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その記憶喪失、最悪につき  作者: 沼田ゆう
12/23

投げやりな希望

 南区の街、正門から真っ直ぐ進んだ先にある広場。噴水を中心として出店が囲んだそこは、希望が着いた昼頃よりも更に多くの人が行き交っていた。

 遥奈の言葉通り決闘はそこかしこで行われており、人だかりの半数は野次馬である。それをかっさらおうとする商売人が声を上げ、その声に釣られた、あるいは何が人を寄せているのかと好奇心を擽られた通行人がさらにその人だかりを大きくする。

 どこも熱と活気に満ちている。――そんな言葉が似あう街並みだった。

 噴水に腰かけたフードを被った青年が険しい顔をしていることを鑑みれば“輝かしい”、“眩しい”と表現してもいいかもしれないが。

「待たせたな、キボウ」

 俯いた視界に小さな足が現れたことで、希望は顔を上げた。

「一丁前におめかしか」

「もう少し言い方を考えろよ。この場でひん剥いて跨ってやっても――」

「お前こそ服を買う前に羞恥心を買ってこい」

 口を塞ぎ、ため息を溢す。少し買い物をしてくるというから待っていればこれかと、もう一度見下ろすと大きな淡い瞳と希望の暗いそれがかち合った。

「……?」

 すると塞がれたまま胸の辺りを指さし、続けて腰のあたりまでそれを移動させる。

 ――ああ、感想を言えと?

 先ほどまでの痴女紛いの恰好から若干、常識に寄ったかという服装。正直、大差がないだろうと思ったのは事実だが、それを言ったところでこの場が収まるとは思えない。悩んだ末に希望はなるだけ目を合わせないように無難な言葉を探した。

「……似合ってるんじゃないか」

 言ってチラリと目を向ける。

「…………!」

「褒めてないから目を輝かせるな」

 露出面積が広いことに変わりはない。布切れがしっかりとした黒の下着に変わり、靴がサンダルから走りやすそうな靴に変わっているくらいか。上着もコートにフードがついており、先ほど着ていた一色のものに比べて配色が加わっている。強いて言えば少し体躯よりサイズが大きいんじゃないか、ぐらいの感想である。

 小柄というだけあって、似合っていないわけではない。

 ただ、せめて前は留めるべきではないか。

(いや、言っても無駄か……)

 性転換の後遺症はおそらく遥奈が自分で認識しているよりもずっと重い。

 なまじ、逢魔遥奈という『男』の記憶と感覚が明確なだけに、面白がって自分から引っ張られに行ってる節がある。それも本人の弁では希望とあってからタガが外れているのだ。今では完全に自分の欲求に正直な少しませた女児にしか見えない。

 中身は紛れもなく逢魔遥奈であり、思考や行動のぶっ飛び方はそのものなのだが。

「……なにか言いたげだな?」

「そのうち冗談では済まないことをやらかしそうだと思った。他意はない」

「含みを感じないでもないが……まあいいか。そういえばほら、お前の服も随分ボロボロだろう。アカネにはバレてることもあるし、着替えとけよ」

「ん……」

 手渡されたそれを見ながら、いっそ船賃を賄ってくれないかと思ったが、流石にそれは自由が過ぎるかと自重すると希望は噴水から立ち上がり目についた物陰へと向かう。

「……? 別にここで着替えりゃいいじゃないか」

「生憎と俺はまだ日本人の価値観なんだ。それにお前と同列視はされたくない」

 ここまで腕を組まれながら歩いて来ていることもあって手遅れ感は否めないが、自分から足を踏み外すこともないだろう。

 言い捨てた希望は人の間を抜けて建物の隙間へと滑り込む。屋台が多く出ていることもあって、積まれた道具や材料の箱がうまく影になっていた。これはいいと上着から下着まで、ボロボロの衣類と手渡されたばかりのそれを替えていく。

「……予想はしてたが」

 流石にそこまで馬鹿じゃないはずと信じた数分前の自分を殴りたい衝動に駆られた。

 否、見事にまた裏切られたというべきか。

「ペアルックか……」

 先ほど見たばかりのそれに酷似した――否、おそらくサイズまで同じのそれと、脱いだばかりのボロボロのコートを見比べて、葛藤の末に新品に袖を通した。

 結局目立つことには変わりない。ならばせめて、払わせたであろう金と気遣いぐらいには報いるべきだという殊勝な考え――ではなく、機嫌を取っておくべきだろうという小賢しさである。

 現状、もっとも頼りに出来るのは間違いなく逢魔遥奈であるが、それと同時にもっとも警戒しなければならないのも『女』としての逢魔遥奈なのだ。

「背は向けれないな……ん?」

 希望のいる物陰から更に路地の向こう、人影に気づく。

 またごろつきかと思ったが、それにしてはかなり小さい。それこそ今の遥奈より更に。

 つまりは――。

「子供……?」

「迷子か?」

「どうだろうな。親は見当たらないが、こんな路地裏にいる時点で…………」

 一拍。希望は間を置いて振り返る。

 積み荷の脇に遥奈が寄りかかっていた。

「おい遥奈、いつからいた。事と次第に寄っちゃそろそろお前の立ち位置が決まるぞ」

「私は稀少価値の高いものを目の前にして放っておくほど自分が愚かでないと思ってる」

「…………」

「街中で知り合いの、それもお前の生着替えなんてご褒美映像が見れる機会なんてそうそうない。そういうものこそ真に記憶へと、網膜へと焼き付けて後世へと語り継ぐか、一族の財産として永久保存しておくべきだと思わないか?」

「買うものリストに染め具と除草剤を追加だ遥奈。俺と正常な会話をするために即刻そのピンク色の思考回路とお花畑の脳内を真っ黒の荒れ地に切り替えてこい」

 話はそれからだというように、遥奈の額を弾く。衝撃はやはり伝わらなかったようである。

「染め具と除草剤くらいなら集まりそうだな……という冗談はまあ置いといて」

「本気でも一向に構わないぞ」

 むしろ散布できるものなら激射ものである。

「あの子供、まず迷子で間違いないだろうな。あの様子だと親はこっちに来てすらいないだろう」

 日の当たらぬ路地裏で膝を抱えた少女。遠目からではそれ以上の情報は得られないが、背後の賑やかさとは対照的に、生気がまるで感じられない。時折、堰込むそれが無ければ死んでいるのではないかと疑うほどである。

 遥奈のような年齢詐欺ではない。年は十か、それに満たない程か。

 希望に比べ、驚いた様子でない遥奈を訝し気に見る。考えていることが読めたかのように遥奈はかぶりを振った。

「なにも思わないわけじゃない。だが、いちいち気にしてもいられない。何となく分かってるとは思うが、ああいう次元単位の迷子はお前の考える五倍くらいはいるんだよ」

 保護するにも切りがない。

 受け皿には限界がある。

 問題は言葉にするまでもなく見えていて、だからこそどうにもならず放置されている。誰しも万能ではないから、それが一つの現実なのだ。

 光があれば影もある。――ふと、そんな言葉が脳裏を過った。

「……こういう言い方は私も本意じゃないが、キボウ。お前はアレをどう思う?」

「胸糞が悪い」

 表情は平然と、佇まいも崩すことはなく。

 それでも、希望は自分がいかにズレていようと、理不尽な境遇に晒されたなんの罪もない子供を前にしたなら怒りを感じなければいけないと思う。思ったからこそ、短くも率直な意見を述べた。

「そりゃ結構だ」

 楽しそうに、そしてどこか嬉しそうに笑った遥奈は希望を追い抜いて路地の先に蹲る少女の下へと駆けていく。声を掛けて二言、三言。その後一方を指さし、ふらつく少女がその方向へと歩き出すと、ゆっくりと希望の下へと戻って来た。

「何処へ行ったんだ?」

「ああいう子供を養う孤児院……とは違うが、似た施設がある。善意で成り立ってるところだが、飯くらい食えるし、情報も得られる。どうせ順番待ちにはなるだろうが、定期的に東のた陸に渡って脱出口まで送り届けてもいる。ここでただ蹲ってるよりはまだマシだろう」

 救いのある話を遥奈は取り繕うように口にする。

 また、救いようのない部分から目を逸らしているわけではないようで。

「問題はああいうのを平気で放置するどころか、八つ当たりの矛先にするダメな大人達が蔓延してることに尽きる。見かける度に可能な限り懲らしめてやってるが……これも根本的な解決にはならないな」

 少しだけ影を落とす遥奈に希望は既に誰もいなくなった路地裏を見つめた。

 人か、あるいは世界そのものか。

 根っこが腐ってしまっているのはどちらだろうか。

「ま、いまのキボウにはなんら関係ない話さ」

 思考し始めたそれを阻むように希望の腰のあたりがポンっと叩かれると明るい声が続いた。

「真面目な話、東へ渡るのは闘技会が終わってからがいいだろう。一週間もあれば帰るのに必要な知識と船賃くらいは稼げるだろうし、わざわざ人でギュウギュウ詰めのとこに飛び込む理由も無い。そこら辺は信用してくれていいぞ」

「……むしろそれ以外、今のお前は信用できないがな」

 露出過多で街に繰り出す。周囲を顧みない発言を繰り返す。

 過剰なスキンシップを含め、仮に中身が逢魔遥奈でなければ投げ飛ばしていた。

 そんな今後一切役に立たない自信が希望にはあった。

 逆に『逢魔遥奈だから』なんなのかを、詳細に説明できる自信はなかったが。

 着替えを終えたことで路地裏から出た遥奈は出店を眺めてしみじみと溢す。

「流石に信用は取り扱ってないだろうなあ。金ならあるんだが……」

「信用が金で買えるならついでに常識を最優先で買ってこい」

「常識……なんだキボウ、私を破産させる気か?」

「一般常識ほどプライスレスなものはねえよ」

「だがタダより高いものもないというだろう」

 それは教訓の話である。日本ならばいざ知らず、拾えるものを拾わないのは損ではないか。

 言い合いながらペアルックの二人組は人込みを抜ける。

 周囲が異世界よろしく多種多様な人種、服装や特徴で満ちている為、希望と遥奈だけが特別に注目を集めるということもない。通行人の興味を引く目下第一位は、やはり白昼堂々と行われる白刃同士のぶつかり合い――決闘である。

 どよめきに希望は立ち止まり、続いて遥奈も足を止めた。

「大会が近いと決闘が頻繁に起こる理由ってのはなんだ?」

 ふと思いついた疑問。

 闇討ちだ窃盗だなどと物騒な話が絶えないこともあるが、自分の手の内を晒すのは余り得策ではないのではないか。

 大会がどのような形式で行われるのかは分からないが、対戦相手となる者がどこに潜むかもわからない。下手に対策を取られるより、大人しくしているべきでは、とも思う。

 希望の疑問に、遥奈は少し考えるようにした後で、

「……一番可能性として高いのは、繋がりを作ってくことだな」

「繋がり?」

「知っての通りここに留まっているやつは頭のおめでたい奴がほとんどだからな。《因子》も強力無比である場合が多い為、狡い手に走る輩は少ない……いないわけではないが。そんなわけだから、実益を求める奴が多いんだろう。知り合いを増やす意味でも、何かと得なのさ」

「いまいち要領を得ないな。具体的にどういう得がある?」

「大会によっては二対二、三対三のチーム戦になる場合もある。もしくは単純な対戦でも複数人で行うサバイバル形式だったりな。そう言った場合に同盟を組んだり、日常で物資を融通しあったりと、考えられる幅は広い。……私がアギリを雇っていたのが想像しやすいか?」

「ああ、そういえば」

 この世界の決闘で言えば、前向きで肯定的な見方をする者が多いということだろう。

 損よりも得で、悪よりも好。

 例えそこになんらかの悪意が存在しようとも、真っ向から叩き伏せれる。そんな《因子》による絶対の確信を持った戦士が大多数だからこそ成り立っている方式ということか。

「あとは……単純に訓練も兼ねてるのだろう。街の中では致命傷が発生しない、街の外で異界から流れて来た危険生物を相手にするよりもリスクは低い。南区にいる奴らは優勝が目当てであって、この世界のクリアは度外視してる節があるからな」

 そのくせ大会に対する姿勢だけは立派なのだと遥奈は語る。

 良くも悪くも現実主義。

 南区にいる大半は戦士であって勇者でなく、選手であっても主人公でない。目指す到達点と力量を秤に掛けて、龍王討伐などという不可能を最優先で切り捨てたのだ。

「どうやらここの奴らはこの世界を遊び倒す気満々のようだぞ」

 それを悪とは言うまい。

 希望は断続的に続く歓声と剣戟に目を細め、呟く。

「どうぞご勝手に、って感じだな。どうせ一年前の龍王戦にここの奴らはほとんど参加してないんだろ。なら何も変わってない、やる気のあるやつがやればいいんじゃないか?」

 《先駆者》尾張希望のリタイア含め。

 投げやりで自分勝手な意見だったが、希望の本心である。やる気のない者を強制したところでどこか綻びるのは世の常というか、どこの世界でも同じだと思うから。

「……まぁ、お前はそういうと思ったよ」

 元の希望を知ってるだけに、遥奈は理解を示す。

 勿論、それが正しいわけでもないが。

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