こんがりキツネ4
月子は朝から薬作りに精を出していた。
よもぎをとんとんと刻んですりつぶす。知り合いの河童にもらった溶けない氷を霊力で砕いて入れてさらにすりつぶす。
よもぎの良い香りが店のなかに漂った。
「おはよう、月子。」
「雷ちゃん、おはよー。」
あくびをしながら降りてきた雷太は月子の手元をちらりと見てよしよしと頷いた。
「毒消し傷薬か。ちょっと待ってろ、飯食ったら手伝ってやる。」
「ありがとう。この薬すりつぶすのが大変なんだよねぇ。椿の油と白竹の油を二杯ずつ……」
厨房の奥の部屋にずらりと並ぶ瓶や入れ物から材料を取り出し、手際よく混ぜていく。朝飯を食べ終えた雷太と薬作りに没頭していると、ふいにカランカランと扉が鳴った。
いらっしゃいませーと言いながら顔を上げた月子は目を丸くした。
「やおよろず……ってここっしょ?なんか行けって言われたんだけどぉ。」
白と紫の巫女装束にぴょこんと飛び出た耳と尻尾。約束よりずいぶんと早い時間ではあるが、それだけ見れば彼女は間違いなく巫女だろう。
ただ。
「え、ギャル?」
呆然とする雷太の口からぽろっとこぼれた通り、つやつやと日焼けした肌にピンク色に染められた髪、ごてごてと飾りのついた長い爪。
まさにギャルであった。
「なんか文句あんのぉー。テン下げー。」
かったるそうにぶーぶーと言いながら彼女はどかっとソファーに腰かける。
「て、てんさげ……?」
目を白黒とする月子をちょいちょいと引っ張った雷太が巫女に聞こえないように小声で言う。
「だから面倒事だっていったろ!あれのどこが巫女なんだよ!」
「ヒイロちゃんが言ってたのはこういうことだったんだね。」
「どうすんだよ、月子……」
「どうもこうも、とりあえず祭事が成功するようになんとか……」
こそこそと話し合う二人に焦れたのか巫女は不機嫌そうにとんとんとテーブルを叩いた。
「ちょっとあんたたちー。なにしてんの?あたしどうすればいいわけぇ?」
月子はとりあえずなにも聞かされていなさそうな巫女に昨日決まったことを話すことにした。
「えっと、初めまして巫女様。わたしは月子。この店のオーナーやってます。こっちは鬼の雷太。従業員…かな?」
「へぇ、あんた鬼を使役してんの?けっこう強いんだ。」
興味をそそられたように月子のほうを向いた巫女に雷太ががるるっと牙を剥き出す。
「俺は使役されてるわけじゃねぇ!」
「雷ちゃんはね、わたしのこと手伝ってくれるお友達だよ。」
月子が苦笑していきり立つ雷太をどうどうとなだめると巫女はにんまりわらって訳知り顔に頷いた。
「はぁーん。そっかそっか。あんた月子の……」
「あ!?なんだとこのクソ女!」
「なんですってー!」
バチバチと火花を散らしはじめた二人の間にはいはいと割って入って月子は巫女に向き合った。
「あなたを三顕さまのお祭りまでうちで預かることになったの。これからよろしくね。」
巫女は面白く無さそうな顔をしてだらしなくソファーに寄りかかる。
「やっぱ、そんなことだろうと思ったよ。まぁでもうるさい天狐どもに四六時中文句言われるよりはましかな。……うんよろしく月子。」
ちっと雷太が舌打ちをして不機嫌そうに巫女を睨む。
「お前、自己紹介くらいできないのかよ。これからお世話になるっていうのに。」
それを聞いてムッとしたように起きあがった巫女はうーんと伸びをしてスッと背筋を伸ばした。
「三顕さまに仕えし巫女ササラと申す。そなたの道に影なきことを祈り、我が一族からの挨拶としよう。」
さっきまでのだらだらとした様子が嘘のようなしなやかなで美しい動きに目を奪われる。ササラがごてごてと飾られた長い爪をくるりと回して目を閉じるとその指先からふわりと清浄な気が立ち上ぼり、月子を取り巻くようにながれた。
「これでいいー?もーめんどいなー。」
かと思えば一瞬にして元のだらだらしたギャルに戻ってしまう。
「落差すごい……」
ずいぶん個性的なお客さんがきたものだ。ササラに部屋を案内しながら月子はこっそりため息をついた。