動物園で、魔女っ娘だぞ!
「サキちゃん。見て見て、あっちにライオンさんがいるよ!」
「まっ、待ってよ。マナミちゃん」
今日は、待ちに待ったマナミちゃんとの動物園デート。普段の学校の様子とは違い、動物にはしゃぐマナミちゃんは普段の何倍もキュート。
中学校に入って友達のいなかった私と唯一友達になってくれたマナミちゃん。明るいショートカットに誰しもが羨む大きな瞳。笑った顔は、まさに天使のよう。
根暗でダサい私のもとに降りてきたラブどっきゅん天使。
「サキちゃん! ライオンさんの檻に手を入れてみてよ!」
マナミちゃんの指差す先には、喉元を鳴らし威嚇するオスのライオン。
笑顔でムチャな要求をするマナミちゃんも、とっても可愛い。
「そっ、そんなことしたら私の手が食べられちゃうよ」
「うん! だから、早く入れてみて!」
無邪気なおてんばさん。
私は、マナミちゃんの言い付け通り、ライオンの檻に手を伸ばす。
と、その時。プルプルプルっと、携帯がなった。
こんなタイミングで、誰かしら。もう少しでマナミちゃんのお願いを聞いてあげられたのに。
不本意ながらも手にした携帯の画面には【ポッコロ様】の文字。
「マナミちゃん。私、ちょっと急用を思い出したの! 先に帰ってて!」
「えっ?」
「そうなの! お母さんの従兄弟の孫の担任の娘の母が大変なの!」
「う、えええ?」
せっかくの動物園デートなのに……マナミちゃんごめんね!
私は急いでトイレの個室に駆け込むと、携帯を耳に当てた。
『やっと出たか。サキーヌ』
「ポッコロ様! すっ、すみません!」
『お前が今、動物園に潜入したことは知っている。そこでだ。今回の指令を言い渡す』
「……はいっ!」
私はポッコロ様との通話を終了させると、トイレの個室で呪文を唱えた。
「ポッコロポッコロスポポポポーン」
呪文を合図に私の体は、不自然な光に包まれた。
狭いトイレの個室の中、その狭さを感じさせず、これまた不自然に横回転する体。三回転目で、衣服は完全に消え去り裸体に。回転が増す度に起伏の少ない私の体にコスチュームが付着される。
手には黒い布地の手袋。足首には紐が交差し、黒いヒールが現れる。そして、最後の回転で、全身黒いドレスを身にまとい変身は終了した。
そう、なにを隠そう私は、世界征服を企てるポッコロ団の魔女っ娘戦闘員【サキーヌ】なのだ。
魔女っ娘サキーヌに変身した私は、ネックレスとして持ち歩いている携帯型ステッキに魔法を掛けると、通常サイズに戻ったステッキに跨がりライオンのいる檻へと向かった。
良かった。マナミちゃんは、もう帰ったようね。
ライオンの檻の前には、親子が数組と、飼育員が一人。これは絶好のチャンス。
私はお得意の魔法でマタタビを召喚すると、そのマタタビを高く掲げる。
「そこの飼育員さん。よく聞きなさい!」
私の声に振り向く飼育員。まだ状況が掴めていない様子。
「なっ、なにをする気だ! そこの魔女っ娘!」
「このマタタビをライオンに与えられたくなかったら、我がポッコロ団の配下になりなさい!」
私は一歩檻に近寄ると、手に持ったマタタビを唸るライオンの前にチラツかせた。興味津々でマタタビを目で追うライオン。
「わかった。園長に相談させてくれ!」
私の行動に慌てる飼育員。
「もし、私の申し出を断ったりしたら、このライオンがどうなるかわかっているわね?」
ライオンがマタタビに手が届くギリギリで、ゆっくりとマタタビをチラツかせる。
と、その時!
「魔女っ娘サキーヌ! そこまでよ!」
突然、頭上から私を呼ぶ声。
「そっ、その声は! 魔女っ娘マナミン!」
私が立つライオンの檻の上には、憎き魔女っ娘マナミンの姿。黒のドレスを着た私とは正反対のピンクのドレスをはためかせている。
「私がきたからには、もう安心。サキーヌ、あなたの好きにはさせないわ!」
マナミンはそう叫ぶと、ライオンの檻の上からジャンプをした。フリルのスカートがめくれるのも気にせず、地面に着地。
「また邪魔をしにきたな! でも、もう遅い!」
私は、手に持っていたマタタビをライオンの檻に投げ入れた。コンクリートに転がるマタタビ。案の定、ライオンはマタタビ目掛けて飛びかかった。
「あっ!」
不意をつかれたマナミン。
檻の中では、ライオンがまるで猫じゃらしにじゃれた子猫のようにマタタビを甘噛みしてゴロゴロしている。
「一歩、遅かったわね」
「サキーヌ! そんなことをしたら、ライオンが猫みたいなっちゃうじゃない!」
こちらを向き直し叫ぶマナミンの目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「そうよ。こうなったライオンは、もはや猛獣ではないわ」
「なんて卑劣なことを」
「くっくっくっく……」
向き合う私たち。いつもはあと一歩のところでマナミンに世界征服の邪魔をされているけど、それも今日で最後。そう思うと、自然と笑いがこみ上げてくる。
「ママー。ライオンさんが猫さんみたいになっちゃったよー」
「よしみちゃん。見ちゃいけません。きっと、マナミンがなんとかしてくれるわ」
泣き叫ぶ子供と、現実を受け止められずにいる母親。ごめんなさい。このポッコロ団世界征服作戦の礎となってもらうわ。
「もう、許さない! 魔女っ娘ステッキ発動!」
マナミンは、首に下げた携帯型ステッキの封印を解除すると、元の形に戻ったステッキを構えた。
「無駄。直にこの動物園の猫科の動物は、マタタビの餌食になるのよ!」
私もすかさずステッキを構える。
休日の親子で賑わう動物園(ライオンの檻の前)は、緊張に包まれた。
私は、ステッキを前にかざし魔力を集中させた。
「これでもくらいなさい! マジカルバルーン!」
私のステッキから出された巨大な魔力の塊を、マナミンの頭上に容赦なく振り下ろす。
「うぉりゃー!」
雄叫びを上げるマナミン。
「これでお終いよ!」
勝ちを確信したその時、頭上に迫る魔力の塊には見向きもせず、マナミンが全速力でこちらに向かって走り出した。
「うぉりゃー! テメー!」
鬼の形相で迫り来るマナミン。
「えっ、えっ、えーっ!」
「これでもくらえ! ぼけがー!」
マナミンの拳が私の顎をとらえた。
「あべし!」
凄まじい衝撃に後方へ吹っ飛ぶ。まるでシャチに捕らえられたらアザラシの如く地面に叩きつけられた私は、そこで意識を失った。
翌日、顎の痛みが残るものの学校を休むわけにはいかず、やむなく登校する。
昨日、私が気を失った直後、ポッコロ様が私を転移してくれたのだと、今朝本人から聞かされた。
「はぁ、ポッコロ団が世界征服できる日はいつなのかしら。くそっ。マナミンさえいなければ!」
ぶつぶつと独り言を呟き教室に入る。
意気消沈した私を笑顔で迎えてくれたのは、右手に包帯を巻いたマナミちゃんだった。
包帯を巻いたマナミちゃんも凄く可愛い。
「よし! がんばるぞ!」
そんなマナミちゃんの笑顔で元気を貰った私は、ポッコロ団世界征服に向けて意欲を燃やすのであった。




