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その記憶喪失、最悪につき  作者: 沼田ゆう
15/23

希望包囲網確立

 一夜が明け、翌日。

 目覚めた希望が用意された部屋から出ると、丁度外に出ていたらしい遥奈と目が合った。

「おはようキボウ。いま飯を作ってるからな」

「ん……」

 頭が働かないのか、手近な椅子を引いて腰かける。

 日は既に十分昇っている。どうやら随分と寝過ごしたらしいと目を細め、それからゴツンっと音を立てて机に突っ伏した。

「そういや、外に出た時に見かけたがロベリアが来てるぞ」

 コートを脱ぎ、エプロンをつけた遥奈が切り出す。

 ちなみに替えは買わなかったのか、下着は布切れに戻っていた。

「おー……」

「『月』が近いからまた東西南と中央を回ってるんだろう。後で会ってきたらどうだ?」

「…………おー……」

「……寝起きは相変わらずだな」

 笑いながらも遥奈はテキパキと料理を進めていく。調理の途中で出かけていたのか火をかけるとすぐに香しい匂いが立ち込めるが、希望はぐでりと溶けたまま動こうとしない。いっそ放っておけばこのまま二度寝しそうですらあった。

 それを許さず、遥奈が一際大きな声を上げる。

「もうすぐにでも出せるから起きろー」

 右へ左へ、希望がふらふらと揺れながら身体を起こすと空いたテーブルに次々と料理が並べられていく。未だ寝ぼけ眼で間抜けに開いたその口にぽいっと一口大の赤い塊が放られた。

「……トマトか」

 もそもそと口を動かし、ようやく目が覚め始めたらしい希望はぽつりと零す。

「正確にはトマトに似たなにか、だな」

「……味が変わらないならいい」

「まぁ、サラダだし何だっていいが。しかし腹に入ればなんだっていいって思考は思わぬところで要らん溝を生むぞ? 女ってのは言葉だけでも結構満足する。本当に旨いかどうかはさておいても、作ってくれたこと自体を持ち上げて褒めておくことをお勧めしてやる」

「ん……んん、なんのアドバイスだそれは」

「私との関係を円滑に保つための助言だとも」

「そりゃ褒めておいたほうが得しそうだな。この味噌汁うまいぞ」

「え、毎朝作ってくれって? 参ったな、そこまで言わせる気はなかったんだが」

「毎朝味噌汁は飽きる、ふざけろ」

「まだ目が覚めきってないな……それと正確には味噌汁に限りなく寄せたなにか、だ」

 生産性に欠けた会話をしながら昼を前にした朝食は片付いていく。

 希望は食後の茶に口を付けてから、先ほどは聞き流したそれを口にした。

「――……で、あいつがこっちに来てるって?」

 その声は先刻に比べ、はっきりとしたものである。朝食を食べきったようやく目が完全に冴えたということだろう。

「ロベリアのやつ、まさか俺を追ってじゃないだろうな」

 希望の後輩が来ていると、確かに聞いた。

 それもこっちの世界にという意味ではなく、南の街に。

 アカネから聞いていた時点で予感はあったが、やはり何らかの役割を担っているのだろう。暴論を振りかざすあの少女が異世界にあって脇役とは考えづらい。

「ん、ああ。朝っぱらというか、昨日の夜には着いてたみたいだぞ。治安維持は旅団の努めだからな、あいつら毎月この時期は忙しいんだ、中央から西に渡って南、東とぐるりとな」

「旅団?」 

 聞き返す希望に、遥奈はどこか小馬鹿にした風に言う。

「ロベリアを筆頭にする旅団さ。世界規模の自警団っていったら近いか? ラインに来た異世界人がなるだけ諍いを起こさないように見回りしてんだよ。知名度と実力は折り紙付き、旅団が停留してる間は平和が約束されてるといっても過言じゃないなあ」

「何やってんだあいつは……」

 後輩が旅団など作って世直しの旅をしている。

 先輩としては些か頭が痛くなる事案である。

「また龍王攻略を率先して行ってるところでもある。事実、一回目の挑戦じゃ指揮をとってたのはロベリアの奴だ。南区に来た理由はさっきも言った通り『月』を前にした見回りと、南区で埋まってる奴らの勧誘だろうな」

「だが南区の奴らは、サブクエ優先なんだろう」

「だからこそだよ。レベルだけ高くて実力を持て余している輩はそこら中にいる。そいつらをどうにかその気にさせて、メインクエストに担ぎ込もうって腹さ」

「……遠回りしているようにしか見えんな」

「ほう?」

 言いたいことは分かるし、やりたいことは分かる。

 だが、希望の価値観で言えばやはり遠回りだ。

「百人だか千人だか塵を集めてダメだったなら、最初から山を十人集めればいいんだ。勇者パーティーなんて魔王を倒すのに四人だぞ。総力戦ならともかく千人もいたら邪魔でしかない」

 尾張希望は一点特化型というか、量よりも質を好むタイプである。

 一瞬なにを言われたのかとキョトンとした後で、遥奈は噴き出した。

「……いや、まあそれはそうなんだがな? 口で言うのと実際のものとするのとでは難易度が違うだろう。出来るならやってるだろうし」

「どうだか。あいつは馬鹿だからきっと一騎当千という名言を知らないぞ」

 無論、希望が言うそれは、三年と前の話ではあるが。

「そこまでいうなら直接会って進言してくるといい。中央広場に旅団の誰かしらはいるだろうから、聞けばすぐに会えるぞ。旅団の構成員の目印は薔薇の刺繍が入ったマントだ」

「断る。死んでないならそれで結構、あいつが楽しくやってるならどうこう言う気はない」

「殊勝なこって」

 からからと笑う遥奈はそこで「死んでないと言えば」と思い至る。

「朗報が一つ。昨日お前が連れ帰ったアギリだが、さっき顔を見に行ったら目を覚ましてたぞ」

「……俺の記憶が正しければ、あいつ腹と肩に穴が開いてたと思うんだが?」

「異世界だけあって医療技術も馬鹿げてる。死んでさえいないなら手が千切れようと腹に穴が開こうと復活するさ。むしろ後遺症としては貫かれた感覚のほうがトラウマになりそうなものだが、あいつならまずその点も問題ないだろう」

 タフネスがどうというより、その精神力はもはや人という値を凌駕してないだろうか。

 希望が頬を引き攣らせると、遥奈も思うところがあるのか呆れたような顔になる。

「聞くところによると、お前が奴を発見した商業区のほうで今朝までに五十人余りの負傷者が発見されているそうだ。それも半数以上が集中治療が必要な重症、加えて根深いトラウマ多数。おかげで私が捕まる羽目にもなった」

「なんだお前、回復魔法まで使えるのか」

 物理衝撃無効、空中浮遊、攻撃魔法多数。家事能力完備に加え、回復魔法まで扱えるとくればまさしく無敵ではないか。

「……回復、とは正確には違うが、見方によっては似たようなもんだな」

 一周回って感心するような希望に、遥奈は一瞬の間を置いて肯定すると一転して卑しい笑みを作る。

「そんなことより、呑気にしていていいのかお前は」

「……? ……今の話でなにか俺が焦るような点があったか?」

 首を傾げる希望に、遥奈はさらにその笑みを深めた。

「いや、私としてはいいんだよ。お前が危険視しないなら別にな? 人間知らぬが仏というか、言わぬが花というか。知らないってだけで救われる事実もあることは否定しないさ」

「やけに危機感を煽るが、どうせそんな大事でもないんだろ。お前の性格はわかってる」

「……なんだ面白くないな」

 そう言うと、拍子抜けなほどあっさりと手の平を広げる。

 面白がってどうこうというやり口には嫌というほど覚えのある希望である。伊達に遥奈とは長い付き合いでないのだ。

 しかし、――意外と言えば意外とも思う。常に予想の裏をかき続けてきた遥奈にしては、今回やけに物分かりがいいというか、あっさりとし過ぎている。思わず希望は警戒の念を込めて遥奈の目をじっと見た。

「そんな物欲しそうな目をしてもこれ以上はなにもでんさ。悪ふざけというやつだよ、仮にお前が本当にやばそうな事態に陥ってるとしたら流石の私ももう少し真面目になるとも」

 遥奈の顔に邪気はなく、言葉に含みはない。

 少し、疑い過ぎたのだろうか。何処となく肩透かしを食らった気分で希望は茶を運ぶ。

 匿ってくれている現状を省みても、もう少しくらい信用するべきか?

 そんな、警戒が数ミリ単位でズレた瞬間。

「ただ、私は着々と尾張希望包囲網が完成しつつあるなーと思っただけで」

 ぶっ――と、希望が口に含んだお茶を吐き出した。

「…………、」

「…………、」

 片や、濡れた顔そのままに少女を睨み。

 片や、無邪気な笑みを少年へと向ける。

 その間、数秒。

「な、大事じゃないだろう?」

 少女の首が可愛らしく傾いた。

「……詳しく説明しろ」

「可能性の話だ。ロベリアがもしお前の復活を望んでいるだとしたらもはや絶望的だがな」

 希望の眉間に皺が寄ったのを見て、さらに遥奈はくっくっと笑う。

 それからつらつらと、希望の見えていない現状を口にした。

「昨日の時点でお前を探す人物は私の知る限りで三人。《先駆者》にして『女神の盾』であるアカネ、西で『狂戦士』と呼ばれているレイナ、それに昨日の闇討ち被害者である『喧嘩屋』アギリ。通り名を持った奴らが三人とは大盤振る舞いじゃないか」

「……一応確認しとくが、それ本気で言ってるのか? この馬鹿でかい街で、俺一人に対して三人で捜索隊ってのは、どう考えてもあいつらの方が望み薄いと思うが?」

「捜索隊だったらな。――やつら三人が協力関係になく別目的だったどうだ?」

「……?」

 四角い箱から皿を取り出し、遥奈は希望との丁度中心にそれを置く。

 黒く、甘い匂い。受けた印象はチョコレート菓子、あるいはそれによく似たなにかだろう。

「アギリは今日一日はベッドの上だろうが、ここを知っている。一方、アカネは馬鹿だから恐らく無作為に街中を聞いて回るだろう」

「まぁ、それは想像できなくないが」

「昨日の様子からして、レイナの探し人はお前でないみたいだが、そっちはどうだ?」

「……見てたのか?」

「見えたんだ」

「見えたのか」

「見えたのさ」

 たまたまな。――と、あくまでも自分の意志の介在を認めない遥奈に、ため息が一つ。

 今更千里眼の類が使えると言われても、それほど驚きはなく、むしろ呆れることしかできない。観念すると、希望はなるだけ話が円滑に進むように努めた。

「……あいつも追ってるのは俺で間違いない。それで話を進めてくれ」

「了解した。そのレイナだが、アカネと協力関係のようだが、お察しの通り別で動いている。それもなるだけ外壁近くの方だな。――こんな風に、あくまで固まっていない三人ならどうだ?」

 少しだけ考えて、希望は唸る。

「……まあ、多少厄介か」

 アギリがいる以上遥奈の家に立て籠ることは出来ない。遥奈の手助けが前提でも騒ぎが大きくなれば自然と人は集まる。希望が本来的に追われる立場であることを加味すれば、まずもって切り捨てるべきだ。

(……正直、此処までくればこいつの魔法でなんとかなりそうな気もするが)

 提案しないということは、そこまで協力する気はないということか。

 そもそも、強力無比に思える魔法の数々はなんの代償もなしに発動しているわけでもないだろう。魔法とはいわゆるマジックポイントや精神力、あるいは寿命や契約などなんらかと引き換えに発動するものであって必ずしも万能ではないはずだ。そういう意味で考えれば、むやみやたらと協力を仰いで、後で相応の見返りを要求されるのも面白くはない。

 なるだけ遥奈を頼らず、加えて人伝に探す三人から逃げる。

 不可能ではない。口に出した通り、多少なり厄介ではあるが。

「ま、正直三人については私がどうこうしてやってもいい。あいつらについては前座で、玩具についてるガムみたいなもんだ。状況次第じゃお前ひとりでも片付けれるだろう」

 そんな希望の考えを裏切ったようにあっさりと口にすると、チョコレートを口に含んた遥奈が指を立てる。

「最も厄介なのはロベリアの存在だ」

 容易に想像できるものとしては、一つ。

「旅団、人海戦術か?」

 あるいはローラー作戦ともいう。 

 確かに、いかに大きな街といえど単純に数を増やされれば面倒ではある。――が、

「しかし、あいつらは東西南北だかを周る自警団で、旅団なんだろう。なら――」

 ならば『月』までに、早ければ一日二日でまた世直しの旅に出るのではないか。

 そう続けようとした希望に「よくわかってるじゃないか」と少し驚いた様子で遥奈は続ける。

「その通り、奴らの本質は自警団だ。だからこそ、五十人規模での闇討ちなんて前代未聞の事件が起きたこの街をおいそれと離れられない。ともすれば首謀者が上がるか、別の街で大事が起きるまではこの街に居座るだろうな」

「……………………あー……」

 盲点だったとばかりに希望は天井を仰ぐ。

 自警団ならばそれで正しい。間違っていない。だからこそ単純なミスに項垂れる。

 そしてそれを心底愉快そうに見つめる遥奈は、ここぞとばかりに追い打ちをかけた。

「加えて言えば、龍王戦を経験したやつが大多数を占める旅団がお前を知らないわけがない。たまたま一人が『あれはまさか』、なんて言い出した日には、草の根をかき分ける勢いで街全体に捜索が掛かるだろう。『叛逆者がいたぞ、捉えて打ち首にしろっ!』……なーんてな」

 ぺろりと舌を出す遥奈に、希望は笑えたものではない。

 遥奈の家に居れば早くて明日にはアギリが来る。

 街に逃げれば人の多い場所にはアカネが、外壁付近はレイナがいる。

 それ以上に街中に前の希望と顔見知りである旅団が点在するという。

 ロベリアもただ立っているだけではないだろう。

 抵抗するにしても、交戦は避けられまい。そして一度戦火が上がれば、血の気の多いこの世界の住民のこと。たちまち囲まれることも想像に難くないのだ。

 よしんばレイナを避けたとしても外壁は飛び越えられる高さではないし、門から東を目指そうにも街の出入り口が手薄とは思えない。

 この絶望的状況でいわば一縷の希望とも呼ぶべきは『魔女』一人だが――。

(こいつが一番なにを要求するかわかったものじゃない……!)

 進退窮まったか。――希望はふらりと立ち上がると外へと繋がる扉へと向かった。

「おいどこ行くんだ? 何処に行ったって、状況は悪化するだけだぞ」

「知らん」

「……は?」

 日除けのフードを深く被った希望は扉を開け放った。

「もう知らん。明日のことは明日の俺がどうにかするだろう」

 隠れるなり、逃げるなり、ぶっ壊すなり、媚び諂うなり。

 だから、と言わんばかりに希望はそのままふらふらと歩き出してしまう。

「ば、晩飯までには帰ってこいよー」

 返事は力なく振られた手だった。

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