表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自転車に乗るわたし  作者: @naka-motoo
4/36

第4話 彼のアングル

 ポピーでの2時間の滞在を終え、ゆうきと別れた後、わたしは自転車で本屋に向かった。帰り道の途中にあるので週に2・3回は寄る店。わたしはこの本屋さんでPCの裏ワザ等が載っている本を漁り、どこに就職しても困らないよう、日々の鍛練を怠らない。

 今日の収穫は、Excelでピボットテーブルを使う時の裏ワザ。本屋さんには申し訳ないけど、立ち読みで頭の中に情報をインプットさせて貰った。帰ったら早速ノートPCで実践しなくては。

 有益な情報を得た後、ぷらぷらと店内を歩き、音楽雑誌のコーナーで自分の好きなバンドの記事を見つけ、ぱらぱらと立ち読みする。

『え、突発性難聴!?』

 ボーカルが治療に専念するため、無期限でライブ活動を休止するという記事。

 ショックだ。最近、ネットのチェックを怠っている間にこんなことになっているなんて。どうするんだろう。このバンドは過去に一度、所属レーベルから契約を切られた時も、そこから起死回生のアルバムを別レーベルから出して生き残って来たのに。今度こそ駄目なの?

『ん?』

ふと、顔を上げる。雑誌コーナーの棚を挟んだ目の前に、どこかの高校の夏服を着た男の子の顔がある。数秒、その顔をじっと見つめる。

『あれ、なんでだろ?』

 特にかっこいい、という訳じゃない。背は高いけど、顔はいたって普通。長くも短くもない髪。でも、もうちょっと見ていたい。この子、気になる。

 向かい側はスポーツ関連コーナーのはず。この子が読んでいる本が気になる。この子の好きなスポーツが気になる。

 ストーカー的な気分が盛り上がってきた。『女子高生だから、いいよね』と訳の分からない理論で自分を正当化し、気付かれないように立ち読みに没頭しているその子のコーナーに歩いて行く。

『おー、スポーツサイクルかー』

 ちょっと接点がないな。わたしはいわゆるママチャリしか乗ったことがない。この子、どんな自転車に乗るんだろう?

 もうちょっとリスクを冒そう。わたしは、雑誌を探す振りをして、この子の斜め後ろにすっと移動する。

『わ、高そう!』

 自転車について素人のわたしにも分かる。ほんとに高価そうなレーサータイプの自転車の写真が載ってる。

 このまま同じ位置だとさすがに気付かれる。ちょっと、横に移動しよう。

 動きながら、横顔をチェックする。

『やっぱり、なんでだろ?』

 正面よりも横顔の方が更に気になる。横から見ても、かっこよさが増すわけでもなく、やっぱり普通。でも、そのまましばらく見ていたい顔。顔、というか、雰囲気かな?

 その子が雑誌を棚に戻す。あ、店を出るんだ。どうしよう・・・・

 どうしようどうしようどうしよう、と頭の中で繰り返してみる。とりあえず、後をつけよう、と、3度目のどうしようを頭の中で言ってしまうと、突然躊躇がなくなった。

 その子を追って外に出る。その子はリュックを背負い直し、濃いメタリックブルーの自転車に手をかける。雑誌の写真とは違うタイプみたいだけど、ハンドルがフラットのきれいで精悍なスポーツサイクル。駐輪スペースの、わたしの自転車から5mほど離れた位置。こっそり後をつけるにはほどよい離れ具合。

 距離を取りながらつけるつもりだったけど、カチャッ、とギアチェンジするその子の自転車は想像を超えた加速をしていく。

『ちょ、速いよ!』

 気づかれないようにつけるどころじゃない。サドルから少し腰を浮かせてペダルを漕ぐ。

 女子高生がママチャリで立ち漕ぎなんて。相当恥ずかしい。

 どうする?このまま追っかけて、それでどうなる?追いつきそうもないからこの子の家の近くまで行くなんてのもとても無理だし。かといって、あんなただのワイシャツに学生ズボンの夏服じゃどこの高校かも分からないからここで別れたら二度と会えないだろうし。

 そういえば、わたしは真面目にフタショーのステッカーを自転車に貼ってるな。この子もわたし程度に真面目なら高校のステッカー貼ってるかも。

 次の交差点が見えてくる。信号が赤に変わった。よし、ここだ!

 不格好さも、恥ずかしさも、暑さも、なりふり構わず全力でペダルを漕ぐ。

 その子がゆっくりと減速して停まる。わたしは10秒ほど遅れてこの子の後ろに追いつく。汗で白の制服が背中にべったり張り付いて気持ち悪いけど、呼吸を整え、この子に悟られないよう、自転車を見る。この子は真面目だった。

 北星高校。隣のそのまた隣の市の高校。遠い。一体、ここから何十キロあるの?

 信号が青に変わる、その子が自転車をスタートさせる間際、左斜め後ろからその顔を再確認する。滑るようにその子の自転車が加速していくのを見送る。

 最後のアングルから見てようやく分かった。

「多田くん、だ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ