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第九話「嵐の前触れ」

「次はモナさんの方の話に移りましょう」

 3人は休憩を終えて再び席に着き、リョウマがそう言ったのをきっかけに話を再開した。リョウマはなぜモナが最序盤での角交換を拒否するのか理由を聞きたかった。

「それは交換されると直後に4五へ打たれて不利だからよ」

「へ!?」

 思ってもみなかった回答にリョウマは驚いた。

(4五って、筋違い角のことか・・・?)


 ―筋違い角とは、将棋における一つの手段である。例えば先手の初手7六歩に対し、後手が3四歩とすると、先手から2二角成と角を取る手段が生じる。もちろん後手は同銀と取り返すのだが、その取り返した局面をよく見ると、お互いに角を手持ちにし、先手は7六歩の1手だけを指した形であり、後手は3四歩と2二銀の2手を指した格好になっている。これは先手が1手損になった形であり、先手と後手の関係がひっくり返っているので、先手が損であるとされているのだが、後手が角を取り返した局面で先手には4五角と打つ手段がある。これは

 1. 6三へ歩を取りながらの角成

 2. 3四の歩取り

 を狙っている。後手はどちらの歩を取らせるか、ということになるが、通常、6三の歩を守り、歩は取られても成られずに済む3四の歩を取らせるという選択をする。結果的に、先手は角を打った代わりに歩を取ったということになる。初心者の頃は、歩を取られた損を大きく感じてしまいがちであるが、実際には先手は歩を取っただけで次の手段があまり無く、中途半端な位置の角を再活用するのも難しい、反対に後手は歩を取られはしたものの、手持ちの角の存在が大きく、単純に歩を取るだけの筋違い角は打った方が損であるとされている―


「えーっと、それって・・・」

 リョウマはモナに説明してくれるように促した。そして彼女が言うには、筋違い角で歩を1枚取られてしまうから不利になってしまうという、テンドリアでは常識ということだった。

(凄いな、この世界では5手爆弾も無敵囲いも筋違い角も全然違う解釈や結論が出ている・・・なんか新鮮・・・)

「なるほど、よく分かりました。でも、その損は損になってないです。それよりも、中途半端な位置に大駒を打ってしまうことの方が損ですから。だから交換拒否をする必要は無いんです」


 と、リョウマは彼にとっては凄く当然のことを話しただけであったが、それを聞いたモナは今までで一番驚いた反応を見せた。

「なんですって!?ちょ、ちょっと、ちょっと待って!?」

 彼女が急に取り乱したのでリョウマもノールドも驚いた。

「モナさんどうしたんですか?落ち着いて下さい」

 リョウマは彼女の取り乱し方に驚きつつも、冷静になるように促したが、彼女は落ち着かなかった。

「落ち着けですって!?落ち着いてなんていられないわよ!あなた今、とんでもないこと言ってるのよ!」

「へ?」

 リョウマには何のことか全く分からなかった。ようやくモナが自制し始めて、何度か深呼吸をして今までで一番真面目な顔をしてリョウマに語り出した。

「・・・もし、本当に、あなたの言う通りだとしたら、テンドリアにおける今までのほぼ全ての戦法や各個人の研究が、ゴミになるわ」

 このモナの話はリョウマにとってあまりにも突飛であった。

「あのー・・・全然意味が分からないんですが・・・」

 リョウマはモナに補足するように促した。

「例えばさっき言ったゴーレム。これも交換拒否が前提で出来ている戦法よ。そしてそれに合わせたゴーレム対策も多数ある。でも、もし交換拒否しなくてもいいなら、これらの戦法は大前提を失ってそもそも出来なくなる。あなたにとっては普通のことなんでしょうけど、この世界のプレーヤー達にとっては前代未聞の大事件よ!」

 リョウマがまだよく分かっていないのを汲み取ったモナは、彼に一つ質問をした。

「良く考えて。もし、もしよ?逆に交換拒否が正しいのだという情報があなたの世界にもたらされて、それが本当に正しそうだという検証結果が出ちゃったら、あなたの世界の今までの研究や戦法は、どうなると思う?」

「・・・え?」

 リョウマにとってはこれ以上無い想像の遥か上を行く質問であった。

(もし、筋違い角側が有利だったら・・・)

 それは、7六歩、3四歩で始まる戦法は元より、それに準ずる似たような条件の形の序盤の手順が登場しないことになる。リョウマはそこまで考えて、この世界における筋違い角の常識を覆すことの意義の一端に気付き、そして、怖くなってきた。

「・・・分かった?しかもテンドリアではシャラガはただのゲームじゃない。生活や国の経済にも多大な影響を及ぼす国際競技よ。国の威を示すこともある。今までの積み重ねを支えてきた大きな受け皿がひっくり返るのよ・・・」

「どういうこと?僕にも分かるように教えてよ」

 今まで黙って話を聞いていたノールドがそう言ったが、それに答えたモナの一言によって再び黙ってしまった。彼も段々と事の重大さに気付き始めていた。

「ゴーレムなんて文字通り、ただの土くれになるわ」

「モナさん、それって・・・」

 リョウマは段々怖くなって来ていた。

(簡単に考え過ぎていたかもしれない・・・)

 リョウマにとっては手の善悪でしかないものが、この世界では常識を根底から覆してしまい、今までの積み重ねや研究を陳腐化させてしまうのだと彼はようやく実感してきた。だからこそ異世界の庶民でしかない彼には、それによって自分の身に何が起こるのか見当も付かず、ただただ怖さだけを抱いていた。彼がこの状況で唯一頼れるのは前科持ちのモナ・スミノだけ。

「一旦部屋に戻りましょう。そこで交換の是非について具体的な手順で教えて・・・。それでリョウマ、ノールド、よく聞いて。リョウマの知識は私の想像を遥かに超えていると思うわ。それでもし本当にリョウマの言っていることが正しいのなら、つまり交換を拒否しなくても大丈夫なら、その情報はいつか適切なタイミングと適切な方法で世界に伝える必要があることよ。でも、それはこの3人だけでは無理よ。混乱にあらかじめ備えておく根回しが必要、国レベルのね。だからそれまではこの3人の秘密にしておかないといけないわ。リョウマの世界では違うみたいだけど、ここではシャラガによってその人の人生すら決めてしまうのだから、間違いなく大混乱が起こるわよ」

 あまりにも壮大な話に、リョウマとノールドは頷くことしか出来なかった。


 3人は部屋に戻る為、レストランを出ようとした所で、大声で話しかけられた。つい先ほどまで重い話をしていたばかりだった為、3人ともビクっとなって声のした方を見た。そこにはマイア、バーデラ、ジョージの3名がいた。

「リョウマ!あんた仕事の試験に落ちたって聞いたわよ!何やってんのよ」

「まあまあ、かなり努力したらしいよ。それは試験監督者も認めていた」

 マイアが辛らつに言うのを彼女の父であるジョージが諌めた。

「あ、お前モナ・スミノか。うちの区の連中に何ちょっかい出してやがる」

 バーデラがモナを睨んでそう言った。リョウマはモナをちらっと見ると、いつもの余裕の笑みを湛えた表情をしており、つい先ほどまでの雰囲気を感じさせなかった。

「あら、お三方。こんばんは」

 リョウマは彼女が演技をするのを感じ取り、ノールドに小声でこう言った。

「モナさんに合わせて」

 するとノールドも分かっていたようで、無言で頷いた。

「ちょっかいなんて失礼ね、この2人が私にパートナーになるように言ってきたのよ。シャラガ勝負で私に勝ったらパートナーになれってね」

「はぁ?リョウマ、あんたバカなの?8個落ちで勝ったからっていきなりゴールドの人に勝てるわけないじゃない!」

 マイアがキレたが、それを気にするそぶりを見せずにモナが続けた。

「それでね、結果は当然だけど私が圧倒的に勝ったわ。だからこうすることにしたの。じゃあ私の組のパートナーになりなさいってね。で、今こうして3人で戦略会議していたところよ」

「つまり、奴隷か」

 バーデラが悟ったようにそう言った。

「モナ、お前は前科持ちだから大会に出られないことは分かっているだろう?2人を使って一体何がしたいんだ?」

 ジョージが割って入り、冷静にそう言った。それに対してモナは少し考えるフリをして、こう返事した。

「うーん・・・趣味かしら?私がね、この2人に稽古付けてあげることにしたのよ?ついに私も先生よ?」

「あまり変なことはするんじゃないぞ、分かっているよな?ところでリョウマ君、仕事はどうする?」

 ジョージはモナに釘を刺しつつ、冷静にリョウマに聞いた。それに対してリョウマが返事をしようとした所でモナが先に彼の代わりに答えてしまった。

「仕事なんてさせないわよ」

 これ以降、リョウマとノールドがモナの奴隷になったという噂が西区を駆け巡り、モナが趣味で毎日2人をシャラガでボコっていると思われるようになった。そして、その凄惨な現場は3人がたびたび出入りしているのを目撃されているリョウマの部屋であるとされ、誰も近寄ろうとはしなくなった。

矛盾等御座いましたらご指摘頂けますと幸甚です。

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