第四話「現状」
「有力な選手が1人減ったとさっき言っただろ?あれな、実はもう1人減ることが決まってるんだ」
「え?また転出ですか?」
「いや、ちょっと特殊でな。役所でジョージさんに会っただろ?」
「はい、会いました」
「あの人は前回の時はまだ区長じゃなかったんだ。この競技はな、基本的に誰でも出場出来るが、国の直轄の仕事をしている者のみ出場出来ないんだ。で、前回の出場者はジョージさん、転出した者、俺、の3名だったんだ」
「なるほど、それでバーデラさん以外の2人が来年は出られない、と。」
「ああ、それでな、来年は厳しいんだ。だから西区から転出希望者がポツポツ出ていてな。お前が西区に入れたのも恐らくそれが原因だと思う」
「あーそれで自分の部屋が小奇麗だったんですね」
「まあ、うちらの層が薄いから仕方ないんだけどな。で、それでお嬢が躍起になっていてな。来年はお嬢が出ると言って聞かないんだ。お嬢と、俺と、もう一人誰かいれば絶対勝てるって、な」
「マイアさんは強いんですか?」
「まあ、強い方だ。ランク的には俺と同じブロンズ程度だ」
「ブロンズ?」
「シャラガはおおよその力を8段階に分けている。下からクレイ、アイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ルビー、ダイヤだ。お前は俺に8個落ちで勝てたから、クレイとアイアンの間くらいだろうな。普通はクレイなんだけどな」
(つまり棋力差を現しているのか)
「で、俺とお嬢はランク上ではブロンズなのだが、そもそもたった8段階で分けられるはずもなく、現実的にはまだ俺の方がいくらか強い。そもそもこんなランクなんて自己申告でしかないし、相対的だし、嘘付いてるやつも結構いるからな」
(つまり過少申告や過大申告か)
「アイアンが国民の平均と言われているので、俺とお嬢はその一つ上なのだが、前回出た転出者はシルバーで、ジョージさんに至ってはゴールドだったんだ。だから戦力が激減するのは間違いない」
「なるほど」
「ジョージさんもまさか自分が任命されるとは予想してなくてな、ほんと西区は運が悪いとしか言いようがないんだ。お嬢が無理やり他区の選手と勝負して勝って言いふらしているのも、一つは転出を食い止めたいからなんだよ。そして、俺が責任を感じているのに気付いているからだと思う」
「へえ、お転婆のようで優しい子なんですね」
「変な気起こしたらぶっ飛ばすぞ?」
「大丈夫ですよおやめ下さい」
「ま、そういうこった、お前も運が良いんだか悪いんだか」
「選手は必ず3人出ないといけないのですか?個人競技のようですが?」
「ああ、一から話そう。この競技はそもそも『セイクリッドワン』と呼ばれるもので、最終的に国家間の勝負になる大規模な競技だ。」
(国家間!?・・・凄い規模なんだな)
「8年に1度開催され、その時の最強プレーヤーを決める。だが、出場者が多すぎるから各国で予選方法を工夫している。ジンヤ国では各区で有力な選手3人を一組として扱い、予選大会ではその3人一組の団体戦で行うことにしている。そしてそれをマチュアド戦と呼んでいる。3人のうち2人勝った組が勝ち上がれる。だから1人だけ強いのがいても残りの2人が弱いと勝てない。つまり俺が全勝出来ても残りの2人が負けたらダメなんだ」
「なるほど。予選は区対抗ということですね」
「実質的にそういうことだ。本戦に入ると完全に個人戦だが、マチュアド戦の結果によって各区の個人代表の枠数が決まる。まあ、7年前の前回は西区から本戦に進めたのはジョージさんだけだがな。前回はトータルではそこそこの成績を収めたものの、本戦枠は1つしか獲得出来なかったんだ。それこそ中央区に1人負けたのが大きくてな」
「あれ?このマチュアド戦というのは2人勝てば良いのでは?」
「そうなんだが、各個人の勝ち星の数が関係してくることがあるんだ」
「なるほど。それで中央区に対して『前回の雪辱』と言っていたんですね」
「そういうことだ。ちなみに区対抗と言っても各区から一組というわけではない。複数組が出る」
「え?最も強い3人で組んだ一組で十分なのでは?」
リョウマにしてみれば普通の発想である。
「ああ、単純に考えればそうなんだが、他区が複数出すからこちらも複数出さないと不利だ。総当りではないしな。一組だけだとそこが負けたらもうおしまいだからな。いくつか出すのが無難なんだよ。それにザコばかりの組が出てもそれこそ恥さらしだ」
ここでリョウマは、あまり考えも無しに変なことを言ってしまった。
「なるほど。ということは、私も誰か探して出場すれば一組増えて西区が勝つ可能性がちょっと上がりませんか?」
「・・・は?はぁ!?」
急にバーデラが怖い顔になった。
「ふざけんなアホンダラ!ザコばかり出ても恥さらしだと言ったばかりだろ!お前みたいな初心者がホイホイ出て行って勝てるような生易しいもんじゃねえ!こちとら何年やってると思ってんだよ!この国の唯一ともいえる娯楽ゲームだぞ!ほぼ全ての国民が出来るんだ!」
「そ、そうですか・・・すみません・・・」
「お嬢だってもう12年もやってんだ!今日覚えて8個落ちで勝った程度で調子に乗るんじゃねえ!!」
バーデラはフーフーと肩で息をしている。あまりの剣幕にテーブルの男たちも黙って見ているしかなかった。
(しまった・・・変なこと言うんじゃなかった・・・ちゃんと謝ろう)
「本当にごめ―」
「いいじゃないの、別に」
皆が「え!?」と声を漏らして声の主を見る。
「だから、別にいいじゃないの?リョウマはリョウマでパートナーを見つけて出場するのは悪いことでも何でもないし、勝負はやってみなけりゃ分からないわよ?そうでしょ?皆痛いほどそれを味わってるはずじゃない?ランクなんて一発勝負の前では何にも意味が無いわ。それに西区の出場組数が増えて同じ西区の私達が困ることなんて何も無いわ」
マイアが一気にまくしたてた。通常なら早く外に出たくなるようなこの雰囲気に、リョウマは妙な居心地の良さを感じていた。実力の世界の匂いを感じ取っていた。
(皆、勝負師なんだな。さっきの8枚落ちでもバーデラさんは技術的には未熟に感じたけど、上手なりの勝負手をいくつも放ってきたしな)
リョウマは昔からこういう純粋な人達には敬意を持って接して来ていた。そういう人達の存在を感じることは、彼の将棋に対するモチベーションや情熱をいつも刺激してくれていた。そして彼はまた熱い物がこみ上げてくるのを感じていた。
「あの、すみません。ちゃんと謝ります。失礼なこと言ってすみませんでした。大した考えも無しに言ってしまったのは軽率でした。でも、ちゃんと正式な手順を踏んで、パートナーを見つけ、出場したいと思います。異世界から来た私に偏見無く接して受け入れてくれた方々に、恩返しがしたいです。それに・・・」
(それに・・・この世界の将棋を知りたい)
リョウマはそう思ったが、今しばらく将棋のことは隠しておこうと思った。ルールが完全に同じなのか、まだ確信が持てなかったし、バーデラが言う通り、自分の力が全く通用しない可能性もあるからだ。
「・・・このゲーム、楽しいですから!」
リョウマは将棋のことを隠してそう言ったが、これは嘘ではない。楽しいのは事実である。リョウマには苦しい思い出もたくさんあるというだけのことである。
バーデラは自分を落ち着けるように一度深呼吸をしてこう言った。
「はぁー・・・怒鳴って悪かったな。ちゃんとやるならお嬢の言う通り、エントリーするのは自由だ。だが甘く見るなよ?」
バーデラがそう念を押すとマイアが言った。
「リョウマ!今の西区にはまともな有力プレーヤーがもういないわ。あなたの心意気は買うけれど、パートナーを見つけるのは至難の業。しかも何のコネクションも無い異世界人じゃブロンズのパートナーを見つけることすら難しいと思うわよ。みんな出るからには勝つのが当然だと思って覚悟を決めて出るのよ。それに出場者にとっては今後の信用にも繋がることなのよ」
「はい、皆さんが現状を語る姿を見ると、そうなんだと思います。でも、いずれ役に立ちたいですから、挑んでみたいです」
(だって、俺が人生の全てを賭けてきたことだから。夢でも何でも、今再びそれを活かせそうなチャンスがあるのなら、本当にやってみたいよ)
「言うじゃねえか、やってみろよ。ただ俺達はこの件に限っては自分たちのことで一杯一杯だ。十分助けてやれねえぞ」
バーデラが更に念を押した。
「色々とありがとうございます。ルール教えてもらえて感謝しています」
リョウマは深く頭を下げた。そして新聞配達の下見をしなければならないことを伝えて、酒場を出た。
矛盾等御座いましたらご指摘頂けますと幸甚です。