届け屋・翼(たすく)
間違って1回消しちゃったので書き直しました。
お話も付け足してあります。
「翼、ただいま戻りました。」
楽しげに話している翼と祈の為に紅茶を淹れる。と、耳に小さな痛みが走った。見るとこの店の夜の番人である白フクロウが愛の耳を甘噛みしていた。早くに目が覚めてしま ったせいか少し興奮しているようだ。
「どうしたの? 何かあった?」
普段が静かなだけに心配にはなったが今すぐどうこうしそうな様子も見られない。今はそっとしておこうとカップや ポット、茶菓子の乗ったトレーを持ち2人の待つ客間へと向かった。
愛が客間に入るとすぐに祈が気づき笑顔を向ける。その笑顔に笑顔を返し、それぞれにお茶を配ると立ち去ろうとする愛を祈が呼び止めた。
「あなたも一緒にお茶しましょうよ。こんなのに遠慮なん ていらないわよ。」
笑顔でこんなの呼ばわりをされた翼も苦笑しながら自分の向かいの席をすすめた。断る理由も見つからず愛は翼の向 かい、祈の隣の席に腰を下ろした。
「で、祈。このお嬢ちゃんは誰?」
興味津々といったように聞く翼に祈は呆れたように返した。
「まずはあなたが名乗ってあげなさいよ。どうせ名乗らなかったんでしょ? だから逃げられちゃうのよ?」
愛が逃げようとしたことを暗にほのめかしている。本当は起きて全てを把握していたのではないかと思わせる口振りだったが翼は気にせず口を開いた。
「あ、名乗ってなかったっけ?ごめんごめん。俺は翼。“つばさ”って書いて“たすく”ね。昔ここで祈に育てられたうちの1人だから一応君の兄にあたるかな。ってことで君のこと教えてくれる?」
やはり人懐っこい笑顔をしている目の前の人は悪い人ではなかったようだ。いきなり兄だと言われても実感は湧かないが。祈は愛の戸惑う様子を見て楽しんでいるようだった。
「えっと、はじめまして。 愛といいます。“あい”って書いて “めぐ”です。」
緊張してしどろもどろではあったがなんとか名乗ることができた。上出来、というように祈は愛の頭を撫でた。
愛は普段名乗る機会が全くと言っていいほどにない。記憶を探 しにくる客に名乗ることはないし、それ以外の客は全て祈が対応していたからだ。つまり愛にとって生まれて初めての自己紹介だったのだ。
「ところで何のようなの?」
ふと思い出したように祈が訊ねた。愛が生まれてから既に200年程が過ぎているが、その間愛が翼を見たことは一度もなかった。ということは翼はこの200年間里帰りをしていなかったらしい。
「そろそろまたみんながここに帰ってくるらしいから一足先に末の妹の顔を見てみようかな~ってのが1つと…」
そこで言葉を区切り翼は愛の顔をのぞき込むようにして見た。
「愛ちゃん、店番は祈に任せて1回俺の仕事を体験してみない?」
-え…?
話しについていけず困惑してしまう。助けを求めるように 隣を見ると祈はそこにいなかった。慌てて見回すと何故か祈は客間の入り口のところに立っていた。
「祈ちゃん…?」
少し呆けたようなそれでいて寂しそうな表情をした祈に恐る恐る声をかける。一瞬閉じられたまぶたが開いたとき祈の顔に影はなかった。
「愛の好きにしていいわよ。あなたの能力なら翼との相性もいいだろうし。どうしたい?」
先ほどの表情が気になりはしたが翼の仕事が気になるのも確かで考えを整理しつつ愛は口を開いた。
「もし、どちらの迷惑にもならないのなら翼さんのお仕事を見てみたいです。」
善は急げをそのまま実行するらしい翼に連れられて愛は今空を移動していた。
「いやぁ、愛ちゃんが賛成してくれて助かった~。危うく存在自体を消されるところだったよ、あれは。」
そう言いながらも楽しそうな翼に思い切って質問してみる。
「あの、翼さんのお仕事っていったい…?」
愛の問いに器用に後ろ向きに移動しながら答えた。
「俺の仕事? あぁ、俺は届け屋。思い出の欠片って普段愛ちゃんたちが呼んでる記憶の欠片をいろんな場所へ行って届けたり預かったりする仕事。楽しいよ。人間には会うことなんて滅多にないけどそのかわりいろんな一族の人とも仲良くなれるし。まあ、たまーに迷子の人間を見つけて閻魔殿に届けにいったりするけど。」
祈ちゃんのお店とは正反対みたいなお仕事なんだなぁ。とぼんやり思っていると翼の苦笑する様子が目に入った。
「愛ちゃんのこと教えてくれる? 俺はもっと愛ちゃんのこと知りたいんだけど。」
「いいですよ。何が知りたいですか?」
翼の人懐っこい笑みに安心したのか愛にもかわいらしい笑みが浮かんでいる。
「んー。愛ちゃんの能力とか愛ちゃん自身のこととかかな。」
祈とよく似た笑みを浮かべる愛を面白そうに見やりながら翼は言葉を重ねる。
「何せもう軽く2、300年はあの店に戻ってなかったから愛ちゃんが産まれたこともついこないだ知ったぐらい。」
こないだの範囲がどれほどのものかはわからないがとりあえず人間の言うこないだとは違うのだろうと思いつつ話し始めた。
「あたしの能力は祈ちゃんが言うには直系魔力だそうです。天界の言葉で言うなら恩恵かな…祈ちゃんみたいに万能ではないんですけど濃く受け継いだことは確かですね。」
苦笑混じりに説明する目の前の少女に翼はなるほどと1人納得していた。天界に住む一族には能力によって外見が左右されてしまうという特徴がある。多くの能力が存在するようになった最近では1人1人が似た外見になることは珍しいのだ。それでも祈と愛は驚くほど似ていたのだ。だが同じ能力の持ち主であればそれも道理。それにしても…
「直系魔力って確か能力保持者の比率一番低いんじゃなかったか?」
「そうみたいですね。祈ちゃんもびっくりしていたというか呆れていたような感じでした。」
そりゃあ驚きも呆れもするわな。祈に少し同情の念を送りつつ話の続きを促す。
「えっと、あたしは見ての通り祈ちゃんによく似た外見なんですけど羽根と目の色だけ祈ちゃんと違うんです。」
ほらっと笑う愛の目は確かに青ではなく淡い紫を帯びていた。先ほどから広げている羽根も祈の持つ白銀の羽根ではなく純白の羽根だった。
「人間のお客様には姉妹のように映るようなので好都合って祈ちゃんは言ってましたけどね。」
「あいつ3000年生きてそれを言うのか。3000年と200年ってすごい違いだぞ。」
翼の呆れたような言葉につい笑ってしまう。すると翼は少し真面目な表情になった。
「さてと、お嬢さん。そろそろお仕事に移りましょうか。」
翼の仕事は思った以上に楽しかった。あの後同じ天の一族のお店や他の一族の家に行きそこで扱われている思い出の欠片を渡したり逆に迷い込んできた思い出の欠片を受け取ったりしながら空を飛び回った。途中迷子になっていた人間の魂を見つけて保護し、閻魔殿に届けに行ったりと普段の愛には考えられないくらい初めてのことを体験した。
「もうすぐ祈の店だけど愛ちゃん楽しかった?」
少し心配そうに見る翼に愛は満面の笑みを浮かべた。
「はい。とっても楽しかったです。」
そう答えると翼は安心したように笑みを浮かべた。
「それじゃあ、しばらくしたらまたあの店に里帰りするからそれまで元気でね。」
「はい。あの、今日はありがとうございました。」
礼を言う愛の頭を撫でながら翼は悪戯っぽく笑った。
「次に会うときには敬語じゃなくて普通に喋ってくれるとうれしいな。あと俺のこと兄だってわかるように呼んでほしいかな。」
そう言い残して翼はもと来た道を帰っていった。
「…おやすみなさい、翼お兄様。」
白フクロウがテンション高かった理由書くのわすれてたなぁ、と今更ながら思ってます。