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異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第32章 めぐり逢えたら。
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#624 墓参り、そして買い物。





 望月家の菩提寺は、じいちゃんちからさほど離れていない町にある。僕も小さいころ何度か行った記憶がある、けっこう大きな寺だ。確か宗派は曹洞宗だったか? よく覚えていない。

 じいちゃんも母さんもあまり墓参りをきちんとしていたとは言い難いからな。うちには仏壇とかもないし。

 気が向いたら行く、レベルだったと思う。そのくせ、墓参りにいくと、誰かが供えた花や線香なんかが置いてあって、家族以外の誰かしらが来てくれてたりした記憶がある。

 じいちゃんも、僕は会ったことがないひいじいちゃんも人脈は多かったらしい。なんにしろ亡くなった家族のためにわざわざ来てくれるなんてありがたいことだ。


「というか、その墓に僕も入ってることになってるんだよなぁ……」


 寺に行く途中で墓に供える花を花屋で買い求めながら、僕はぼんやりとそんなことを思った。

 先ほど確認したが、世界神様がすり替えた偽物の僕の骨はすでに回収済みで、墓の中にはないらしい。

 僕らが回収することにならなくて、そこは助かった。

 バスを降りてしばらく歩くと、古いが大きく立派な門が僕らを出迎える。

 寺の醸し出す厳かな空気を子供たちも肌で感じたのか、はしゃぐような真似はしなかった。

 本堂にお参りした後に墓地へと向かう。寺院墓地の少し奥まったところに望月家の墓はあった。

 久しぶりに見たが、なかなかに立派な墓だ。四畳ほどの広さに羽目石で囲まれ、左右には灯籠まである。

 墓石の横には墓誌もあるな。……え、ちょっと待って、この『真月院一澄冬蓮居士』ってのが僕の戒名か?

 なんて読むんだ? しんげついんいっちょうとうれんこじ、か?

 その隣のがじいちゃんのだよな。久白院最真遠徳居士……きゅうはくいんさいしんえんとくこじ、かな?

 知らんうちに戒名が付けられていたってのも変な気持ちだな……。


「さあ、まずは掃除からだよ!」


 母さんの掛け声で僕らは墓の掃除を始めた。葉っぱや飛んできたゴミなどを手で拾い、お寺で借りた箒で墓前を掃き清める。雑草も抜かないとな。

 バケツの水を柄杓でかけながら、傷がつかないよう、柔らかいスポンジで墓石の汚れを落とす。けっこう汚れているなあ。

 汲み直した綺麗な水で墓石に打ち水を、花立に水を入れて、買ってきた花とお供え物を供える。

 お供物はじいちゃんの好物だった南部せんべいだ。落花生入りが好きだったな。

 線香に火をつけて振って消し、火のついている方を左側にして香炉へと入れる。

 母さんと父さんが合掌し、僕らもそれに倣う。

 じいちゃん、これが僕の奥さんたちと子供たちだ。きちんと会わせてやりたかったけど……。こればっかりはね。

 あれからいろいろとあって……うん、一言じゃ語り尽くせないな。まあ、僕らは元気にしているからさ。もしもまだ転生していないならお盆くらいは帰ってきなよ。


「届いたかねえ」

「どうだろ。じいちゃん、いろいろと適当だからなあ」


 母さんの呟きに僕はそんなふうに答える。たとえ成仏してなくて、霊魂のまま彷徨っていたとしても、絶対に一つのところに留まっていたりなんかしないと思う。ラスベガスとかモンテカルロなんかに行ってそうだ。

 転生してたらしてたで、もう次の人生を謳歌しているだろうな。


「さて、帰ろうか」


 お供え物はこのまま放置しておくとカラスなどに荒らされるから持ち帰る。今日のおやつにしよう。

 せっかく外出したんだから、帰る前にどっかに寄っていこうと母さんが提案し、奥さんたちがそれに乗った。

 まあ【ゲート】があるからすぐに帰れるし、別に問題はない。

 ついでにお昼ご飯も食べて行こうと、駅前近くにあるショッピングモールへやってきた。

 新婚旅行の時に行ったショッピングセンターとはまた違う感じのところだ。……ショッピングモールとショッピングセンターってどう違うんだろうな……? 何かしら定義はあるんだろうけど、今はまあどうでもいいや。

 昼食は子供たちのリクエストで大手のハンバーガーショップへと入る。テレビのCMを見て食べたくなったらしい。

 僕としても懐かしい。何度か友達と食べに来たことがあるからな。

 おっ、このバーガーチェーンの象徴とも言える大型ハンバーガーがあるじゃないか。久しぶりだ。これは食べない手はない。どうせならセットで頼もう。ポテトとドリンクをつけて、あ、チキンナゲットも欲しいな。

 子供たちの何人かはおもちゃがつくお子様セットを頼んだようだ。

 人数が多いので、いくつかの席に分かれて座る。僕は父さんと母さん、冬花と一緒の席に座った。

 しばらくすると番号を呼ばれたのでカウンターに受け取りに行く。

 あれ、ビッグバーガーってこんなに大きかったか……? 今さらながら子供になっていたことを忘れていたようだ。

 今の僕にはバーガーにポテト、さらにナゲットは結構な量だ。うん、ポテトやナゲットは父さんたちにも食べてもらおう。

 とりあえずの敵はこのビッグバーガーだ。小さな両手に持つとその大きさがさらに際立つ。

 元の身体なら大口開けてガブリと行くところだが、今の僕ではバンズしか齧れないぞ、これ……。肉と野菜、そしてバンズを同時に味わってこそのハンバーガーなのに。

 仕方ない、少しずつ削っていくか。いや? こう……潰して圧縮すればなんとか……。いけるか? うん、美味い。


「あう。おいち」

「美味しいかい。よかったねえ」


 冬花もお子様セットのプチパンケーキを食べてご機嫌である。オマケについてきたぬいぐるみも気に入ったようだ。クマのぬいぐるみかな? にしては野性のカケラもないやる気の無さそうなダラッとしたクマだが。まあ、子供向けのぬいぐるみが野性味溢れるクマってのも問題あるか。

 にしてもやっぱりビッグバーガーは失敗だったかな……。半分くらい食べたけどもうけっこうお腹いっぱいだ。

 ちらりと横の席を見ると、八重が僕と同じものの三つ目に取り掛かろうとしていた。……本当に無理だと思ったら八重に頼もう。

 せっかく買ったのに食べないのはもったいないので、ナゲットとポテトも少し手を付ける。残りは父さんに押し付けた。よし、これで心置きなくビッグバーガーと格闘できる。


「あんたねえ、もっと綺麗に食べな。口の周りがソースだらけだよ」

「え? むぐっ……」


 がつがつとビッグバーガーに顔を埋めるように食べてたからか、汚れまくっていた口元を母さんに紙ナプキンでごしごしと拭かれた。くそう、また子供扱い……!

 そんな僕を奥さんたちがニマニマと見ているが、気がつかないふりをする。

 また拭かれるのは屈辱なので、気を遣いながらもぐもぐと食べ進め、なんとか完食した。なかなか手強いヤツだったな……。ご馳走様でした。


「美味かったでござるなあ」

「味は覚えましたから、異世界むこうに戻っても作れますわ」

「おお、それはありがたい」


 背後の八重とルーの話を聞きながら店を出る。覚えたのか……。ブリュンヒルドでもファストフード店を出すかね?

 だけどそれには食品工場かなんかが必要になってくるかな? 『工房』でなら作れそうだが……。

 問題は食材とか従業員とか……。食材輸入用の【ゲート】を作ればいいかな? 農業国であるホルン王国と契約して、小麦や野菜の輸入をできればいけると思う。

 ああ、あと移住者も増えてきているから、そろそろ新たに町や村を作らないといけないかもなあ。

 ベルファストとレグルスに交渉して、あと少し領土を譲ってもらえるよう交渉してみるのも手か。ブリュンヒルドから少し離れるとあの辺りは魔獣が多いから、両国ともまだ手付かずっぽいし。

 東京都くらいの広さを確保できれば……。

 考え込んでいると、いつの間にか女性陣に連れられてブティックへと入り込んでいた。

 お嫁さんたちが真っ先に子供たちの服を選び出す。というか、子供服しかないな? チャイルドブティック……子供服専門店か。

 生地さえあればリンゼに作ってもらえるんじゃ、と言ってみたが、『それはそれ、これはこれ』らしい。

 地球産の本物を買っておきたい、ということだろうか。

 娘たちは母親らに捕まり、僕と父さんはこっそりとその中から抜け出して、店前のストリートベンチに腰掛けて待機状態になった。久遠も抜けようとしたがユミナに捕まり、引き摺り込まれてしまった。頑張れ。

 こうなると長いのは僕も父さんもわかっている。気長に待とう。母さんもベビー服売り場で冬花の服を見繕っている。


「異世界にああいった服はないのかい?」

「ないこともないけど、材質が違うからねえ。ポリエステルやナイロンみたいな化学繊維とかないし。異世界あっちじゃ魔獣や魔物の素材なんかで作ったりもするから」

「魔獣や魔物って……」

「でっかい芋虫や蜘蛛の糸とか?」

「うわあ……」


 父さんが引いているが、シルクだって虫の糸だろ。

 参考にと【ストレージ】から七色蚕のシルク生地、アルコバレーノのハンカチを取り出して見せてあげた。

 本来ならば魔力を流すことでいろんな色に変化する生地なのだが、地球ここでは魔力が拡散してしまい、一瞬だけ色が変わってもすぐに元に戻ってしまう。

 現状、ただの触り心地のいい生地に過ぎないが、かなり高級品のハンカチだと思う。

 父さんと異世界の衣料事情について話していると、ちょっと疲れた顔をした久遠が店から出てきた。


「終わった?」

「僕は。今、母上はアリスの服を選んでます」


 父さんとベンチの間を空けると久遠がそこにふう、と腰掛けた。わかるぞ。男はつらいよな。


「まだかかりそうかな?」

「試着室が少ないですからね。もうしばらくかかるかと」


 あー……そりゃそうか。ここは子供たちも親と一緒に入れるように広めの試着室になってるらしい。結果、数はそれほどないのだ。

 久遠が背負っていたリュックから、昨日ユミナに射的で当ててもらった携帯ゲーム機を取り出した。


「あれ? もうソフトをダウンロードしたのか」

「はい。昨夜お祖父様にしてもらいました」


 久遠のゲーム機を覗くと、有名なサンドボックスゲームの画面が映し出されていた。周りに気を遣い、音は消している。

 ちょっと気になったので久遠の横から画面を見る。久遠の操るキャラクターは見えず、どうもキャラクター視点で画面が映っているらしい。横からちょこちょこ手とか見えるしな。

 久遠はなにやら土を削って地面を平らにしているようだった。ひたすらに黙々と地面を平らにしていく。……さっきからずっとそればっかりしてるんだが。こういうゲームなんだっけ……?


「……面白い?」

「ええ、とても」


 久遠は画面から目を離さず、少し微笑みながらそう答えた。地面を平らにしているだけなのに……? ま、楽しいならいいか……。

 僕もスマホを取り出して、ネットでのニュースなんかをちらほらと読みながら暇を潰す。

 異世界むこうでも量産型のスマホがけっこう普及してきて、国の重要職にいる者なら持っているのが当たり前になりつつある。

 前から博士に頼んでいたが、そろそろ一般向けにも供給することを考えている。

 いきなり誰でもというのは流石に無理なので、どうしても初めは裕福な商人とか、公的な職につく人たちに、となるだろうが。

 いろいろと悪用されないようにはするつもりだが、現代でも振り込め詐欺やら闇バイトなんかがあるからなあ。魔力登録してしまえば、その人以外は使えなくなるし、なにか犯罪を犯せばこちらからその人物にはどんなスマホも一切機能しないようにもできる。

 それでも穴を見つけて悪用しようとする奴はいるだろうけどさ。

 天下の大泥棒、石川五右衛門が『浜の真砂は尽くるとも 世に盗人の種は尽くまじ』と言ったそうだが、悪人はどこからでも湧いてくるからな……。

 久遠たちの話によると、未来では普通に一般の人たちもスマホを買えるらしいから(だが、それなりに高いらしい)なにかしらの対策はしたんだろうけども。

 まさか国家ぐるみで通信サービス業をやるとは思わなかったなあ。いろんなアプリの開発なんかも考えないといけないかな……。まあ、うちの開発部はかせたちに丸投げするしかないんだけどさ。


「お待たせしました」


 やっとユミナたちがブティックから出てきた。手には山ほどの紙袋を持っている。どんだけ買ったのかな……?

 ベンチから立ち上がる時、ゲームを保存しようとしていた久遠の手元の画面が見えたが、山がまるまる一個無くなっていた。めちゃくちゃ削ってるやん……。そんなに地面をならす必要あるのか……?

 例によって例のごとく、【ストレージ】に買った服を収納していく。バレないように歩きながら奥さんたちの陰に隠れて少しずつだ。

 リーンやリンゼたちが行きたいと言った本屋に着く頃にはほとんど手ぶらな状態だった。

 本屋に着いた途端、みんながパーッと目的の本が置いてある場所へ散っていってしまう。

 小さな子供たちは絵本や漫画などのコーナーに、リーンは歴史・伝記、クーンは工学・バイク・車のコーナーになどに。リンゼは恋愛小説……たぶん恋愛小説のコーナーに行ってしまった。

 久遠も買ったばかりのゲームの解説本が気になるらしい。子供らしいところが見れてちょっと安心する。

 ふと、スゥが医学書を手に取っているのを見てしまった。え? そんなの読むのか?


「魔法で傷は治るが、病気までは治せんじゃろ? それに国民全員が治癒魔法を受けられるわけではない。こういった知識は必要じゃ。異世界むこう地球こちらではいろいろと違うところもあるじゃろうが、共有している部分も多いからの。無駄にはなるまい」


 そう言って、スゥは専門的な医学書や家庭の医学的な本を何冊か手に取って中身を確認しては横に積んでいく。

 スゥは治癒魔法を使えるし、時々町の施療院へ出かけていって奉仕活動をしていたのは知っていたけど、ここまで考えているとは思わなかった。

 スゥのお母さんであるエレンさんが目が見えなくなり、大変な思いをしたことを知っているからな。だからこそ人一倍、生命や健康というものの大切さを感じているのかもしれない。

 なんというか……初めて会った時と比べて成長したな……。母親になったことが彼女の成長を促したのだろうか。まあ、まだ生んではいないんだけれども。

 八重とフレイは食べ物の本を読んでるな。食べ歩きの本かな? ルーやアーシアはレシピ本の方だけども。八雲は……時代小説か。渋いな……。

 桜とヨシノは音楽関連のコーナーに行ってるし、本にあまり興味がないエルゼもファッション誌を読んでいる。みんな見事に趣味の方向性が違うのがわかるなあ。

 父さんは仕事柄、漫画のコーナーで、リンネやアリスたちにおすすめを紹介している。母さんは絵本の方で、冬花のお気に入りを探しているようだ。エルナやステフも絵本に興味があるみたいだな。

 ヒルダとユミナは教育関連の本か……。熱心だな……僕も読んだ方がいいのだろうか……?

 ん?

 ふと、漫画コーナーのところにいた高校生くらいの三人に目が止まった。僕より少し下くらいかね? あの制服って、ここらでけっこういいとこの高校じゃなかったか?

 本を探すでもなく、キョロキョロと書店の店員さんの方を窺っている。……挙動不審だな。まさかとは思うが……。僕は念の為にポケットからスマホを取り出す。

 そちらになるべく視線を向けないようにして様子を見ていると、二人が壁になり、店員さんから見えない死角を作った。そのうちにもう一人が手にしていた本を自分のバッグの中に入れる。……はぁ、やっぱりか。

 バッグの中で防犯のタグを外したのか、少年は小さな何かを近くの本棚の隙間に入れた。

 僕らが【ストレージ】に物をしまい込む時と同じ動きだったから、もしやとは思ったんだけどね。

 うーむ、見て見ぬふりはできんよなあ。

 僕はトコトコと少年たちの前まで歩いていった。


「お兄さんたち。そのバッグに入れた本、ちゃんとレジに持っていった方がいいと思うよ」

「あ? なんだこのガキ……!」

「言いがかりつけてんじゃねえよ」

「邪魔だ。あっちいけよ」


 一瞬、ドキッとしたそぶりを見せた少年たちだったが、話してきたのが僕のような子供だとわかると、急に強気な態度に出てきた。


「ずいぶんと手慣れているよね? 常習犯かな? 捕まっていないから調子に乗っちゃった? それともスリルを味わいたくて、とかそんなしょうもない理由?」

「このクソガキ……!」

「おい、やめろ。ほっといて行こうぜ」


 僕に手を伸ばしかけた少年を別の少年が止める。さすがにこんなところで騒ぐのはマズいと考えるくらいの頭はあるか。

 少年たちは本屋の出口の方へと向かって足早に歩き出した。


「本は? 戻さないの?」

「うるせえ! 知らねえっつってんだろ!」


 あ、そう。なら仕方ない。あーあ、やりたくなかったんだけどなあ……。


「店員さーん! このお兄さんたちが本をバッグに入れたまま出て行こうとしているよー!」

「なっ!? てめっ……!」


 突然大声で叫び始めた僕に三人の少年はぎょっとした目を向ける。当然、お客さんや店員さんの耳目もこちらへと向いた。

 その中にお嫁さんたちの『え、なにやってるんですか?』という呆れたような視線がいくつかあったが気にしないことにする。だからやりたくなかったんだよ……。

 店員さんも僕らに気付き、カウンターからこちらへと小走りにやってきていた。


「くそっ!」


 三人の少年は出口を抜けて全速力で走り始めた。逃げる気か? もう監視カメラにも撮られているし、心証が悪くなるだけなのにな。まあ、逃すわけにはいかないけどさ。


「【スリップ】」

「うわっ!?」

「なっ、お前、馬鹿っ……!」

「痛えっ!?」


 先頭を走っていた少年の足下に【スリップ】を発動すると、面白いように一人がコケて、その後に続いていた少年たちが倒れた少年に躓いて同じように床に転がる。

 その衝撃で持っていたバッグが放り投げられ、中身が飛び出してばら撒かれた。

 ぶちまけられた中身はシュリンクを中途半端に剥がされた漫画本が数冊。どれもこれも新刊っぽい。こりゃあ漫画が読みたくて盗んだんじゃないな。遊ぶ金欲しさの換金目的か。

 走ってきた四十くらいの男の店員さんが倒れている三人に向けて厳しい目を向けている。


「どういうことか説明してくれるかな?」

「こ、こんな本知らねえよ! 俺たちゃ関係ねえ!」

「またまたあ。ちゃんと自分でバッグに入れてたじゃないか」


 僕は録画していた動画を、店員さんにしらばっくれる少年に突きつける。

 そこにはしっかりと店の本を自分のバッグに入れる少年の姿が映し出されていた。


「嘘だろ、いつの間に……!」


 真っ青になった少年たちが観念したのか、がっくりと肩を落とす。

 盗んだ本を【テレポート】でこっそりと抜いて、本棚に戻すこともできたけど、シュリンクを破られているし、こいつらも一度痛い目に合わないと、同じことを繰り返すだろうしな。

 そのうちモールの警備員が来て少年たちはどこかへと連れて行かれた。

 僕も色々と聞かれたが、『たまたま動画を撮って遊んでた』、『お金を払わずにバッグに入れたので変だと思って叫んだ』と、適当なことを話してうやむやにした。ぼくろくさい。むずかしいことわかんない! ……お嫁さんたちがジト目で見てくるけど、そこは見てないフリしてくれ……。

 その後、ドサドサと一人数十冊単位で本を買うお嫁さんたちに店員さんは目を丸くしていた。

 こっそりと僕が【ストレージ】から取り出したキャリーカートに、買った本をどっさりと載せて書店を後にする。


「アサクサでもありましたが、こっちの世界でもけっこうああいった窃盗があるんですね」

「飢えて死ぬとかならまだしも、遊ぶ金欲しさの盗みとは……。ある意味平和でござるな。イーシェンなら捕まった時点で罪人の刺青を入れられて、その後の人生は辛いものになるというのに」


 前を歩くヒルダと八重がなにやら物騒な話をしている。刺青ってアレか? 江戸時代にあった罪人の額に『犬』とか彫るやつ……。

 確か一度目は横棒だけ、二度目で左はらい、三度目で右はらいと点が入り、『犬』となる。四度目はもう死罪となったらしい。

 地方によって『X』印だったり、『又』印だったり、死罪までの回数が違ったりしたとか。

 一目で『こいつは犯罪者だ』とわかるってのは便利な気もするが、当人からしたら一生消えない傷を負わされたようなものだろうな。

 ブリュンヒルドではそこまではしていないが、軽い罪も何度も繰り返せば、鉱山送りになる。

 最悪、一生穴倉の中で鉱石を掘り続けるのだ。単に死刑よりも厳しいと思う。

 まあブリュンヒルドには鉱山がなく、他国に引き取ってもらうしかないのだけれども。

 うちなんかまだマシな方で、『窃盗犯は手を切り落としてもいい』なんて国もあるからな。

 きちんとした刑務所みたいなのはまだないなあ……。いや、島送りみたいな追放刑みたいなのはあるけども。

 ちらりとカートを見ると、『刑法がよくわかる本』みたいなものがあった。これはユミナか……? ヒルダかもしれない。うちの警備・治安維持関連は二人がメインになっているところが多いからな……。

 僕もそのうち読ませてもらうか。トップが知らないでは話にならないし。大人になっても勉強って必要なんだなあ……。



 



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■スラムで暮らす私、サクラリエルには前世の記憶があった。その私の前に突然、公爵家の使いが現れる。えっ、私が拐われた公爵令嬢?
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