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転生乙女は頑張っています。  作者: にーやん
頑張る転生乙女 in 女王国
7/29

炸裂!穢れし乙女の羞恥剣!



 ――ということで女王国へと向かっているわたしですが、駆けだした馬の足をさっそく止めることになりました。

 何故かと言いますと……


「……通行許可証が、ない」


 はい、ガビーンです。

 またも落ち込みます。馬のタテガミに額を押し付けて反省します。

 あははは。

 ……もう、ヤ。

 行くぞ! と気合を入れたばかりなので凹み深度五弱あたりです。さきほどが八強くらいなので、……そこそこ大きな凹み具合です。

 けれど、白馬さんはわたしの凹みなんて気にかけてはくれず、「さっさと進みなさい」と勝手にポコポコ歩き出してくれました。……いいんです、いんですよ、どうせ関所までは一本道です。どのみち前進あるのみなんですから、ここは白馬さんに任せることにします。


 何と言ってもわたしは今、それどころではありません。勢いのまま来た以上このまま勢いで突進するしかないわけですが、先に見えている壁にぶち当たればある意味レジェンド――ではなく人生のジエンドだと分かっているのに何も考えないほど無謀でもないのです。

 寝不足のために思考はとっちらかっていますが、そこをなんとかまとめようと額に手を置き脳内整理。女王国の地理やら情報を必死に捻り出しているのです。

 白馬さんがいて良かったです。でなければ凹む度に足が止まるところでした。


 ……さて、えぇと、女王国、女王国。あー、確か、ほぼ自給自足の生活を送っていると聞いたことがあります。すごく豊かな土地で食べ物に困ることはないし、貴重な鉱石だとかも取れるらしくお金にも困っていないとかなんとか。おかげさまで永年鎖国気味――いや、それは今はどうでも良いです。そうではなく、ここは……そう、国境森林地帯と呼ばれる森の中です。

 女王国はぐるっとまるっとこの国境森林地帯に囲まれていて、森の各所には国境警備隊が配備されています。

 国境林の中にはそこが国境であることを示すためのロープが張られているわけですが、そのロープを無断で越えるとどうやって察知しているのか、すぐにも警備隊が現れるのです。で、捕まると当然不法侵入で厳罰に処されます。たぶん、わたしの場合は罰金で済めばいい方でしょう。最悪強制送還な上に恥の上塗りです。ぷぷ、助けに行って即行出戻りなんてダサっ――と、赤っ恥を晒す羽目になります。

 ですからもちろん、当然、捕まりたくなければ公道に設置してある関所を通ればいいのですが、その関所を通るためには役所で通行許可証を事前に申請して受理してもらう必要があるのです。


 ――ぁ、いや、実はわたし、そこを通るための許可証は持っているんです。いつでも兄上に会いにいけるようにと、以前、誕生日プレゼントとして父上にねだって申請してもらったのです。常にお守り代わりに携帯していて今もちゃんと持っていますから国境越えには何ら支障はありません。

 ……けれど、残念なことに、手持ちのそれでは目的の場所――女王国エマニュエルサの首都には辿りつけないんです。

 なぜって、首都がある王州に辿りつくためにはもう一つ通行許可証が必要だからです。


 女王国は外エマと内エマ――そう呼ばれる二つの区域に分かれていて通行許可証も外エマ用と内エマ用の二つが存在します。

 外エマ区域の通行許可証は女王国以外でも発行できるので、申請が通れば一般人でも手に入れることが可能となっています。わたしの場合はコネで取得しましたが、商人などは比較的取りやすいといいますし、女王国建国記念日なんかには観光目的での一時取得もできるらしいですから、例えコネクションがなくても自力取得は簡単だったかもしれません。

 ですが、それはあくまで外エマ用通行許可証。

 内エマに入るためには内エマ用が必要となります。それがなければ、内エマ同様に森に囲まれた王州で王州境界警備隊に捕縛、その後強制送還――もしくは禁固刑の可能性もあります。


 ……ですが、内エマ用通行許可証は、かーなーり、取得が難しいといわれており、ほぼ取得不可能とされている代物なのです。

 領主である父上でさえ内エマ用を取得できなかったのですから、その難しさは言わずと知れています。


 なぜにそんなに難しいのか、そもそもなぜ女王国が二つの区域を定め、なぜに国内で二つの通行許可証が必要なのか。

 それは――、



「おら、嬢ちゃん、お前の通行許可証を俺に寄越しな!」


 ――ん? 嬢ちゃん?

 耳が聞き捨てならない単語を微かにとらえました。条件反射的素早さで伏せていた上体を起こし、誰が嬢ちゃんかっ、と発言者を探すと――、進行方向に複数の男たちを発見。見るからに盗賊風です。どうやらその中の一人が「嬢ちゃん」発言をしたようですが、みんなわたしに背を向けていますから、どうやら他にも「嬢ちゃん」がいるようです。


 ……が、え、っと――? いま、通行許可証って言いませんでした?

 ――ぇ、わたしのことを言ってるんじゃないのなら、その「嬢ちゃん」が通行許可証を持ってるんですか?

 ……ぇ、ま、まさか、これ、まさか、それ……、


「まさかお前が内エマの住民とはな、ついてるぜ」


 ――っ!

 ……っ、つつつつつつつっ!

 つ、い、て、る、ぜ! わたしがね!


 いやー、こんなこともあるんですねぇ。悩んだそばから問題解決なんて陳腐な物語の主人公にありがちなご都合主義の匂いがプンプンしますが、――うふふ、わたしはそれでも全然オッケーですことよ! 元々ライトなフィクション主人公ばりの人生をおくっているんですから、神々が娯楽のためにわたしをこの世に転生させて操っていたとしても兄上が御無事ならモウマンタイ!

 神々が所望する素敵無敵な主人公として颯爽とお嬢さんを助け――「ありがとうございます。なんとお礼を申し上げたらよいか――、ぇ、あなたも内エマに? ではわたくしの家に是非! お礼をさせてください! ――ぇ、通行許可証が? ふふ、大丈夫ですわ。わたくしがなんとかいたしますから」――なーんて展開になるのですね? 実はお嬢さんは女王国の姫君で、助けた美少年に一目惚れ、あれよあれよと女王国へ。「いやよ、いやいや! そばにいて! わたしのそばにいて!」――なーんて泣きつかれてそれを振り払って旅に出る、そんな成り行きもまたカモーンですよ!

 瞼を閉じれば脳裏に夕陽が、鼓膜には悲しみに満ちた美女の――「キュイ様カムバーク!」――そんな声が聞こえてくるようです!

 美女と美少年、あぁ、絵になりますねっ。に、にやけちゃいますっ!


 うふふん!

 一気に気合が戻ってきたわたしは、シャキッとした頭で手綱を握り「――ヤッ!」と声を上げて白馬さんを走らせました。

 男たちが蹄の音に気付いて振り向きます。

 隙間からはお嬢さん――黒い艶やかな髪を伸ばした妙齢の――本気で超がつくほどの美女が見えます。これは妄想が現実になる予兆に違いありません!


 さて? そんな美女さんに不貞を働こうとするのは何人でしょう? ふむふむ、ひーふーみーよー、いつむーやー……十二ですか。

 相手の力量にもよりますが、ま、倒せるでしょう。わたしは兄上をお守りするために幼い頃から血と汗と涙を撒き散らしながら鍛錬を積んできた似非美少年です。腰に差した愛剣ガトリング・キーン――愛称ガッキーは飾りではありません。父上の言いつけを守って屋外ではどうしても帯剣できない場合を除き常に共にあります。今宵も夜会場で預けるつもりでしたから、わたしはガッキーを所持しているのです!


 油断なく視線を巡らせたわたしは、白馬さんから格好良く(自分比で)飛び降りました。

 まずは安心していただくために――もちろん心を鷲掴むためにもお嬢さんへと微笑みをむけます。きっとお嬢さんにはわたしが天使に見えているでしょうけど、彼女もまたわたしにとっての天使です!


 ――さぁ! わたしが今すぐ救い出してあげますから、どうかわたしを内エマへ導いてください!


「あなた方は何をなさっているんです?」


「……なんだテメェは?」


「寄ってたかって女性一人に……不貞を働くおつもりですか?」


 盗賊の言葉なんか無視無視。

 少し芝居がかっているかもしれませんが、狼藉は許さない美少年を表現するには大袈裟な方がよろしいかと思います。顔を歪め、声を落とし、なんて愚かで酷いことするんだという気持ちを全面に出すのです。助ける相手にとって、わたしは正義のヒーロー。第一印象は大切にしなければ!


「テメェには関係ねぇだろ。さっさとどっか行きやがれ」


「そうゆうわけにはいきません。あなた方こそこの場から退いてください」


 ――とか言いつつ、まだどっかに行ってはダメですよ!

 これは千載一遇のチャンスなんです。彼女に「助けてもらった感」を思う存分に味わってもらわなければね。

 さぁ! お願いですからもうちょっと粘って下さいね! そのお腰につけた剣を引き抜いて下さってもいいですし、仲間に襲わせてもオッケー。展開が過激なほど好感度アップは間違いなし! 本当なら少しヤられて流血なんかした方がキュンとくるかもしれませんが、これからのことを考えると服を汚したくありませんし、伝染病が流行っているかもしれない女王国に入るのにケガを負っていてはミイラ取りがミイラ的な無能っぷりを晒すハメになります。


 うーむ、ここは一つ、魅せる演技でいきますか?


 こう、ちょっと角度を加えて、剣の柄に手を掛け、鋭い視線を投げかけながら、


「……もし、退かないのであれば容赦はしません」


 はい、ドドーンと威嚇の一言。


 ――ゃ、ヤバいですっ、たぶんこれイケてます! これが漫画の一コマなら一ページ丸々使ってもらえたんじゃないでしょうかっ?


「……ふん。どこぞのお坊ちゃんが随分な自信じゃねぇ―か」


 そんな挑発に見事に釣られ、売られた喧嘩は買ってやるとばかりに男たちがわたしに向き合い、ついにスルッと剣を抜きました。

 ぉ、いいですねっ、この展開いいですね! どうやらやる気になってくれたようですよ! そう、そうです、君たち、分かってるじゃないですか!


「俺にはどうしても通行許可証が必要だ。悪いが、邪魔する奴はたたっ斬らせてもらう!」


 ほほう。盗賊にも盗賊で何か事情があるのですね? ですが、その科白、まったくもってわたしの科白そのものです!


「どんな理由があろうと、人から――しかも無抵抗な女性から奪っていいわけがありません」


 ふふ、とは言え、わたしは彼女の心ごと通行証を奪うつもりですがね。

 えぇ、分かっています。乙女の心を弄ぶなんて非道な行為であることは。もちろん百も承知です。けれど、例えこの乙女心が悪に染まろうとも、黒く汚れようとも、わたしは兄上を助けにゆくのです。

 それに、わたしは彼らと違って救済措置を考えていないわけではないのですよ。アマゾネス令嬢がスイーツ女子であるように、モノの見方は様々です。ですから、心を奪われたのではなく捧げたのだと彼女の思い出に残ったなら、それは美しき青春の輝きとなるでしょう。


 ……屁理屈でしょうか?

 で、でも、盗賊に奪われるよりはわたしの方がマシだと思いますっ、だって、盗賊が何のために内エマに行くと?

 そりゃ盗賊なんですから豊かな女王国で盗賊家業を行うつもりなんでしょう? なら人命救助のために向かうわたしの方が……健全だと思いますっ!

 だって、女王国にとって彼らは招かれざる客です。


「――あなたのような人たちを入れないために女王国が通行を制限していることをご存知ないのですか? 例え彼女から通行証を奪っても警備隊に怪しまれて捉えられるのが関の山です」


 そう、――女王国が通行証を二つも用いて厳重な警戒態勢をとっているのはこういう連中のせいなのですから!


 常に中立な立場を取ってきた女王国はとても神秘的な国です。世界を救った少女が建て、今もなおその子孫たちが暮らす国なもんですから、救世主の国、さらには神々の国として崇める民族すらいると聞きます。

 ですがそれゆえに、大昔から大陸移民族の脅威に晒されてきました。

 女王国の中心には、初代女王陛下である少女が育てたという精霊の宿る御神木が存在するとされ、その一本の木を手にした者には精霊の恩恵があると云われています。伝説によれば女王によって育てられた御神木が世界を浄化する力をもっているらしいのです。

 今現在、この大陸には女王国を中心に緑豊かな土地が広がっていますが、それでも不浄に侵され人が定住できない地域も確認されてます。そんな不浄で不毛な大地も御神木なら浄化することができ、さらには緑豊かな土地へ変えることもできるんだとか。

 凄いですよね御神木。

 金麦の豊かな国に育ち、国外に出たことのないわたしからするとまるでおとぎ話みたいな話ですが、仮面呪術があるんだからそれもまぁ本当なんだろうと思います。


 ――っと、それはそれとして!

 そんなわけで、女王国は常に戦いの中心にありました。

 おら御神木寄越せ、枝だけでもいい、――そんな主張をする者たちに襲われまくっていたらしく、さらには、御神木を守り育てる女王の子孫たちも、おら嫁に来いおら婿に来いと狙われ続け、彼らを守りたい人たちによって女王国はどんどん閉鎖的となり警備が強化されていったのです。

 また、女王国を標的にしているのは大物ばかりではありません。

 この男たちのように大陸一豊かな国に潜り込んで盗賊家業を行おうとする数多の小物にも悩まされているそうです。目指せ一攫千金。女王国内のものはオマルでさえ神秘的だと馬鹿高い金額で売買する者もいるこの世の中です。市民の安全を守るためにはこの厳重な警備体制はなくてはならないものなのです。


 ですからね、わたしが彼らを撃退することは女王国にとっての正義! 女王国にとっての正義は世界の正義! お嬢様の心を奪って内エマに潜入しようとするわたしは軍略に長けているだけなのです!


「ごちゃごちゃうるせー奴だな! 抜け! お坊ちゃんに格の違いってやつを思い知らせてやるぜ!」


 さて、そうですね。誰に語るともしれない脳内言い訳もこれくらいにしましょうか。んふ、ありがたくも退く気を見せなかった盗賊に――しめしめ、と内心ニンマリしながら柄を握る指に力を込めます。


「――仕方ありませんね。警備隊は歯向かう者には容赦がないといいます。今ここでわたしに討たれた方が身のためでしょう」


 属国の貴族としましては宗主国に剣を向ける者を放っておくわけにはいきません。という建前で、お嬢さんを助けて内エマへゴー! です!


 わたしは、私欲と大義名分をもって剣を抜きました。

 向かってくる盗賊。身を屈め、翻り、男たちの無骨な剣を避けながら、一人、また一人と正確に、ち密に、剣技を放ちました。それは最近完成した秘技似非乙女流――


 ギャア!

 ウォッ?!


 そんな声が聞こえる中、斬った相手を振り返れば、炸裂したわたしの技によって、


「何しやがんだテメェはっ?!」


 男たちが六名、ほぼ全裸で膝をついていました。山歩きで裸足は可哀想ですから靴には手を出していません。

 ふふ、ふふふ、――技の完成度にウットリと笑みがこぼれそうになります。

 宮勤めの合間に完成した新技――その名も秘技似非乙女流羞恥剣・ハレンチざん

 破廉恥な者のみを対象に、肉を断たずに衣類のみを切り裂く繊細な大技です。目には目を、歯には歯を、破廉恥にはハレンチを与え、敵の戦意を喪失させ撃退するという殺さずの秘技、それが羞恥剣ハレンチ斬なのです!

 この技には乙女の情けと積年の恨みとありったけの羞恥心が込められていて、その誕生の経緯を語るなら涙無くして語ることは困難なほど――。


 ……、……、……ふう。

 ここでは、やめておきましょう。過去のあれやこれやを思い出すだけで身悶えしたくなるほどの羞恥心がモヤモヤと……! いけないっ、封印。封印です! あ、あんな、あんなっ……羞恥死しそうになった記憶なんて封印です!


 ……、……、ゴホンっ!

 ぇ、えーと、じ、実はまだ人体実験はしたことがなかったのですが、んふ、どうやらうまくいったようですねっ!


「――ご令嬢の前で粗末なものを見せるとは、感心しませんね」


「て、テメェがやったんだろうがっ!」


「この変態っ!」


 はて? ほぼ全裸で叫んでも説得力に欠けるのではないでしょうかね? きちんと服を着たわたしと両手で大事なところを隠す君ら――変態は果たしてどちらでしょうか?

 ふふ、破廉恥な行為をするとハレンチに泣くのですよ! あ、ちょっとそこの君、その位置で剣なんか持っていたら危ないですよ! せっかく血の一滴も流していないのに流血アンド瀑涙沙汰になっても知りませんからねっ。


「――くっ、よくも!」


 その声に視線を投げると、残りの六人が剣を構え直していました。どうやら仲間がやられて憤っているようです。

 ふふ、今の大技を目の当たりにして退かないとは天晴れです。

 けれど、


 ――遅い!


 シュシュ、シュシュパーン!


 襲ってきたリーダーと思われる男も含め、わたしは服を――その下のパンツまでも断ち斬ってやりました。案ずるな、貴様らもまた靴抜きです。


「つ、つよい……!」


「つーかヒドイだろっ!」


「イヤッ、エロい!」


 ふふん、金麦の騎士――では、わたしはないですが、金麦男子を舐めてもらっては困ります。男が少ないゆえに甘やかされて育ちはしますが、その腕は一級品です。数は減っていますが質は良くなっているのですよ!


 ……あぁ、それにしても、……ほぼ全裸で剣を持つ十二人の男たちと地面に散らばった斬り刻まれた服。……これ、一歩間違えばコメディか十八禁扱いですね。ここは早々に退散していただくことにしましょう。


「まだやりますか? 次はそのむさ苦しくも不潔なヒゲを剃り落してやりましょうか? それともその下の――」


「ひ、ヒィ――っ!」


「斬られるっ!」


「斬られちまう!」


「こいつ鬼だ! めんこい顔して中身は鬼だ! 悪魔だ!」


 顔を真っ青にした白いお尻が逃走していきます。うむ、賢明であるぞ。


「ぉ、おいお前ら待て! ――ッチ! ――テメェ、覚えてやがれ!」


 おぉおぉ、悪党の捨て台詞は世界を超えるのですね。逃げ去った仲間を追いかけてリーダーも森の中へと消えていきました。


 おかげさまで静けさが戻りましたが、…….……、……。

 ――うーむ、この技、せっかくですが封印すべきかもしれません。いえ、効果的だとは思うんですが……、――ぅ、いかんせん、い威力が半端ないですっ。


 この乙女流羞恥剣自体は兄上にもしものことがあったときに敵を社会的に抹殺するために編み出した流派で、現在門弟はいませんし、今後弟子をとる気もありません。なぜなら、もしこの技を心無き者たちが会得してしまえば、この世が阿鼻叫喚、地獄絵図となるからです。


 この剣は(わたし比で)とても陰湿な――ある意味では殺人剣です。自分でもよくもまぁこんな恐ろしい剣を思いついたものだと身震いすることさえあります。とはいえ、羞恥剣は命を奪うものではありません。どちらかといえば心を奪うのです。


 一瞬の死よりも一生の恥を与えるための技、それが羞恥剣の理念。

 ハレンチ斬もその一つです。

 肉を切らずに服のみを裁断するというスレスレ妙技に加えて時と場所を誤まれば墓穴を掘って埋まりたくなるほどの羞恥を味わう裸体の恐怖。

 衣服は身体だけでなく心までも守る鎧。それを微塵切りにされれば人は戦意だけでなく生きる目的する忘れてしまうのです。


 ……ですが実は、羞恥剣の本当の姿は別にあります。

 感情で生きる我々は恥をかいて成長していくものです。だってそうでしょう? 裸で産まれた瞬間、いったい誰がそんな自分を恥だと感じましょうか? 人は自我を深めるごとに環境に適応した羞恥を覚えていくのです。

 心が恥だと感じた瞬間、人は人生の壁の一つにぶち当っていて、その壁を乗り越え、恥に強い――恥を恥とも思わない度胸のある人間にレベルアップするもんなんです。

 恥と思うことは人それぞれですが、どんな人であろうとどんな恥であろうと、その恥の壁を乗り越えた瞬間、新たな道が、新たな自分の姿が見えてくるものです。ゆえに羞恥剣は殺人剣でありながら、活人剣の一面ももっています。


 恥は諸刃。

 人を成長させもしますが、人を這い上がることができないほどのどん底にまで突き落とすこともできる。恥は人を活かしもしますが、生きながら殺すことさえできる危険なものなのです。


 ――やはり、羞恥剣は然るべき日まで封印するのが良いかもしれません。

 ……なんといっても、この剣を振るうと思い出したくもない記憶が蘇りますから。


 羞恥心がリセットされずに生まれたわたしの羞恥が、そしてつい最近の、――そう、アマゾネス令嬢対策をひらめいたその日に肥大した羞恥心が、記憶を封印することで平静を保っていた心臓が真っ赤に燃え、恥の壁が背後から迫ってくる感覚に陥るのです。

 仮面の力に酔い潰れて気を失ったあの日、あの時。

 朝食と紅茶とクッキーをベロベロに吐いて服と床とおそらく顔をも汚しつつ気を失ったわたし。

 次に目覚めると、綺麗な服に包まれた綺麗な身体で綺麗なベッドに横たわっていたあの瞬間に遡る感覚に!


 ――あぁ! お分りでしょうか? すっきり爽快な目覚めのあとに訪れた羞恥濃度の濃さを! 破裂せんばかりに膨らんだ羞恥心を!

 わたしが、わたしがどれほど奥深い羞恥の底に叩きつけられたか!

 し、し、しつ、しつ執事フォルトさんにっ、全身をあ、あ、あらあらあらわれたという事実は、二度目の生誕以来未だに克服できていない裸体羞恥の渦が再発するには十分でした。もちろんわたしは気絶していましたから洗われた記憶は皆無です。けれど綺麗な身体とわたしが女体だと知るのは彼にしかいないことを考えれば答えは自ずと導き出されるではありませんかっ!


 ……ふ、ふふ、分かっています。きっと、フォルトさんは床や服と同じように己が最新鋭の洗濯機であるかのこどくわたしから服を剥ぎ取り、洗い、拭い、着せたことでしょう。わたしは単なるマネキン、いえ、主が大事にしているお人形さん的な認識で淡々と仕事をこなしたことでしょう。

 けれどっ!

 真実は闇の中です。フォルトさんがどんな気持ちで、どんな風にわたしをお風呂に――いえ、拭い――いえ、綺麗にしてくれたのか、それを知る術はありません。だって記憶にないんですから。だって尋ねる勇気がないんですから。

 ……ぅ、うぅ、ゆ、ゆえに、わたしの羞恥は消えることなくジリジリと燻り、時に突然燃え上がるのです。そして、真実を知らぬがゆえに膨らみ続ける想像に化学反応を起こした心が烈火のごとく激しく燃え上がり、わたしを墓穴へと追いやろうと迫ってくるのです。あぁ、これで確かな記憶があったならそこから膨らむ想像は些細なものであり、恥もまた一瞬の汚点となって沈んでいったでしょうに、……その一瞬の汚点を拒んだせいで一生抱え込むことに……!


 ……ふふ、これからすれば赤ん坊の頃はまだ良かったですよね。お風呂もトイレも記憶には残っていますから、ある一定の羞恥心を封じ込め、わたしは赤ちゃんなんだから、と言い聞かせることですぐにでも安寧を得ることができましたから。

 そう、だから今回も、わたしったらもう四十近いおばちゃんなんだから(精神的に)――なーんて考えて乗り越えようとしましたよ? でもですね、それでもわたしは乙女なんです。悲しくも乙女なんですよ。四十を過ぎようが八十を過ぎようが乙女は乙女。恥ずかしぃ! と思っちまう繊細な乙女なんです!


 ……、……、……ゴホン。


 はい。えっと、ですから、この日のことを思い出さないためにも、わたしはこの技を封印します。裸体羞恥を乗り越える一環として編み出した技ではありますが、羞恥の力に耐えられるほどの強い心がわたしにはありません。

 強い心でもって本当の意味で壁を乗り越えられたとき、――もしくは、自らの羞恥など厭わず、心底どん底に叩き落としたい存在が現れたとき、わたしはこの技を解禁することにします!



 ――ぁ、ちなみにわたし、見るぶんには平気です。


 前世のわたしなら頬を赤らめていたかもしれない裸族たちですが、二度の人生を合わせると四十年近く近く生きてますから全然平気です。というか、男の裸体に頬なんて赤らめたり目を反らしてはいらぬ誤解を招きかねません。


 ……ですから実は、ここだけの話、こういうときのためにトレーニングしてきたんです。あ、覗きじゃないですよ。男女の裸体が描かれた本で見慣れたってだけです。これ、兄上には秘密です。まさかわたしのベッドの下の木箱の中に裸族たちの絡まり本が入ってるなんて知られたらわたし憤死してしまいますからっ!

 も、もちろんフォルトさんにも実家の執事にも内緒です。こっそり手に入れ、箱には鍵をかけていますからね!


 ……も、もしばれてたら、……と、と友達に借りたことにします!




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