こんがりキツネ 1
「月子ー。なんだよあれ。」
カランカランと音をたててドアがしまった途端、にこにこと手を振る月子の横にひょいと鬼の雷太が現れた。
鬼といっても外見は15歳程の見た目の男の子とほとんど変わらない。違いは頭からぴょこと飛び出る二本の小さな角だけだろう。
今は不機嫌そうにその小さな角がぴこぴこ動いている。
「いや、なんかぶつかっちゃって……」
「だっせー。なんでぶつかっただけで拾ってくるんだよ。しかもなに?あのガトーショコラおれのだろ?」
「ごめんごめん。わたしのあげるからねー。」
月子はぴこぴことかわいらしく動く二本の角をえいっと捕まえてなで回しながら笑った。
雷太の角はつるすべでとても触り心地がよいのだ。
「うふふ~つるすべ~。」
「や、やめ!やめろよ!月子っ!はなせっ!」
わちゃわちゃと騒ぐ二人を笑うように天井からくすくすと笑い声が聞こえてくる。家鳴りたちだ。臆病で集団行動を好む彼らは雷太がいるときは決して姿を見せない。
「笑うな!家鳴り!喰うぞ!」
がるるるっと雷太が牙を剥き出しにして唸っても家鳴りたちはきゃあきゃあと楽しそうに騒いでいるだけだ。
「相変わらずきゃんきゃんとよくほえることよ。」
ふわりと冷気が漂う。
するとあんなに騒がしかった家鳴りたちがぴたりと静かになった。
「わお、ヒイロちゃん!来てたの?」
月子が声を弾ませ、雷太がけっと顔を背けた。
現れたのは豪奢な金の髪にド派手な着物を着た美女だった。
ただし、その頭にはぴょこっとキツネミミがついているのだが。
ヒイロはキツネの妖怪で九尾と天狐の間という非常に珍しいタイプである。その尻尾は10本あるらしい。
「なりそこねババア!」
「なんですって!喰ろうてやろうかこの鬼の子め!」
「落ち着いてよ二人とも……喧嘩はよして……」
ぎゃーぎゃーと妖気を立ち上らせて睨みあっていた二人は月子がトントンとガトーショコラを切り出した音でふんっとそっぽを向き合った。そして休戦とばかり雷太が全員分のお茶をいれ、ヒイロがフォークを並べ出した。
そんな様子を見ながら月子はくすくすと笑い、雷太の皿にはベリーのソースを、ヒイロの皿にはオレンジのソースをかけた。
「それにしても月子、そなたはまた人の子に手を出して」
「そうだぞ、ババアのいう通りだ月子。」
紅茶をすすったヒイロがため息をつき、もぐもぐとガトーショコラを頬張りながら雷太がうなずく。
「ひ、人聞きの悪い……別に手当てに寄ってもらっただけじゃない。」
ばつが悪そうに笑う月子をヒイロがじとりと見た。
「いいや、そなた先程の人の子、カナコといったかな、あれに呪
をかけた金平糖をやったろう。」
うっ。
バレてる。
「まじかよ、月子。あれいくらすると思ってんだ?」
「い、いいじゃない。作ってるのはわたしなんだし。」
目が泳ぐ月子にやれやれと雷太もため息をついた。
月子はいわゆるハーフだ。妖怪と人間の。
しかも親がなんの妖怪かもわからなかった。物心ついたときから親はなく、18になるまで祓いの元で育てられたのだ。
祓いは悪しき霊や妖怪を退治する人間のことで、月子の妖力と霊力を併せ持つその珍しさに月子を育て、後継者に据えることにしたらしい。
しかし月子に祓い家業はまったく向いていなかったようで養父が匙をなげ、途方にくれていたところなんやかやといろいろあってこの商店街の一角におさまっている。
「月子、そなた力はあるのだから有効に使えば金儲けも容易かろうに。」
「月子の呪なら祓いにも妖怪にも高く売れるのにな。」
「いやーそれほどでもー。」
「ほめてないっ。」
「ほめとらんっ。」
でへへ、と呑気に笑う月子に心からの突っ込みがとんだ。
「して、よろず屋のほうは少しは儲かっているのかえ?」
びくっ。
あからさまに誤魔化し笑いをする月子にヒイロがやれやれと首を振ってもういいからというようにうなずく。
「いや、あのヒイロちゃん。お薬とか細々した呪なら売れてるよそこそこ。」
「なら、ということは依頼はないのだな。」
しょぼんと項垂れて月子がうなずくと雷太が難しい顔で追い討ちをかける。
「いつものことだ。」
がくり。
完全に意気消沈の月子仕方なさそうにヒイロは懐から一枚の紙を取り出した。
「そんなことだろうと思うてな。このヒイロ、そなたのためにこれを見つけてきた。」
「なになに?」
どや顔で広げられたその紙には丁寧な筆致で『アルバイト募集』と書かれていた。