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異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第32章 めぐり逢えたら。
622/637

#622 雷門、そして浅草寺。

本日、『異世界はスマートフォンとともに。』30巻発売です。ドラマCD付きの特装版もあります。とうとう30巻まできました。もう少しだけお付き合いくださいませ。





「おっきなちょーちん!」

「冬夜様、ここには昔、巨人族が?」

「いやいや、そんなのいないから……」


 ヒルダにそう答えつつ、僕も子供たちと同じく雷門を見上げる。

 歩いてやってきたのは浅草寺の山門である雷門。

 子供になったからか、やたらと大きく感じるなあ。

 向かって、右側に風神、左側に雷神が配されている。確か雷門の正式名称は『風雷神門』だったっけか。


「こっちのが風の神様であっちのが雷の神様だぞ」

「神様ですか」

「おとーさん、会ったことある?」

「会っ……たことは……ない、かな?」


 ないよな? 前に天界で神様たちの宴会に呼ばれた時、こういうひとたちはいなかったと思う……。

 でも単に『風の神』とか『雷の神』ならいたかもしれないなあ。それがこの風神雷神と同じひとたちなのかはわからないけども。

 やはり記念ということで、みんな揃って雷門前で写真を撮る。

 写真は観光で訪れたという外国人のお姉さんが撮ってくれた。その代わり、次はそのお姉さんたちを僕らが撮ってあげたけどね。ギブ&テイクだ。

 翻訳アイテムのおかげで言葉には困らないのは助かるよなあ。

 さすがは日本を代表する観光地ともあって、外国人の観光客がやたらと多い。僕らと同じように、さっきからひっきりなしに門の前で記念写真を撮る人たちの多いこと。

 ともかく迷子にならないように母子おやこ同士手を握るように言っておく。まあ、久遠だけはユミナとアリスに左右の手を握られ、両手に花の状態だが。

 僕? 一人ですが何か? 僕はいいんだよ、迷子になっても一人でなんとかできるから。別に僻んでないぞ……。

 門を通り抜けるときに見えたのだが、提灯の下に見事な龍が彫られていた。龍も風や雷を呼ぶからな……。風神雷神と仲良しなのかね?


「すごい! お店がいっぱいある!」

「これは壮観ですねえ」


 雷門を抜けると仲見世通りへと出る。浅草寺の表参道であり、日本で最も古い商店街のひとつだとか聞いたな。

 通りの左右にいろんなお土産屋や、食べ物などが売っている。おっ、人形焼きだ。これは買っていかないとな。じいちゃんの友達がお土産によく買ってきてくれたんだ。


「あっちにアイスクリームが売ってますわ!」

「団子も売ってるでござる!」

「あのぬいぐるみかわいい……!」

「あっ、ちょっ……!」


 僕が人形焼きに気を取られている間に、各々目当ての店に突撃してしまった。これが一家離散か……。って違うわ。

 まあ、まっすぐ歩けば浅草寺だということはみんな知っているし、母子おやこ一緒だから、そこまで迷子にはならないかな……。スマホも各自持っているし、最後の手段としては【サーチ】があるし。

 とりあえず慌てずに人形焼きを買おう。あん入りとあん無しを何箱か。

 おっと、あっちの雷おこしも買っておかなくちゃ。あ、浅草海苔だ。これも……って、僕もみんなのことをあまり言えないな、こりゃ。

 しかし、本当にいろんな店があるな……。いかにも東京土産といったものから、ハンドバッグや帽子なんてものまであるぞ。草履まで売っているのか。

 この雪駄、世界神様に買ってくかな……。こっちの白い草履は時江おばあちゃんに似合うかもしれない。

 うん、ちょうどいいのでどっちも買っていこう。

 おっと、あそこで芋羊羹を買っているのはリンネとリンゼだ。あっちでソフトクリームを食べているのはアーシアとルーだな。楽しそうでなによりだが、団体行動は守りましょうね?

 二組を回収して仲見世通りをさらに歩くと、洋服を売っている店で、久遠がユミナとアリスにTシャツをあてがわれていた。

 ううむ、アリス。そのデカデカと『忍者』って書いてあるTシャツはどうなのか……? ユミナさんも『I♡浅草』のTシャツは異世界むこうじゃわからんぞ……。

 僕が二人を止めると、無難な和柄のTシャツに変えてくれたようで、久遠がホッと胸を撫で下ろしていた。久遠的にもちょっとセンスに疑問があったらしい。ああいうのは外国人観光客向けだからな……。

 ……それはそれとしてこの忍者Tシャツは、椿さんやくのいち三人娘へのお土産に買っていこう。彼女らほどこのTシャツが似合うものはおるまい。

 面白……いや、素敵なTシャツを手に入れて僕らが先に進もうとすると、前の方からなにやら驚いたような声と騒めきが聞こえてきた。

 何があったのかと駆け寄ってみると、十字路のような開けた通りのところで、八重が三十路くらいのハンチングを被った髭のおっさんを組み伏せていた。

 え!? なにやってんの!?


「ちょっ、八重!? なにしてんの!?」

「おお、旦那様。こやつ、スリでござる。そちらのご婦人の鞄から財布を抜き取っておったのでな。追いかけて取り押さえ申した」

「あ! 私の財布!?」


 八重が男の懐から財布を取り出すと、近くにいた四十ほどのご婦人が声を上げた。

 どうやらスリというのは間違いないらしい。


「いいぞ! 姉ちゃん! やるじゃねぇか!」

「おい、警察呼べ、警察!」


 周りの観光客や店の店主たちが歓声を上げる。

 スリの男が八重の下でジタバタともがくが、腕を捻り、背中を膝で押さえつけているので身動きがまったく取れない。

 そうこうしている内に二人の警官がやってきて、スリの男は連行されていった。財布をられたご婦人が八重に何度もお礼をしていたな。

 この騒ぎに他の店にいたみんなもやってきて、思いがけず全員集合してしまった。


「目立ってしまいましたわね」

「申し訳ないでござる……」

「まあ、悪いことをしたわけじゃないし、問題ないよ」


 問題はなかったのだけれど、人形焼きを売っていたおじさんが『よくやった! 持ってけ!』と袋いっぱいの人形焼きを八重に渡してくれた。お土産には買ったけど、自分でも食べたかったからこれはありがたい。

 思いがけないお土産追加に喜びながら、さらに仲見世通りを歩いていくと、また大きな朱塗りの楼門の前に辿り着く。

 浅草寺の本堂へと続く宝蔵門だ。左手には五重の塔が見える。

 真ん中には『小舟町』と書かれた大提灯。左右に並ぶのは仁王像。口を開いているのが阿形あぎょう像で、口を閉じているのが吽形うんぎょう像だったっけかな?

 門をくぐる時に提灯の底を見たが、雷門と同じくここにも龍が彫られていた。


「おっきなわらじ!」

「え?」


 突然叫んだステフの声に振り向くと、宝蔵門の裏……というか、本堂側の壁の左右に大きな草鞋がかけられていた。

 八重やイーシェンの人たちが履いたりもするので、草鞋自体はステフも知っていたのだろう。

 山形から奉納されたものらしいけど、これにもなんか謂れがあったりするのかな?

 草鞋から前に目を戻すと、左右に御神籤や御守りを売っている社務所があり、その正面には威風堂々とした浅草寺の本堂がある。大きいなあ……。

 確か都内最古の寺で、飛鳥時代から一四〇〇年くらいの歴史があるんだっけか?


「隅田川で漁師の兄弟が水の中から一体の観音像を引き上げ、それを祀ったのが始まりらしいわよ。観音像が引き上げられたその日、天から金の龍が舞い降りたと言われていて、そこからこの寺の名前が『金龍山浅草寺』になったんですって」

「え、ちょっと詳し過ぎない……?」

「文明の利器はちゃんと使うべきよ?」


 そう言ってリーンが手にしたスマホを左右に小さく振る。なんだ、今調べたのか。

 今さらだけど実物を見ながら調べられるってのは便利だよなあ。

 とりあえず御神籤とかは後にして、本堂へお参りに行こう。


「なんか煙が出てますけど……」


 リンゼが本堂前の境内に置かれた大きな香炉から立ち昇る煙を見ていた。参拝客が煙を自分の身体に引き寄せて浴びるような仕草をしている。

 あ、あれはテレビでみたことがあるぞ。確か『香炉の煙を体の悪いところにかけると治りが良くなる』ってやつだ。

 僕がその説明をすると、みんなキョトンとした顔になった。くっ、みんな普段から回復魔法とか使っているからな……。

 それに嫁さんたちは神の眷属だし、子供たちは元々半神なわけだし、必要ないっちゃ必要ないのか……?

 まあ一応これも経験ということで、煙を浴びておく。……頭に浴びとこ。決して良いとは言えないからな……。

 右手の方に手水舎ちょうずやがあった。なんか鎧を着た像の周りにいる八匹の龍から水が流れている。


「しゃ、さ……なんて読むんだこれ?」


 台座に『沙竭羅龍王像』と書いてあるが読めぬ。まあとにかく龍王様なわけだな。

 天井にも龍の絵が描かれている。やたらと龍があるな、この寺……。まあ『金龍山浅草寺』だからな。龍が守護神なんだろう。

 手水舎で手と口を清め、いよいよ本堂へと向かう。

 ここにも大きな提灯が下げられている。


「ええと、二礼二拍手一礼、だったわよね?」

「いや、それは神社の場合で、寺では合掌して最後に一礼するだけでいい」


 エルナの手を引いていたエルゼに僕はそう答える。確かそうだったはず。昔、寺でパンパンと柏手を打って、じいちゃんに笑われた記憶がある。

 おっと、みんなに御賽銭を渡しておかないとな。本堂に並びながら、みんなに賽銭箱に投げ込む御賽銭を渡した。

 十円玉と五百円玉は、遠縁(縁が遠のく)、これ以上の効果(硬貨)はない、といった意味があって、縁起が悪いって話があるから一応避けとこう。

 僕らの番になり、みんなで御賽銭を投げ込む。合掌して一礼。

 この旅が無事に過ごせますように、と。


『冬夜君、お姉ちゃんあんこ玉が食べたいのよ』


 また……! わかったから少し静かにしてくれませんかねぇ!?


『おっけーなのよー。あ、揚げ饅頭も追加で』


 神界から飛んできた花恋姉さんの邪念(?)を振り払い、なんとかお参りを済ませる。

 その後、御神籤を引いて、奥さんたちはまた御守りを買っていた。また子宝成就と安産祈願かな……? ここにその御利益の結晶がいると考えると、かなりな効果はあったのかもしれぬ。

 凶が多いと言われる浅草寺の御神籤だったが、僕らは誰も引かなかった。ちょっと見てみたかった気もするが……。

 帰り道で花恋姉さんのリクエストに従い、あんこ玉と揚げ饅頭を買い求める。

 美味しそうだったので、お土産とは別にいくつか買って行こう。母さんたちも食べたいだろうし。

 買い逃したものや行きに買えなかったものを確保しながら再び雷門まで戻ってきた。

 本当なら花やしきや浅草演芸ホールとかも行ってみたかったが、もうすでに三時を回っている。そろそろ帰らないとな。

 例のごとく適当なビルに入って、誰もいない階段の踊り場でサッと【ゲート】を開き、素早くみんなでじいちゃんの家へと帰宅する。


「ただいまー!」

「おかーりなーさい」


 リンネが元気よくドアを開けると、思いがけない出迎えがあった。

 冬花がブランカを連れて玄関にトコトコと出てきたのだ。


「冬ちゃーん! 帰ったよー!」


 リンネが冬花を抱き上げ、ぎゅーっと抱きしめる。リンネの腕の中できゃっきゃと嬉しそうにはしゃぐ冬花。


「冬ちゃん、ご機嫌ですわね」

「お土産たくさん買ってきたからねー、冬ちゃん」


 クーンとヨシノもリンネに抱かれる冬花の頭を撫でている。

 すっかり『冬ちゃん』で定着してしまったな。いや、いいんだけど、一応その子、君らの叔母だからね?

 ううむ、この後未来に帰ってから成長した冬花と会ったらおかしなことになるんじゃなかろうか。

 冬花としたら赤ん坊のころから全く変わらない甥と姪たちに会うことになるし、子供たちからしたら、いきなり成長した冬花に会うことになるのか?

 時間軸を一緒にすると、冬花の方が八雲より絶対に歳上だからなあ……。

 まあ、五年以内に八雲が生まれたとしても、そこまで離れてはいないか……。歳の近い甥姪、叔父叔母なんてのはけっこういるし。


「おかえりー。東京見物はどうだった?」


 奥から父さんがやってきた。父さんが冬花をみているってことは、母さんは仕事中かな?


「スカイツリーに上って、かっぱ橋道具街に行って、浅草寺でお参りしてきた」

「え、スカイツリーと浅草寺はなんとなくわかるけど、なんでかっぱ橋……?」


 僕の返事に父さんは一瞬怪訝そうな顔をしたが、アーシアとルーを見て、ああ……と納得したように頷いた。

 さすがに一週間も一緒にいると、みんなの性格や趣味嗜好もわかってきたようだ。


「さあ、お夕飯の支度に入りますわよ!」

「お母様、かっぱ橋で買った調理器具を使ってみましょう! お父様、出して下さいませ!」


 ルーとアーシアが気合いを入れて買ったばかりのエプロンを纏う。新しい調理器具を使えるのが、もう楽しみで楽しみで仕方がないって感じだ。まあ、気持ちはわからんでもない。

 【ストレージ】から二人に言われるがままに買った調理器具を出していく。

 え、お子様ランチの皿や舟盛りの舟も出すの? 今日もバラエティ豊かな食卓になりそうだな……。

 三時のおやつ、というわけではないが、買ってきた人形焼きをテーブルの上に出す。夕飯前なので一人二個までだ。餡入りと餡無しを出しておこう。


「人形焼きかい? 久しぶりだなあ。浅草といったらこれは買わないとね」


 父さんが懐かしそうに人形焼きを一つ摘んでぱくりと食べる。隣でも冬花が美味しそうに人形焼きを頬張っていた。

 

「父さんも結婚前は東京にいたんだっけ?」

「うん。僕の住んでいたのは杉並区で、お世話になっていた出版社は新宿にあったから、あまり浅草の方には行かなかったけどね」

 

 杉並区って確か東京の西側だっけか。新宿に出版社があったなら、そこより先にはあまり行かないか。


「アシスタントしていた先生のお使いで別の出版社に行った時に、持ち込みに上京していたつづりさんと出会ったんだよ。初めて会った時はまだ中学生だったけど、とても綺麗な子だなって……いっっだ!?」

「子供になんの話をしてんだい!」


 背後に立ち、顔を赤くした母さんの拳骨を脳天にくらって、父さんが悶絶している。

 あれはかなり本気で叩いたな……。ものすごく痛そうだ……。照れ隠しにしても、もう少しこう何というか、手心というか……。奥さんや子供たちもびっくりしているだろ……。

 思いがけず両親の馴れ初めを聞いてしまったが、その時母さんが中学生だろ? 仮に十五歳だったとして、その時父さんは……六歳差だから二十一歳か。

 二十一歳の男が十五歳の中学生に一目惚れって考えるとどうにもモヤッとするな……。

 『おまいう?』って言葉が聞こえたけども。いや、うん、人のこと言えないってわかってるけども。


「なんじゃ?」

「いや、なんでもないよ」


 ちらりと見た僕の視線に気がついたスゥに笑って誤魔化す。スゥと僕もそれぐらい離れているからな……。これが血は争えないってやつなのか……?

 まあ、こうして幸せに暮らしているわけだし、問題はないはずだ。たぶん。

 未だ頭を押さえて悶絶している父さんに回復魔法をかけてやる。痛いの飛んでけー。


「お、人形焼きかい。餡無しのが好きなんだよね、これ」


 僕らを放置して、そう言った母さんが餡無しの人形焼きをぱくりと食べる。僕が餡入りと餡無しを買ってきた理由の一つに、母さんがそっちを好むだろうということもあった。

 母さんはどら焼きの餡より皮の方が好きなのだ。別に餡子が嫌いというわけではないらしいのだが、ものによっては餡子が重いんだとか。


「お父さん、冬ちゃんに買ったぬいぐるみ出して」

「ん? ああ、はいはい」


 エルナに言われて【ストレージ】に入れてあった、黄色いバスの形をした猫のぬいぐるみを取り出す。


「にゃんばす!」


 冬花がとびきりの笑顔でエルナからもらったぬいぐるみを抱きしめる。どうやら冬花もこのアニメが大好きなようだ。まあ、父さんと母さんならたぶん観せていると思ったけどさ。僕も観せられた口だし。

 大喜びで猫のぬいぐるみにはしゃいでいる冬花の後ろで、チベットスナギツネのような目になっているブランカを見てしまった。え、ぬいぐるみに嫉妬してないよね? 一応神様でしょ、あんた……。

 やがて夕食が出来上がり、大きな座卓を二つ繋げた食卓の上にこれでもかとルーとアーシアが作った料理が並べられた。

 そのうち、子供たちの前にはお子様ランチが並べられている。夕食なのにランチとはこれいかに。

 小さなオムレツにナポリタン、ハンバーグにエビフライにフルーツ、そしてこんもりとした型で作られたチキンライスの山には旗が立っていた。えらく本格的だな。手が込んでる。

 父さんや母さん、奥さんたちの前には普通サイズのハンバーグやオムレツが並んでいる。買った舟に刺身が載せられた舟盛りもあるな。

 ……んで、なんで僕の前にもお子様ランチが? いや、別にいいんだけどさ……スペースシャトルのランチ皿か……。

 旗を崩さないようにチキンライスをスプーンで削って食べる。美味い。

 チキンライスをもぐもぐと味わっていると隣に座る父さんが話しかけてきた。


「明日はどこに行くか決まってるのかい?」

「いや、毎日人の多いところへ連れ回しても子供たちが疲れちゃうからね。明日はまた休もうかな、と」


 まだあと一週間もあるのだ。そんなに連日あっちにこっちに人混みの中へ連れて行っては疲れてしまうだろう。

 どこかへ出かけた思い出を作りたいわけじゃない。僕らと子供たちの思い出を作りたいんだ。場所は重要じゃない。

 どうしても観光地を巡ると、そこを見て、写真を撮って、お土産を買って、と、決まった行動になりがちだからな。それはそれで思い出に残るけれども、家でゆったりと過ごすのも悪くない。

 まあ、うちの子らはアクティブだから、ゆったりとできるかは怪しいところだが……。


「そういえば明日隣町でお祭りがあるみたいだよ。みんなで行ってみないかい?」

「ああ、そういやそうだったね。あ、昼間にみんなの浴衣を買ってこようか!」

 

 父さんの提案に母さんが乗っかる。いや、明日は休もうという僕の提案はどこに行った?


「私たちの浴衣なら全員分あります。子供たちの分は生地がありますから、今から私が作りますね」

「「今から?」」

 

 なんでもないことのようにリンゼが笑顔でそう言い放ち、父さんと母さんが首を傾げている。

 まあ、リンゼなら一時間くらいで十人分作ってしまいそうだ。あ、僕のも入れて十一人分か?

 食事が終わるとすぐさまリンゼが浴衣を作り始めた。僕とアリスだけ採寸をとられたが。他の子のサイズはもうインプット済みなんだそうだ。


「え……なに、この速さ……?」

「なんか魔法でも使ってるのかい?」

「まあ魔法というかなんというか……リンゼの特性?」


 ポカンとしている二人にそう答える。だってそうとしか説明できないし。

 やがて完成した浴衣は、娘たちは母親と同じ色で、アリスはアイスブルーの浴衣だった。

 それはいい。だけど、なんで久遠は普通の浴衣なのに、僕は甚平なのか。


「冬夜さんはそっちの方が似合うかと思って」

「うん、似合ってるよ、冬夜君。……わんぱくさがよく出ている」


 父よ、そりゃいったいどういうことだい? んん? なんかみんなも笑いを堪えているような……。


「えっと、背中にですね……」

「え?」


 久遠の言葉に玄関にいって、そこにあった姿見に背中を映す。

 すると甚平の背中にはデカデカと琥珀(子虎状態)の顔が刺繍されていた。なんじゃこりゃあ……! 着替えさせてもらったからわからなかった……。ちょっとリンゼさん!?


「似合ってるよ。明日はそれで行きな」

「えー……?」


 決定? 決定なの? 母さんの鶴の一声で明日の祭りに着ていく服が決まってしまった。

 確かに子供服のバックプリントとしてはありなのかもしれないが……。

 仕方ない。明日は琥珀も一緒に祭りに行くとしようか。









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■スラムで暮らす私、サクラリエルには前世の記憶があった。その私の前に突然、公爵家の使いが現れる。えっ、私が拐われた公爵令嬢?
あれよあれよと言う間に本当の父母と再会、温かく公爵家に迎えられることになったのだが、同時にこの世界が前世でプレイしたことのある乙女ゲームの世界だと気付いた。しかも破滅しまくる悪役令嬢じゃん!
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新作「桜色ストレンジガール 〜転生してスラム街の孤児かと思ったら、公爵令嬢で悪役令嬢でした。店舗召喚で生き延びます〜」をよろしくお願い致します。
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