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第十二話「鬼殺し」

 モナとノールドの初勝利から数日後の朝。2人とも初勝利の次の対局ではまた負けてしまったが、昨日、ようやく2連勝を実現してノールド6枚落ち、モナ飛車落ちに手合い割が格上げされた。そして、3人で朝食を食べている時だった。

「ああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 突如ノールドが叫んだ。口の端にご飯のようなものをつけたまま。

「敵がいればいいじゃん!!!!」

 目を爛々と見開いていいこと思いついちゃったという表情のノールドとは対称的に2人は首を傾げた。

「どういうこと?何の話?」

 モナは一応聞いておくわという雰囲気でノールドに尋ねた。

「こないだの話だよ!戦争がどうとかさ!つまりさ、国対国が敵同士じゃなくなって困るなら、世界対敵にしたらいいじゃん!」

「全然意味が分からないわ」

「とてつもなく凄く強いプレーヤーが敵になればいいじゃん!師匠とかさ」

 そういってノールドがリョウマを見た。

「は?」

 リョウマはよく分からないという雰囲気でモナを見た。そしてモナはノールドを見て言った。

「あのねえ、騎士道精神がなおざりじゃ意味が無いのよ。民心がシャラガによる決着を望むようでなきゃダメなのよ。ウチの料理長がいきなり、ぼくちんめっちゃ強いでーすとか鼻垂らしながら交差点の真ん中で叫んだ所で通りすがりのオバサンにあんた邪魔よってビンタされて涙目で帰ってくるだけよ」

(あれ?今俺、何度か悪口言われてなかったか・・・?)

「なあんだダメかあ。面白いと思ったのになー」

 ノールドは少し口を尖らせながらそう言った。

「君達、師匠をもっと敬ってはどうかね」

 そう言われた2人は無視して朝食を食べ続けた。そしてその日の夕食時のことである。

「ああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 今度は突如モナが叫んだ。口の端にソースのようなものをつけたまま。

「今日は何だよ!2人とも!」

 リョウマは当然のツッコミをした。モナはその日の朝のノールドのように目を爛々と見開いていいこと思いついちゃったという表情をしながら声を張った。

「朝のノールドの話よ!一考の価値があるわ!」

「え・・・」

(俺が敵になるとか言う、なんだっけ・・?とにかく物騒な話っぽかったような・・・)

 ノールドだけでなく、モナまでその物騒な話をし始めようとしていることにリョウマは嫌な予感しかしなかった。

「つまりこうよ。どこの国にも所属しない無国籍の超強豪シャラガプレーヤーが現れるの。鬼役よ。そして世界に向かってケンカを売るのよ。」

「でもそれは俺がオバサンにビンタされるだけって・・・」

「それは交差点で叫ぶからよ。各国の王に届くような発信の仕方をすればいいのよ。そして王が国民に向かって伝えるの。国民の皆さん、鬼が出ましたって国王から言われればみんな真面目に受け取るわ」

「王に届く?そんなこと出来るんですか?それと無国籍って・・・」

「まあ方法は後から考えるのよ。それにあなたは元々異世界から来たんだから最初から無国籍みたいなものでしょ。とにかく話を聞いて」

「は、はい・・・」

(無国籍みたいなものって・・・確かにそうかもな・・・ただ、急に王とか言われても全然ピンと来ないんだけど、この話はどこに向かおうとしてるんだ?)

 そんなリョウマの思いは露知らず、モナは話を続けた。

「で、各国からすればそんな無国籍の者に腰が引けていては戦争で言うところの戦わずに全面撤退ってことだから、それじゃ恥をかくわ。だから戦うことを表明せざるを得ない。そうなれば世界でシャラガ研究に傾倒したとしても、その研究目的は鬼を倒す為ということにすり替えてしまえるわ。シャラガはただの研究材料じゃなくて常に戦争の代わり、戦いそのものでないといけないんだけど、それが実現できるわ!」

「あのー・・・盛り上がっているところ大変申し訳ないのですが、その鬼役さんは普通に世界から狙われて逮捕とかされて、ハイ平和が戻りました、みたいな結末はないのでしょうか?」

「そんなの有り得ないわよ。シャラガでケンカを売って来たんだからシャラガで勝たないと意味が無いわ。もしシャラガで勝たずに逮捕とか処刑とかしてしまった国があったら、その国は国威を失い、国民が怒り狂って簡単に破滅よ。みんな普段から二言目には騎士道精神と言うくらいなのよ。そんなことをするよりも、自国のプレーヤーの誰かが鬼に勝てば、それこそ世界的な超英雄になってその国はまさに強国になるんだから毒を盛るようなことをしても損よ」

「なるほど・・・その鬼役さんはとりあえず無事なのは分かりました・・・では、その鬼役をやってくれる人を見つける旅に出ようと思います・・・本当にありがとうございました・・・」

 リョウマは出来るだけ自然にその場を立ち去ろうとしたが、この狭い部屋では不可能であった。

「あなたに決まってるんだからふざけてないで一緒に考えなさいよ!」

「そうだよ!師匠めっちゃ強いんだからやれるって!」

「二人ともちょっと待って!俺の考えも聞いて!」

 すると、モナは信用していない顔をしながら言った。

「いいわよ、話してみて」

(この人絶対に期待してないな、俺の話・・・)

「俺のアイデアはこう。そもそも交換拒否のことや5手爆弾のことを知ってる俺の知識が問題なんだから、絶対にそれを誰にも言わない!俺も大会に出ない!ってのはどう?もう一生平和って感じじゃない?だいたいさ、何でこの部屋の中だけいつも戦争の危機に直面してるんだよ!」

「それはダメよ」

 モナは即答であった。

「えー!どうしてですか!?」

 リョウマからすれば自分の知識が引き金であるなら自分が埋もれれば良いと考えるのは普通のことである。

「いずれ誰かがその知識と同じ手順に気付くわよ。今まで気付かなかったというだけで、今後も絶対に気付かないなんて確証はないわ。リョウマの知識が、と言ったから分かりにくかったかもしれないけど、誰の知識でも同じなのよ。気付いたプレーヤーが下手に公表したら同じことなのよ。問題はシャラガが戦争の代わりをする道具でなくなってしまうことなの。賭けシャラガが禁止されている最大の理由でもあるわ。誰かが気付いてしまう前にあなたが現れて良かったのよ」

「・・・」

 リョウマは何と返事をしたらいいのか分からなかった。なぜ将棋の知識がこんな壮大な話に繋がってしまうのか、彼の脳細胞のうちたった一つでさえ分からないような状態であった。

「ある程度分かってきてしまったことで求心力を失うってことがあるのよ。例えばシャラガ以外のゲームがあったとして、それが完全解明されたとして、じゃあそれが戦争の代わりになる?ならないでしょ?違法な賭けも成立しない。つまり、知識や考え方が未熟だからこそ意味があるのよ。シャラガという得体の知れないとてつもなく複雑で難しいものという意識があるからこそ、戦争代わりの道具になるのよ。でも、いずれシャラガもどんどん研究が進んで求心力を失う事態になるわ。その時、そんな人間の研究なんかを圧倒するほどの人智を超えた鬼がいれば、シャラガで戦い続ける意義は十分あると思うわ。つまり引き続きシャラガで戦わなければならない状況を作り出すの。それにはテンドリアのプレーヤーを凌駕する存在、つまり、あなたが必要よ」

「何だかよく分かんないんですけど、誰かが交換拒否とかの是非に気付いた後もシャラガが戦争の代わりになるように、俺は一生その鬼役をやるんですか?」

「そうは言っていないわ。テンドリアに時間を与えてくれればいいの」

「時間?」

「そうよ。シャラガに代わる物を探す時間、あなたの代わりになる者が育つ時間、本当の意味で戦争を終わらせるだけの時間・・・そういった時間。逆に言えば今までがすごく危うかったということよ。本来、シャラガというただのゲームが戦争代わりになるわけがないのよ。でも全員が、なんていうか、夢見ているというか、騙されているというか、信じているというか、そういう状態だから運良く今まで殺し合いを中断出来ていた。その夢に1人でも疑問を抱いて抜け出して、その夢の研究を始めちゃってしばらくして、おーいみんな目を覚ませー!と言ってしまったらおしまいよ。その危うさを少しでも安定させて時間を稼ぐには鬼役が必要なの。テンドリアはずっと危機状態だったのよ。血みどろの歴史に戻らなかったのはただ運が良かっただけ。でもその運は明日には尽きているかも知れない。今、それに気付いたわ」

(・・・壮大過ぎる・・・単なる筋違い角の定跡が世界大戦を引き起こすなんて・・・どんだけ筋違いなんだという気がしないでもないが・・・どうしよう、この世界の知識が無いから否定出来ない・・・)

「言いだしっぺの僕がこんなこと言っちゃうのは気が引けるんだけど、師匠の知識の研究が何で関係するのか、まだよく分かんない」

 ノールドがモナの目を見ながら聞いた。

「本質として研究自体は直接関係無いのよ。シャラガへの信仰心を崩す引き金になるというだけ。研究以外にも引き金はいくつもあるかもしれないわ。それよりも、現状シャラガは騎士道精神の表現の場として使えていて、勝負も付けられるというのが大きいのよ。結局ね、国威とか、個人の意地だとか、生き様だとか、そういうものを発する場が欲しいのよ。そして今はシャラガでならみんなそれが出来ると信じていて、そうすることにある意味満足しているの。ノールドはゴーレムが好きでしょう?」

「好きだよ」

「なぜ好きだと思うの?」

「騎士道精神があるからだよ!」

(あ、そういうことか)

 リョウマはモナが言いたいことの一端が垣間見えたような気がした。

「もし、ゴーレムに騎士道精神が無かったら?」

「やらないよ、意味ないじゃん」

「そう、意味がなくなっちゃうの。ゴーレムが優秀な戦法だとしても、誰もやらなくなるわ。シャラガに騎士道精神が無いと思われたら、誰もシャラガなんてやらなくなるわ」

「ああ、そうかも」

 ノールドもモナの言いたいことが少し分かった。

「それとね、騎士道精神が本当にあるかどうかじゃなくて、あるように感じられるかどうかが大事なのよ」

「まるで洗脳・・・」

 リョウマがそう呟いた。

「そうね、それが近いかもしれないわね。研究といっても、シャラガにおける騎士道のあり方とか騎士道精神の示し方のような研究はむしろいいんだけど、ただのゲームとしての研究はその洗脳を解いてしまう可能性が高いわ」

(格闘ゲームも格闘家精神を全開にしていわゆる厨二っぽい遊び方をする人もいれば、フレーム数や無敵時間とかを研究する人もいるようなものか。このテンドリアでは前者の人しかいなくて、真剣にそう信じちゃってるから、あたかも本当に格闘技の代わりになっているように思われているということか。研究している人が、こんなもんフレームレートと作ってる人のさじ加減に縛られたただのタイミングゲーですよドヤァって言っちゃって、信じてる人の中から冷めちゃう人も出てくるということか。そうなると、確かにゲームじゃ満足出来なくて外で誰かを殴る人も出てくるかもしれないな。それがここテンドリアでは戦争に発展してしまうということか・・・この世界怖すぎだろ・・・)

 リョウマは不安になってきたので現実的な話に切り替えようとした。

「じゃちょっと具体的なことを聞きますけど、知識の公表とかはどうやってするんですか?」

「そうね、例えば公表内容を聖剣に見立ててはどうかしら?」

「セイ?え?セイ?セイケン?」

(長渕?)

 リョウマはもっと現実感のある話を聞きたくて質問したのだが、思いがけないモナの返答に再び混乱した。

「そう、鬼を滅ぼす聖なる剣よ」

「全く意味が分かりませんけど・・・」

「聖剣!?何それ?カッコイイ・・・」

聖剣と言われて困惑するリョウマと目を輝かせるノールド。

「テンドリアでは今まで交換拒否を前提に指してきた。それは、あなたから見たこの世界のシャラガのレベルが低く思える原因の一つよ。交換拒否しなくてもいいなんてみんな知らないから。でも逆にみんなが知って交換拒否しなくなったら、みんなの指し方が劇的に改善すると思わない?テンドリアのプレーヤーの腕前の水準は一気に上がると思うわ」

「確かに一気に良くなると思います。でも、それが鬼を滅ぼす聖なる剣と何の繋がりが?」

「だからね、鬼を倒すにはこの聖なる剣が必要じゃ!、つまり公表内容ね、そして、おぬしにこの剣を授けよう、そして巨悪を倒すのじゃ!ってやるのよ。世界に向かって。演出抜きにもうちょっと分かり易く言えば、あなたの今の力じゃ鬼に勝つのは絶対に不可能だけど、この知識があれば倒せるかもしれない、とそそのかすということよ」

「な・・・なるほど・・・それで鬼を滅ぼす聖なる剣・・・」

「これらを効果的に演出するには、まず鬼役が世界的なトッププレーヤーを相手に、世界中の誰にでも分かるような形で圧勝するの。出来ればハンデ戦がいいわね。そして鬼は世界に向かってケンカを売るのよ。ザコどもめ!なにがセイクリッドワンだ!この俺様こそが世界最強の料理長だ!わははは!と。そしてタイミングよく神様が現れて、聖剣を世界の勇者達に託して鬼退治を依頼する、つまり知識を公表するのよ。このシナリオならいけると思うわ」

「ねえモナ!師匠ってトッププレーヤーにハンデ戦で勝てるかな?」

 ノールドがまた子供らしい、そして誰もが疑問に思う当然の質問をした。もちろんリョウマには判断が付かない。対局経験はこの2人とあとはバーデラとの駒落ちしか無いのだから。

「それだよそれ!そもそも世界的トッププレーヤーとやらが普通に俺より強かったら全く意味ないじゃん!」

 リョウマは鬼役を逃げる口実を見つけたとばかりに強気に言った。

「たぶんあなたの方が強いわよ。今まで2個落ちで連敗し続けて来て確信したわ。トッププレーヤー相手でも2個落ちなら私は勝つもの」

 しかし、リョウマはトッププレーヤーを見たこともないのでどうしても受け入れ難かった。

(でも、世界なんだぞ!トップは凄いに決まってる!)

「だけど、トップの人達を見たこともないし、やっぱ世界のトップなんだから俺は自信無いですよ!」

「前回のセイクリッドワンのログがあるわよ。それを見てみればどう?少しは腕前を知ることが出来るんじゃない?」

「・・・分かりました、ログは見てみます。あ!鬼役のことは分かってないですからね!絶対に絶対に嫌ですからね!そもそもモナさんには出来るだけ穏便に平和的にって最初に伝えたんですよ!」

「それは大丈夫よ。鬼役といってもリョウマということは隠せばいいわ。正体は誰も知らない、ということよ。対局の時も相手と同じテーブルで向かい合う必要なんて無いわ。あなたは離れた所から偉そうに指し手を指示して、駒を動かす役の人がその通りに指せばいいわ」

「・・・絶対に嫌です・・・」

「あ、一つ問題があるわね」

「何ですか?大問題発生でこの物騒なだけの思い付きシナリオも中止ですか?いや、普通に中止しません?」

 リョウマが淡い期待を抱いてそう聞くと、またもやモナが彼には理解し難いことを言った。

「邪教の集団が生まれるわ」

「は?ジャキョー・・・?は?もう意味分かんない・・・」

「ねえ早くログ並べて解説してよー」

 リョウマが頭を抱えていると、ノールドがそう急かした。

矛盾等御座いましたらご指摘頂けますと幸甚です。

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