こんがりキツネ3
「まったく月子はすぐ面倒なことばかり拾ってくるんだからなー。」
ヒイロが去ったあと、店の床にモップをかけながら雷太がちくちくと月子を責める。しかし、月子はそんなこと全く気にせず満足げな表情で洗い物をしている。
「ふわふわだった……ヒイロちゃんの尻尾サイコー。」
ときおりその感触を思い出しているのかにやにやと笑う月子のわきわきと動く手が気色悪い、と雷太はため息をついた。
「明日の昼にその巫女がここに来るんだろ?」
「そうだよ。部屋は雷太の隣ね。」
「まじかよ……」
そう、ヒイロがあちらこちらの狐たちと念話を飛ばして話し合った結果、ここでその巫女らしくない有り様の巫女を預かることになった。
喫茶やおよろずは二階と三階が居住スペースになっていて、二階には月子が住んでいる。三階はいくつか部屋があり、雷太はその一室に居候しているのだ。
「巫女っていうと女だろ?いいのかよ、俺の部屋の隣でさ。」
ぶつくさと文句を言いながらもせっせと掃除をしてくれる雷太を見ながら月子はくすくすと笑った。
「おませさんだねー。大丈夫だよ、鍵もかかるし。」
雷太は微笑ましそうに笑う月子をちらりと横目で見る。雷太の見た目は15程の少年だが、本当の歳は200を少し過ぎたところだ。
妖力を開放すれば25そこそこの見た目にもなるのだが、月子はそのことを知らない。
「はぁー……わかったよ。じゃ、そいつが来る部屋も掃除すんだろ。」
「うん!雷ちゃんありがとう!」
にこにこする月子がなんとなく癪にさわった。だから、雷太は月子のすべすべの額にえいっとでこぴんを食らわせた。いたーっと泡のついた手でおでこを押さえるものだから、泡のついた間抜けな顔になっている情けない月子に溜飲を下げて、掃除に向かう。家鳴りたちもそんな月子が面白かったのかけらけらと笑い出した。
「もうー、イタズラばっかりなんだから。ねぇ。」
雷太が階段を上がっていなくなったのを見計らって降りてきた家鳴りに月子はぼやく。家鳴りは月子が洗ったお皿をひょいひょいと棚に戻しながらうんうんと頷いていた。
「それにしても狐の巫女かぁ。どんな子だろうね。」
家鳴りたちはそのくりくりの目を瞬かせて首をかしげる。話せないわけではないのだが、彼らは極端に口数が少ないのだ。
月子は明日来る狐のお客さんのために冷凍してあった油揚げを取り出して、煮はじめた。
「あちあち」「あちあち」
甘くて美味しそうな匂いに我慢できなくなった家鳴りがそっと手を伸ばしては火傷をしてひっこめる。
「あぶないからまだだめだよー。それにこれお客さんのだからね?」
月子にめっと怒られて家鳴りたちはしゅんとうなだれて天井に上がっていった。掃除が終わった雷太が降りてきて、ひょいとつまみ食いをするのを見て家鳴りたちは恨めしそうにむーむーと音をたてた。
「いなり寿司か。久しぶりだなー。月子のいなりうまいもんな。まだもうちょっと沁みてないか。」
「狐ならやっぱりいなり寿司かな、と思って。」
「安直だなー。」
喜んでくれるといいな、と月子は笑った。