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その記憶喪失、最悪につき  作者: 沼田ゆう
13/23

闇討ちというよりは

 タン、タン、と階段を上る音が響く。

 とある宿屋の二階、並んだ客室の扉。その一つの前で止まったその足音の主は、続いてコンコンっと乾いた音を鳴らせた。

 軽いノックではあったが、中からすぐ返答がないことに首を傾げてもう一度、鳴らす。

 静寂、沈黙――舌打ち。

「邪魔するぞぉ」

 数瞬と迷うことなくアギリは扉を外開きの扉を内側へ向けて蹴破った。

 バキンッと音を立てて上部を支えていた蝶番が一つ割れる。斜めに傾いた扉の横を抜けて室内を見渡すと、アギリの見知った顔が一つ、知らぬ顔が一つ。

「扉くらい静かに開けれないのか?」

 ベッドに腰かけた大男、アカネは困った風に声を掛ける。

 流石に丈夫である。まるで物のように扱われて、最後には力任せに投げられていたというのに、怪我の一つもしていないようで、アギリは面白くなさそうに鼻を鳴らした。

「んなこたどうでもいい。……連れが一人足りねぇみたいだが、どこ行った」

 アカネと文也。当然ながら文也はアギリは面識がなく、威圧的な態度に完全に委縮してしまっている。アカネはやれやれと首を振ってから、名前を出さぬように気を付け、

「……フードを被ったあいつなら」

「違ぇ、女の方だ」

 阻まれる形で、意表を突かれる。

 驚き見開いたアカネの目を真っ直ぐに見て、アギリは言葉を重ねた。

「ぶっ倒れた手前ぇをここまで連れて来た女がいんだろ。あいつは何処行ったぁ」

 予想外の言葉にアカネは文也と顔を見合わせてから、答える。

「レイナなら、フードのあいつを探しに行ったよ」

 返答に今度はアギリが目を丸くする。

 それから、苛立ちを誤魔化すように頭をガシガシと掻いた。

「……っち、またあいつかぁ」

 魔女のことも、元はと言えばアカネのいう『フード』が発端となる。

 アギリの記憶の中にあるそれと同一人物ではないかという疑いも『フード』にあり。

 ここに来てアギリの探し人が探しているのもまた『フード』だと。

 日除けのフードを被った新参者。

 その影に隠れた顔を思い出し、あともう一歩のところで邪魔をした魔女への怒りが募る。

 勿論、『フード』そのものにも。

「まだこの街にいるかもしれないと言ってたから外には出てないと思うが、知り合いか?」

「だったらどうする。逃げた飼い猫を捕まえんのに協力でもしてくれるってかぁ?」

 飼い猫という単語に眉を顰めたアカネの目が、スッと文也へと移った。

「条件次第だな」

「はぁん……?」

 それにつられたように、アギリも怯えた少年の姿を映し、言い切る。

「んなら用件は以上だ」

 多かれ少なかれ、ラインにいる子供は事情を抱えている場合が多い。

 親や兄弟の捜索、不釣り合いな夢の成就。それでなくとも心身ともに未熟であり、庇護下でなければ存在も出来ないのだから、面倒には違いない。

 アギリはどこかの魔女に比べればまだ常識的ではあったが、だからこそこれ以上抱え込める余裕はないのだと、それきり背を向けた。

 扉の横を通り抜け、タン、タン、と階段を降りる足音が響く。

 やがてそれも聞こえなくなり、風通しの良くなった室内を外の空気が通って、ぽつり。

「……台風みたいな人、でしたね」

 再び静寂を取り戻した室内で、緊張から解かれた文也が零す。

 辛うじて蝶番一つで形を保っていた扉が、返事をするように自重で完全に倒れた。

 

 まさか、あいつもこっちに来てたとは。

 身一つで随分な距離を吹き飛んだアギリは、その途中で見知った姿を目にしていた。

 この世界に来る前の妹分であるところのレイナという少女。

 何時から、などと些末な問題であり。

 大事と捉えるべきは、どうするか。

「面倒くせぇことになる前に、保護してやりてぇが……」

 まるでペットが逃げ出したかの様な態度で、周囲に目を向けながらアギリは街を行く。

 ヒサギリ・アギリが実力者であるということは南区であれば既に周知の事実であるのだが、それだけに帰ってくる影響も無視できる類ではない。

 せめて、残り一週間。

 『月』までは何事もなく。

「……ったく、あぁくそ面倒くせぇ」

 存在が確定した以上無視できない理由というのも、同じ世界からやってきた数名が何気なく漏らしたそれのせいで、アギリに『妹』がいるという情報も既知のものなのだ。

 身体が訴える痛みを無視して噴水のある中央広場へと向かったところで、集団の一人が近づくアギリに気づいた。

「おお、ヒサギリさん。大丈夫だったか?」

 軽い調子で声を掛ける小太りの男。

 先刻に魔女の家へと続く路地裏で結託していた内の一人である彼は集団を離れて駆け寄る。

「目が覚めてアンタだけいなかったもんで、心配してたんだ」

「……手前ぇらで怪我したやつは」

「こっちは数人、強く打ちつけたくらいだ」

「そうかぁ」

 集団の内、数名に手当の後を見止めたが小太りの男の返答にふっと息を漏らす。

 それから、せっかくだからと尋ねた。

「お前ら、軽装で金髪の女を見なかったかぁ。誰かを探してる風で、背丈は……こんくらいか」

 アギリの身長で百七十ほど。頭一つ分かそれ以上に低い位置に手を置き、いや少しは成長してるだろうとそれを僅かに高く見積もる。その様子を見たごろつき達は顔を見合わせた。

「……んだぁ?」

「ああいや、すまん。アンタが女だなんてどういう関係かな、とな。そのガキならさっきそっちの、商業区側へ続く道に行ったと思うぞ。確かに誰か探して、尋ねて回ってる風だったな」

 商業区――南の街の中央から南側に当たる、北側の住宅街とは対照的に露店や施設などが固まった区画である。

(てこたぁ、こっちにあのフードも……――)

 示された道を眺め、今は後回しにするべきだと首を振る。

「前払いの報酬はお前らで適当に分けとけぇ。ご苦労さんだぁ」

「へ? ……ちょ、アンタの取り分はどうすんだよ?」 

 返事はせず、振り返ることもなく。

 アギリは手を振ることで応えると、のんびりと商業区への道を歩き出した。


 ――『ヒサギリ・アギリには妹がいるらしい』。

 そんな文言があって、事実として“妹”に準ずる人物が実在したら。

 優勝候補である実力者。アギリに対する恨み嫉み、あるいは私怨絡まる事情が同席したならば。きっとその結果が出るのは遅いか早いかの違いだった。

 『月』が一週間後に迫るいま、遅かれ早かれ、誰かは実行していた。

「ふうん、商業区って聞いてもピンとこなかったけど、思ったより綺麗なのね」

 より優勝への道順を簡潔なものにする為、道にある石ころを避ける作業。石というよりは岩と言った方が適切な障害ではあるが、既に明確なヒビが入ってるのであれば、そこから崩しにかかるのみ。

 故に、まず行うべきはアギリに見つかるより先に“妹”へ接触することである。

「製造は主に外壁近くの方ですからね。日が暮れる頃にはほとんどの販売店は閉まりますし、人も寄りません。北側の居住区に比べれば夕方からは静かなものですよ」

「そう。ならなおさら、何の用だか」

 ある程度の信用。いや、信用に足らずとも警戒さえされなければいい。幸いにも、“妹”は人を探しているようであり、取り入ることはそう難しくなかった。

「あれほどボロボロの身なりなのですから、洋服店でしょうか」

「だとして、この先にあるの?」

「何店か、ですね。しかし男性の方が好まれるようなお店ではなかったかと……」

 丁寧な口調、人当たりのいい物腰、当たり障りのない話題。

 あれほど、などと言いながら“妹”の言うフードを被った男に心当たりなどない。

 だが、方向性が定まっているのであれば、その軌道を僅かに誘導することは出来る。薄っぺらな同調であっても、疑われない限りは出来てしまう。

 目標地点を取り決め、そこまで誘い込むまでもない。

 逃げられない程度に狭い道で、人通りがなければそれでいい。

「西や東に比べて南は大きいですし、後から拡張してっただけあって少し入り組んでますから」

 言いながら“妹”の数歩後ろを歩む男は、小さく指だけで背後に向けて指示を飛ばす。

 ゆらりと複数の影が立ち上がり、一歩、また一歩と“妹”へと近づく。

「街の中で迷ってしまってしばらく姿が見えない、なんてこともあり得ますよ」

 ――まずは捉えて、アギリの反応を見る。対応によっては取引をしてもいい。

 ――それで戦意を喪失しなければ“妹”を少し嬲ってもいいかもしれない。

 ――最悪、縛ったまま街の外に放り投げてしまうのも手だ。

 釣り餌としては極上。

 なにせ女であり、弱者であり、“妹”である。その使い道はいくらでも思いつく。

 下種な思考、とは思うまい。

 此処は律するものがなく力だけが正義で成り立つ、世の果てなのだから。

 影が伸びる。

 異変を感じた“妹”が振り返ろうとする。

 そして、

 それは、

 だから、

「……………………ぁ?」


 ドッ!――と、衝撃が走る。

 両手に槍を握った影が、飛び掛かった。


 引っ掛けられて数秒。

「な、あっ、………うがっ!?」

 瞬く間に景色が遠ざかり、力任せに振り回される。先ほどまで立っていた位置から随分と引き摺り回された先で、ようやく地に叩きつけられた。

「人の妹に、色目使ってんじゃあねぇよ」

 真上から声がした。

「……おやおや」

 体格は細く、身長は高い。間延びした声。骨太の槍――相手を確認すると、地に伏せながらも笑みを崩すことなく、口を開く。

「妹思いもいいですが、余り構い過ぎると嫌われますよ。私も妹ではないのですが、年頃の娘がいまして。中々どうして難しい年頃といいますか――」 

 ガキンッ! と、声を遮るように、槍が地を抉った。

「御託はいい。どうせ四人だけじゃねぇんだろ、根本はどこだぁ」

「根本、ですか。それを知ってどうすると?」

「引っこ抜くに決まってんだろ」

 『喧嘩屋』の握る槍から、ギリっと力を籠める音がする。

「自分で線引きが出来ねぇゴミ共が多いみたいだからなぁ。仕方ねぇから俺が片付けてやるってんじゃねぇか。手前ぇらも含めて原型を残さない程度にゃ更生させてやるからさっさとゲロッちまえ。俺ぁこう見えて忙しいんだぁ」

 その声はやはり間延びしていたが、落ち着いている。

 怒りは腹の底か。――目の前に落ちた刃に頓着せず、ゆったりと起き上がると。

 彼は、襟を正した。

「……それを根本というのであれば私は枝から生えた葉の一つですから、生憎とお答えしかねます。ただ――」

 強いていうのであれば。

「根を張っている先は、この世界といったところでしょうか?」

「…………」

「流石は『喧嘩屋』。世界に、龍王に喧嘩を売る覚悟がおありですか。それはすごい」

 にこやかに、彼は笑う。

 『喧嘩屋』は何処までも冷静に、その目を見ていた。

「遺言はそれだけか?」

「ええ、前口上は十分です」

 槍が引かれると同時、彼と同様に地に伏せていた三人が『喧嘩屋』を取り囲む。

「実を言えば、“妹”さんは第二目標でして。何事も一度は試してみるべきだと思いませんか。わざわざ絡めてなど取らずとも、真っ向から解決できるならそれに越したことはないんですよ」

「たかだか三人で俺を止めるねぇ……なんつうか、どいつもこいつも」

 やれやれと、『喧嘩屋』は苛立ちを露わにする。

「ああいえ、せっかくのビックゲストですから、こんなものじゃないですよ」

「あん?」

 それを見越した様に、彼は片手を広げた。

 五本の指が、開いた手の平が、『喧嘩屋』へと向けられる。

「本音を言えば、私としてはこの倍は集めたかったんですがね。いやはや、思い通りに物事が進まないのは現実の常とでもいいますか。異世界でも変わらないようで」

 夕闇の迫る時刻。

 周囲を建物に囲まれ、光が阻まれた路地裏で。

 その影が一つ、また一つと濃くなる。

「一週間前までに、つまり今日までにこの人数を集めるのはそれなりに苦労しましたよ。あちこち駆けまわってね。ああ、そうだ。もちろんギブアップはいつでも受け入れますから、大会出場の意志が砕かれた際には何時でもお声がけください」

 その数――ざっと五十。

 金で雇われたごろつきだけではない。《因子》による肉体変化が見て取れる異形の体躯や、虚空から出現する巨大武器。

 誰も彼もが競争者の脱落を望み。

「上等……ッ!」

 想像を絶する規模の闇討ちに『喧嘩屋』はただ一人、笑った。

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