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異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第32章 めぐり逢えたら。
610/637

#610 祖父の遊び道具、そして自室。





「ただいまー」

「お帰りなさい。大丈夫でしたか?」

「まあ、なんとか」


 玄関に【ゲート】を展開し、帰宅した僕たちをユミナが出迎えてくれた。

 僕ははやるルーとアーシアに引かれるようにしてキッチンへと連れていかれ、【ストレージ】から買ったものを取り出した。

 野菜や米、キッチン家電その他もろもろは配達で夕方に届くが、スーパーでかった惣菜類や、細々としたキッチン用品なんかは僕の【ストレージ】で持って帰ったからな。

 あ、みんなにお土産としてアイスクリームを買ってきたんだった。いろんな種類のものをとにかく多めに。


「スゥ、これみんなに配ってくれる?」

「おお! アイスじゃな? いろんなのがあるのう!」


 キッチンに僕らを見に来ていたスゥに袋ごとアイスを渡す。中身を見てスゥが嬉しそうな声を上げた。

 あ、冬花にアイスクリームって大丈夫なのか? アレルギーとかどうなんだ?

 不安になった僕は母さんに電話をかけて確認することにした。


『ああ、アレルギーとかはないから大丈夫。ただあまり食べさせないようにな。夕飯食べられなくなるから。あ、夕飯は私たちもそっちで食べるから、迎えに来て』

「了解」


 大丈夫らしい。安心したところでスゥがリビングへアイスを持っていく。向こうで子供たちのはしゃいだ声が聞こえた。


「とりあえずお米を炊いて、夕食の支度を始めましょう!」

「腕が鳴りますわ!」


 【ストレージ】に入れてきた分の米や野菜、肉や魚を前に、ルーとアーシアがやる気を出している。

 とりあえずお役御免となった僕はリビングの方へと足を向けた。

 リビングでは相変わらず子供たちがゲームを続けている。今度のはレースゲームだな。カートで走るやつ。

 対戦しているのはアリスとリンネだった。後ろから見ていると、二人とも車の動きに合わせて身体が動いており、思わず笑ってしまった。というか、アイスを咥えたままプレイするのはやめなさい。

 その横ではエルナ、ステフ、ヨシノ、桜の四人がどこから見つけたのかボードゲームで遊んでいる。猫とネズミが追いかけっこするやつだな。


「むう。ニャンタローが速い……」


 プレイヤーのネズミを食べようとする猫のコマにニャンタローって名付けるなよ……。さすがにあいつでもネズミは食べないぞ?

 エルゼとユミナ、それにスゥは、エルゼが膝に乗せた冬花にアイスクリームを食べさせていた。

 その横のソファで、リーンがじいちゃんの書斎から持ってきたと思われる本を読んでいる。

 奥さんたちの指輪や工芸神であるクラフトさんに作ってもらった子供たちのブレスレットには、【リーディング】も付与されているから、どこの国の文字だって難なく読める。

 庭では八重と八雲、ヒルダとフレイが木刀で打ち合っていた。

 え、嘘ん。旅行に来てまで鍛錬するの、君ら……。

 その木刀って傘入れに入れてあったやつだよね? 母さんが昔、喧嘩に使っていたとかいないとか言っていたやつ……。一本は僕が修学旅行で買ってきたやつだけども。

 

「あれ? 久遠とクーンは?」

「久遠は上でテレビを見てます」


 ユミナが苦笑しながら教えてくれた。二階のじいちゃんの部屋にも小さいがテレビがある。どうやらそっちでテレビ番組を見ているらしい。リビングのはゲームに占拠されちゃったからな。


「クーンは……」


 ユミナが庭先に目をやると、八重たちの打ち合っている奥で、地べたに腹這いになり、母さんの車の下を覗こうとしている残念な娘さんがいた。


「なにやってるんだあの子は……」

魔動乗用車エーテルビークルとの違いを調べるんだそうよ。まったく……旅行先に来てまでなにをやっているのかしら」


 リーンが本から顔を上げて、呆れたような声を漏らす。


「いや、母親なら止めろよ……」

「父親なら止めてきなさいな」


 うむむ、そう言われてしまうと。

 僕は玄関に向かい、靴を履いて外から庭の方へと回り込んだ。

 目の前にはクーンが四つん這いになって、車の下から中を覗こうと四苦八苦している姿がある。

 なんだろう、ものすごく哀しい気持ちになるよ、お父さんは。


「クーン。服が汚れるからそれはやめなさい」


 スマホのライトをつけて、一生懸命に覗き込むクーンに声をかける。


「あっ、お父様お父様! ちょっとこれ持ち上げて下さい!」

「無茶言うなや」


 いや、【パワーライズ】を使えば持ち上げられないこともないかもしれないけどさ。


「あーあーあー……。せっかくの洋服が汚れちゃったじゃないか」


 いつもの服じゃなく、地球でもありそうな子供服に身を包んでいたクーンの、ところどころが土で汚れている。初日から汚すなよ。

 肩とか背中とかの土を叩いて落としてあげるが、完全には落とせない。


「これは洗濯機行きだな……」


 着替えの服はいくつか持ってきているから問題ないけど、これから何度も汚されちゃかなわない。

 確かじいちゃんの部屋に車に関する本もあったはずだ。

 車の歴史と文化の変遷が書かれた、たくさんの写真が載っているビジュアル図鑑。子供の頃に読んだ記憶がある。

 車だけでなく、その背景となる社会環境まで含めて解説されていて、とてもわかりやすかった。

 その話をクーンにすると、すぐに手を引かれて家の中へと引っ張っていかれた。ホント落ち着きがない……。

 クーンを着替えさせ、二階のじいちゃんの部屋に入ると、サイドボードに載った小さなテレビで、ロッキングチェアに腰掛けた久遠が午後のワイドショーを観ていた。

 テレビの中では政治に関するニュースについて、コメンテーターと有識者が難しい話をしている。


「……面白いか?」

「面白いかどうかはともかく、勉強にはなります。やがて国を預かる者として、反面教師にはなるかと」


 反面教師なのかい。いや、ニュースでは増税に次ぐ増税に対しての国民の怒り、みたいなテーマが掲げられているから、ああはなるまい、という気持ちはわかるけれども。

 政治とかに関してはたぶん僕より久遠の方が上な気がするなあ……。僕の場合、高坂さんに投げっぱなしだからな……。

 おそらく久遠は物心ついた時から、ユミナや高坂さんの教えを受けているだろうし。

 まあ、異世界あっち地球こっちじゃ政治体制も違うから、ここで得た知識が役に立つかどうかはわからないけども。

 本棚から目的の本を見つけてクーンに手渡してやると、すぐさま部屋のベッドの上で読み始めた。夢中になってご機嫌で読んでいる。もう僕の存在は意識の遥か彼方のようだ。ま、いいけどね。

 リビングに戻る前に、以前も見た旅行関係の本を持っていくことにする。父さんと母さんも一緒に行ってくれるのならば、行動範囲はさらに広がる。新幹線での移動も楽にできるだろう。引率の先生が二人増えたわけだし。

 本を持って二階から降りてくると、ユミナがお風呂を沸かしていた。鍛錬で汗をかいてしまった八重たちが入るらしい。

 この家の風呂は少し大きめなので、子供を含めた複数人が入っても大丈夫だろう。

 リビングに入ると冬花はエルゼの膝の上でご機嫌に笑っている。その横では足を拭いて上がり込んだブランカが横になっていた。


「冬花はすっかりエルゼに懐いたみたいだね」

「昔から弟や妹の面倒を見てたからね。慣れたもんよ」

「えぅえ、えぅえ」

「はーい、エルゼお義姉ねえちゃんですよー」


 エルゼの言う弟妹とは、従弟妹いとこの子らのことだな。あそこの家も子沢山だからなあ。下の子の面倒は上の子が見るのが当たり前だったんだろう。


「ダーリン、その本は?」

「旅行の本。どこに行くか考えようと思って」


 何冊か持ってきたので、ソファで本を読んでいたリーンにも一冊渡す。

 国内の旅行専門雑誌だ。観光地紹介というより、旅館やホテルの紹介が多い本だけど、どこに泊まるかってのも大事だからね。

 パラパラと雑誌をめくる。温泉地が多いな。温泉……いいかもしれない。旅行してる、って実感できそう。

 しかしよく考えたら、この雑誌、じいちゃんが亡くなる前のやつだよな……。まだこの旅館、あるといいけど。

  しばらく雑誌の写真を眺めていたら、ご飯が炊けたとルーに呼ばれた。

 炊飯器から炊きたてのご飯をラップにくるみ、【ストレージ】の中へとポイ。

 そして空いた炊飯器でまたご飯を炊く。

 やっぱり大型電器店で大きな炊飯器を買う必要があるな……。スーパーでパックのご飯もいくつか買ってきたし、異世界むこうのご飯もあるから足りなくなるってことはないけどさ。


「おとーさん、これなーに?」

「ん?」


 僕がキッチンから戻ってくると庭に下りたリンネが両手に竹馬を持っていた。

 懐かしいな。じいちゃんに作ってもらったやつだ。まだあったのか。

 僕も庭に下りて、リンネに竹馬の乗り方を教える。子供の頃に作ってもらったものだからサイズはぴったりだ。


「よっ、ほっ、おっ?」


 初めは久しぶりでよたよたとした歩き方になったが、やがてコツを思い出し、トコトコと歩けるようになった。昔は高くなった視界にテンションが上がったものだが、いま竹馬に乗っても元の身長より低いからなあ……。


「おもしろそう! おとーさん、貸して貸して!」

「リンネ、次ボクね!」

「ステフもー!」


 竹馬に群がる子供たち。やっぱりというか当然というか、コケることなくリンネたちはあっさりと竹馬を乗りこなしてしまう。

 自分の身体能力で操るのが楽しいのか、竹馬に乗ったまま、バク転までするはしゃぎぶりだ。さすがに危ないからやめなさいと叱ったが。

 そういえば確か物置の中にいろいろと遊び道具が入っていたような……。

 じいちゃんは新しい物好きで、面白そうだと思った物はなんでも手を出していたからなあ。

 竹馬で遊ぶ子供たちをよそに物置の中を物色する。

 まあ、あるわあるわ。野球のグローブにバット、サッカーボール、バトミントンにパターゴルフなど、スポーツ系の物から、ホッピング、フラフープ、スケートボード、縄跳びなどまで。


「おっ、これは……」


 物置の中にラジコンが入っていた。スティックタイプのプロポも箱に入って一緒にある。

 ラジコンは四輪駆動のバギータイプのやつだ。同じのを僕も持ってた。昔じいちゃんと一緒にサーキットに走らせに行ったな。懐かしい。

 さすがに電池は切れてるか。急速充電器も予備のバッテリーも箱に入ってるし、充電して走らせてみるかな。

 庭でバトミントンやホッピングで遊ぶ子供たちを横目にリビングでラジコンの充電をしておく。

 テーブルでは桜とスゥが僕の持ってきた旅行雑誌を読んでいた。どうやら旅館やホテルよりも、そこで出している料理に目がいっているらしい。ま、それも旅行の楽しみではあるが。


「ちわー。お届けに上がりましたー」


 玄関の方に軽トラが停まり、段ボール箱いっぱいの野菜が届いた。

 髭の店主じゃない。若い兄ちゃんだ。息子さんかな?

 待ってましたとばかりにルーとアーシアが受け取りに行く。風呂から上がった八重とヒルダ、八雲とフレイも野菜の入った段ボールを家の中へと持ち込んでいった。

 八百屋の軽トラを皮切りに、米屋や魚屋などの配達で頼んだ品物が次々とやってきた。うーむ、日にちをズラすべきだったか……?

 八重たちが運び込んでくる荷物を、奥の部屋で次々と【ストレージ】に収納していく。でなきゃ部屋がパンクしてしまう。


「こんなに買ったんですか?」

「うんまあ、二十人分だし……」


 ユミナの呆れたような声に、僕はそう答えるしかなかった。

 これ食べたいな、と一つのものを選ぶと、食べられない者が出ないようにと二十個買う羽目になるからね……。

 魚だって二十匹いるしな……。今さらだけど、僕が【ゲート】で海に行って釣るなり捕まえるなりしてきた方が安上がりだったか? 漁業権とか面倒なことになるかもしれないからやめた方がいいか……。

 そうこうしているうちにラジコンのバッテリーが満タンになった。ちょっと走らせてみよう。


「とーさま、なにそれ?」

「まあ、見てな」


 興味津々に近寄ってきたステフの前に四駆のバギーカーを置く。僕が操るプロポからの送信を受けて、ラジコンが勢いよく走り出した。


「わわわっ!?」

「おっと危ない」


 リンネの乗る竹馬に当たりそうになり、スティックを右に切る。うまいこと竹馬は避けたがそのまま家の壁にぶつかってしまった。バックで戻し、再び走らせる。


「すごい! とーさまがうごかしてるの!?」

「そうだよ。ラジコンっていうんだ」

「らじこん!」


 庭をぐるぐると回るラジコンにステフは目をキラキラさせてはしゃいでいる。


「やってみる?」

「うん!」


 ステフにプロポを渡し、僕は物置から予備のバッテリーをいくつか持ってきて、再び充電器に繋げた。あのラジコンのバッテリーは二十分くらいしか持たないからな。

 ステフの操縦するラジコンにリンネもアリスも興味を引かれて熱い視線を向けている。貸して貸して光線が目から出てるぞ。


「時間で交代して遊びなー」

「「「「はーい!」」」」


 元気のいい声がしたと思ったら、一人多い。見るといつの間にかクーンが二階から下りてきて、ラジコンに釘付けになっていた。電子レンジやら車やらラジコンやら、あの子も忙しいな……。

 クーンにとっては日本ここは夢の国みたいなものなのかもしれない。

 クーンにラジコンのバッテリーの交換を教えて、僕はリビングに戻る。

 リビングでは八雲とフレイ、ヨシノとエルナも加わって旅行雑誌を読んでみんなではしゃいでいる。

 八重とヒルダはキッチンでルーとアーシアの手伝いをしているみたいだ。あの二人、料理はあまりできないが、包丁捌きだけは一流だからな……。


「冬夜。そろそろリンゼたちを迎えに行ったほうがよいのではないか?」

「ん?」


 スゥに言われてリビングの時計を見上げると、もうじき夕方五時半になろうかとしているところだった。

 完全に料理ができてから呼んでもいいんだけど、原稿の進行状況も気になる。ご飯食べると眠くなるしな。ちょっと覗いてくるか。

 【ゲート】を開き、実家のリビングへと繋ぐ。父さんの仕事部屋は一階、母さんの仕事部屋は二階にある。

 久しぶりに訪れたリビングを出て、廊下の突き当たりにある部屋を開けると、並んだ机で父さんとリンゼがカリカリと原稿に向けて描き込んでいた。

 未だに父さんはアナログ原稿だ。そろそろデジタルに移行してもいいと思うんだが。いろいろと便利だし。


「二人とも、そろそろご飯だけどどうする?」

「え? あ、あー、もうこんな時間? けっこう進んだねえ」


 父さんが原稿から顔を上げ、時計に視線を向けた。リンゼも同じように顔を上げる。


「どう? リンゼのアシスタントは?」

「いや、予想以上だよ。初めにちょっと下描きで背景を描いてもらったんだけど、あまりにも写実的だったんでね、一回だけ描き直してもらったんだ。それ以降は全く問題なし」


 あー、描き込み過ぎたのか。父さんの絵柄とタッチが合わない背景だったんだな。

 リンゼは父さんの単行本を何冊か読み込み、その背景を真似ることで、その絵柄をすぐに取り込んでいったらしい。

 素人がペンですぐに描けたのか? と思ったが、異世界むこうは普通にペン文化だったな……。ま、ミリペンとかで描いちゃう漫画家もいるし、漫画はペンで描かなきゃいけないなんてルールはない。


「リンゼは疲れてない? 大丈夫?」

「いいえ! いろんな背景を描けて楽しいです! 漫画って素晴らしいですね!」


 あ、そう……。なんか開眼しちゃった? 大丈夫かな、これ?

 ま、まあ、絵が描けるだけでは良い漫画は描けないから、すぐにどうなるものでもないか……。

 ……いや待て。リンゼにはリーフリースの作家皇女、リリエルという友人がいたのを忘れていた。あの皇女が原作を受け持てば、すぐにでも一本描けてしまう……? っていうか、普通に彼女の小説をコミカライズできてしまう……? 『薔薇の騎士団』のコミカライズが出るのか……?

 僕の脳裏に『混ぜるな危険』という言葉が浮かんだが、今さらどうしようもない。

 僕にできることは原稿をチェックして、過激にならないようブレーキをかけることだけだ……。


「とりあえずキリのいいところで止めといて。母さんの方を見てくる」

「わかったよ」


 父さんの仕事部屋を出て階段を上り、二階の母さんの仕事部屋へと向かう。

 夕日が窓から差し込む中で、母さんはペタペタと絵本の原稿に色を乗せていた。


「そろそろ夕食だよ」

「んー……? ……わかった」


 母さんはこちらを振り向くことなく作業を続けている。聞いているのかいないのか。相変わらずだな。

 ふと、廊下の先の、奥にある部屋の扉が目に止まる。

 ……僕の部屋だ。元、とつくかもしれないが。

 その場を離れ、扉のノブを回して中へと入る。

 室内を見たとき、一瞬で時が巻き戻ったような気がした。

 じいちゃんにもらった大きな机、父さんに買ってもらった本棚。母さんの趣味のカーペット、好きだった映画のポスター、友達からもらったボードゲーム、買い替えてもらおうとしていたベッド……。

 あの日、異世界へ旅立つ前まで過ごしていた部屋が、そのままで残っていた。

 懐かしいという気持ちより、帰ってきた、という気持ちと、僕の居場所が残されていたという、そんな嬉しさが込み上がってくる。


「懐かしいかい?」


 気がつくと背後に母さんが立っていた。


「僕の部屋が残ってるとは思わなかった……」

「処分しようとも思ったんだけどね……。それをすると冬夜がここにいたっていう事実も無くなっちまうような気がしてね……。せめて冬花が大きくなって、自分にはお兄ちゃんがいた、ってわかるくらいまでは残しておこうって、冬一郎さんと決めたんだよ」


 そうか……。僕という存在はこの世界から消えたが、ここに確かにいたという事実は消えない。

 望月冬夜という少年は、確かにこの家に、この部屋で暮らしていたのだ。

 そしてそれを覚えていてくれる家族がいる。こんなにありがたいことはない……。

 いつでも帰ってこいと言われているような気がした。


「全部残しておいてくれたんだね」

「勝手に処分するなって、あの世から怒られそうだったからね。冬一郎さんがちゃんと整理して残しておいてあるよ」


 父さんが部屋を片付けてくれたのか。僕がいたときはもっと散らかってたからな。ありがたいことだ。


「隠してあったベッドの下の本もちゃんと本棚に並べて残してあるからね」

「かーッ! 余計なことをッ!?」


 くそう! 一瞬にして感謝の気持ちとか吹き飛んだわ! 父さんもそこはこっそりと処分してくれよ! わかるだろ、男なら! 

 母親に趣味嗜好を知られるって、どんな罰ゲームだよ! 死にたい! こっちじゃ死んでるけど!


「ドウカオクサンタチニハゴナイミツニ……」

「ちょっ、わかった! わかったから足にしがみつくな!」


 頼むぜ、マイマザー……。一応僕にも立場ってものがあってだね。

 別に知られたところで愛想を尽かされるようなことではないけれども、わざわざ恥をかきたくはない。


「やっとキリのいいところまで終わったよ。じゃあ行こうか……って、った!? なに!?」

「別に」


 にこやかに二階にやってきた父さんのふくらはぎにローキックをかます。

 後で【サーチ】を使って父さんの秘蔵の本も見つけてやるからな。リビングのテーブルに置いてやる。

 せいぜい母さんに許しを請うがいいわ。ふはは。

 







 

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