知らない人
こういう嫌なやつがいた。
それが故に自分はこういった被害を被った。
なんて話をした時に語り手が求めるているのは、その話が発展することではない。
一つの解決策を導き出すことでもなく、はたまた善悪観念を持ち出されたいわけでもなく。大概の場合において求められるのは同情の二文字でしかないのだ。
『それは大変だったね』だとか、『そいつ嫌なやつだな』だとか。高尚な言葉ではなく安っぽい同情が何よりも優先して求められる。いっそそれ以外は全て油でしかなく、交わることも無ければ激化するのみであるといっても過言でない。
要は『自分が可哀想だ』という主観を客観的なものと混ぜ合わせて本物にしたい。
場合によりけりではあるけれど、数とは力だから。
そんな風に希望は真っ黒な瞼の裏で、元の世界での記憶を垂れ流していた。
薄っすらと開いた視界には、目を伏せた制服を着た少女の姿がある。
希望の高校の、ひいては人生の後輩にあたる少女、ロベリア。
本名は天羽ロベリアという。誰に対しても敬語で話し、人当たりはいい。料理が下手で頭も足りず、しかし容姿は整っている為に、疎まれることも少なくはないとは本人の弁だったか。大人しい見た目の印象とは裏腹に、好奇心は旺盛で思い付きで行動をする幼い一面がある。
(それが俺の知る、ロベリアだが――)
今の彼女はどうだろうか。
客観的に見ても、美人になったことは認めよう。まだ幼さを残しているが、子供らしさは消えた。改めて目を向けてみれば、一回り成長した現在に制服を着ていることにも若干の違和感がまとわりつく。
そんなどこか儚い印象となった彼女の口から発せられたのは、アカネから聞いた話と遥奈に考えさせられたそれを掛け合わせ、より近い位置へピントを合わせたものだった。
大筋は変わらない。
結果は変わらない。
強いていうなら、やはり価値観の違いが大きいのだろう。何処に重きを置いて語るか。話の重点と焦点。それらの若干のズレが、三名の違いを際立たせ、人間らしさを感じる。
それでも希望は、当事者であるレイナと共演者であるアカネと、観客であった遥奈の話を聞いても希望は、淡泊で稚拙な回答しか得られないでいる。『それは大変だったな』、『壮大だな』、なんて使いまわしのセリフばかりが頭に浮かんでいるが故に、現在に至ればどういった回答が求められているかを考えている始末なのだ。
話の基盤が怒りに起因するのであれば、同情が求められるのは分かる。
されど、彼女の話の基盤は怒りではない。
長い付き合いであるはずの少女のそれは、希望には覚えのない顔だった。
「話は終わりか?」
頃合いを見計らって声を掛けると、ビクリと細い肩が跳ねる。それから驚いたように目をぱちくりとさせた後で、小さく返事をした。
「えっと、何も言わないんですね」
「……? 何か言って欲しかったのか?」
「いえ、そういうわけじゃないです……けど」
どこか釈然としない様子の少女が言いごもると、何かを期待するように希望を見る。
わざとらしく腕を組んだ希望は、それに少し考え。
「質問タイムか」
「違います。あー……もう、その外してくる感じがますますそっくりです……。こうしてると、なんだか実際にあの人と話している気分になりますよ……」
実際にもなにも、本人なのだが。
自分でも白々しいと思いながら、それでも希望は問わざるを得なかった。
「現在進行形で逃げてるんだろ、その“先輩”は。まるで死んだような話っぷりだが、似た人間と話してそんな顔するくらいなら、いっそ探し出して会いに行けばいいんじゃないか?」
無論、会いに来られたとしても希望としてはお断りだが。
「出来たら、そうしてます」
「?」
しかしロベリアはふるふると首を振った。
「私はいま『旅団』と呼ばれる組織を率いて定期的にラインを周っています。今もその途中で、『月』が近いですから中央の大陸から西、南と次は東を予定してるんですが――」
「……ん、悪い。ちょっといいか」
ふと思い立って続く言葉を遮る。
「北はどうした?」
今朝の遥奈も“北”だけは口にしていなかったように思える。
東西南北のラインと中央のポイントから成る世界。
しかし『旅団』にとって中央が含まれているにも関わらず何故、陸続きの北を含まないのか。
希望の疑問に、ロベリアは淀みなく答えた。
「北は、もうありませんから」
「……ない?」
「ええ、区画としてラインの北側は存在しますけど人は住んでいません。約一年前、ゲートから現れた化け物によって甚大な被害を被り北の街は文字通り崩壊しました。いま現在は『旅団』のメンバーが西区の端と東区の端で警戒態勢に当たり、立ち入り禁止区域と指定してます」
ですから。――と、ロベリアは続ける。
「中央、東、西、南。この四か所の区域を治安維持の為、ひいては龍王への再挑戦の為――というのは建前で、先輩を探して周っています。ですが、今日に至るまでの数か月、目撃情報の一つも見つかってません」
「ふうん……」
また、壮大な話だと希望は唸る。
街の崩壊に加え、何十人という態勢で数か月に渡り大陸中を探し回る。そしてその結果は箸にも棒にも掛からぬものだという。
「……諦めてみようとは思わないのか?」
「ええ、これっぽっちも」
「諦めてやろうとも思えないわけか」
「理由が見当たりませんから」
きっと当人で無ければ、再会は絶望的だと諭していたのではないか。
諭すまで行かなくとも、思ってしまう確信がある。現状だって、こんなところにいるはずがないという意識があるから、探し人を目の前にしても、まだ彼女は出会えていないのだ。
希望を前にしても、まだ他人の空似であると信じている。
異世界にあって罪の意識に苛まれ、小さな希望すら抱けないでいる。
ならば、いっそ。――三度、問う。
「――いっそ、諦めないか?」
ぽつりと、零れたそれは寂れた聖堂に重い沈黙を呼んだ。
聞こえていないはずはないだろう。待てど、ロベリアに口を開く様子はない。それならばと、ステンドグラスを睨みつけた希望は、ロベリアの事情に土足で踏み入り、ぽつりぽつりと降り始めた雨の様にシミを作っていく。
「そもそも、話に聞く限りじゃお前の目的ってのはそこじゃないはずだ。二兎追うものは一兎も得ずって名言を知らなかったか?」
希望の理解では、『旅団』の本線とは龍王の破滅願望を叶えることにある。
むしろ、それがこの世界の存在意味だとすら聞いた覚えも。
「何人で探してるのか知らないし、どんな手を使ってるのかも知らん。だが第一に、相手はそれを望んでるのか? お前がただ会いたいって我儘の為に振り回すんだったら、その“先輩”だって御免なんじゃないのか? 殺す気の奴らに追われてるんだろう、そいつは」
事実として、顔を合わせるなり襲われた覚えもあった。
ボロボロの服も、傷跡の残った身体も、冗談で済むようなものではなかった。
「お前の言う、そっくりな俺からすれば他人の事情に巻き込まれる腹立たしい事柄の一つだ。面倒事は出来る限り避けたいし、熱意だとか協力だとか、一つの目標に向かって、とか。そういう眩しいのは全部ひっくるめて溝に投げ捨てちまえという話なんだが?」
半分以上の本音を組み込まれた刃のようなそれが、牽制するように次々と突き刺さる。
割合にして此処まで六割ほど。
残りの四割はなんでもよかった。
統合してしまえば、然したる違いはない。
「というか、――本当に会いたいのか? お前にとってそれほど価値があるのか、そいつには」
単純な疑問と自己定義の不信。
後者は一つの核心でもあった。
今となっては記憶喪失となり、本当の意味でロベリアの探し人はこの世に存在しない。そういう意味でも、やはり彼女にとって“先輩”にどんな価値があるのかを問い質す必要がある。
仮に、それが既に失われたものならばきっと、フードを被った青年が制服姿の少女の前に現れることは二度とないだろう。
叶わぬ望みと分かっていながら、それを黙って与えられるほどに、彼は苛烈ではない。
「どうなんだ、そこらへん。」
「……価値、ですか。そうですね――」
だから。
「きっと、あの人に確固たる価値なんてありません」
そのたった一言に、希望は呆気ないほど安堵を覚えた。
他人としてその本音に触れられただけで、これまでの理不尽が許せてしまうほどに。
記憶にある銀世界で見せた表情は、それまでに見せていた執着は全てが偽りだった。そうでなくとも、三年と月日を経た今では相応に色褪せてしまっている。
目の前にいるのは、後ろに付きまとっては世話を焼かせていたばかりの後輩ではない。
先輩は、もう要らないのだ。
「そう、か。……じゃあ――」
“先輩”を追う必要はないんじゃないか? ――そう言いかけて、希望の声は阻まれた。
「だって――私の先輩はとっても素敵な人なんですよッ!」
聖堂に響いたロベリアの声によって。
「……………………………………………………………………は?」
素敵な先輩らしい希望の目が点になる。
「あの人に私が価値を付けるだなんて、烏滸がましいというものです。昔からそうなんですよ、自分勝手で自由奔放で、そんな簡単に測れるような人じゃないんですあの人は!」
「…………」
怒っているような声音で語る少女は、それでもどこか楽し気に見える。
これは一体。――なんて考える必要もなく。頭痛がするのかフード越しにこめかみを抑えた希望は待ったをかけるように空いた手の平を突き出した。
「待て、価値はないが素敵?……つまり、何が言いたい」
「私は諦めないってことです。絶対に諦めません」
混乱する希望に、ロベリアは強く宣言した。
「二兎が追えないというのなら私は迷いなく世界を捨てますし、うだうだと文句を言う輩がいるなら私が捻じ伏せます。価値がどうとか、先輩が望んでないとかはこの際まったく関係なくて――ただ、後輩が望んでいる以上、先輩は絶対に叶えなければいけないんです」
道理を鼻で笑うような暴論。
希望とは別のベクトルで、他者を汲み取らぬ我儘。
ロベリアもまた、遥奈と同様に本質が変わっていない。――その自由奔放で暴力的な意思が、有無を言わせず希望に確信を抱かせる。
「……お前は、」
やがて絞り出せたのは、記憶にあるそれと類似した言葉だった。
「お前は、どうしてその“先輩”に固執する。俺にはそこまで執着する意味が分からない」
対して、彼女の回答は明快だった。
「――“好きだから”」
先ほどまでの意気はなりを潜め、何処か憂いのある笑みを浮かべる。
単純で、目の前にいるのが埒外の存在だからこその、はっきりとした好意だった。
「……所有欲か?」
フードを被った青年にその感情は、感情的に理解出来る範疇でもなかったが。
「どちらかと言えば、独占欲のほうが近いかもしれません」
「違いが分からないが」
「……そう、ですね。例えば――」
淡々とした返答に、ロベリアは嗜虐的にほほ笑む。
「私、先輩の嫌がる顔が大好物なんですよ」
悪戯に、パチリっとウィンクが一つ。
顔立ちが整っているだけあってそれはとても魅力的だったが、向けられたフードの青年はそれを目にすることはなく、後ろの景色に遠い目を向けていた。
確信は一つ。
――こいつの執拗なまでの我儘は迷惑そうに歪む顔を拝むためだったのか。
半ば放心状態の希望を他所に、尚も最悪の告白は続く。
「後輩の我儘に渋々付き合う時のあの人の顔は、きっと私しか知らないんです。それが堪らなく嬉しいんです。逃げ隠れる先輩を追いつめて見つけてしまえば、その時あの人は必ず嫌そうな顔をするでしょう。私はそんな先輩が好きで、他の誰にもその役目を渡したくはない」
他人の視点だからこそ、触れられた本音。
先輩と後輩という関係では知り得なかった心根。
「私にとってあの人が唯一であるように、あの人にとっても私は唯一でありたい」
一番ではなく、唯一。
好意である必要はなく、嫌悪であっても構わない。
その為なら、多少――否、多大な悪意だって厭わないと少女はいう。
ロベリアの花言葉は――『悪意』。
名は体を表すとはよく言ったものだと、他人事の様に納得してしまった。
「……何と言うか、清々しいな」
「純愛ですから」
嘆く希望に、ロベリアはやはり笑みを浮かべる。
「名は体を表すって言ったじゃないですか。これが先輩にだって秘密の、私の名前にまつわる話です。……あ、もしあの人に会っても、いまの話をしたらダメですよ。絶対ダメです」
「はいはい……」
指先で罰印を作って見せる少女に、もう手遅れであるとぞんざいな返事をする。どうも後輩から向けられるそれにしてはおかしいと思っていたが、先輩と後輩という長い関係の下にはとんでもない地雷が埋まっていたものだ。
「踏みぬく前に退散するかね……」
ものがものだけに、ぼんやりとそんなことを考えてしまう。万が一にもバレようものならば、遥奈の零し希望がそれとなく受け取った『厄介』以上に『厄介』な問題が待っている。
逃げるように腰を浮かした希望に、ロベリアが「あ」っと声を上げた。
「そういえば、私ばかり話してしまって、貴方の事をなにも聞いていません……」
「……こいつ、いま気づくか」
フードに隠れた希望の顔は、ロベリアの大好物のそれだった。
「せめて、お名前くらいは……。話している感じからしても同郷のようですし、これだけ似てるのならもしかして貴方、尾張という苗字ではありませんか?」
「知らん、人違いだ」
「では、何というお名前なんですか?」
「……権兵衛」
「……名無しですか」
それこそ知らん。――何故か神妙な顔をするロベリアに、希望は鼻を鳴らした。
「俺はもう行くが。最後に一つ、お前の“先輩”はラインにいないとして何処にいると思う?」
これもまた本人が言うのだから白々しい質問だったが、本人だからこそ大事な情報でもある。あわよくば、ロベリア率いる旅団の今後の動きを知っておければ損はないだろう。
ロベリアは少し考えるようにしたあと、申し訳なさそうな笑みを作った。
「異世界、でしょうか」
「真面目に考えて、それか」
「ええ、私はいつだって真面目ですから。先輩ならそれぐらいやりそうだな、と思います。先輩自身にそういった力がなくても、そういう《因子》を探せば不可能ではないとも」
「……そりゃ凄い」
過剰な期待もいいところだと、希望は背を向ける。
実際は街一つから逃げることもままならないというのに。むしろ、行けるものならばここではない何処かに逃げたいくらいの心境で聖堂の扉を開け放った希望は。
「――けれど、言ってしまえばあの人がいま何処にいようと関係ないんですよね」
「? ……そりゃどういう――」
耳を打った後輩の声に立ち止まり、振り返ったことを即座に後悔した。
続く宣言が空気を震わせる。
隙間を抜けて希望へとそれは届く。
「優勝すれば先輩に会える。これはただそれだけの、簡単な話ですから」
制服を着た少女は笑っていた。
扉が重い音と共に閉まり、互いの姿を遮断する。
沈黙、静寂。
背を向けたフードを被った青年は、違和感を慣らすように首を回して結論付ける。
「……知らない人だったな」
出会い頭に張り付けたレッテルをそのままに。
まるで言い聞かすように呟いたそれを、まるで邂逅をなかったことにするようなそれを、
世界線を越えてなお、疎まれ続ける太陽だけが聞いていた。
諦めない、毎日更新…!(すでにできてない)




