極上なるは、男装乙女?
◇
ディア、兄上様。
お元気でしょうか?
仮面執事フォルトさんとの直接対面気絶負けの出来事から早くも二週間が経過いたしました。
さて、まず先に結果から申し上げるならば、わたしの――アマゾネス令嬢、スイーツでガッとグッと作戦は無事に成功いたしました。キュイめはやったのです。一月に渡る苦難の時はようやく終わりを迎えたのです。
つきましては兄上様――
さぁ、褒めて!
わたしを褒めて下さい兄上!
この頑張ったわたしを褒めにご帰国下さいまし兄上様ぁ!
ねぇ兄上、わたしめちゃくちゃ頑張ったんですよ?
今やわたしは、王宮内を走り回ることはなく、余裕綽々の美少年として資料室へ向かうことができるのですよ!
さぁ! 褒められる準備はできていますから、盛大に褒めてください!
頭ナデナデ、ハグアンドハグを全細胞が待っているんです! 求めているんです!
ですからさぁ! さぁさぁさぁ!
わたしを腕の中に――!
――なんて、ね。
無理ですよね。
ええ、分かってます。分かってますよ。
兄上はそこそこ遠く離れた異国の地に――半ば無理やり――つまりがお仕事でいかれているんですから。
わたしのために帰ってきてなんて、そんなワガママなことは言いません。言いませんともよ。
……でもね、兄上。
キュイは思うのです。
五年です。兄上が金麦を発ってもう五年なんですよ?
その間、兄上の噂一つわたしの耳には入ってきませんでしたよ?
もちろんお仕事で忙しいとは思いますけど、手紙の一つや二つ送ってくれてもバチは当たらないんじゃないかなぁ……なーんてキュイは思うのです。だって兄上、兄上のお仕事ってスパイ業務ではなく王子の護衛なんですよね? 潜入捜査二十四時とかそんなんではなく、素性ばれたら命はないなんてそんなものでもなく、王子の――言ってみればお世話係ですよね? だったら言伝てでも紙伝てでもなんでもいいので便りの一つくらいあってもお仕事に支障はないんじゃないかなぁ……なんて思うんですけど。どうなんでしょうか?
……まぁ、便りがないのはご無事な証拠とよくいいますから、きっとお元気ではあるんでしょうけど、でも、この五年、チラッともわたしのことを考えたりしませんでしたか?
ブラコンなキュイが寂しがっているだろう、ヨシ手紙を書いてみるか、なんて思ってくれたりしませんでしたか?
べ、別に兄上を責める気は毛頭ありませんよ! けど、……でも、……最近、わたしの中の兄上が足りません! 五年もの長き不在で、わたしの中の兄上が枯渇しているんですっ!
わたしにとって兄上とはこの転生人生を送る上での心の潤いなんです。命の糧なんですっ。兄上はそんなこと露とも思っていないでしょうけど、わたし、兄上のことが大好きなんです。兄上のために今ここに生きてるようなものなんですよっ!
わたしがこの五年、いったい何度枕を涙でビショビショにしたことか。泣き腫らした目を見られたくなくて引きこもったり、一人になりたくて金麦畑を馬で駆け回ったことか!
そんなことをずっと続けるわけにはいかないと、兄上からの誕生日プレゼントや思い出の品を見つめたり、兄上のお洋服を飾ってみたり、着てみたり、枕の下に敷いてみたり、匂いを嗅いでみたり、妄想兄上との会話やダンスを楽しんでみたり……。色々と試行錯誤を重ねるうちに、ついには使用人に見られたら頭を怪しまれるから止めろと父上に言わしめたほどで……。
それは全て兄上を愛するが故の愚行なのですっ!
あぁ、兄上。そんな愚かなキュイに、一言だけでもいいんです。
兄は元気だと、その一言だけでも、走り書きでもいいのでお便りをくださったら、それだけでキュイはもっともっと頑張れるんです。心に潤いが命に輝きが戻ってくるんですっ。
……。
でも、はい。分かってます。無理なんでしょう?
兄上が便りをよこさないということは、そこにはきっとそれなりの理由があるんでしょうし……。きっと、お仕えしている王子のお世話でとてつもなくお忙しいのでしょう?
なんといっても、兄上が護衛任務にあたっているのは第三王子です。かつてないバカと称されるほどの問題児ですから。
原則貴族男子出国禁止のご時世、年下の――しかも名家の跡取りである兄上を専従騎士として召し抱えて国外留学なんて大バカなことをやらかして金麦にいる未婚令嬢を敵に回した愚か者なんですから、そりゃもう大変でしょう。
……あぁ! ヤバいです。キュイはまた心配になってきました! 兄上、大丈夫でしょうか? そんなバカ王子にお仕えして、お身体の調子は? 風邪を引いてはいないでしょうか? 伝染病などにかかったり、倒れてはいないでしょうか? 血を吐いていたりは? ご飯はちゃんと食べれているんでしょうか?
心配ですっ。
もうすぐ夏が終わりますが、冬にはちゃんと温かい物を食べれるんでしょうか? 暖炉のある部屋で、ゆっくりと休める時間を取れますか? 布団は分厚いですか? 煎餅ベッドで次の日身体が痛いなんてことになっていませんか?
うわーんっ、心配ですっ!
もう心配過ぎて――
「キュイィィィっ!」
目元に指で触れ、涙腺が緩みそうになるのを防ごうとしていたところで、ドンっと背後から衝撃が。
ちょっと! おかげで涙と不安は引っ込みましたが、危うくコケるところでしたよ!
「キュイィィィィ、みぃーつっけたー!」
眉間に寄っていたシワを戻して、視線を脇の下へと向けます。
これが二週間前ならあれです、例え幼女であろうと服を脱がされるかもと恐怖に駆られたでしょうが、わたしは変わったのです。乙女恐怖症はほぼ克服しましたからね、怯みません!
ま、それに、声から相手を察することができましたからね。
きっとあの方でしょう。ですからスマイルスマイル。スマイルはプライスレスです。
「――アリシナ姫、本日もご機嫌麗しいご様子ですね」
「うん、うるわしいよー!」
案の定脇の間から顔を覗かせていたのは赤毛の少女で、笑みを浮かべて挨拶すれば元気なお返事が。
この――元気ハツラツニッコニコ少女のお名前はアリシナ。アリシナ・ケミカ・シュトゥックレンゼン様です。
はい、そうです。名前で丸わかりのように、この金麦の王女様です。ちなみに八歳の末っ子。第四王女様でいらっしゃいます。
「きょうは『番付』がでるから楽しみにしてたんだー!」
番付?
あぁ、――嫁ぎたいランキングのことでしょうか?
「ねぇねぇ見て! キュイの番付あがってるよ!」
これでもかと嬉しそうに頬を染めて握りしめていた紙をわたしに突き上げてきました。……けど、そんなバシバシ腕を振られたら紙がアゴに当たりますから! 紙って意外と凶器になるんですよ! 切れると地味に痛みが続きますし! それにっ、そんなに動かれたら中身が読めません。というかクシャクシャじゃないですかっ。
「キュイね、順位あがってるんだってば! 二十八位っだって! すごいよキュイ! さすがキュイだね!」
小脇から懐へと回り込んだアリシナ姫はピョンピョン跳ねて喜びを表現。まるで自分のことのように喜んで……。あー可愛い。なにこの小動物。王女なのに全然お淑やかさに欠けるのがまた良いです。うふ、不遜ですけど、こんな妹欲しかったです。
それにしても、……へぇ、わたしもとうとう番付に載ったんですね。しかも二十八位? すごっ!
以前からピナス家は『嫁ぎたい家柄番付』ではトップファイブ入りしていましたが、まさかわたし個人も『嫁ぎたい男性番付』に十四歳で載ることになろうとは……。世も末というかなんというか。
普通は未成年ってランク外のはずですから姫の「あがった」発言は微妙に違うんですが、姫はまだお子様ですからね。
それにしたって二十八位……。
まぁ、王州に呼ばれた時点で番付参加は必然だったんでしょう。この順位も、ここに来てからの日々を考えると妥当に思えます。というか、成人する来年はもっと伸びて二十位内に割って入っているのではないでしょうか。これは自惚れでなく、実家が実家ですし、スイーツ力も半端ないですから。
しかし、番付ですか……。そんなものもありましたね。すっかり存在を忘れていました。
誰が最初に考えたか知りませんけど、妙なものを作ったものです。しかもこれ、投票とかそういうアレではなくて、今では貴族御用達の公営結婚相談所が独自の調査で導き出した信頼性の高い――かどうかは定かではありませんけど、そんな感じの真面目なランキングなんですよね。
相談所の会員になるかどうかは自由ですが、高い入会金を支払うと金麦国内にいる結婚適齢期の男性の情報を知ることができるそうです。半年に一度発表される番付の配布は無料で、番付下位者の情報も割と格安で見ることができるそうですが、番付上位者の情報を得るためにはかなり高額な閲覧料がいるとか。
もちろんお見合いのセッティングやら諸々しくれるらしいですが、それにもバカ高いオプション料金が必要といいますから、どんだけぼったくってるんですかって話です。
ちなみに会員になれるのは女性だけで、職員は全員公務員――つまり国に仕えるお役人です。国が個人情報売買って問題なんじゃないかと思うんですが、不思議とそういう声は上がってこないんですよね。ってことは、当たり障りない情報ばっかりなのかもしれず、となると、この番付もどこまで信じていいものやら。私的意見を言わせてもらえば、これは国営結婚詐欺だと思うのですが。
でも、ま! どちらにしろ迷惑極まりないですよね。番付上位者――特に独身は夜会やらなんやらに呼び出しくらうことが多いらしいですから。
――ぁ、でも確か、一人に絞らなきゃならない次男以下って夜会に出すと奪い合いになるから主に昼の昼食パーティだとかサロンに呼ばれるだけだとも聞いています。それはそれで面倒ですが、夜より昼間の方がまだ身の安全がはかれますしね。
それにしたって未成年でコレですもん。来年から地獄を見そうな気がします。今年はとりあえず夏季休暇が終わるまでの辛抱ですが、来年は……。
で、でも、地盤はできましたからね。きっと万事オッケーうまくいきます!
ふぅ……、これまでの二度の人生、夏休みが早く終われー! なんて思ったこと一度もなかったんですけど、今回ばかりはわたし、切実にさっさと終われー! と思っています。
指折り数えることあと四日。
四日経てば、この王州ともサヨナラできます!
あぁ! 早くお家に帰って兄上のベッドにダイブしたいです。残り香はもう全然ありませんけど、記憶には残ってます。一緒に仲良く寝入った記憶はずっとわたしの胸の中に――
「でねでね! はい!」
と、そんな感じで兄上との素晴らしい記憶に想いを馳せていたわたしの顎に、さらに何かが突きつけられました。
クシャクシャになった番付表の他にも何か持ってきていたらしいアリシナ姫の手に握られたそれは、…………封筒ですか? 受け取ってみれば……きっちり王室紋章付き。
――って、イヤな予感がします。
ぁ、背筋に悪寒が。
「こよいのやかいのしゅやくはおまえだ!」
ぷにぷにな指が心にまで突き刺ささったかのようです。
「……アリシナ姫、それは、」
「父上がね、いってた。そうつたえなさいって」
…………な、な、ななななんなななぁ、に、をぅっ?!
アリシナ姫の父上と言えば……国王陛下っ?!
陛下がなんですと……?
聞き間違いでなければ、夜会に参加? 主役がわたし?
――じ、じじじ次男のわたしが夜会に参加っ?! 奪い合いになる夜会に参加っ?!
「えっとね、まだいってたよ。んとね、」
几帳面にもメモってきたらしいアリシナ姫がウエストに捲いたリボンの内側に指を突っ込みカンペを取り出しました。細かく折り曲げた紙を展開すれば、そこにはデカデカとした少しばかり歪んだ文字の羅列。……濃いインクで書かれているためスケスケで、理解したくないのに分かっちゃいました。……読みたくないのに、読めちゃいましたよ。
でも、それでも拒否りたくてその紙から目を逸らしたところで、
「よいか、そのさいは我にスイーツをけんじょうせよ。よいか、ごくじょうのスイーツだ」
読み上げ始めたアリシナ姫。
あぁ、そのたどたどしさ。その愛らしいお口から漏れる言葉が夢物語であったなら微笑ましいのに……、
「余はチョコがすきであるが、生クリームもすてがたい。だが、せんたくはおまえにまかせようぞ」
現実は厳しいようです。
内心崩折れ、拳を握ってエア床にそれを叩きつけながら、少し涙目になりながら、わたしはあらん限りの力で叫びました。
――あぁ、国王よ、あなたもですかっ!
芸は身を助けもしますが、滅ぼしもするのですね。
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