奇を衒うということ
聖戦地“ライン”。
西、南、北の三区から成る三日月型の大陸と、東側に浮かぶ円形の大陸の総称である。
中心には世界の創造主足る龍王が棲む“ポイント”と呼ばれる縦長の島があり、数多の異世界と通じる収束点のようなこの世界は“ライン”と“ポイント”の二点から成る。
東西南北、そして中央と五つに区画分けされた活動範囲が強者の為に存在し、龍王というラスボスを倒す為、身勝手にも創造された世界の全てであった。
龍王の君臨、世界の改変、異世界からの召喚。――それらから三年。
東西南北にはそれぞれに特色が生まれ、現在進行形で龍王による修正が加えられている。
ラインという大陸に生きる戦士たちがよりよい環境で育ち、いつか龍王を討てるように。他ならぬ龍王によって、世界は断続的な修正と改善が続けられているのだ。
「どうだ希望、ここが南区の街だ。この世界では最大の規模、なかなか壮観だろう?」
南区で言えばそれは、街の規模である。
東西南北、中央。そのどれよりも広く多種多様な街並み。希望やアカネの様な異世界人でないこの世界生まれの住民。その大半はこの街に住むのだという。
森から街道を歩んで暫く、正門に至った希望は太陽に照らされる高い建物を、日の下を行き交う人の群れを眺めて一言。
「……眩しい」
顰めた顔は、光から逃れる為に影へと隠れる。上着に付いていたフードを深々と正した希望はふらりと歩き出した。
「せめて街の感想を言ってくれと……ま、いいんだがな」
苦く笑ったアカネは小走りに後を追い、その隣に並ぶ。
「そういや俺はよく知らないんだが、遥奈とは元の世界でも知り合いだったのか?」
「……そこ、さっきからやけに引っかかるな。俺が他人を気にするのがそんなに意外か」
「そういうわけじゃないさ。何だかんだ言って身内には甘いやつだって知ってるからな。――ただ、だからこそ気にはなる。記憶がないってのに素性の明らかな後輩よりも、確信をもって迷いなく選び取るくらいだからな。なら可能性としちゃ元の世界からの知り合いってのが妥当だろ?」
「…………」
こいつ馬鹿は馬鹿でも、考えられるタイプの馬鹿か。――希望は内心で悪態をつく。
チラリと傍らに視線を向ければ楽し気に返事を待つ男が視界に入り、ため息が漏れた。
「ああそうだよ、逢魔遥奈は元の世界からの付き合いでどっかのアホな後輩より確実に頼りになる。ついでに言えばお前よりは信用も出来る。これで満足か」
「へえ、お前がそこまで言うとはよっぽどなんだな? 俺の目にはただのガキにしか見えなかったが、あれでそこそこな年齢だったりするのか……人は見かけによらないもんだ」
「……ただのガキ?」
希望は引っ掛かりを覚えて、首を捻る。
逢魔遥奈は希望が通っていた高校のクラスメイトである。
珍しい名前の読みに加え、「遥奈」という女性的な字面に反し男である点からか注目を集めやすく、何よりもサバサバとした性格が付き合いの良さを助長していた。
いわば集団の中核。
カリスマ性と言ってしまえばその程度ではあるが、他者を導くことにかけては突出した能力を持っており、それを素直に羨むべきものだと感じた記憶が希望にはあった。
逢魔遥奈は名誉がありながらそれを振るわず、実力がありながら胡坐をかかない。
記憶の中で卑しい笑みを浮かべる彼は、お世辞にも子供らしくはなかったが。
そこでふち思い立ち、希望は手近な窓ガラスを見つめた。
「どうした?」
「ん、いや……確かに三年経ってるもんだと思ってな」
反射した光は見知った人物を形作る。
言うまでもなくそれは尾張希望だったが、見慣れない服装と、フードに覆われた顔立ちが何処となく大人びていることで、自分ではないような気にもなる。ほとんど無意識に持ち上げた指先で頬をなぞると、それと同時に窓枠のなかで青年が一人、困った顔で頬を掻いた。
三年経っている希望でさえ目に見える変化がある。それは紛れもない成長という変化だ。
遥奈もそれは同様であるはずであり、そのベクトルが逆転することはありえない。
不意に、背後で瞬いた光がチカリと希望の目を貫いた。
「……ああ、決闘だな」
振り返った希望に続き、頭一つ高いアカネが集まった観客の向こう側を見通す。
「こんな世界だからな、腕っぷしの競い合いや話がこじれた時にはよくあることさ」
「……街中で殺し合いとはまた物騒だな」
「街中で殺すとこまでやるのは龍王によって禁じられてる。物騒なのは否定しないがな。……気になるなら見てくか?」
「いい」
短く答えた希望は歩きながら、打ち合い始めた二人の姿を一瞬だけ見止めた。
(片方は刀……いやシミターっていうんだったか。相手は盾持ち……)
曲刀を振るう軽装の女に対し、盾と斧に加え分厚そうな鎧といかにもな恰好の相手。頭部までもしっかりと兜に覆われていた為、性別までは分からなかったが、体格だけで判断するに男ではないか。
遠巻きに判断するだけなら、曲刀の女の勝ち筋は酷く薄い。
西洋の剣と、東洋の刀では扱い方まるで違う。余程の実力差でもない限り――否、常識的な観点からでは想定不可能な要素でもなければ、覆ることはないだろう。
例えば――《因子》という不確定要素が。
「ほんと、ふざけた世界だ……」
希望は背後で上がった歓声に、辟易とそう溢した。
「希望、そこは左な」
「ん、ああ――」
後ろから飛んできた指示に足を止め、数歩下がって左へ。
フードによって狭まった視界に、育ちの悪そうな輩が数人、飛び込んできた。
「――……おい、本当にこの道か? 絵に描いたようなごろつきがいるんだが」
「……うん、間違ってはいないはずだぞ」
後ろを振り返り、視線が記憶を辿るように揺らめく。記憶と現実が合致したのか、アカネは自信に満ちた表情を浮かべた。
「そんな警戒するな、万が一絡まれるようなことになっても俺の《因子》がある」
『絶対防御』、『最強の盾』。隣接するものを守ることに特化された《守護の因子》。
確かにアカネがいれば致命傷は防げるだろう。肌に触れている間だけという性質上、限定的ではあるものの、強力である事実に変わりはない。
しかし――希望は数分前の記憶を思い出すとジロリと爽やかなアカネの笑顔を睨み、
「太陽光を防げるようになってから出直してこい」
「…………」
辛辣に切り捨てた。
効果範囲の不確定要素。
アカネがただの太陽光を攻撃だと認識していなかったせいか、それが自然現象であり明確な害意を持つものではないせいか、あるいは全く別の条件があるのかは定かではない。
だが、縋りつくような気持ちでアカネの《因子》を頼り、防げなかった事実は事実である。
結局のところ希望の上着にお誂え向きに付けられていたフードの存在にアカネが気づいたことで事なきを得たがそれはそれ、帳消しになるわけでも払拭されるわけでもない。
(つか、気づいてないんだとしたらそれはそれで問題だな――)
また、それを差し引いても、アカネの《因子》を当てにするわけにはいかない理由がある。
アカネの言う万が一の可能性。
それはごろつき共に囲まれ、先刻の獣と対峙した時と同様に、武力によって対向することを強いられた場合、希望に牙が突き立てられる瞬間のことを言っているのだろう。
対し、防御壁としてアカネが掲げるは『最強の盾』。
どんな攻撃からも守られる加護を付与する『絶対防御』。
なるほど、そんなものがあれば確かに心配するのも馬鹿馬鹿しい。――もっとも、自由に振るえるのであればの話だが。
「阿保らしい、何かあったらお前が盾になってもらうからな」
彼の『盾』は全幅の信頼と引き換えでしか与えられない。
凶刃が迫ったとき、故意か油断か、アカネが《因子》とやらを発動させなければ。ひとつの可能性としてアカネが裏切れば、希望は呆気なく死ぬ。必ず守られると信じているからこそ、発動しなければそれまでだ。
希望は横に追いついて並んだアカネに、悟られぬようふっと息を漏らす。
結局、彼はまだ信じているのだ。
この世界で大立ち回りを演じた《先駆者》、尾張希望の帰還を。
だがそれは、同時に――。
「……ほんと、阿保らしい」
もう一度呟いて、暗い路を行く希望は思考を強引に断ち切った。
結果から言えば、希望の嫌な予感は的中した。
「それでアカネさんよ、俺になにか言うことがあるんじゃないか?」
「……参考までに聞いておくが、謝れば許してくれるのか?」
「ははは、面白いこと言うな。許されなきゃいけない状況だってわかってるなら、その質問がまずいってことに気づけ」
薄暗い路。ごろつきの腰かける路地裏である。
自分から面倒事に向かっているような、そんな感覚を覚えたのはなんの警戒もなく、一分ほど進んでからのことだった。
「相談は終わったかよ『女神の盾』。来た道のこのこ引き返すかぁ、二人で仲良く俺らの相手するかぁ?」
間延びした声が『女神の盾』――アカネへと掛けられる。
路地の途中、開いた十字路に待ち伏せていた十数人。それに加え後ろから追いかけてきた数名と合わせ二十を超えるごろつきは、誰も彼もが好戦的な目つきと共に武器を携えている。
多勢に無勢。
言うまでもなく不利な現状だった。
「あのなあ、アギリ。俺が魔女と知り合いだってのはお前も知ってるだろ?」
「あぁ知ってるさ」
「……なら」
ガキンッ! ――アカネの声を遮り、固い音が響いた。
突き立てた片刃の剣の柄に手を掛け、アギリと呼ばれた細身の男が声を荒げる。
「知ってて言ってんだっつうの。残念だが魔女はいま研究の真っ最中、誰も近づけんなっつうのが俺らに課せられた役目だぁ。その為にわざわざ『アルゴス』も焼き殺せる魔法隊とぉ『突進王』が来ようと突破できねえ人数を集めてんだがぁ、そこんとこ理解したかよ?」
「……それじゃ、魔女に話を通してくれないか? 俺の名前を伝えてくれ、火急の用がある」
「はあん? 聞く義理がねえなぁ。所詮、俺らは雇われの傭兵だ。火急だか知らねえが、どうしても急ぐっつうなら、急がせねえ俺らを力づくでどうにかして見ろや。使えねえ盾でも殴るくらいは出来んだろぉ――なぁ、ヒーロー様よ?」
「…………」
ぴくりとアカネの眉が跳ねた。
その脇を、静観していた希望が小突く。
「なあ、蹴散らすわけにはいかないのか?」
「……まあな。立場上のこともあるが、記憶のないお前と攻撃手段に乏しい俺でこの人数を相手取るのは、あまり現実的じゃないだろう」
「ふうん」
興味なさげに頷き、フードに隠れたその視線は右へ、左へ。
次いで、対面に立ったアギリを捉えた。
「そりゃまた、馬鹿真面目だな」
「あん?」
希望の呟きに反応したのは、今か今かと戦いを待ち望むアギリだった。
「ところで『女神の盾』よぉ、見慣れねぇツレじゃねえか。どちら様だ?」
「……そこの森で拾った、新参者さ」
嘘は言っていない。――否、嘘を吐くことを苦手とするアカネの精一杯だったのだろう。
「新参者ねぇ……そりゃあおっかねえ」
くっくっと愉悦に満ちた表情を浮かべるアギリ。それにつられたように周囲を囲む者もニヤニヤと笑みを浮かべる。
「てこたぁなにか? 新参者をこんな場所に連れて来て、この世界のルールを教えてやろうってぇ腹か? おおいいねえ、先輩の鏡じゃねえか。流石、龍王の願いを叶えてやろうってぇ聖人様は考えることが違うなぁ?」
言葉の端々にどこか含みを感じる。
それがなんなのか、希望には分からなかったが、
「そういうわけじゃ――」
「アカネ」
馬鹿真面目に付き合うのもいい加減頃合いだろうと、アカネを制しアギリへと目を向ける。
「なあ、一つ聞いとくが。黙って道を空けるか話を通してくれる気はないんだな?」
「ああ、万に一つもねぇよ。黙って道を引きかえすか死なねえ程度にボコられろ」
反射するようなやり取りがそこにはあった。
じりじり煮えを切らした集団の一部が距離を詰める。
黙ってはいられないと、アカネもまた武器を構えた。
そして希望はアカネの腕をがっしりと両の手で掴み……。
「……は?」
「……あ?」
疑問符が浮かんだ。アカネだけでなく敵対するアギリ、周囲を取り囲む者ども全ての頭上に。
無理矢理に抉じ開けられた虚。
突飛な行動により誘われた油断。
その好機を、他でもない希望が見逃すわけもなく、
「――くたばれ」
無造作に振りぬかれたアカネの巨体が、遠心力と体重の乗った凶器と化し、背後に構えていいた三名と右側の空間を薙ぎ払った。
「あ……がはっ!」
何が起きたのか理解できず、巻き込まれ弾き飛ばされた六名が苦悶の表情を浮かべる。
地に付した仲間に、一瞬遅れて声が上がった。
「こいつ……!」
「魔法だ、やっちまえ!」
それが戦闘の合図と思ったのだろう。アギリの奥に控えていた数名が前へと出てくると、手の平に光を灯す。
あれが魔法とやらか。――希望は眩しそうに眼を細めた。
鮮やかな光が形作る複雑な文様は希望のよく知る創作物の類で見るものに近い。きっとこれから火や雷、あるいはもっと物理的なものに形を変えるのだろう。
ざっと見渡す限りでも、十人程度。約半数が魔法とやらに特化した戦士らしい。
なにが飛び出すかは分からない。だがこんな路地裏で、相当数の超常現象が引き起こされるのだとすれば、まず無事では済まないだろう。既に地に付している相手も含め、どれだけの被害が生まれるか。
「……ん、希望。お前、行動起こすなら一言くらい……なっ、おお!? 待て、落ちつ――」
――だが、それはまあ、一先ず置いといて。
「目障りだっ!」
超人的な膂力。過去の尾張希望が培ったそれを我が物顔で振るう。
奥歯をギリッと鳴らした希望が、酷く鬱陶しそうに、並ぶ光に向かってアカネを投げつけた。
「あ――ぶねぇッ!」
寸でのところでアギリは低くしゃがみ込み、ほぼ直線に飛んできたアカネを回避する。その背後では鈍い衝突音と、それでも勢いが殺しきれなかったのか、地を擦り砕けるような音が聞こえた。
「あぁ……? やってくれるじゃねえか……!」
土煙の上がる路地裏で、戦況はたった数秒の内に変わり果てる。
二十対二の絶望的戦力差は、五対一へ。
真正面からでは現実的ではない。――ならば奇を衒うまで。
思った以上に上手くいったが、好転だけとは言えない。数が減ったことにより、個々の能力を活かしやすくなるのは必至だろう。
ピキリっと怒りを滲ませたアギリが、地に立ったままの剣を引き抜き飛び掛かる。
「交渉決裂――ってぇことで、いいんだなぁ新入りぃ!!」
振り下ろされる凶器を前に、深く踏み込んだ希望は――手を肩越しの柄に伸ばす。
これまで意識して触れようとはしなかった両刃の剣。
それを握りしめて、鋭い目つきをより獣の様に冴えたものへと変えて、アギリの目を見返した。
――引き抜く。
柄を握った手が、刃物を前にした現状が。何よりも、希望の据わった暗い瞳がアギリにそう確信を抱かせる。
後手に回り、背から引き抜くのであれば防御か受け流し。それ以外はない。
数瞬の間に腕へと伝わる衝撃に備え、アギリが握る力を強めた次の瞬間――。
「――……よっと!」
踏み込んだ希望は仰向けに倒れ込むような姿勢で、滑るようにアギリの股下を抜けていった。
「ちぃッ!」
防御でも受け流しでもなく、回避。
振り返る間も惜しみ、アギリは振り下ろしたばかりの剣を横なぎに振り回して背後へと刃を向けた。股下を抜けたのだから、狙いはがら空きの背後に一撃を叩き込むか、もしくはアギリを無視することで更に数を減らそうという魂胆かもしれない。
いずれにしても、アギリに追撃しない理由はない。
だが――。
「……………………あ?」
空振りした手応え。――背後にフードを被った新参者の姿がない。
どころか、アギリ以外に残っている四人も、自分の足で立ち通路の奥へと目を向けている。
投擲物と化したアカネに巻き込まれた死に体の向こう。唖然とした表情で、アギリを含む五人の雇われ者たちは物音ひとつしない通路の向こうを見て――否、見送っていた。
見送る。
何を見送っている?
――アギリの思考がそこに至った瞬間、全てを悟った。
「…………ああ、あああああッ!」
防御? 受け流し? それらを囮とした回避?
全ては嘘。戦うことこそが正義――そんな思考を逆手にとった引っ掛けである。
すなわち――逃走。
「あんの野郎ぉッ!!」
正義を鼻で笑い、背を向けた希望は既に影も形もない。
路地裏にはアギリの怒声だけが木霊した。
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