#601 秘密兵器、そしてひとつの決着。
ゴルドの背後に現れた光輪は、まるで回転ノコギリのように高速で回転しながら、琥珀に跨る久遠へと向かう。
『ちっ!』
駆け出した琥珀がいた地面の木の根を、ノコギリ光輪がズバッと切り裂く。
木の根を切り裂いた光輪は空中で大きく弧を描き、再び久遠たちへと向かって襲いかかる。
いくつもの光輪が四方八方から久遠たちに向かって飛んでくる。琥珀はそれを避け、避けきれないものは久遠がシルヴァーで弾き飛ばしていた。
『坊っちゃん、これっ、キリがないでやんスよ!』
「これは元から消さないとダメですね。……【神器武装】」
シルヴァーを腰の鞘に戻し、手の中にあった盾の神器が再び糸のように解けて、別の形を生み出していく。
次の瞬間、久遠の手の中には、小さな竪琴の形をした琴弓が握られていた。
ぐっ、と久遠がハープボウを左手に構え、右手で弦の一つを引き絞ると、光の矢がズラリとそこに並ぶ。
「よっ、と」
ヒュオッ! っと風を切るような音と共に放たれた多数の光の矢が、空中を飛び回るノコギリ光輪に向かって飛んでいく。
まるで磁石に吸い寄せられるかのようにあり得ない軌道を描いて、光の矢はノコギリ光輪を次々と撃ち落としていった。
『御見事』
『ひゅー! 百発百中じゃないっスか!』
「ある程度の距離なら自動追尾機能があるんですよ。それに──」
そう言いながら久遠が再び弦を引き絞り、お返しとばかりに空中にいるゴルドめがけて一本の光の矢を放った。
ゴルドが右手を変形させた剣でその矢を弾こうとした瞬間、矢が不規則に横に曲がり、回り込んでゴルドの側頭部を見事に撃ち抜いた。
『ガッ……!?』
「こんな芸当もできるんですよ」
バランスを崩し、落下するゴルド。そのまま木の根の地面に落ちるかと思ったが、寸前で停止し、再び浮かび上がった。
「頭のQクリスタルを砕けばいけると思ったんですけど、そう簡単にはいきませんでしたか。威力が弱かったかな?」
『当たりはしやしたが、光の矢が吸収されたように見えましたね。殴ったぐらいの衝撃は与えたんでしょうが』
ゴルドが赤い目を久遠へと向ける。そこに怒りの感情が見えた気がしたのは、久遠だけではなく、琥珀もその気配を感じ、警戒体勢を取る。
と、足下に妙な感触を感じた琥珀がちらりとそちらに視線を向けると、そこには人間の着る衣服と、アクセサリー、そして二つの仮面が落ちているのを発見した。
『これは……』
「その服と仮面は邪神の使徒の……」
琥珀の視線を追った久遠にはその落ちているものに見覚えがあった。
一つは『方舟』へと乗り込んだ時に、久遠が相手をした戦輪の邪神器を持つ邪神の使徒のものだ。
もう一つの鉄仮面も見覚えがある。姉であるフレイが戦った戦棍の邪神器を持つ女性が身につけていた鉄仮面である。それがここに打ち捨てられているということは……。
「もしかして邪神の使徒を『喰った』んですか……?」
『……使えぬ駒を贄としたマデ。非効率な存在は計画を狂わス。抱えるだけ時間の無駄ダ』
『けっ、そういう利己的な効率主義は変わんねぇスね……。吐き気がすらあ』
自分の作品であるシルヴァーから辛辣な言葉を吐かれてもゴルド──クロム・ランシェスは無反応だった。
久遠の方はといえば、ゴレムでも吐き気とかあるんですかね? と、どうでもいいことを考えていたが。
とはいえ、仮にも仲間であった者を道具として扱うその考えには、いささか憤慨する気持ちもある。それが自分たちが滅するはずであった邪神の使徒であってもだ。
『お前たちも我が贄となル。【変化・突槍】』
ゴルドが右腕をグニャリと変形させ、アイスピックのような槍の形へと変形させる。
突撃してくるか、と久遠がハープボウを再び盾に作り変え、正面へと向けた。
『【空間歪曲】』
ゴルドが横に翳した左手の先に、歪んだ空間が生まれる。
そのわずか三十センチもない歪んだ穴にゴルドが右手の槍を突き出した。
『っ!? 琥珀の旦那! 前に飛べ!』
『ぬっ!?』
シルヴァーの叫びに、反射的に琥珀は前へと跳ぶ。
すると琥珀たちが今までいた空間に、距離を飛び越えた黄金の槍の穂先が突き出されてきた。
あのまま琥珀が留まっていたら、間違いなく久遠を貫いていただろう。
目が見えず、周囲をセンサーによって把握するシルヴァーだからこそ、いち早く気付くことができたのだ。
『でかしたぞ、銀剣。旦那呼びは腹が立つが、特別に許してやる』
『へ? どういう……』
「琥珀は女性ですよ? 旦那呼びは失礼です」
『嘘ぉ!?』
琥珀の性別を知らなかったシルヴァーが驚くなか、久遠は今の攻撃が、【空間歪曲】を使った転移攻撃であることを理解していた。
自分の姉である八雲もこの戦法をよく使う。距離を無視して飛んでくるあの攻撃は【先見】の魔眼でも躱しにくい。
【先見】の魔眼は、あくまでもどこから攻撃が来るか、先にわかるからこそ避けられるのだ。
たとえば正面から殴られたとしても、『左フックがくる』とわかっていれば、避けるなり受け止めるなりできる。
だが、突然近距離でボディブローを放たれたら、『ボディブローがくる』とわかっていても、避けるのも防御するのも難しい。
『躱したカ。ならばコレはどうだ?』
「!?」
久遠の周りを取り囲むようにいくつもの空間の歪みが現れる。
次の瞬間、そのうちの一つから槍を構えたゴルドが飛び出してきた。
「くっ!」
久遠は神器の盾を構え、突き出してきたゴルドの槍を受け流す。
受け流されたゴルドは再び反対側の空間の歪みの中へと入り、今度は別の歪みから再び槍を構えて突撃してきた。
今度は琥珀が横へ跳び、その攻撃を躱すが、またもゴルドは歪みに入り、別の歪みから飛び出してくる。
『こいつ……! 延々と転移しながら攻撃して来る気っスよ!』
「歪みは見えるので、先ほどのように死角から来るよりはマシかもしれませんが……」
『こうも多いとどこから来るかわからぬ……!』
久遠は襲い来るゴルドの槍を盾で受け流しながら、まるで父である冬夜が作った『モグラ叩き』ゲームのようだと思った。
いち早くどこから来るか見極め、その攻撃を防がなければならない。
しかしこれは相手の動きの後に合わせる、いわば守り一辺倒の戦い方だ。
向こうに主導権がある以上、ジリ貧になり、やがて守りを打ち砕かれてしまうだろう。
『一か八かいくつかに狙いを決めて、カウンターを狙うしかないんじゃ……! あっしならおおよその方向くらいは……!』
そうシルヴァーが提案したその時、複数の歪みから黄金の羽根が飛び出してきた。
久遠の持つ神器により【神気無効化】が発動している以上、堕神の力による【侵蝕】をされることはない。だが、グラトニースライムの吸収能力は別だ。
ここでまた神器から神気を吸収されてしまうと、ゴルドがさらにパワーアップしてしまう。
故にこの羽根手裏剣を神器の盾で受けるわけにはいかない。
久遠は左手に持ったシルヴァーで羽根を打ち落としていく。【先見】の魔眼を使えばそれくらいはなんてことはないが、その隙を縫ってゴルドの槍が放たれた。
「っく……!」
久遠は大きく後ろにのけ反るようにして、その槍を躱し、目の前を飛んでいくゴルドへ向けてシルヴァーを一閃させた。
が、その切っ先はわずかに届かず、再び歪みの中へとゴルドは消えてしまった。
『くそっ、羽根まで同時に出されたんじゃ、飛び出して来るのが本体かどうかまで見分けがつかねえ……!』
ほとんど同時に出て来るので、シルヴァーのセンサーでもどれが本体なのかわからない。完全に出現してからでは反応が遅れる。
琥珀がその場から離れようと駆け出すが、歪みは久遠たちを起点として開かれているらしく、周囲の歪みもそのままついてきた。
『ならば……!』
琥珀がゴルドが飛び出してきた瞬間に上へと大きく跳躍する。羽根とゴルドの攻撃を躱しつつ、飛び込む歪みを自分たちごと上へと連れて行き、連続攻撃を止めようとしたのだ。
「【空間歪曲】」
しかしゴルドは慌てることなく左手を前に翳し、空間の歪みを生み出してその中へと飛び込む。
『しまっ……!』
空中に跳んでいるこの状態では避けようがないことを琥珀は悟る。せめて久遠だけは守ろうと、琥珀はあえてその槍を自分が受けるつもりでその身を捻らせた。
「【眼鏡最高】」
『ぬ!?』
ゴルドの黄金の槍が琥珀の脇腹を貫かんと迫り来る。が、次の瞬間、まるで時が止まったかのようにゴルドの動きがピタリと止まった。
『ガ……!?』
「なるほど。確かに強化されるようですね」
突然動けなくなったゴルドの目が、琥珀の上から飛び上がり、自分へ向けて神器の剣を振りかぶる久遠の姿をとらえる。
重い一撃が背にある追加装備、ケルビムに振り下ろされ、ゴルドは真っ逆さまに根の地面に叩き落とされた。
『ガッ、グ……!? なに、ガ……!?』
落とされ地面に這いつくばるゴルドの目の前に、スタッと久遠が降り立つ。
その片目は【固定】の魔眼が放つイエローゴールドに輝き、そしてその目の前には楕円形の眼鏡がかけられていた。
『坊っちゃん、その眼鏡は……?』
「眼鏡の神様から貰った秘密兵器ですよ」
『め、眼鏡の神様?』
久遠がかけている眼鏡は、先日城へとやって来た、眼鏡神・グラシィに貰ったものである。
王妃たちだけではなく、子供たちにも眼鏡神はそれぞれ個別に眼鏡をプレゼントしていた。それには子供のうちから眼鏡に慣れ親しみ、眼鏡好きにしてしまおうという眼鏡神のセコい狙いがあったのだが、まあ、それは今どうでもよろしい。
で、久遠がもらったのがこの【魔眼強化】の眼鏡である。
その名の通り、魔眼の能力を強化する付与がされたこの眼鏡は、魔素が少ないこの領域でも通常と同じように発動できる優れものであった。
ではなぜすぐに使わなかったかというと、この眼鏡、いくつかの制限があり、そのうちの一つが、普通に魔眼を使うより疲れること。そして発動に合言葉が必要なことであった。
「合言葉を決めるとき、なんでもいいですよ、って言ったら【眼鏡最高】にされてしまったんですよ……」
『ああ、そりゃ……使いづらいっスね……』
しかも使用者のテンションが高ければ高いほど効果も高いという、わけのわからない仕様だ。ホントかウソかわからないが、ボソリとつぶやくより、気持ちを込めて叫んだほうが効果があるという。
『眼鏡最高ォォッ!』とテンション高く叫ぶのは、正直言って眼鏡好きでもなんでもない少年にはとても恥ずかしい。親に心配される。
故にスマホの【ストレージ】に永遠に封印するつもりであったのだが、なにがいつ役に立つかわからないものだ。
【固定】の魔眼の効果が切れる。
動けるようになったゴルドが弾けるように後方へ跳び、久遠と距離を取った。
『魔眼の力か……? いったい何をシタ?』
「さて、ね。手の内を明かす馬鹿はいませんよ」
そう言いながら、久遠はゴルドを観察する。
先ほど久遠の与えた一撃により、わずかにボディがへこんだ追加装備が、元通りに戻っていない。
砕けた右腕は再生したのに、だ。つまり『紫』の再生能力はケルビムにまで及んではいないということ。
「狙うならそこですね」
『まずは余計なものから剥がしやしょうか』
すでに久遠たちの周囲に展開していた歪みは消えている。再び【空間歪曲】をしようとゴルドが左手を翳し、空間に歪みが生まれる。
「【眼鏡最高】」
しかし久遠がその言葉を口にすると、その歪みがまるで煙のように霧散し、通常の空間に戻ってしまった。
『……っ!?』
「ふむ、【霧消】の魔眼も強化されている、と。わずかでも魔素があれば『王冠能力』が使えるようですが、それさえも打ち消せるとは思いませんでした」
『いっタイ、なにガ……!?』
目を見開き、驚いたような仕草を見せるゴルド。『王冠』は他のゴレムに比べて表情が豊かだが、鉄仮面(実際にそうなのだが)のようなゴルドでも、感情の吐露があるのだな、と久遠は思った。
『ひゅーっ、セリフはダセェが、効果抜群じゃねぇっスか! 【眼鏡最高】ォ!』
「……僕をからかってるんだとしたら、君も眼鏡を溶接して眼鏡剣にしてあげますから覚悟しておくんですね」
『アッ、スミマセン……。チョーシこきました……』
黒い笑顔の久遠にハイテンションだったシルヴァーがピタリと黙る。眼鏡の奥の目が笑っていない。この目の時の久遠には逆らってはいけない。シルヴァーは今までの付き合いでそれを実感していた。
久遠の方はといえば、次に眼鏡神に会うことがあったら、絶対に合言葉を変えてもらおうと心に決めた。
『クッ!』
ゴルドが槍を構え、空中を飛んで突っ込んでくる。この距離ならば【先見】の魔眼で突撃してくるコースがわかる。
久遠は軽く横に跳びながらゴルドの攻撃を躱し、すれ違うその背に狙いを定めた。
「【眼鏡最高】」
『オラァァ! 『第一封印解除』ぉ!』
久遠の目がレッドゴールドの輝きを放つ。その視線の先、ゴルドの背にある追加装備・ケルビムに、眼鏡で強化された【圧壊】の魔眼の力が加わった。
さらにそこへ付与の効果を数倍にするシルヴァーの能力を乗せた白刃が一閃。
ゴガァッ! と、派手な音を立ててケルビムは砕け散り、ゴルドは前方へと吹っ飛ばされた。
飛行装置を失った黄金のゴレムが根の地面をゴロゴロと転がる。砕かれたケルビムの羽根が辺りにキラキラと無惨に散らばった。
『馬鹿ナ……! ケルビムを砕くナド……!』
『坊っちゃん、ぶっ飛ばした翼の様子が変ですぜ……。こいつぁ……』
シルヴァーの言う通り、砕かれたケルビムのいくつかのパーツが形を失い、どんどんとゲル状のなにかに変わっていく。
黄金の輝きは失せ、赤茶けたスライムへと変化していくのがわかる。
「察するにアレが本体ですかね?」
『趣味悪ィ』
ケルビムはグラトニースライムとオリハルコンスライムをベースに作り上げた金属で構成された、魔道具であり、ゴレムでもある。
その本体を形作る核ともいうべき部分が破壊され、スライムたちはその形を留めておけなくなったのだ。
散らばった羽根の一枚一枚もスライムとなって小さく蠢いていたが、その動きはやがて緩慢になり、次第にその体からわずかに煙を上げて、まるで溶けるように消滅していった。
『消えちまいやしたけど……』
「たぶんスライムとしての核がないから生きていけないんじゃないですかね……。あちらさんからすれば、自我なんて無い方がいいわけですし」
そう言いながら久遠はまだ倒れているゴルドに目を向ける。
スライムの性質だけを利用し、統制して操るなら、その自我は必要ない。そもそもがすでに死んでいるようなものなのだ。ゴルドの手を離れ、元の状態に戻ったということなのだろう。
見るとケルビム本体もスライム化を始めている。あれも放っておけば消滅するはずだ。
「これで『王冠能力』はもう使えないはず……」
『……もう少しダ……モウ少しデ繋がルのダ……! 邪魔はさセヌ……! 【時間反転】!』
久遠の予想とは裏腹に、ゴルドが『王冠能力』を発動させる。ケルビムはあくまで追加補助の機体。本体の損傷を考えなければ、実はゴルドだけでも『王冠能力』を使える。
久遠が慌てて【霧消】の魔眼を放つがもう遅い。少しでも発動すれば、【時間反転】は自動的に指定した時間まで物体を戻す。
ゴールドは『金』の王冠には『王冠能力』がない、と言っていたが、確かに『金』の王冠自体の能力はない。しかし『金』は『銀』を除く、全ての王冠の『王冠能力』を内包している。
もちろんそれは多大なる代償を契約者だけではなく、『金』の王冠本体にも負担させるという諸刃の剣だ。
そのため、『金』の王冠にはリミッターが取り付けてあり、通常は使用することはできない。
解除できるのは製作者であり、『ハイマスター』であるクロム・ランシェスのみだ。クロムの記憶を持つゴルドは当然このリミッターを外している。
【時間反転】を使ったゴルドのボディは、パーツのいくつかがすでに崩壊を始めていた。代わりに溶けかけたアイスのように、スライムに戻りつつあったケルビムが元の形を取り戻していく。
ある程度の形を取り戻したケルビムがふわりと浮いて飛んでいき、ゴルドの背に再びドッキングする。
しかしその姿は、翼の羽根もほとんどなく、ところどころのパーツが崩壊して満身創痍といった様子だった。
『どうやら消えちまった羽根までは戻らないようでやんスね』
「それができたら永遠に能力使い放題ですからね。さすがに無理なんでしょう」
ゴルドもケルビムもボロボロと言った状態ではあるが、その目にはまだ闘志の光が見える。ここで諦める気がないのは久遠にも分かった。
「……そこまでしてあなたはなにをしようというんです? やはり邪神の復活を?」
『邪神などどうデモいい……! 私は失ったモノを取り戻ス! どんな犠牲を払っテでも! 【変化】・【戦斧】!』
ゴルドの右腕が大きな戦斧の形に変化する。そのままゴルドは『黒』の王冠能力を発動させた。
『【瞬間加速】……!』
「【眼鏡最高】」
瞬間移動したかのような速さでゴルドが久遠に斬りかかった。
が、まるでそれを予想していたかのように、オレンジゴールドの目をした久遠が振り下ろされた戦斧をギリギリで横にズレて躱す。
そしてそのまま斧を振り下ろしたゴルドの側頭部に、いつの間にか変化させていた神器の銃口をピタリと当てる。
「どんな理由があれ、他人を犠牲にしてもいいということにはなりませんよ」
久遠が引き金を引く。【圧壊】の魔眼の力を集中した側頭部に、神器の弾丸が炸裂する。
矢の時とは違い、撃ち出された弾丸は、ゴルドの頭部にあるQクリスタルを貫いて反対側から飛び出し、根の地面へと突き刺さった。
『ガ……ッ、グ……!?』
ゴレムの頭脳ともいうべきQクリスタルを撃ち抜かれては、『紫』の超再生も『黒』の時間操作も意味をなさない。彼はその瞬間、自分の野望が潰えたことを知った。
薄れゆく思考の中で、ゴルドは視界の端に映ったもう一人の自分に希望を託す。
願わくば、もう一度……。
『エッ……ダ……リュー……リ……』
倒れたゴルドがなにかに向けて手を伸ばす。やがてそれが力を失ってパタリと落ちると同時に、黄金のボディがまるでチリのように消滅してしまった。
『消えちまった……』
「どうやらこちらが『黒』の能力で呼び出された分体だったようですね。であれば父上の方に加勢を……」
振り向いた久遠が突然ふらついてその場に膝をつく。
『坊っちゃん!?』
『久遠様!?』
琥珀が駆け寄り、倒れそうになる久遠を支える。蹲った琥珀にうつ伏せに寄りかかるようにして、久遠が苦しそうな息を吐いた。
「さすがに……強化された魔眼を連発で使うと、疲労がとんでもないです、ね……」
『少しお休み下さい。あとは主がなんとかしてくれます』
「ですね……」
琥珀の言葉に安心したかのように久遠が意識を手放す。
手にしていた神器の銃が地面に落ち、その形が球体に戻ると、倒れた久遠を守るかのようにその周りを衛星のごとく周回し始めた。
琥珀が久遠を器用に背に乗せて、ゆっくりとその場から離れる。向こうで戦う己が主の邪魔にならぬように。
彼の手から離れたシルヴァーも、宙を浮いて琥珀についてきた。
『主……。あとは頼みましたぞ……』
巨人のような腕をしたもう一人のゴルドと戦う冬夜を振り返りつつ、琥珀はその場からゆっくりと離れていった。




