逢魔遥奈の事情2
「そういや、私もお前に聞きたいこと。いや、聞きそびれたことがあったんだ」
更に情報のやり取りを続け、次の節目を迎えた時に遥奈は思い出したというように切り出した。
「……それは俺にか?」
「そう、三年前からこっちに来た強くてニューゲーム状態のお前にだ。私がこっちに来てすぐ、お前に聞いておけばよかったと思ったことがな。これもなにかの縁だろう」
どこぞの『女神の盾』とかいう勘違いヒーローのような感覚ではないとわかると、希望としても是非はない。椅子に掛けた姿勢のまま続く言葉を促した。
何時になくもったいつける遥奈は、これまでで最も真面目な声を出す。
「なあキボウ。お前はなにを犠牲にしても叶えたい願望はあるか?」
「ない」
きっぱりと。
一切の躊躇なく切り捨てる言葉に、遥奈は思わず目を見開いた。
「……いや、予想はしてたが。即答とはな」
「無いものは無いさ。平凡な高校生なんてこの程度だろ」
自身を平凡という括りに入れることに少しの疑問を持ちながら、それでも希望は宣う。
野心、物欲、嫉妬、期待。
異世界に来て、置かれた状況が状況故に一時ある種の期待感を持ったことは否めないが、生来希望にとってその手の感覚はとんと無縁である。
「もう少し脚色があればお眼鏡にも叶ったんだろう。だが、お前と違って生まれは普通、家族中は良好。親に不満も持ってないなら妹は不治の病に侵されてもいない。俺みたいなやつは何処にでもいる。そしてそんな奴が異世界に来たからって世界征服に目覚めるか?」
答えはノー。希望でなくとも目覚めはしまい。
「そもそも、その手の身の程知らずな欲求が向かう先は、主人公側じゃないのか?」
「それもそうか……そうだな。ま、色々と面倒なんだこの世界は――ともあれ、そこらへんは期待通りでなにより。目の前の問題にも直結するが、少し安心したよ」
安心? ――首を傾げてから先ほどまで話していた話題を思い出す。
「なんだ、俺が一週間後の闘技会に参加すると思ったのか?」
願いを叶える大会は年に一度の『星の闘技会』と月に一度の『月の闘技会』に分けられる。それらの後者にあたる『月』がもう目の前だという。
「いや、まずないだろうとは思っていたさ。自分が目立つわけにいかないってのをしっかり理解してるみたいだったから、あくまで聞きそびれていた質問の方が主題だ」
遥奈はグラスに口を付けて、先刻に通った扉の外を見る。
希望が水面のようだと感じたそれは内側からだと外の様子を見通すことが出来、彼女が槍畑と形容した荒れ地と、通路が見て取れる。
「ん……?」
その先でのそりと起き上がる影があった。
『――……、……っ、……!! ――ッ!』
なにやら起きて早々に喚き散らす男。
言うまでもなく先刻見事に裏切られた雇われ傭兵のアギリである。
(タフすぎる……)
希望はその姿に呆れたが、遥奈はまだ気づいていないようで話を続けた。
「『星』とは比べ物にならないが、『月』でも願いが叶うことは叶うんだ。時期が近づくと途端に治安が悪くなる。――少なくともこの南区の街はでかいだけな。巻き込まれたら事だろう」
叶えられる願いの度合いという点での差異。
当然、『星』と『月』が同列なわけもない。希望もどうせ参加することはないだろうと詳しくは聞いていないが、優勝者以外の複数、または世界に働きかけるようなものは年度の『星』でなければ叶えられないという。
『月』で叶えられるのは主に物欲くらいか。
「治安ね……具体的には?」
「優勝候補の闇討ちや、街中での決闘が頻繁となる。価値のある武具の略奪被害もそれなりにな。なんにせよ、関わらないならそれまでの話さ」
「ふうん……んじゃこいつも闇討ち被害に遭うのか?」
物騒な話だ。――と、聞き流しながら希望は扉を顎で指した。
正確には扉の目の前まで迫っていた優勝候補の一人へと。
『開けろやぁッ! いんのは分かってんだぞ魔女ぉッ!! 人がきりきり働いてやったつぅのに随分なご褒美じゃねぇかっ! ああぁっ!? フードの野郎を何処へやったぁッ!!』
怒りに満ちた声が響く。当然の反応である。
「……遭う可能性のほうが高いだろうな。アギリは『喧嘩屋』とも呼ばれていて、この南区じゃ有名だ。見た目ほどガサツな奴でもないし、どちらかと言えば頭を使うタイプでもある。経験から学べる狂人、その危険性を考えればサクっと殺されても不思議じゃないだろう」
「だが街中じゃ死なないんだろ?」
「やりようはいくらでもあるさ。ふん縛って大会が終わるまで適当なところに監禁するなり、街に限定しないんであれば外に誘い出して騙し討ちするなりな」
「引っかかる玉かね……」
「そこはやるやつが頭を捻るところだな。私の手に掛かればこいつ程度片手で十分……噂じゃこいつには妹がいるらしいぞ、ダシに使えるんじゃないか?」
『シカトかましてんじゃねぇぞコラぁッ!!』
動物園かなにかで檻に入った猛獣を彷彿とさせる。
頭まで血が上っていることは明らかだが、それでも扉になにか細工がないかと警戒しているのか触れることはない。なるほど、確かに利口だと希望は一人頷いた。
「やれやれ、報酬は前払いで払ってるだろうに。……丁度いい、少し街でも見て回るか」
「ん……まあ、今すぐどうこうってわけに行かないしな。案内でもしてくれるのか?」
「お安い御用だ」
遥奈は椅子を下りてコートを羽織る。
(春先に出そうだな……)
露出面積が減ったはずなのだが、下着以下の布切れにコートというミスマッチが犯罪指数を上げている気がする。突っ込む気も失せた希望は自身も日よけのフードを深々と被った。
「どうするんだ? 蹴散らして逃げるくらいなら……」
「いや」
準備を終えたことを確認した遥奈は淡い瞳を動かしアギリを捉える。
「ここはひとつ魔女らしく、魔法でも見せてやるよ」
パキリ、と少女に似つかわしくない笑みを浮かべた遥奈が指を鳴らす。
そしてなんの警戒もなく扉を開け放った。
「……よぉ、やっと出て来たかぁ。色々と言いてぇこたぁあるがまずは――あん?」
天へと伸ばされた小さな手。
光を湛える、手の先。
「なぁ――くそがぁっ!」
アギリはその意味を理解した瞬間、駆けだしていた。
だが、逃げる程度で終わらせない。逢魔遥奈はそんな救える奴ではないのだ。
希望の思考を読み取ったようにそれは紡がれる。
「おいおい逃げてくれるなよ『喧嘩屋』。お前もさっきまで楽しそうにやってたことじゃないか」
光、だがそれはいつか見た眩いそれでなく。光というにはあまりにも暗く、迅速に形をとる。
現れたのは二重、三重と複雑に折り重なる魔法陣。
日本にもあったルーン文字で整えられたそれはやがて収束を始め、細長い形状を生み出す。
「人の家の前を槍畑にするほど槍が好きなら、私の生み出した至高の一本をくれてやる。よかったなあ、『月』を前にコレクションが増えて」
粒子をまき散らし、宙空に停止する“それ”は、遥奈の手に呼応するようにその先端を逃げるアギリの背に定めた。
「馬っ鹿野郎がぁっ! 手前ぇここが何処だかわかってんのかぁ!? んなもんぶちかませば――」
「流石の私も、お前に言われたくはないさ」
すぅ、と遥奈の手が下げられた瞬間。
遥奈の頭上で停止していた“それ”は――穂先に当たる部分がバチバチと不穏な音を立てる禍々しく巨大な槍は、目にも留まらぬ速度で宙を駆けた。
「待っ――」
ドッ!――――と音と景色が一変する。
何もかもが吹き飛んだ錯覚。
土煙が視界を塞ぎ、行き場を追われた風が希望を煽る。
直撃ではない。着弾地点はアギリより数歩分後ろの地面、衝撃で地を砕き、余波で土を巻き上げ人を吹き飛ばしたのだ。威力を考えれば常人は死んでおかしくない。発動自体が許されたということは始めから直撃をさけたか、あるいはあれで威力を抑えたのか。
いずれにせよ、兵器に違いはないが。
「…………」
土煙が晴れた時、そこにアギリの姿はなく希望はなんとも言えない表情になった。
まさか消し飛んだか。――いやだから殺せないのだと。
後に残った禍々しい槍が、パキンッと音を立てて空気に溶けた。
「……とまあ、魔法の特徴としてはこの通りだな。絶大な威力と引き換えに完成まで動くことは出来ず、作り出した物質は役目を終えた段階で消えて残らない」
「普通に話始めてるところ悪いが、お前この世界来てからほんと辞めてるな」
「男をか? なんだなんだ、かっこかわいい私に欲情しちゃったか?」
「人間をだ大馬鹿野郎が。誰があんなラスボス手前で手に入りそうな槍を出せと言った」
殺す気がなく、殺せないのだとしても、まずもっていま取り出すべきではなかった。
なにせ、槍である。
アギリは想像した槍を具現化できるのだから、鮮明に想像できるだけの情報があれば例えその本質が魔法であったとしても例外ではない。
「万が一、アギリが暗黒騎士にジョブチェンジしたらお前のせいだぞ」
「確率で言うなら百パーセント再現できるだろうよ。アギリの《具現化の因子》はあいつの想像から形作られる。あんだけの恐怖を人間がそう簡単に忘れられるはずがない、何度も試行を重ねれば一週間も要らんだろうな」
「……まるであいつに塩を送ったみたいに聞こえるが?」
「切れるカードは多いほうがいいし、売れる恩は押し付けておくべきだ――ってのは建前として、別に知ってる顔が死んで喜ぶ趣味はない。あいつも新しい玩具を友達に自慢する時期は通り過ぎてるだろう」
姿が見えなくなったアギリを心配するかのように、吹っ飛ばした張本人が目を細める。
信頼、ではないだろうが。人間味のある発現ではある。
「ふうん、前言撤回しとく。まだ、人間だったな」
「お、見直したか? なら今度はお前からチューしてくれてもいいんだぞ」
「……お前、性転換した影響か知らないが、すぐそっち方面に持ってくのはなんなんだ? いや前からオープンなとこはあったが、その比じゃないぞ」
前は聞かれれば躊躇いなく答えるというタイプであったのに対し、今はむしろ誘っている風でもある。年中発情期というが、希望とて知り合いが痴女になっていては居た堪れない。
しかし、遥奈は照れくさそうに零す。
「なんというか、前の私を知ってる奴はこっちでお前だけだからな。冗談の一つも言い合える相手がいないってのは割と窮屈なもんで、反動が来てるらしい。だからもう少し付き合っとけよ」
笑って腕に絡みつく少女に調子がいいものだと希望は嘆息する。
「そんなもんか……はぁ」
丁度、まだ小学生だった妹がこのくらいの背丈で、こんな風に纏わりついてきていたか。
現在においては既に三年経っている。順当に高校生になっているといいのだが。
「……余計な騒ぎになるから人前でやるなよ、それならもう少し付き合ってやる」
そんなことを考えて、希望は妹をあやす感覚で無意識に遥奈の頭部を撫でていた。ハッとしてから手を放したが、既に手遅れだったらしい。
「……ぬ、濡れる」
「…………」
ぽつりと零す、遥奈の頭が。
「女の幸せってのはこういうことを言うんだろうな」
「やっぱ今すぐ離れろ淫乱野郎」
今日中にもう一話を目指します




