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その記憶喪失、最悪につき  作者: 沼田ゆう
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斜め上の邂逅

 ヒサギリ・アギリ。

 南区の『喧嘩屋』。

 《具現化の因子》を与えられた戦士が一人である。

 その因子の汎用性、自由度の高さもさることながら、本人の高い戦闘センスと戦闘意欲も相まって、その経歴は世界を渡って一年ほどであるものの、その実力は次の闘技会で優勝候補に名を連ねる程である。

「――自慢じゃねぇが、俺ぁ結構強ぇんだわ。そこら辺の並みいる雑魚どもが束で掛かってきても、片手で事足り程度にはなぁ」

 言いながら、アギリは新たな透明な槍を生み出し、放つ。

「《具現化の因子》って呼ばれてるこいつぁ、細かに想像できるもんじゃねぇと反応しねぇし、槍じゃねえといけねぇって決まりはあるものの、大概のものは生み出せる。扱いや投げる力に関しちゃ、身体基準だが、それも鍛えりゃいい。この世界でならなぁ」

 更にもう一撃、言ったことが事実であると示すように手の先に意識を集中する。

 現れたのは透明ではない。しかし先ほどまで生み出していた短いそれよりも更に短く手のひらサイズを三本、槍と形容するべきかも不明な、錐のようなそれを素早く飛ばす。

 視界の向こうで、金属の響く音が――三回。

 それから、つまらなそうにアギリは呟く。

 その顔に、先ほどまでの笑みはない。

「で、こっちに来たばっかの新参者――だったかぁ。俺に喧嘩売って、俺を一度は叩きのめして、俺が《因子》の本領を発揮して、まだ生きてる手前ぇは一体何もんだ?」

 無論、龍王の規定が絶対とするこの世界において、街中で殺傷の類を行うことはできない。

 出力を抑える、発生されない、など結果は多岐に渡るものの殺せないという事実は変わりない。

 だからこそ、この場でいうアギリの質問は『なぜまだ動けている』という意味合いである。

 動けている。死んでいない。致命傷を受けていない。

 フードを被った新参者は、まだ生きている。

「質問を変えるぞ。手前ぇ名前は。どんな世界から来た。魔女と知り合いっつたが、どこでどんな繋がりだった。目的を言ってみろ」

 その素顔はわからない。剣士らしからぬということも含め、素性が掴めないところはあるが、こっちに来たばかりだというのであれば、気にするだけ無駄だろう。

 本当に、新参者ならば。

「…………」

「言う気はない、か。……ま、当然だわなぁ。戦闘中だってのにフードを外さねえくらいだ。最初は舐めてんのかとも思ったが、それにも理由があんだろ。素性が明らかにできねぇ理由が」

 剣を抜いた瞬間から、アギリには引っかかっていたことがあった。

 この男、どこかで見たような気がしないか――と。

「日よけのフードと、黒曜の剣。一回しか戦ったこたねぇんだが、それだけに印象ってのは薄れねぇもんだなぁ? 手前ぇの特徴はどっかでみたことあんだぁ」

 この世界に来て間も無いころ、実に一年ほど前の記憶である。

 アギリはゴクリと一度喉を鳴らし、

「まさかとは思うが、手前ぇ……《最悪の――――」 


 ゴッ!! と声を遮る衝突音。

 突如飛来した人の頭ほどある氷の塊がアギリをぶっ飛ばした。


「がぁあッ――……でぇ、一体……なんだってんだぁ!?」

 予想の斜め上をいく展開に、フードを被った新参者――希望の目が点になる中、二転三転と物理的に地面を転がり一瞬で沸点を超えたと思われるアギリが、立ち上がる。

「……あ、ああ、あああああんッッ!? 手前ぇなんのつもりでぐっぼッ!!」 

 なにやら新たな槍を具現化しようとしたアギリだったが、その輪郭が整うよりも数倍早く、先ほどよりも一回り大きい氷が飛来しアギリの腹部に直撃すると、勢い余って通路の奥へと吹き飛んでいく。あれでは受け身どうこうという前に、反応すら出来なかっただろう。

 追い打ちとばかりにもう一回り大きい氷が通路へと吸い込まれていく。

「なんで氷……つか、流石に死んだか……?」

 大人一人分かというサイズの巨大な氷だ。重さと硬度を考えれば鈍器と大差はないそれが突如として現れ、アギリを狙い撃ちにしたのだ。

「――人ん家の前を槍畑にしやがって、誰が片づけると思ってやがる」

 希望の理解を待たず事態は変化する。氷が飛んできた方向から、女の声がした。

「……子供?」

 先刻に触れるなと言われた不思議な扉が開け放たれ、その前には小さな人影が一つ。

 身長は希望の腰ぐらい、しゃがんで目線が合う子供の背丈である。腰まで伸びた色素の薄い赤というよりはピンクに近い長い髪と布切れを胸と腰に巻いただけの、下着以下の恰好をした幼女。

 無論、希望に見覚えはない。

(だが、このガキ……何処かで――)

 ぺたぺたとサンダルのまま歩きだし、きょろきょろと槍畑と表現した辺りを見回す幼女。

 その大きな瞳が不意に、希望を捉えた。


「あれ……キボウ? お前、何でこっちにいるんだ?」


「………………………………へ?」

 長い沈黙の後で、またもや間抜けな声が漏れた。

「あ、やべ」

 立て続けに幼女の表情が変わる。

 だが、もう遅い。というか、その反応が決め手となる。

 希望は目を逸らした幼女をジトリと睨んだ。

「……お前、遥奈か」

 目の前の幼女は、どう見ても記憶にある逢魔遥奈と似ても似つかない。

 だが一度思い出してしまえば、どうということはないのだ。

「なんだ、お前。魔女とか言われてとうとう男まで止めたか。ゲームと現実の区別がついてないやつだとは思っちゃいたが、わざわざ当時のゲームキャラと同じ姿になってるとはな」

 とあるオンラインゲームで、目の前の幼女とよく似たキャラクターを見たことがある。――とすれば、関連づけることはそう難しいことではない。もっとも記憶にあった幼女は、眼前に立つ痴女紛いの風貌でなく、ゲーム基準でまともな装備を着ていたが。 

「………………」

「なんとか言ったらどうだ、久々……ってわけでもないのか? どうか知らんが」

 なによりこの世界の記憶こそないが、希望の知る限り彼の名をそのまま『キボウ』と読む者は逢魔遥奈ただ一人なのだ。希望の性格からしても、他の誰にそれを許すとも思えない。

 詰め寄る希望に、幼女は視線を逸らし頭を押さえた。

「あー……しくった。――いや、しくったはしくったが……逆にこれでどうなるってことはないか? ……うん、きっと大丈夫。私の責任にはならないはずだ、それどころかきっかけづくりにもなる……つまりナイス機転だ。流石は私」

 暫くぶつくさと垂れていた幼女だったが、何度か自分に言い聞かすように言って振り返る。

「待たせたな、キボウ。いかにも私が逢魔遥奈だ」

 キリっと、幼女がよく知る淡い瞳をこちらに向けた。

(……ああ、この後先を考えない残念な感じ。確かに遥奈だ)

 半信半疑だった部分が氷解し、後には何とも言えない感慨だけが残る。ここで目覚めてまだ一日と経っていないはずではあるが、知り合いが一人いるだけで随分と気が楽になることに気づいた瞬間だった。

 三年の間に性転換しているような輩を、口で言うほどに信頼などしてない。

 だが、それでも希望がどこか安心感を覚えたのは事実なのだ。

「それで?」

「ん?」

「ん、じゃねえよ。私のとこに来たってことは、何かしら理由があるんだろ。何だっていきなりアギリの奴と喧嘩してやがる」

 周囲の惨状。それらを希望も目に映して、よく生きていたものだと他人事のように思う。

(ま、後半戦においては、あいつの相手してたのはほぼ他人か――)

 見えない槍が防げるはずもない。それを防げたのは、勘としか言いようがないのだ。

 それはこの尾張希望のものではなく、ラインというこの世界で二年、三年に及び己の鍛錬を怠らなかった《先駆者》尾張希望の経験則――つまりは第六感である。

 もっとも、それを言い出してしまえば、アカネを振り回した腕力を始めとして、ここまで自分自身のものなど意識を除いて一つもないが。

「まあ……お前がいるって聞いたんで、情報のすり合わせがしたかった」

「すり合わせ……? そもそも、私のことは誰から聞いた?」

「アカネだ。《先駆者》で『女神の盾』とかも呼ばれてたな。大柄で髪の長い、武士風の」

「ああ、あの馬鹿か……ちっ、あの馬鹿」

 二度、別の意味で口にする。

「ならすり合わせするまでもないな。なんの情報か知らんが、あの馬鹿の口から出た情報なら足らない部分はあれど間違いはないさ。アレの脳みそは他人を騙せるようには出来てない」

「散々な言い様だな……俺も擁護する気は起きないが」

 希望としても、そこらへんの信用も含めて置いて来た節がある。

 人がいいというのは裏返せば、悪意に鈍感ということであり、それは転じて不要な災厄を招くこともある。今回で言えば、アカネは希望に体よく情報を引き出された上、文字通りに放り投げだされのだから、騙したわけではないが、損得で言えば骨折り損に当たるだろう。

「……いずれにせよその足りない部分の補足と、理解度の確認は必要だ。信じるかどうかはお前に任せるが、今の俺にはこの世界の記憶がない。聞きたいのも基礎知識やそこらへんだ」

 正直、信じられなくてもいい。それが希望の本心だった。

 希望が欲しいのは誇張なく、この世界の人間なら誰でも知り得る類の情報というただそれだけである。希望に記憶があろうがなかろうが――もっと言えば、目の前の幼女が実は逢魔遥奈でなかろうが、情報さえ手に入るのであれば些末な問題なのだ。

 希望は目の前の幼女を『雇ったアギリを問答無用で裏切った』という事実から、逢魔遥奈らしいとしているだけなのだから。

「おいおい余り水臭いこと言ってくれるなよ」

 だが、幼女は希望の記憶にある『逢魔遥奈』をなぞる様に声を上げた。

「この私が疑うとでも? 記憶喪失だなんて信じたほうが断然面白いだろうが、何言ってんだ?」

「わかってたけど、わかってたけどな。お前やっぱ遥奈なのか……」

 最悪な部分を含めて。記憶喪失だという希望を玩具相当にしか見てない辺りが特に。

 どちらでもいいと思ってたが、いざ確信を得てしまうと、希望はすぅっと自分の目から光が消えるのを感じた。

「まあなんだ、記憶がないにしては随分と冷静じゃないか? アカネに会ってるということは、どうせ脱出口のことも聞いてるんだろう。ならば、すぐにでも東へ向かいそうなものだがな」

 少し前の希望の思考を読む遥奈に、希望は居心地の悪さを感じながら答える。

「……俺だってそうしたいが、そうもいかん」

 現状を見るに、そう判断しなければならない。

 否、今になってその発想に至ったというべきか。

「この惨状を見ろ。誰が好き好んでこんな世界にいると思う。目が覚めれば倒錯女に襲われ、街までの道中で獣の大群に囲まれた。挙句、これだ――ここはどこだ? 街中だぞ、アカネからは安全圏だって聞いたが、死なない程度だったらなんでもありだなんて聞いてない」

「まあ、そういう世界だから、としか言えんな。だがそれくらいだったらどうにかなりそうじゃないか。ここは南区だから東区へは船一本、いまから歩いて翌朝までは掛からないぞ」

「それだけならな」

 あくまでも現実的に。理論的に、希望は続ける。

 旧友とあって無意識に引き締めていた気が弛緩している自覚はないままに。

「第一に、俺には追手がいるらしい。前の俺が何をやらかしたかは知らんが、不特定多数に命を狙われている。それもアカネを筆頭として、虚を突けば撃退出来るような間抜けじゃなく、恐らくアギリ相当の実力を持った奴がだ」

「ほう」

「次点で、ゲート……だったか? 何が出るかわからないびっくり箱が場所と時間を問わず現れる。アカネの話じゃ別の世界から人や動物が出るって聞いたが、あの様子じゃそれだけじゃない。万が一、建物や地形が丸ごと飛び出て来た日には、その時点でゲームオーバーだ」

「数える程だが、あっちの建物が発見されていることはここに明言しといてやるよ」

 そらみたことか。――希望は鼻を鳴らす。

「最後に、これが一番の問題だ」

 そう言って、希望は剣を外し、外套を脱ぐと逆さにしてバサバサと揺らした。

「…………?」

 遥奈が「こいつは何をやってるんだろう」と白い眼を向ける中、さらにパンツに取り付けられた複数のポケットに手を突っ込み、ご丁寧に裏地を取り出して見せつける。

「見ての通りだ」

「……ああ」

 切実な問題を前に、遥奈も哀れみの声を上げた。

 ――金がない。

 大多数の人がいるのだから想定していたことではあるが、この世界にはこの世界の貨幣があって然るべきである。それでなくとも、貨幣に代わる何らかの価値のあるものが。

 だが、希望の持ち物はいかにも高価そうな剣――アギリの言葉を借りれば『黒曜の剣』を除いてしまえば、どれも裾は焼け焦げ、裂け目が入っている始末。とても価値があるとは思えない。

「しかもだ、一つ目の問題にも触れるが、俺は追われている関係であまり表だっての行動が出来ない。それで金が得られたとしても強敵まで釣れたんじゃ本末転倒だろう。だからどうしたって帰るには情報と、船賃くらいは工面する必要がある」

 特に情報である。

 このハードモードを突破する為に、この世界の情報が。

「事情はわかったよ」

 どこか呆れたように溢すと遥奈はふらりと背を向ける。

「とりあえず話をするにも私の家に寄ってけ。私も昼はまだなんだ、なにか作ってやる」

「……お前料理出来たのか?」 

 ――というか、持て成すという概念があったのか?

 空気を呼んだ希望が言葉を飲み込むと、遥奈はひらひらと手を振る。

「三年も経てばそれなりに出来るさ。期待しとけよ」 

 そんなものだろうか。――釈然としないまま希望は痛む身体を起こして幼女の後を追った。

(つっても結局は男料理じゃ……いや、今は女か……?)

 ではしっかりしたものが出てくるのかと言えば、そうではないだろう。

 希望も料理は出来るほうでない。

 ならば、せめてゲテモノ料理が出てこないことを祈るしかなかった。

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