第十話「常識」
3人はリョウマの部屋に戻った。道中は先ほどの重い話を思い出して3人とも黙ったままだった。誰かに知られやしないかという不安もそれに拍車を掛けていた。
「本当に大混乱なんて起きるんですか!?」
リョウマにとっては筋違い角なんてただの指し手であり、形勢が良くならないことも常識であった。何よりそんなことになってしまうはずがないという一種の拒否反応がそう言わせた。
「きっと起きるわよ」
モナは椅子に座りながら冷静にそう返した。
「さっきモナさんから影響が大きいことを聞いた時には確かにそんなことも起きるかもしれないと思いましたけど、冷静になるとそこまで大事にはならないんじゃないかという気がします」
リョウマはそう食い下がったが、モナは鋭く指摘した。
「それはあなたの願望じゃなくて?」
(・・・うっ・・・確かにそうかも・・・)
リョウマは何も言い返せなかった。
「大混乱で済めば、まだ良いかもしれないわよ・・・」
モナが一段小さな声でそう呟いた。
「ど、どういうことですか?」
「ここではあなたの世界の常識と違って、手の内を見せないのが普通。研究も個人で行う。英雄は国に囲われる。つまり、あなたがそんな知識を持っていると知ったら、あなたの知識を独り占めしたいと思う人や国が現れても不思議じゃないわ」
「えっ・・・」
今までずっと治安の良さを自慢していた国に住んでいたリョウマにとってはそんなことは思いつきもしなかった。
「ここでは各国が戦争中というのを忘れないで。あなたの知識はとてつもない武器なのよ。あなたが単純に英雄扱いされて富や美女に埋もれるだけなら何も問題ないわ。でも、さっきのことはそんなのを凌駕しているのよ」
「元々住んでいた世界が違った俺にはそういうのは理解が難しいです・・・」
「そうね、でも今はそういう世界にいるということよ。それだけは自覚しなきゃダメよ?」
「・・・分かりました」
リョウマは力無く答えた。
「それじゃあ、両取りに打った側が良くならない理由を教えて」
リョウマとモナはシャラガセットを用意して駒を並べた。ノールドも横からそれを静かに聞いていた。一通り説明し終えると、モナが片手で頬杖を付いた。
「まだ私には全て理解出来ないわ。でも、打った側が不利というのは分からなくても、少なくとも打たれた側が互角以上というのは分かったわ。大混乱を引き起こすにはこれで十分よ。私以上のプレーヤー達ならもっと深く理解するでしょうし、ランクの下位の人達には分からなくても、そういう上位の人達がリョウマの結論に同調すれば下位の人達も従う・・・つまり世界が変わるわ」
(そうか、この世界の大半のプレーヤーは常識に対して理解をしているというよりも知識として与えられているだけなんだ。だから5手爆弾にしても筋違い角にしても間違った結論が正されずにいたんだな)
リョウマはようやくこの世界におけるシャラガの問題点が少しずつ見えてきた。
「難しい・・・全然分かんなかった」
ノールドにはとっては高度過ぎて分からなかった。しかし、彼にはモナは理解していたように見えたので、どうやら自分の常識の方が間違っているようだと思えた。
(ノールドには後で細かく説明が必要だな)
「今までの常識に対して、誰か異を唱えるトッププレーヤーはいなかったのですか?」
リョウマは自分が分かってきたことに対する裏付けが欲しかった。
「私が知る範囲ではいなかったわ。私だってゴーレムの有効性について疑問を抱きつつも、別にそれを研究しようとは思わなかったし、それよりは自分の戦法の研究を優先していたわ。それに、常識が間違っていたとしても全員が間違った知識を正しいと思っていたから問題が表面化して来なかったのよ。ゴーレム対策もゴーレムを否定しようというのではなくてゴーレムに対する戦い方を考えているに過ぎないわ」
「なるほど・・・俺の世界ではある戦法を否定するほどの研究もされていたんです。それは真理を追究していく上では普通のことでした」
「ルールは同じでもそこが一番違うのよ。テンドリアではシャラガは戦争の代わりであり、勝負を付ける一種の道具でしかないわ。もちろんそのおかげで日常への影響は大きいけれど。あなたの世界の研究はまるで全員でシャラガを解き明かそうとしているみたいに思えるわ」
「そうです、まさにそれです!」
リョウマがそう答えるとモナは一瞬ビクっとしたが、すぐに冷静になってこう言った。
「・・・あなたの影響で、テンドリアもそうなっていく可能性があるわ。でもそうなると戦争の代わりとしての役割がどうなってしまうか分からない・・・」
(どういうこと・・・?)
「さっき私は適切なタイミングと適切な方法で知らせれば大混乱は避けられると言ったけど、もしかしたらその考えすらも甘いのかもしれないわ」
異世界人であるリョウマにはもうどうしたら良いのか分からなくなってしまっていた。
「戦争の代わり?の役目?が無くなっちゃったらどうなるの?」
今まで黙って聞いていたノールドは2人に向かって子供らしい質問をした。
「それが分からないのよ。最悪の場合、再び武力による戦争が始まりかねない」
「どうして?シャラガもセイクリッドワンも無くならないのに?」
「勝負の側面が薄れると国対国という意義が薄れてしまう可能性があるのよ。ゴーレムは騎士道精神を抱いたまま誰にも指されなくなって消え去るわ。でも騎士道精神も消えるというわけではないの。シャラガを離れたその精神や国威が今度はどこをねぐらにするかということよ。もしまた武力に帰ってしまったら悲惨な歴史が繰り返されるかもしれないわ」
「うーん・・・よく分かんない・・・」
この世界の人間であるノールドが分からないのだから、リョウマはさらに分かるわけが無かった。
「国対国といってもたった2カ国で戦っているわけではないわ。今までシャラガでは敵と味方がハッキリしていたけど、これが研究に傾いて感想戦とかやるようになっては敵と味方という構図が弱まるわ。そしてリョウマみたいに勝っても喜ばなくなってしまったら勝ち名乗りすら上げられない。シャラガはただのポーズじゃないのよ。戦争の代わりなの。知識は武器、プレーヤーは兵。感想戦なんてただの裏切り行為だとみなす国民が出てくると思うのよ。そうなるともうシャラガなんてやめてしまえという声が少しかもしれないけど必ず出てくる。つまり本当にこれは戦争の代わりとして妥当なのか?という迷いが生じてしまう」
(だめだ・・・何のこっちゃ全然分からない・・・)
「モナさん、ギブアップ!もうわけが分かりません!この世界に来てまだ数えるほどの日数しか過ごしていない異世界人の俺にはサッパリ分からないです。この話はとりあえず置いといてシャラガやりましょうよ!シャラガ!ね!?」
「そう?あなたにはちゃんと理解しておいてもらいたいのだけど、仕方ないわね」
リョウマの提案にノールドは快諾し、モナはしぶしぶだが、3人は駒を並べ始めた。
矛盾等御座いましたらご指摘頂けますと幸甚です。