ep:00 勇者の誕生とそれに纏わる怪物の闘い とは無関係なとあるギルドの受付嬢
きらきらとした日差しが、白亜の城を照らしている。
それは正に快晴と言うに相応しい天気だったが、城を覆う半球の外は生憎の雨模様だった。
だからこそこんな大がかりな魔法を使ったのだろうが。
修業生の多くは、滅多に見ることの出来ない高位魔法の多重がけに見惚れている。
作り出された青空の下、王立魔術学院修業証書授与式は執り行われていた。
厳かな雰囲気の中、式は粛々と進んでいく。
伝説の冒険者から神殿の聖騎士に、歴代一との呼び声高い宮廷魔導師、神の声を聴く巫女姫や、全知全能と謳われる大賢者――――同じ時代に存在するのが奇跡と言われるようなそうそうたる顔ぶれが、そこには集まっていた。
そして、彼等その目的は只一つ。
「第一席次修業生、前へ」
「はい」
高らかに首席が呼ばれた途端、参列していた者達はその少年に釘付けになった。
女神に愛された証である輝く黄金の髪を持ち、煌めく碧い瞳には知性が宿っている。
魔法の腕は言わずもがな、武術にも秀でているという噂である。
「あれが……」
「あの少年が次代の……」
(あれが次の勇者様ね……)
誰もがその姿に魅入っていたとき、一人の女は静かに遠視の魔法を発動した。
参列席の最後方に並んでいた彼女には、とても肉眼では“勇者”の姿を認められなかったのだ。
最前列に並ぶお偉方は彼を見極めようと凝視しているだろうに、その美しい少年は涼しい顔で第一席次の証である特注のローブを受け取っている。
伝説になっているような化け物――最早人間ですらない――に注目されていたら、普通泡を吹いて倒れるだろうに、と女は思う。それは本人の緊張度合いや心持ちには関係無い話であり、そうなってしまうのが普通なのだ。
というのは、「普通の人間」と「化け物級の人間」の間にはあまりにも魔力に差があるからである。
しかし、あの少年は違う。
中段に参列していた貴族達が、ひそひそと話し始める。
「さすが王立魔術学院の首席……これで今代は安泰だな」
「あの見事な金の髪と碧い瞳……正に神に愛されし者ですな」
さすがの陰湿貴族達にも、あの少年には文句のつけようがないらしい。
実力は折り紙付き、容姿も満点、そしてあの堂々とした態度を見れば、そうなるのも当然といえば当然だった。
(まあ、うちのギルドには関係ないことよね)
貴族よりも更に後ろで、一人立ち見をしながら遠視魔法まで使っていた女は、発動したばかりの魔法を消した。
勇者様の観察よりも、彼女にはやるべきことがあったからだ。
「えーっと、見所のある子……」
そう呟いて、膨大な数の修業生を見渡す。
お偉いさんやお貴族様は勇者に引き留めておいてもらって、この隙に優秀な修業生に唾を付けておくのが、彼女の今日の使命である。
勇者は別格であるからして、はなから興味はない。と言うより、興味を持ったところでどうにも出来ないのだ。
ならば、どうにか出来る逸材を奪取しようではないかというわけである。
お偉いさんが目を付けている勇者は、お偉いさん同士で取り合うのが暗黙の了解だ。
そもそも、あの化け物――級の人間――どもは、退屈しのぎに勇者を使おうとしているだけなのだ。
彼等にとって、勇者など玩具も同じ。むしろ、「勇者」と書いて「おもちゃ」と読む、ぐらいの心意気である。しかし、玩具のためなら本気になるのが化け物の化け物たる所以であるからして。
勇者の後見人になれば、彼等の退屈さも紛れるのだろう。否、それを期待して彼等は玩具を狙うのである。
そして、そこに貴族風情が割り込めるわけもなく、彼等は彼等で婚姻や血縁に利用するために虎視眈々と勇者を狙っているという、なんともまあ滑稽な話だ。
そんなわけで、勇者以外の優秀な魔導師の卵達は、現時点でフリー。全くのノーマークなのだ。
こんなにおいしい機会を逃す手はない。
我がギルドに必要なのは、将来性のある原石なのだ。
そして、その原石集めこそが、私、ギルド獅子王の黄金受付リリーチェ・ドルアーチェの使命なのだ!