。だから局後だけでなく、普段から研究成果を公表することも一般的に行われていて、それによって全員で腕前の底上げをしているんです」

 モナはそれを聞いて、自分の中で大きな衝撃を受けたのが分かった。彼女は前科持ちとなってから、ほとんどのプレーヤーに無視されるようになってしまった。それでもシャラガに対する情熱は衰えることなく、一人、研究をしていたのである。そしていつしか、それを誰かに見てもらいたい、実際に試したい、と思うようになっていたのである。そんな彼女であるから、リョウマから「求道者としての側面」というものを聞かされ、憧憬のようなものを抱かずにいられなかった。

「・・・。本当に、いいの?手の内を見せてもらって私が困ることは何も無いから、そのカンソーセンを断る道理も無いわ。もしいいなら・・・お願いしたいわ」

 モナから高圧的な雰囲気は消えていた。

「もちろんですよ!こちらの世界の研究を知りたいと思っていました!」

 そして2人はしばらく感想戦を行った。モナは当初、感想戦に慣れておらず、若干戸惑いも見せていたが、段々と慣れていった。リョウマは今回のモナの戦い方が5手爆弾という先手の自滅戦法であることや、様々な変化などを明け透けにして見せた。モナもテンドリアでの常識とされている手の数々を披露した。その結果、将棋の研究の方が明らかに進んでいて、正確であることがモナにも分かった。

「まさか先手必勝という誰しもが当然のように思っていた結論が間違っていたなんて・・・最初から最後までこんなに綺麗に負かされたのは覚えたての頃以来よ。あなた、知識があるだけじゃなくて本当に強いわ。まだ若いようだけど、異世界ではどのくらいやっていたの?」

「えーっと、こちらの世界の感覚でいうと、20年でしょうか」

「そうなの・・・覚え始めたのはこちらの平均的な年齢とそんなに変わらないようね。でも、あなたはあなたと同年代の人の平均と比べても、圧倒的に強いわ。カンソーセンでも私が考えもしなかったような凄い手ばかり言われて圧倒されたわ」

「いや、それほどでも・・・」

 リョウマは謙虚にそう言った。本当だからだ。つい先日、将棋の道で挫折してきたばかりのリョウマにはとても自分が強いだなんて言えなかったし、思えなかった。

 モナは軽く深呼吸すると、真面目な顔でこう聞いてきた。

「私のシャラガのランク、ご存知?」

「えーと、ゴールドと聞きました」

「・・・プラチナよ」

「え!?」

(プラチナってなんだっけ?確かゴールドの上じゃない?この西区でトップクラスってことじゃないのか!?)

 リョウマは少し興奮気味になった。

「でも私は賭けシャラガの前科持ちだから、他のプレーヤー達には無視されているの。実質、セイクリッドワンにも出場は出来ないの。手続きはシャラガ場で行わないといけないから、そこの人達に相手にされない時点で出場禁止みたいなものよ」

「え!?出られないんですか!?」

 リョウマはあまりにもガッカリして一気にうなだれ、勢いが良すぎて目の前にある自分の王に額をぶつけてしまった。

「痛った!」

「大丈夫?」

 とくに心配してなさそうにモナが言い、さらに続けた。

「賭けシャラガって小額であればそこそこ行われてるの。国としては強いプレーヤーが現れてくれた方が良いから、真剣勝負の場として小さいものは放置されてきたのが実情なの。でも私が逮捕にまでなってしまったのは相手が騎士だったからよ。騎士相手でも勝率は50%以上だったわ」

「すみません、キシが何なのか分かりません」

(棋士のこと??さすがに違うよな)

「国が抱えている強豪プレーヤーの総称よ。昔は馬に跨って剣や槍を持っていた騎士の名残でそう呼ばれているの」

「そういうことですか。それと、国としては強いプレーヤーが現れてくれた方が良いとはどういうことですか?」

「テンドリアでは昔各国による戦争が激化していた時期があったの。どこの国も兵力が拮抗してしまっていたこともあって皆一様に疲弊し続けてボロボロだったの。どこの国も本音は一刻も早く戦争を終わらせたかったんだけど、敗戦とみなされるかもしれないし、そうでなくても国威に関わるから止められなかった。その頃、庶民の間でシャラガが流行の兆しを見せていたのよ。それに目を付けた国があって、今思えばとんでもない提案だけど、戦場を盤の上に移そうと各国に言ったの。でも、本当にどこもボロボロだったから、一時的な休戦でもいいからとにかく争いを何とかしたかった各国はそれを無理やり口実にして一斉に休戦したの。あくまでも戦い方が変わったのであって休戦ではなく、戦争状態だという言い訳よ。そんな言い訳でもどこの国民も受け入れたわ。少しでも落ち着いた生活に戻れるならって」

(なるほど、無理やり冷戦状態にしたということか。国威を示せる場があるなら戦争でなくてもいいという)

「それで各国は躍起になって強いプレーヤーを求めたの。引き抜きもしたし、とてつもない報酬を出したりしてね。ここジンヤ国でもセイクリッドワンの成績によって税率が変わるし、実質休戦になって何百年経った今でもそれだけは変わらないわ。それに強いプレーヤーは英雄扱いされるの」

「英雄扱い?」

「そうよ、だって戦争中という口実なのよ。シャラガは戦争行為の代わりなの。それで各国の強豪プレーヤーを負かせば、戦争に勝利したようなものなのよ」

「なるほど、国を勝利に導いた英雄ということですか・・・」

(税率に関わるだけのゲームじゃないんだな)

「そしてその英雄は国民の大の人気者となって、国の経済にまで多大な影響を及ぼすのよ。その人が書いた追い詰めシャラガの本などはとてつもなく売れるわ。その人の国にとってみれば凄く重要な輸出商品よ。それにその人の得意戦法は流行戦法にもなるし、どこに行っても高待遇。だからその人の近辺へ引っ越す者も少なくないのよ。あまりにも自国が弱いと強い国へ引っ越しちゃう場合もあって、それってつまり亡命みたいなものよ」

「そ・・・そこまで・・・」

「この国でもそうよ。税率の低い区って人気でしょ?それってつまり強いプレーヤーによって実現されるわけだからね」

「・・・段々分かってきました」

 リョウマがそう言うと、彼女は立ち上がってシャラガセットを片付けた。

(ああ、そろそろ帰れということか)

「あ、すみません、長居してしまってますよね・・・」

 とリョウマが言うと、片付け終わったモナは再びリョウマの向かい側に座ると、神妙な面持ちでこう言った。

「あなた、私より間違いなく強いわ。それってどういう意味か分かる?」

「え・・・?」

 リョウマは少し驚き、真面目な表情をせざるを得なかった。

「プラチナってね、プレーヤー総数の上位数パーセントなの。でも今、私はあなたに完敗したのよ」

「で、でも、今回モナさんが力を発揮出来なかっただけという可能性も・・・」

「いいえ、あなたとの対局と感想戦で、実際に体感して、分かったわ。少なくともあなたは次元が違う強さよ。そもそもあなたは思考時間が短すぎるのよ。全然考えてないように見えて凄い手を指して来る。どれもこれも急所を捉えていて見たことの無いレベルの高さよ。正直、衝撃だったわ。ランクには最高ダイヤまであるけれど、下手したらその上よ、あなた」

「!?・・・そ、そうなんですか・・・」

 リョウマはこの国におけるシャラガの位置付けも知らずに首を突っ込んだことに対して少し恐怖を感じ始めていた。

「・・・あなたどうする?その強さなら、各国から引っ張りだこになるわよ」

「え!?」

 今度はリョウマが衝撃を受けた。彼が想像もしてなかったことを言われてしまったのだ。

(国にモテるってどういうことだってばよ・・・)

「それはいささか過剰では・・・」

「本当のことよ。だって、プラチナの私にさえ声を掛けてきた所もあったのよ。その私に楽々完勝する人は国賓級で間違いないわ。当然この国もあなたの慰留に全力を注ぐと思うわよ。そして国中からこの西区への移住が始まるわ。そうなれば強豪プレーヤーが終結してパートナーもすぐ決まって予選くらい簡単に通って税率も一番低くなるわ。あなたの願いは簡単に叶う」

「え!?マジで!!?」

 リョウマは思わず立ち上がった。椅子は飛ばさなかった。

(なんかちょっと呆れるシナリオだぞ・・・)

「私とのこの対局ログを公表すれば簡単にそうなるわよ。特に今まで長年常識とされていた結論をひっくり返しちゃったんだから、テンドリア中に驚きをもって迎えられるでしょうね」

「そ・・・そうなんですか・・・でもそのシナリオは怖過ぎます・・・」

「・・・きっとあなた好みの美女やお金も大量に与えてもらえるわよ?それも良いんじゃない?知らない世界で偉人になるってどういう気分かしら?」

 モナは悪戯っぽくリョウマに言った。

「やめてくださいよ!!・・・庶民の俺にはそんなのは恐怖しかないんですが・・・。あのー・・・黙っていてもらえませんか?今日のこと・・・」

「あら?パートナーを見つけに来たんじゃないの?」

 モナは鼻で笑いながらそう言った。

(この人絶対Sだ)

「そのつもりだったんですけども・・・何ていうか・・・自分の軽率な行動を今更ながらに反省してると言いますか・・・」

「私をこんな目に合わせた凄い男に世界が気付かないなんて、女としてはちょっと認めたくないわーー」

 モナが棒読みでそう言った。棒読みだったのにも関わらず、やはりリョウマには英雄シナリオは恐怖でしかなかったので本気で捉えてしまった。

「えー!?それどういう意味ですか!!怖いです!!」

「冗談よ。ツバ飛ばすのやめてついでにヨダレも拭きなさい」

 リョウマは思わずツバを飛ばしたついでにヨダレも出していた。

「何かこう、リョウマ君は穏便にパートナーを見つけて大会に出て何とか西区の税率が悲惨なことになるのを防ぐ一助になりました的な平和的なことには出来ないんでしょうか・・・」

「でも、穏便といってもいつかはバレるわよ。わざと下手な手を指し続けるとかするの?」

「それは恐らく出来ないです。最高の手を考える努力はしてきましたが、手を抜く努力はしたことがないので、きっと失敗します!」

 リョウマはキッパリと言い切った。

「じゃあいずれ大量の美女に骨抜きにされる未来も覚悟してなさい」

「・・・それはちょっと・・・あふ・・・」

 リョウマは思わず想像してしまった。

「変な顔してるわよ」

「・・・生まれつきです」

「まあ、色々な手を教えてもらったし、何か考えてあげるわよ」

「本当ですか!?ありがとうございます!」

「で、もう一人のアテって?」

「あ、それはノールドという人のようでランクはクレイですが、まだ子供でやる気もあって伸び盛りとかなんとか」

「はあ?ノールド?」

(え?知ってんの?有名人?)

「知ってるんですか?」

 リョウマは期待を込めて聞いた。

「知ってるわよ、その子、一度ここに来たわ。シャラガ教えてくれって。もちろん丁重にお断りしたわよ」

「じゃあ教えてあげるから参加してって言えば・・・」

 そこまでリョウマが言うとモナが呆れたような顔をしてリョウマの話を遮った。

「あのねえ、ランクがクレイって、初心者なのよ」

「はい、まあ多分そうなんだろうなって思ってました」

「セイクリッドワンまであと1年しかないのよ?分かってるの?」

(つまり半年なんだよな)

「はい、分かっています。どこまで伸ばしてあげられるか分かりませんけど、子供シャラガ教室みたいなものを手伝ったこともあります!」

 リョウマは自信があるように言うしかなかった。

「はぁ、まあいいわ、私とあなたが勝てば勝ちあがれるから。ただし、さっきも言った通り、私が前科者だから出場出来ない可能性の方が高いけど」

(そうだった、それがあるんだった・・・)

「それは、今すぐ許してくれと言っても多分ダメなことですよね?」

「そうね、シャラガ場の人達が全員記憶喪失にでもならないと厳しいわね」

「じゃあ!忘れましょう!」

 リョウマは元気を出してそう声を張った。

「はあ?こっちが記憶喪失になってどうするのよ?」

「いえ、そうじゃなくて気にするのを一旦やめましょうということです」

「まあいいわ、分かったわよ」

「それで、ノールドが弟子入りに来たということでしたので、彼の所に一緒に行ってもらえませんか?」

「えー?うーん・・・」

 モナは首をひねって考え出した。

(嫌なのかな・・・)

「じゃあこうしましょう。今日、あなたは私にパートナーとして参加するように要請に来た。そして私がシャラガで勝ったら参加する、と答えて対局したけど、シャラガ初心者であるあなたはこのモナ・スミノに完膚なきまでに叩きのめされた」

「うんうん」

「それで、反対にモナ・スミノのパートナーになることを強要された。実質奴隷ね」

「うんうん・・・え!?」

「そういう風にしないと世間から疑われるわ。前科者モナ・スミノの悪趣味ということにしておけば大丈夫でしょう」

「な・・・なるほど・・・」

(この人そこまで悪人扱いされてたんだ・・・賭け以外にも何かやらかしてるのかな・・・)

「そして、弟子入りに来たノールドも無理やり参加させた、ということにするのよ。これしかないわ」

「わ、分かりました。それでやってみましょう!」

「じゃあ早速ノールドの所に行くわよ。ああいうタイプは放っておくと適当にパートナー決めちゃってこちらに参加出来なくなってしまう可能性が高いから」

「はい!」

 そして2人は外に出て、リョウマの地図を元にノールド宅へ向かった。

矛盾等御座いましたらご指摘頂けますと幸甚です。

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