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転生乙女は頑張っています。  作者: にーやん
頑張る転生乙女 in 女王国
9/29

メルヘンに泣く似非乙女!



「殿下、殿下」


 行くぞっ、シルバー! とエア鼻息を荒くしながら騎乗したわたしの肩に、ちまぷにがぷよぷよと舞い降りてきました。そして、わたしの髪を小さな手で掴み、ちょんちょんと引っ張ってきます。


 あぁ……、その仕草はわたしの勢いを削ぐには十分な威力がありました! 遠慮がちに掴んだ髪具合に、唇を曲がらせ少し拗ねた様子を見せるその全てが悶絶ものですっ。

 ――あ! うふふ、わたし、分かっちゃいましたよ。ぷぷ、きみきみぃ、もちかちなくてもこのお嬢ちゃまにヤキモチをやいちゃったんでちょお? そうでちょ? そうなんでちょ?

 ムフッ、んもうっかーわーいーいぃ!


 あまりの可愛さにやに下がりそうな表情筋を引き締めながら、まるで猫の仔でも撫でるように指で頬を撫でてあげます。何と言ってもこのちまぷにが現れてからというもの好展開続きです。お嬢さんもわたしにとってのエンジェルですが、このちまぷにもまたエンジェル。空飛ぶエンジェル! 小さなエンジェル!

 でちゅから、存分にぷにぷにしてあげまちょうねぇ、うふ。


「ふふ、くしゅぐったいでしゅ」


 今にも蕩けそうな笑みを見せながらわたしの髪に絡まりモジモジする姿はなんだかこっちまでくすぐったくなりますっ。

 しかも、


「殿下ぁ、殿下ぁ」


 そんな甘えるような声を出されたらあーた、あたしメロメロのメロンですよっ。このままでは熟れて溶けて腐ってしまいます!


 ――が、いかんいかん。いかんですよ。ここで優先すべきはまずはお嬢さんです。ですからヤキモチなら存分に焼いて下さい。キャワイイですから大歓迎です。

 ということで「少し待っていて下さいね」と、ちまぷに告げてから撫でる手を止めてお嬢さんに手を差し伸べました。


「――まずは早速関所へ向かいましょうか? 公爵云々は別にして、とりあえず国境はすぐに超えることができますから。話はその後にしましょう」


 わたしも外エマ用通行許可証は持っています。なので、関所であえて「ひかえよろぉ!」と公爵風を吹かせる気はありません。そんなことをしては蜂の巣を叩くようなもの。国境超えに時間を要してしまうかもしれませんからね。

 その意図を勘良く察してくれたのか、お嬢さんは「はい」と頷いてくれました。

 そして、差し伸べた手を遠慮がちに取り、慣れた動作で騎乗します。

 けれど、そこまできてお嬢さんの戸惑う気配が伝わってきました。どうしたのかと空気を読めば、どうやら腕のやり場に困っているようです。掴みたい、でも掴めない。だって恥ずかしい……、そんな感じでしょうか? ふふ、なんだか初めての二人乗りで戸惑うカップルのような初々しさです。ちまぷにといいお嬢さんといい、可愛い人ばかりですねぇ。

 ですが、落馬しては困りますからね。ここはお嬢さんに恥の壁を乗り越えてもらいましょう。

 わたしは上半身を捻ってお嬢さんの腕を取り、驚いたのか引き気味になったところを少し強引に引っ張りました。そしてその腕をわたしの腰へ。……本当は過度なボディタッチは避けたいところですが、お嬢さんの胸がわたしの背中にくっつく程度なら問題ないですよね。あの王宮で数々の試練を乗り越えてきたのですから、ここでバレるはずはありません。


「しっかり掴まっていてくださいね。落ちてしまいますから」


 優しく伝えれば、遠慮がちにもう片方の腕が腰へと周り、「……はい」と蚊の鳴くような返答が。

 お嬢さんの方が上背があるので吐息が首元に触れます。ちょっとこちょぐったいです。


「……でぇんかぁ」


 ――あ、忘れていました。

 肩の上でおとなしく待っていたフィッシャー君ですが、どうやら耐えられなくなったようです。


「なんですか、フィッシャー?」


 お嬢さんのドキドキしっぱなしの貧にゅ――ではなく、胸元を背中に感じながら返事をすると、ようやく相手をしてもらえることに喜びを隠しきれない様子で、フィッシャー君がわたしの頬に擦りよってきました。


「あの、あのでしゅね? おしょくじはいつとられましゅか?」


 ……ん? 食事? 何かと思えば食事?

 ゆったりとした速度で馬を走らせる最中、問われたことでふと空腹を感じました。お嬢さんの腕が回った腹部にチラッと視線を流します。


 そういえば昨夜、夜会の前に軽食を取ってから食べていません。わたしの胃袋は一度空腹の絶頂を越えると次の絶頂まで鳴りを潜めるのですが、……どうやら気付かないうちに絶頂を超えていたようです。今ようやく意識して、あぁなんだかお腹が空いたかもしれない、そんな感想が浮かびました。

 けれどなぜ今、このタイミングでご飯の話なんてするんでしょうか?


「――あぁ、なるほど。君もお腹が空いたんですね?」


 きっとそうゆうことでしょう。フィッシャー君大活躍でしたもんね。うんうん。


「でもすみません、わたしは何も持っていないんですよ」


 ろくな旅支度をせずに着の身着のまま飛びだしてきましたからねぇ。

 告げると、よほど腹ペコなのか、ちまぶには見るからに落胆しました。その落ち込みっぷりに、なんだか今すぐにでも食事を用意したくなります。が、無理です。


「あなたは何かお持ちですか?」


 お嬢さんはどうだろうと問いかけてみましたが、――「いえ、申し訳ありませんが、」という答えと吐息が首筋をゾワつかせただけでした。しかし、彼女はやはりエンジェルです。


「関所に行けば多少なりと食事を取ることはできるかとは思います。私はそこで調達しようと思っていましたから」


 なるほど。

 確かに関所に行けば何かしらあるでしょう。お金を積めば食べ物が手に入るかもしれません。


「――というわけですから、フィッシャー、もう少し我慢して下さい。関所まであと少しですから」


 お腹を押さえて「しかたありましぇんね」とこぼしたフィッシャー君は、長大な溜息を吐くと、ふわりと宙に浮き、さらにはひらりとわたしの眼前へと飛んできます。そして、


「もうしゅぐここに殿下に害をなしゅ者たちが現れましゅから、どうかこのまま逃げてくだしゃい」


 ……その言葉にわたしの指と馬の脚はピタッと停止しました。……はい? なんですと?

 フィッシャー君の空気に呑まれてほんわかとしていたわたしは、自分の耳をまず疑いましたね。ちまぷにったら滑舌が可愛いから聞き間違えちゃったのかしら? ――と。

 ですが、どう反芻してみても『がいなしゅもの』は『がいなすもの』で、それはつまり、


「害なす、者?」


「はい。しゃっき立っていましゅからここにいては危険でしゅ――あぁ、ほら、しょこに」


 白馬さんを反転させ、小さな指がさしている方へ向き直ります。――でも、ん? 誰もいませんよ?


「いったいどこに――?」


 気を引きたいからって嘘までついちゃったのかにゃー? とか思いながら口を開き、首を捻ったとたん、


 ――耳元にヒュッと何かが風を切る音が聞こえました。


 フヒィィーン!


 白馬さんの嘶きを聞きながら、爪先から毛の一本までゾワッと震え、筋肉が張り詰めました。振り返らなくても分かります、だって続々と飛んできていますから。


「キュイ様っ、火矢です!」


 お嬢さんがおっしゃる通りそれは見るからに火のついた弓矢でした。しかも一矢ではなく、二本三本と立て続けに飛んできます。

 ――って、これ、これっ、ただの火矢でもなくないですかっ、だって火が黒いんですけどっ?!

 さっき、これがあと数センチずれていたらわたしは丸焦げでしたよっ!

 内心アワアワしながらもなんとか白馬さんを落ち着かせていると、ようやく弓矢を放っただろう男たちの影が見えてきました。それはあっと言う間に距離を詰めてきます。急斜面を駆け下りてくる彼らが騎乗しているのは、……どうやら馬ではないようです。彼らは馬ほどに大きく、牛よりもガッチリとした体躯のヤギ――サタンの頭についていそうな丸く曲がった角をもった恐らくはヤギ――にまたがり、坂道をガッツンガッツン駆け下りてきます。あんな丸っこいものが何故に転がりコロリンしないのか不思議です。


「――っ、カノック! どうしてここにっ?」


 ……カノック? 現実逃避しかけていると後ろからお嬢さんの呟きが聞こえてきました。けど、ぇ? カノック? カノックとはなんですか? あのヤギさんのことですか? 名前ですかっ?


「キュイ様っ、早く出してください! 彼らは北方の呪魔民族ですっ」


 突然、お嬢さんがわたしを懐に抱え込むと手綱を奪いとりました。

 ――おわ、危ないですって! かなり慌てた様子ですけど、ちょ、ちょっと待ってくださいっ、白馬さんが嫌がってますから! そんな乱暴にしないでっ、このままでは逃げるどころか二人して落馬ですよ!

 わたしはお嬢さんから手綱を半ば無理矢理引き継ぎ、なんとか白馬さんを制御しました。あ、危なかったです! ちょっとお嬢さん、白馬さんは繊細なんですから乱暴にしないでください。あんな御し方では振り落とされても文句は言えませんよ!

 それにしたって良かったです。この瞬間に火矢が飛んできていたら死んでいたかもしれませんから。


「うむむ、この程度が限界でしゅね」


 ――って、ちまぷに! あなたが防いでくれていたんですねっ!

 我がちまぷに騎士フィッシャー君が剣を抜いていました。彼が針のようなそれを指揮棒のように振るうと火矢は弾かれたように勢いをなくして落下していきます。地面に突き刺ささった矢からは黒い炎が消えていますから、山火事は避けられそうです。が、それはそれとしてっ、


「――やっ!」


 ちまぷにの活躍を見て即行で逃走をはかりました。フィッシャー君っ、背中は任せましたよっ!


 呪魔民族がなんなのか、カノックとはヤギなのか、気になることはありますが、今は逃げるが勝ちです! あんなヤギに激突されたらどこまでも吹っ飛び骨砕けになること間違いなしですからねっ!


 しかもそのヤギに乗っている男たちはなぜか怒っていらっしゃるみたいですしっ!


「――待ちやがれぇ! 身包み剥がして売っぱらってやるからなっ!」


 ほら! でもなぜにどうしてそんなに怒ってるんですかこの人たちはっ? わたし何かしまたっけっ?


「テメェお頭に何しがったっ?!」


 ……ん? おかしら?


「きっとあいつにヤラれちまったんだっ! 悪魔やっ、やっぱあいつ悪魔やっ!」


「服だけやなくて皮膚まで剥いてお頭をミンチにしはったんや!」


「悪魔めっ! 俺の炎で浄化してやっかんなぁっ!」


 ふ? 服をむく? ひ、皮膚を剥ぐっ? ……あぁっ! もしかして君たちはさっきのハレンチ盗賊ですかっ?

 振り返ってざっと人数を確認すると十一人、――リーダー以外がそろい組です。

 うわー、まさかの復讐っ?! っというかリーダーやったのはわたしじゃなくてちまぷになんですがっ? ぁ、いや、でもちまぷにはわたしのためにやったんだからやっぱりこれって自業自得っ?!


「守護騎士! 彼らはっ、どうにか、できないのですかっ?!」


 お嬢さんがわたしの肩に座っているちまぷにに一音一音途切らせながら叫びますが、……ちまぷに、完全に無視です。なんでやねん!


「――待ちやがれぇ!」


「喰らえぇ! 黒龍弾乱れ撃ち!」


「貴様の服を灰と化す! 黒煙弓弾!」


 この状況――なんとなくカッコ良さ気な技名で火矢が飛んでくるけれど、つまりがただの乱れ撃ち的な――このそこそこ緊縛した状況が見えていないわけでも、お嬢さんの必死な叫びが聞こえていないわけでもないでしょうに、


「殿下、僕はウィルキンゲトリシュク・フィッシャーランドでしゅ」


 モジモジとわたしを見つめています。

 ちまぷにめ、どうやらわたしに名前を呼んでもらいたいようです。フィッシャーでは不満で、名前を呼んで「お願い」と言ってもらいたいらしいです。


 ――こんなときにっ! ふざけた技名を叫ぶことで相手の隙を誘うという頭脳戦を持ちかけられているこんなときに拗ねないで下さいよっ! それお嬢さんを優先させた仕返しですかっ?!


「フィッシャー!」


 こんのサカナマン! 可愛いからって調子に乗るんじゃありませんっ!


「ウィルキンゲトリシュクでしゅよ?」


 フィッシャーの方が可愛いからそれで十分でしょうっ? サカナマンと呼ばれないだけマシだと思いなさい! ――でも、うぅ、分かりましたよっ!


「――ウィルっ、キ――っ、お――った、頼む!」


 イッター舌噛んだ! 君の名前長すぎです! ――って、あぁいやだっ、そんなことより大変ですっ、このままでは関所に突撃かけることになっちゃうじゃありませんかっ?! せっかく穏便に入国できるのに、これでは大騒ぎになってしまいますっ。――かと言って立ち止まれば黒龍弾だか黒煙なんちゃらだかの餌食。服が焼かれたらわたしの繊細な心までも焼かれてしまいます!

 助けてちまぷに! 君が助けてくれれば前後の問題全て解決! さっきリーダーをやっちまったように手下もどこぞへやってください……!


「むむむ……御意でしゅ。でしゅが、お腹がしゅいて力が出ましぇんので、」


 なぬっ?!

 燃料切れっ?!

 燃費悪すぎですよっ!


「これに加護を与えることにしましゅ。――はい。もう大丈夫でしゅ」


 ――ぇ、これ? どれ? 加護って? た、助かったんですか? でも依然として黒炎が背後から迫って――うひゃっ?!


 疑問が湧いた瞬間、これまた何処から降って湧いたのか真っ白な羽が視界を掠めました。さっきのは青かったですが、今度は真っ白。


「では殿下、僕は疲れたのでこれでしつれいしましゅ。これが殿下のあしとなって逃げてくれましゅから、どうかご無事で逃げおおせてくだしゃい。しょしてたくさんご飯を食べてくだしゃいね。ではお気をつけて。おやしゅみなしゃーぃ」


 語尾はもうほぼ聞こえませんでした。それどころではなかったのです! だって、だって!


 ヒヒーン!


 ――って、ちょっ?!

 ぇ、白馬さんの背中から翼が?!

 こ、これって、ぇっ?! ぇ、ぇぇぇええっ?! 白馬さんがぺ、ペガサスにっ?!


 進化した白馬さんは、まるで生まれたての小鳥のようにあっちに飛び、こっちに飛び――しまいには国境に設けられた簡易的な門扉を突き破る愚行をっ! や、やばいっ、やばいですよこれぇぇぇえええっ?!


 こ、こんなことしたらっ――


「――け、警報を鳴らせ!」


「侵入者だ!」


「その数――十三!」


「じゅ、呪魔だっ! ぁ、あれを見ろ! み、密猟だっ!」


「追えっ! なんとしても捕らえろっ!」


 ――ひぃ! やっぱりこうなっちゃいましたっ! 国境警備隊が出てきましたよっ! ――って、十三とか聞こえましたけどっ? わ、わたしたちは被害者なのに! っていうか密猟ってどうゆうことですかっ?!


 と、ととととりあえずっ、お、お願いですからっ、はははは白馬さん止まってぇぇぇええええぇぇぇぇ……………………っ!







 ――と、こうして宙に舞い上がった白馬が、あの大空に羽ばたくペガサス座になったのよ。


 そんなアホみたいなナレーションが頭に流れましたが、それら全てが何から何まで一瞬のような、はたまた永遠のように感じられました。


 あっという間に盗賊と国境警備隊を引き離した翼の生えた白馬さんの速度たるやジェットコースター――いえ、体感的には最速新幹線――いえ、もうわたしは風になり、星となり、キランと青空にわたしの涙が落ちました。


 ふふ、ふふふ、ふふふふふ……。

 縦横無尽に空中走行を楽しみ、ようやく満足したのか白馬さんが大地に降り立ったときには乗客二人はフラフラ。フラフラを通り越してヘニョヘニョ。腰は砕け、五感を奪われ、おかげさまで見事に落馬してしまった次第です。

 空腹が幸いしてか吐き気はあっても吐くものがありませんでしたから大惨事は避けられましたが、頭も身体も総毛立ち、しばらくは天地が分からないまま眩暈を堪えることになりました。


 それでも身体を起こし、とりあえず同乗者であるお嬢さんの無事を確認するためにグルグルと回る視界で彼女を探し始めたのは、兄上捜索のためか、美少年としての矜持か――とにかく重たい腕を動かし捜索活動に勤しみ――ようやく彼女を見つけたわけですが、


「――ぁ、」


 目の前にいました。

 わたし、お嬢さんの上に乗っかっていました。現状床ドン状態です。どうやら落馬したとき下敷きにしてしまったようです。……それに気付かず、お嬢さんの顔やら腹やら胸やらをまさぐるように探していたようで、……ハハ、状況が状況ならハレンチ罪、――エッチ! と頬をグーかパーかチョップで殴られて然るべき愚行を犯していました。

 ただ、幸か不幸かお嬢さんは完全に気を失っています。

 傍にいることを確認して安心したので、とりあえず目眩がおさまるまでこのままで失礼します。また暗転しそうなんです。さっきは不覚にも一瞬気を失ってしまいましたが、それは男装乙女としてはあるまじき失態。

 ですから、さぁ、まずは呼吸を整えましょう。スーハースーハースーハースー。鼻で吸ってぇ、口で吐く。大切なのは複式呼吸。新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んでぇ――吐く。

 お嬢さんの肌が目と鼻の先にあるせいか、お嬢さんの香水が香ってきます。……あぁ、いい匂いです。このままこの貧にゅ――ではなく胸にもたれて一息つきたい。そんな誘惑に駆られますが、さすがにそんなことができるわけがありませんので、少し落ち着いたところで身体を起こしました。未だお嬢さんを跨いでいる状況ですが、……ちょっと待てくださいね。今、身体を起こしたことで目眩が……。


 再度深呼吸を繰り返し、――ふとお嬢さんの白い顔に視線が流れました。目尻まで伸びた長い睫毛に、形の良い鼻、きめ細やかな肌――が、かなり、本当にかなり青白いんですが……、これ、ぇ、もしかして、さっきのでショック死なんてこと、ありませんよね……?

 あのハイスピードです。絶叫系は心臓が悪い方はご遠慮くださいとアナウスするくらいですから、……ありえないことではありません。今回のこれはあらゆる絶叫系を足して掛け合わせるほどの威力でしたから、あるいは……。

 そんな恐ろしい想像に、わたしは一度瞼をきつく閉じ、目眩を彼方に押しやる努力をしました。

 えぇいっ! 今は目眩だなんだと弱音を吐いている場合ではありませんっ。もし心臓が止まり、呼吸もしていなかったら即座に救命措置を取らなければっ!

 深呼吸を何度も何度も繰り返します。

 ――大丈夫、いける? いけます!

 生存確認をするためにカッと瞼をあげ、深くゆっくりと呼吸をしながら、その顔を覗き込みます。


「おじょう、さん?」


 呼びかけながら頬に触れるととても冷たくて胸が痛みました。反応はありません。唇も変色しています。

 ……いき、息は?

 青紫に変色した唇に親指を這わせ、顔を近付けます。すると、


「……ぁ、」


 お嬢さんの瞼がパッチリと開きました。


「――っと、ぁ、あれ? ぇ、し、失礼しましたっ、――と、てっ!」


 驚いたわたしは慌てて離れようとしましたが力の入りづらい身体はバランスを崩してしまいました。それでもなんとか隣りに転がり、フゥ……と一息付きます。

 とりあえず良かったです……生きてて。


「……大丈夫ですか?」


 お嬢さんの方へと首を回すと、どうやらこちらをずっと見ていた彼女と視線がかち合いました。しばし無言で見つめ合います。……お互い放心状態です。


「――ふっ、」


 ですが、見つめ合っているうちに、わたしの方はふと突然笑いがこみ上げてきました。気分が幾分落ち着き、お嬢さんの無事も確認できたことで張り詰めていた空気と筋肉が一瞬にして緩んだようで、何がおかしいんだか「ふふ、あはは――」とお腹を抱えるほどの笑いがこみ上げてきたのです。……あぁ、こんなに笑うなんて久々です。


 ひとしきり笑い未だ余韻が残るままにお嬢さんに再度視線を向けます。……はぁ、もう、一気に醒めました。

 だって、うわー、……表情をピクリとも動かしていませんよ、この人。しかもガン見です。笑うわたしをガン見。……これは、さっきのことを怒っているんでしょうか? それとも、


「……表情が優れませんね」


 羞恥を抱いた内心を押し隠して上体を起こし、お嬢さんに声を掛けます。彼女の顔色は未だに真っ青で、顔だけでなく身体もピクリとも動きません。……ぁ、そういえば、落馬のとき下敷きにしてしまったんでした。


「どこか痛めましたか?」


 わたしはどこも痛みはありません。気分の悪さも徐々に緩和していっています。


「……だいじょうぶです」


 ややしてお嬢さんがわたしの問いかけに首を振りました。弱々しい声です。全然大丈夫そうには見えませんが、それでも彼女が起き上がろうとしたので支えてあげると、くらくらしているようでわたしの肩に寄りかかってきました。


「無理はしないで下さい。顔色も悪いです。吐き気は?」


 顔を覗き込むと、その顔色が悪いだけでなく、瞳まで潤んでいます。どうやら本格的に具合が悪そうなので、そっと背中に触れて、嫌がらないことを確認してから手のひらを上下させました。

 男装乙女であるわたしにとって、本能的に勘のいい女子との長時間の密着は――特に胸のあたりの接触は避けたいところですが、落馬のさいにお嬢さんをクッション代わりにした身としては放ってもおけません。しかも、


「――っ、……ぅ」


 泣き出した彼女を突き放すことなんてできるはずないじゃないですか。


 きっと彼女は辛いんです。気持ち悪いんです。それに怖かったんですよね? 盗賊に襲われ、追いかけられ、乗り込んだ馬に突然羽が生えて空中ジェット飛行。涙も出ますよね。

 あぁ、分かる、分かります。わたしもあのペガサスには参りました。まさかちまぷにが白馬さんをペガサスに変化――いえ、進化させるなんて思いもしませんでした。空飛ぶ小人に白いペガサス。この青く澄んだ空の下、「メルヘーン!」と叫びたくなりますよね、分かります、分かりますよ。ですから泣いてください。存分に泣いて、この日のことを糧にして明日へ歩きだしましょう、――と、そういえばペガサス進化の白馬さんは?


 右手でお嬢さんの背中をさすり、もう片方で拳を作るお嬢さんの両手に触れながら、視線で白馬さんを探します。

 ぉ、いました。……ハムハムと呑気に食事中です。


 たまに翼を開いたり閉じたりしているのは慣れなくて気になるからでしょうか?

 その立ち姿は食事中にも関わらずめちゃくちゃ格好良いですけど、……しばらく乗るのは遠慮したいですね。


「……あの、」


 小さな声が聞こえたので背中をさする手を止めると、お嬢さんの身体が少しだけ離れていきます。


「申し訳ございません、キュイ様」


「落ち着きましたか?」


 恥ずかしいのか頷いたのか、顔を伏せるその頬には赤みがさしています。


「……はい、ありがとうございます」


「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。どうやらわたしが貴女を巻き込んでしまったようですから」


 これの原因は確実にわたしが放ったハレンチ斬のせいです。やはりあの技は封印しましょう。被害が大きすぎます。無関係なお嬢さんをとんだ目に遭わせてしまいました。

 あぁほら、綺麗な髪が乱れまくっています。美人は乱れても美人ですが、その頬に掛かる髪は耳の後ろへやった方がいいですし、前髪も整えた方がいいですよ。ほら、こうして、ね? 幾分やつれて見える彼女は、未だ少し放心状態のようで、自分がどんなに乱れているのか自覚していないようです。ですから、その散らばった髪に触れて耳に掛けてあげたり、前髪を整えてあげたのですが、その間も彼女はジッとわたしを見上げるばかりで、涙の跡も拭く気配がありません。


「……貴女が無事で良かった」


 目尻を指で拭いながらそう告げると、お嬢さんの肩がピクンと揺れ、正気付いたのか顔を体ごと引きました。……ちょっと調子に乗りすぎたようです。

 でも、発した言葉に嘘偽りはありませんよ? 心底そう思っています。本当に無事で良かったです。

 笑みを見せるわたしを前に、戸惑った雰囲気を纏ったお嬢さんは、この場の空気を壊すようにゆったりとした動作で立ち上がり、髪を整え、服についていた草を払い始めました。わたしもそれに続くと、お嬢さん、居住まいを正して優雅にお辞儀。


「……そのようなことはありません。この度は、危ないところを助けていただき、また、王獣である天馬に騎乗する機会を与えて下さったことに感謝いたします」


 完全にペースを取り戻したようです。言葉に淀みがなくなりました。丁寧すぎるその謝辞に、さてなんと答えたものか……。巻き込んでしまった負い目があるため素直に受け入れるのも……、んー、


「――では、お互い様ですね。わたしも貴女に助けていただいていますから。……それにしても、天馬、とは……あの白馬のことですよね?」


 話題転換のためにも視線を向けます。

 馬の進化系を天馬と呼ぶということは、わたしが知らないだけで、天馬はこの世界には当たり前に存在している生物なんでしょうか? しかも王獣? って、女王国の?


「はい。守護騎士の加護を受け天翔る翼を手に入れた地走りのことを女王国では天馬と呼んでいます」


「……その地走りというのは、馬のことですか?」


 白馬さんが天馬になったんだから、そうですよね?


「えぇ、今では女王国外では単に「馬」と呼ばれているようですが、女王国誕生から数百年ほど昔は、誰もが馬のことを『地走り』と呼んでいました。地上で産まれ地上を走る。だから地走りと。ですが、守護騎士の加護を得た地走りは翼を得て天を舞うことができるようになります。ゆえに地走りと分けるために天駆ける馬――『天馬』と呼ぶようになったのです。古来、『馬』とは、人や物を載せるような椅子やテーブルなど脚が四本ある道具のことを指していましたので」


 へぇ……知りませんでした。

 時が経つにつれて、女王国以外では『地走り』のことも、天だけとってただの『馬』という呼び方へ定着らしいです。女王国には天馬が数頭現存していて混同を避けるために馬のことを地走りと呼ぶ習慣が残っているんだとか。


 ふーん、ん? 白馬さんをペガサス――もとい、天馬に進化させたのはちまぷにですよね? ということは、ちまぷにフィッシャー君が守護騎士? ……そういえばそんなことを言っていたようないないような……? あぁ、ダメです。ジェット飛行前の記憶が曖昧で、頭の中グルグルです。

 わたしは情報を整理することを一旦放棄し、物珍しさから白馬さんに近寄ってみました。

 馬は馬で動物は前世と同じなんだなぁと思っていましたが、何が同じなもんですかねぇ? 目の前には翼の生えた馬がいます。そこだけ切り取ったら確実にメルヘンです。それにしても、


「……少し、身体つきが大きくなったような気がしますね」


「そうですね。けれど、国内の天馬と比較すればまだ小さな方です。飛び慣れてくれば、さらに大きくなると思います」


 テキパキと返答をくれるお嬢さんに感心しつつ、関心は白馬さんへ。なんっつて。……あぁぁぁ、脳内がオカシイっ!


「……それにしても、ここは何処なんでしょうか?」


 ゴホンッ。

 メルヘン白馬さんったらかなり飛びまくっていました。国境を越えたことは覚えていますが、その後の航路は不明です。……よもや途中で急旋回して女王国から出たなんてことはないでしょうね? アレだけの騒ぎを起こして振り出しに戻っていたら泣きますよ、わたしは!


「内エマのようです」


「――ぇ?」


 周囲をぐるっと見渡していたわたしは、その言葉に素早く反応し、お嬢さんに向き直りました。

 い、今なんと?


「ここはミュラベルの丘です。もう少し――この先を登れば王都が見えるかと」


「――!」


 なんとっ、なんとなんとっ?!

 王都! 王都って首都ですよね? 首都って内エマ内部にあるっていう、あそこですよねっ?! それでもってあそこって、内エマの首都で、そこには――――ッ、あ、兄上っ!


「――キュイ様っ?」


 わたしは美少年であることを一瞬忘れて丘を駆け上がりました。駆け出したわたしに驚き、お嬢さんが声をかけてきますが、――すみませんっ、返事をしている余裕がありません!


 青々とした草が広がる丘には、紫色の花が散りばめられていますが、それに目をくれることなく、さっきまでへにょっていたとは思えない軽やかさで登りきり――、


 わたしは見たのです。



「――あれが、女王国の首都」



 なだらかな下り坂の先にある城塞都市――夢にまで見たその姿を、わたしはようやく視界におさめることができたのです。



 あそこに、兄上がいる!



 兄上が、



 わたしの兄上がっ!



 込み上げる激情を拳に握りしめ、瞳から溢れた一筋の涙を乱暴に拭いました。

 泣くにはまだ、早すぎます。


 兄上と再会するその時まで、わたしはまだ、立ち止まるわけにはいかないんですから!




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