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その記憶喪失、最悪につき  作者: 沼田ゆう
8/23

続く勘違い

 いくらなんでも遅すぎる。

 時間は少し遡り、アカネに何かあったのではないかといまだ誤解したままのレイナと文也は宿を出て街を歩いていた。

 すれ違いになっては元も子もないという文也の意見から、二人は決闘を行っていたらしい広場で暫し足を止める。未だ熱狂の止まない数名の野次馬を捕まえては、アカネかボロボロの外套を纏った剣士を見なかったかと問い詰めていた。

「ああ、さっき……と言っても、決闘を始める直前だが、確かにおったな」 

 そう答えたのは野次馬ではなく、決闘を行っていたごつい鎧を着込んだ男である。

 男、というよりかは髭を蓄えた老人。鎧の下がどうなっているかはわからないが、風貌からは想像しにくい。老騎士といえばその通りではあるが。

「ええと、疑うわけではないですけど見間違いとかではなく……?」

「そこまで耄碌しとらんわ。あんな有名人、誰と見間違える」

 そう言われてみれば、その通りではあるが。

 大柄な体格と、薄い服装。担いだ大剣と長い髪の男。特徴だけでも珍しい部類に入る。

 それに老騎士の言う通り、この世界に浸かったものであれば《先駆者》としてのアカネを目にしたことは勿論、知らないほうが珍しいというものである。

「『女神の盾』ならほれ、向こうの道へと歩いていった。なにせ決闘の途中だったもんで、その先はわからんがな」

 老騎士の差した方向は街の北側。なにかあったかと記憶を辿り、北側は住宅街になっていると教わった覚えに至る。また、それ以外になにかを聞いた覚えがない、とも。

「そう……ですか。いえ、ありがとうございました」

 老騎士に礼を告げて文也は少し離れた位置で別の者を捕まえていたレイナへと駆け寄った。

「そっちはどう?」

「剣士の人は分からないですけど、アカネさんは街に来てるみたいです。ただ、そこの道へ向かったみたいで、向こうってなにかありましたっけ?」

「向こうの道? まあ確かに、住宅街に続く以外は……あいや、あいつがいたか」

 思い当たったそれに、レイナは苦々しく溢す。

「一本逸れた道の先に『魔女』の根城がある。でもあいつとアカネは仲良かったっけ……?」

「魔女って……あの、この世界に魔法を普及させたっていう」

「ん……ああ、そっか。同郷ってことでアカネが説明してたっけ」

「はい、『魔女』逢魔遥奈……さん、ですよね」

 頷く文也に、レイナはどうしたものかと頭をかいた。

「……んー……探しに行ってもいいんだけど……どうしようっかな。手ぶらでこっちに来てるわけないけど、またどっか行かれるのもなー……」

「……? なにか問題が?」

 暫く唸っていたレイナだったが文也の無垢な目に根負けしたように漏らす。

「南区には『喧嘩屋』って呼ばれてる相当腕の立つ男がいるらしいんだけど、どうもあたしの知り合いっぽいんだよね。だからあんまし街中で動きたくない」

「知り合い、ですか」

 それも腕が立つという。

 強敵を求めるレイナらしくないと文也は首を傾げた。

「それも兄貴ね」

「はぁ……」

 ならば尚更会いに行くべきでは。文也はそうも思ったが、レイナの吐き出した声の色がうんざりとしたものだった為に飲み込む。

「この世界に来た時、もしかしたらとは思ったけど。まさかここであいつの名前聞く日が来るとはー……とんでもない《因子》も持ってるっぽいし会うならせめて、あたしも中央に行ってからね。よくわからない力で勝ち誇られたらたまったもんじゃないわ」

 言いながらも、レイナは足を止めることはない。結局のところ、その兄と鉢合わせになることよりも、件の剣士に対する謝罪と、リベンジする欲求が勝ったのだろう。

 二人の足は、行き交う人の群れを避けるようにして北側に伸びる通路へと進む。その途中で「こっちこっち」とレイナに手招きをされ、文也は路地裏へと足を踏み入れた。

 の、だが。

「……なにこれ」

 レイナが呆然と呟いた。

 少し歩いた先で広くなった十字路があり、そこに倒れ伏すごろつきの面々。中にはレイナのよく知るものもいる。

 筆頭はなにを隠そう先刻まで一緒にいた男、アカネだった。

「…………」

 目を擦り、再度通路の奥で人ゴミとでも形容できそうな死に体に積まれる大男の姿を映す。

「……あの、レイナさん?」

「うん、わかってるわかってる」

 ちょっと現実が見えなかっただけである。

 なんだって巷で『最強の盾』だの『絶対防御』だの持て囃され、終いには『女神の盾』などと仰々しい通り名で呼ばれる男が、路地裏で目を回してるのか。

 レイナは念には念をと周囲を確認してから、アカネへと近寄るとその頬をぺちぺちと叩いた。

「ちょっと、あんた何やってんの。起きなさいってば」

「…………」

「……起きろっつてんのよッ!」

 ゴツンッと、アカネの頭部にチョップが炸裂する。 

 しかし、アカネは小さく呻くだけでそれ以上の反応はない。完全に気を失ってしまっているようだった。

「……はぁ、これじゃ事情も聞けないし。あいつもいないし……どうしたもん、か……」 

 そこでレイナと文也が通ってきたばかりの後ろの通路から声がした。

 複数の声、遠慮のない足音と共にどんどん近づく。

「――しかしさっきのフード、何だったんだろうな? 飛んでもねえ怪力と速さ、ありゃどっかの世界の英雄とかじゃねえのか?」

「まさか。ない話じゃないとは思うが、それだったら俺やお前、それにアギリの奴も問答無用でなぎ倒せばよかったんじゃねえのか?」

「そこはなんか事情があんだろうよ。この先に用があるとか言ってなかったか?」

 言いながら歩いて来たのは四人の男達。手には大量の麻袋と、どうにもここで倒れている者たちを介抱しそうな様子である。

(フード……まさか、あの剣士がこれを? 油断させてアカネ諸共、全員蹴散らしたっての……?)

 未だ、勘違いの溶けぬレイナが戦慄した。

 間違ってはいないが、微妙にズレた思考である為、どことなく偏った見方になってしまっている。

 そのことを咎める者も、正そうとする勇者もこの場にはいなかったが。

「ん……おい、なんかいるぞ」

 そのうちの一人が、レイナと文也を見た。

「おいおい、女子供が入るようなとこじゃねえぞ。そら、見逃してやるからどっかいけ」

「ガキ二人で冒険かあ? まあこんな世界だ、気持ちはわかるがなッ!」

「はっはっは、若いってのはいいねえッ!」

「ちぃとばかし若すぎるがなぁッ! がっはっはっはぁ――ひぶッ!?」

 最後の一人が下品な笑いを漏らした瞬間、飛来した少女が男の鼻先を蹴り飛ばした。

「…………へ?」

 笑いから一転の沈黙。

「誰が、ガキだって?」

「ひぃッ! え……は? まさか……」

 それからレイナの正面に立っていた男の顔が青ざめる。

「こ、こいつ西区の『狂戦士』じゃ……!?」

「はあ!? なんだってそんな危ねえ奴がこんなとこにぎぼあっ!?」

 また一人、沈黙する。

 獣の如く目を光らせるレイナの目が残った二人の男を捉える。

 背後では文也が首を振った。

「丁度よかった。あんたら関係者でしょ、フードがどうとか聞かせてもらおうか――?」

 聖戦地ラインの西区で有名な『狂戦士』――レイナはそう言って、年相応にニッコリと笑った。

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