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スキルマスター勇者

作者: 無限の地平はみな底辺

小西ゆうすけ(44歳)は誰よりも異世界行きに備えていた。

小学生の時に苛められて登校拒否となり、以降定職にも就いた事がない。

そして生活費は母親の年金。

故に『修行』に充てる時間は無限にあった。



『万が一、自分が異世界に飛ばされた時に必要なスキル』



ゆうすけは自身が読み込んで来た膨大な異世界ラノベから有用であろうスキルをリストアップする。


・居合い

・サバイバル術

・手品

・ナイフ投げ

・パルクール


逮捕される事6回(銃刀法違反・建造物侵入)。

すっかり前科も付いてしまっていたが、ゆうすけは気に留めていなかった。

異世界では地球の前科は咎められない。

故にノーカウント。

社会なんぞ、どうだっていい。

それよりも、『個』としてのスキルが重要。



そんなゆうすけが異世界に飛ばされた。

JR京都駅上空に出現した球状の黒いエネルギー体に吸い込まれてしまったのである。

外国人観光客が多かったので、目撃写真・目撃動画はまたたく間に世界中に広まった。

黒いエネルギー体よりも、腕組みして浮上するゆうすけのドヤ顔の方が話題になった程なのだから、余程の事だったのだろう。




ゆうすけが辿り着いたのは中世ヨーロッパ風の異世界。

そして、向こうにとっては、別世界からの来訪者はそこまで珍しいものではないらしい。

現にゆうすけが最初に遭遇した男も、別世界からの漂流者の子孫だった。


紆余曲折を経て、宮廷に招かれた小西ゆうすけは数々の技芸を披露する。

特にナイフを使ったジャグリングは王族からの大喝采を得た。

国王はゆうすけを気に入ったらしく、軍隊での『将軍』としての役職を約束してくれた。

ゆうすけは喜んで従軍を申し出た。

何せ王様のお墨付きである、栄達は間違いない。



それが間違いの元だった。

兵舎に入ったゆうすけは、そのみすぼらしさに愕然とする。

街並みの豪奢さに引き換え、あまりに酷い。

その上、ゆうすけの待遇は雑兵に毛が生えた程度のものであった。


「あの… 僕は『将軍』なんですよ? 何なんですかこの待遇は!」


兵舎のリーダーらしき貧相な顔の男は不思議そうな顔で、「俺は元帥だけど?」と答える。

ゆうすけの隣のベッドの痩せこけた老人は、「あ、ワシ大将軍じゃから」と話し掛けて来る。

床に座っていた日焼け男は、「お、おりは。 さ、最近ようやく右将軍になれたんだな!」と如何にも無学そうな笑顔で叫んだ。

どうやら、この世界の軍隊の地位は途方もなく低いらしい。

その証拠が、軍キャリアが将軍からスタートすると云う称号濫発型のいい加減なシステムである。


原因は明確である。

異世界ではこの王国が唯一の覇権国であり、戦争と言えば周辺の弱小国家を数の暴力で蹂躙し続ける作業に過ぎなかったからである。

(王族の陣頭指揮の習慣が数百年前で絶えてしまっている事から鑑みても、王国の覇権はかなりの安定感である。)

常勝であるが故に、国防予算は戦争そのものよりも占領地宣撫に割かれた。

軍人の低賃金の原因も理由は同根である。

覇権国であるが故に、王国軍には敗戦国の失業者や孤児が恒常的に流入し続ける。

志願者が無限である以上、人件費も限りなく暴落する。

小西ゆうすけが送り込まれた軍隊は、そんな環境であった。


勿論、王の口振りを思い返す限り悪意は感じられなかった。

『この者は武芸が得意のようだから軍人が適任だろう』

とでも無邪気に考えたのだろう。


後で聞いて驚いたのだが、王宮から途方もなく離れたこの兵舎は何と親衛師団の兵舎であり、名目上の司令官は国王本人だったのである。

形式上、国王は小西ゆうすけを直参の旗本として取り立ててくれているのである。

『この粗雑な扱いも、ひょっとすると好意なのかも知れない。』

と、泥の様な雑穀を啜りながらゆうすけは思う。


翌月1日。

ゆうすけに出征命令が下る。

どうもこの王国では毎月の頭に国内に駐屯中の軍隊を四方に出征させるシステムがあるらしい。

大雑把な仕組みだが、大量の兵隊を無為徒食させて税金を垂れ流すよりはマシなのだろう。


数か月掛けて西部国境に到着する。

各地方から無限に部隊が合流し続け、国境に辿り着いた頃には数百万規模にまで膨れ上がっていた。

『数百万』と軍隊であるにも関わらず員数漠然としているのは、点呼の習慣が絶えて久しい為である。

あえて意思統一しない事が意思化されているのか、軍装も軍旗も軍規すらもバラバラであった。

ただ、これだけの大軍に補給が行き届いている点だけは驚かされた。

やはり王国の国力は途方もないのである。


その途方もない覇権国を迎え撃つ西部国の防衛線は鉄壁だった。

堀は地平線の彼方まで深々と掘られ、陣前にびっしりと備えられた逆茂木は一本残らず研ぎ澄まされていた。

対峙してみると、(当たり前の話だが)西部国は軍装が統一されており、恐ろしく士気が高い。

ただ哀しいかな彼らは寡兵であり、どれだけ多く見積もってもその兵数は10万以内に収まる規模のものだった。


「じゃあ、太陽が真上に来たら全軍突撃ね。」


元帥が無造作に言い放つ。

信じ難い事に、この貧相な男がこの大軍団の司令官であるらしかった。

親衛師団の引率者なのだからその資格はあるのだろうが、もう少しマシな人選は出来なかったのだろうか?

少なくとも王宮には有能そうな者しか見かけなかったのだから、そこから派遣してくれれば良さそうなものである。


突然、右将軍がとてつもない大音声で絶叫する。


「たいよーがッ!!  まうえにきたらーッ!!  みんなでとつげきーッ!!」


せめて叫ぶ前に隣に居たゆうすけに一言注意して欲しかった。

耳鳴りを抑えながらゆうすけが周囲を見渡すと、各部隊が絶叫で復唱していく。

ただ残念ながら、この軍隊は余程無能者が集まっているのか、幾つかの部隊が勝手に突撃して行く。

この程度の伝言ゲームすら王国軍はこなせないらしい。



「いや、突撃は南中してからですよね!?」



ゆうすけが元帥に食って掛かるも、元帥は不思議そうな顔で「いやあ、もう始まっちゃったんだから仕方ないよ。」と言って槍を持ち上げた。

作戦もへったくれもあったものではない。

各員が武具箱から槍を引き抜いて突撃していく。

誰一人として管理職としての仕事をしてくれる者が居なかった。

この大軍は断じて軍隊などではなく、単なる勇卒の集まりであった。


特に大将軍などは凄い。

ゆうすけはこの男を老人と侮っていたのだが、いざ合戦が始まるとこの老人は恐ろしく敏捷であった。

想像を絶する健脚で先発した部隊を追い越し、敵の前衛部隊に飛び込んで一番槍と一番首を挙げた。

勿論、大将軍はすぐに討ち取られてしまったが、その姿を見て王国軍のテンションは否が応にも上がった。

自軍の隅々から訳のわからない雄叫びが響き渡り、西部国の防衛陣地の隅々まで殺到した。

後は大乱戦である。

ゆうすけは自然発生した戦列に組み込まれて、そのまま空堀に落ちて死んだ。

数個大隊の死体が空堀を埋めてしまったので、後は真正面からの叩き合いである。



当然、戦争は王国の完全勝利。

無能無策無秩序の王国軍が、自分達よりも遥かに有能で準備万端で団結していた西部国を数の暴力で蹂躙して終わりである。

王国軍の戦死者は不明。

上層部会議で『今回は減りが悪かったですなあ』との声が挙がった事から見ても、想定程の戦死者は出てくれなかったらしい。

勿論、西部軍は全滅。

というよりも国ごと根こそぎ西部人は絶滅した。


世間は改めて認識をする。

やっぱり戦争は数なのである。


国王に届いた戦勝報告には「お味方の完勝! 敵国絶滅!」とだけ書かれていた。

国王はこの報告に上機嫌となり、小西ゆうすけの存在を久々に思い出した。

そして、満面の笑みで近臣に一言。


「ほらね。 小西君を軍隊に配置したのは正解だっただろう?」


近臣達は心の底から国王の慧眼に感服した。



国王は親衛師団と小西ゆうすけを心から讃え、手厚い報奨を贈る事を命じた。

この命により、親衛師団兵舎はリフォームされた。

30人部屋だった兵舎が12人部屋になった上に、おかずが二品も増える様になったのである。

しかも親衛師団では『大将軍』からキャリアがスタートする事も正式に決定した。

まさしく、破格の厚遇である。

この恩恵は、全滅した親衛師団の補充人員が蒙る事になる。



国王は就寝前、親衛兵舎(があると王が思い込んでいる)の方角を見てウインクする様になった。


「小西君。 元気でやってるかい? お互い大変だけど頑張ろうね♪ 機会があれば、またあのナイフ芸を見せて欲しいな。  余の人生であんなに愉快な日は無かったのだからさ。」


国王はこの後32年治世して老衰で崩御した。

親衛師団の待遇に気を遣い続けたあたり、小西ゆうすけへの国王なりの友情は不変だったらしい。



組織が大規模化・安定化すればする程、『個』の特質は必要なくなっていく。

こういった組織としての当然の原理法則こそを異世界志願者は学んでおくべきだったのである。

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