転生は男装乙女のはじまり!
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わたしには前世の記憶があります。
どうしてなのか、理由があるのかないのか、そんなことは考えたところで分かりはしませんが、わたしに前世の記憶があるということは紛れもない事実です。
この世界とは異なる世界――いわゆる異世界で、そこそこの街のそこそこの家に暮らし、そこそこの高校、そこそこの大学へと進学。そして、そこそこの就職先を見つけ――られずに浪人していたごく普通の――少し落ちこぼれ気味な少女。
それがわたしの前世でした。
なんとかなるさー、とダラダラ生きて、特別良好な友好関係を築いた相手もいないまま、人生の転機も訪れないまま、きっとわたしは死んでしまったんでしょう。
なぜ、でしょう、なんて曖昧な表現を使うかと言いますと、幸か不幸か死んだときのことを全然覚えてはいないんです。今ここにいるんだから死んだことに間違いはないのですが、死因は不明。自殺か他殺か病死か事故か……どれで死んだにしてもわたしの交友関係からして葬式はさぞさみしいものだっただろうと思います。
そんなことを考えていると虚しくなりますが、あのまま生きていても親の脛を齧るニートになっていたような気もするので、転生できて良かったのかもしれない、と思っていたりもします。……まぁ、どちらにしろ親不幸な娘だったわけです。
……はい、転生直後はそんなこんなで落ち込んで荒れた時期もありました。生まれたばかりで情緒不安定だったこともあり、泣いて喚いて暴れて吐いて、投げて汚して夜泣きして……赤ちゃんだから許されるだろう反抗期時代も経験しました。ですが、歳月は人を変えるといいますか、環境に適応したといいますか、愛が人を救うといいますか……うふふ。
……と、コホン。ぇえっと、この世界に生まれて十四年が経つと、前世を懐かしむ気持ちはもうほぼありません。
どんな場所でも住めば都。これからは大切な人たちのために悔いのない人生を送りたい。お葬式にはたくさんの人が来てくれるような人になりたい、なーんて思っていたりします。
そのためにわたしは今、現在進行形で頑張っているのです。
「――キュイ様っ?! キュイ・ピナス様はいずこにいらっしゃいますのっ?!」
「キュイさまぁぁんっ!」
乙女でありながら乙女たちに追いかけられるという今を、それはもう一生懸命頑張って生きているのです。
「キュイさまぁぁぁん! どこですのぉ~!」
乙女座の乙女でありながら、キュイリアという乙女名もありながら、国と家庭の諸事情のために乙女を生涯封印する決意を固め、今現在、絶世の美少年キュイ・ピナス伯爵子息として、
――絶賛王宮内を激逃走中なのです!
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