#597 魂を売った男、そして神器と邪神器。
■剣銃は造語です。銃剣と区別するために使ってます。
『キュクロプスからは製作者のこだわりといったものが感じられない。ただ単に大きなゴレムを作りました、としか思えないんだよ。君、あのサイズにした理由はあるのかい? 自重とのバランスは? 機体にかかる負荷の割り出しはちゃんとしてる? 従来のものに自分の技術を足せばそれだけで良くなるとでも思ってるのかい? だとしたらとんだ思い上がりだ』
空中に映し出された博士の映像からペストマスクの男……かつて『指揮者』と呼ばれたゴレム技師へ厳しい言葉の雨が降り注ぐ。
指揮者はしばし唖然としていたようだが、やがてその仮面の奥から掠れるような声を絞り出した。
「まさか……! お前のような子供があの機体を作り出したというのか……!?」
『そうだよ。初めまして、仮面のゴレム技師。ボクの名はレジーナ・バビロン。フレームギアの生みの親にして、ブリュンヒルド公王陛下の愛人だ』
「嘘だからな。単なる雇い主だ!」
レギンレイヴの中からバビロン博士の言葉を全力で否定する僕。どさくさに紛れてなに言いやがる! まあ、単なる雇い主とも違うんだが、説明が面倒くさい。
幸い指揮者とやらはそこには興味はないようで、こっちには反応しなかった。
『ボクのフレームギアに負けたという事実に納得ができないようだけど……君が戦った竜騎士は改良してはいるが、どちらかというと旧型機の部類に入るものでね。あまり自慢できるもんじゃないんだよ』
「なん、だと……? 旧型機……!?」
指揮者が愕然としたように立ちすくむ。
確かに竜騎士は旧型機だな。もともと重騎士や黒騎士と一緒にバビロンの格納庫にあったものだし。
その後いろいろと改良されてはいるけど、大きな変化はなかったはずだ。
「馬鹿な……! あれが旧型機だというのか! 他の機体と比べても間違いなく上位の性能のはずだ!」
『基本的にフレームギアは乗り手の技術に左右される。戦いの素人なら素人の動きに、達人なら達人の動きに。その者の持つポテンシャルを全て引き出せるように作ってある。強いと感じたのならそれは乗り手の力だよ』
「おっ、珍しい。エンデが褒められてる……」
『珍しいってなにさ!』
おっと、しまった。エンデとの通信も繋がったままだった。
「いや、いっつも武流叔父にダメ出しばっかされているのがデフォルトだったからさ」
『師匠に褒められることだってあるよ! たまにだけど……』
見たことないな。まあ、それなりにあるんだろうけど。なんだかんだで武流叔父は飴と鞭を使い分けるのが上手いからな。武神の名は伊達じゃない。
「乗り手だと!? そのような不安定な要素を考える余地がどこにある!?」
『ほら、そこだ。君はそこで考えることをやめている。人の持つ可能性というものを切り捨てている。それは自分自身の可能性も否定していると気がついているかい? それを考えない君にその先はない』
完全に否定された指揮者を置き去りにして、博士の舌鋒はさらに鋭さを増していく。
『君は少しでも魔法を習ったかい? 「方舟」があったんだ、東方大陸に来ることは難しくはなかったよね? それとも自分の専門分野ではない技術に関心を持てなかったかな? ボクはこの二人からゴレムについていろいろと一から教わったよ? 二人も魔工学を熱心に学んでくれた。はっきり言おう。君は視野が狭い。人の真似をして小手先は器用になっても、頭が固定観念に凝り固まっているから、その先が見えないんだよ』
うわぁ……。なにもそこまで言わんでも……とちょっと相手に同情しそうになる。ほらー、ブルブル震えているじゃん……。
「貴様のような子供になにがわかる! 古代機体の技術を学べば学ぶほど、私は失われた技術に絶望するしかなかったのだぞ! 何度自分が遥か過去に生まれていたらと願ったかわからぬ! そんな私の前にゴルドが現れた時、これは天命だと感じた! 過去のゴレム技術の全てを知る、クロム・ランシェスが私の元へ現れたのだ! 私はクロム・ランシェスの後継者として選ばれたのだと! そのために私は全てを捨てた!」
『そんな理由で邪神の使徒に……』
『馬鹿なことを……』
独白する指揮者に、かつて同じ五大マイスターと呼ばれた二人がやるせない表情を向ける。
未知の技術のため己が身と魂を売る、か。技術者じゃない僕にはわからない感覚だ。
求めていた物を目の前にぶら下げられて、パクッといっちゃったってことかね……。確かに博士の言う通り、視野が狭いな。
『まあ、君の人生だ。悪魔に魂を売るのも勝手さ。だけど、他の人たちの魂まで道連れってのはいただけない。なあ、そうは思わないかい、久遠君?』
「同感ですね」
「ッ!?」
背後から斬り下された久遠の斬撃を、指揮者が転がるようにして避ける。
久遠のやつ、いつの間に来てたんだ?
後方にステフとアリスを乗せた琥珀の姿も見える。ゴールドもいるな。どうやら町中からここまで走ってきたらしい。
「貴様……!? グラファイトを倒した小僧か!」
「グラファイト……? 知りませんね」
『たぶんあの黒いジジイですよ、坊っちゃん』
小首を傾げた久遠に、手にしていた『銀』の王冠、シルヴァーからそんな声がかけられる。
あの戦いを監視していた鳥ゴレムから久遠の情報は漏れているんじゃないかと思ってはいたが、やっぱりか。
指揮者が警戒心を露わにして、メタリックレッドの細剣を構える。
ボッ! っと細剣から炎が巻き起こり、その炎が斬撃となって久遠を襲う。
しかし久遠はそれを読んでいたかのように軽々と走って避けた。
いや、実際に読んでいたんだろう。久遠の右目がオレンジゴールドに変化している。『先見』の魔眼を使ったな?
ヒュンヒュンと振るわれる細剣から炎の斬撃が次々と放たれていく。久遠はそれを全て見切り、右へ左へと軽いステップで躱していった。
「ちょこまかと……!」
指揮者が手にしていた細剣が一瞬ブレたかと思うと、その下に二本目の細剣が現れた。
現れた細剣を左手で掴み、二刀流となった指揮者が、さっきの二倍の斬撃を久遠に向けて放つ。
「……さすがにこれは避けられませんね。【スリップ】」
え!?
久遠が横っ飛びに地面に飛んだかと思うと、まるでサッカーのスライディングタックルのような姿勢で、地面を滑るように移動していった。
いや、正確にはくるくる回っていたけど! 飛んだ後に【スリップ】で地面の摩擦を消して、その勢いで滑っていったのか!? 摩擦が無くなっているから擦り傷とかはつかないと思うけど、【スリップ】にあんな使い方があったとは……!
「あまり格好良くはないからやりたくないんですよね、これ……」
確かに。完全に摩擦が消えているから立てないし、姿勢を一定に保つことができない。くるくると横や縦に振り回されながら、つぃーっと横滑りしていく姿はなんとも間抜……シュールだ。正直に言うと、できればあの移動方法は僕も使いたくはない。
『魔法を消しちまう魔眼でどうにかならなかったんスか?』
「熱までは消えませんし、『先見』の魔眼を使い過ぎました。できるならやってます」
久遠の魔眼はどれもこれも便利な物だが、連続使用すると身体に負荷がかかる。あまりそういうギリギリの戦い方はしないでほしい……。
【スリップ】を解除して久遠が立ち上がる。いつの間にかその周囲にはプラチナ色に光る野球ボールほどの球が衛星のように浮いていた。
「【神器武装】」
プラチナの球が糸のように解け、久遠の右手の中で新たな姿を形作る。
僕のブリュンヒルドに似たショートソードほどの片刃の剣にリボルバーと引き金、銃口がついた剣銃神器だ。
剣の切っ先を指揮者に向けて引き金を引く久遠。
峰にある銃口から圧縮された神気の弾丸が発射される。一瞬、邪神器の細剣を構えた指揮者だったが、思い直したように飛んできた銃弾を紙一重で避ける。
「思い出したぞ。その武器はグラファイトの再生も許さず、邪神器である奴の王笏をも打ち砕いた武器だな?」
『ありゃ。ネタバレしているようでやんスね』
「まあ、それならそれでやりようはあります」
おそらく以前確保した監視用の鳥ゴレムで、久遠と王笏を持った邪神の使徒との戦いを見たのだろう。指揮者の久遠への警戒心が跳ね上がったようだ。まあ、完全に天敵だからな……。
久遠が続けて引き金を引くが、それを予測して指揮者が素早く銃弾を避ける。
技術者のくせによく避けられるな……。邪神の使徒となり、身体能力も跳ね上がっているんだろうが……。
「その程度の銃弾であれば避けるのは難しくはない! 当たらなければどうということも……!」
「まあ、当たらないのをわかっていて死角に誘導しましたから」
「死角……?」
指揮者が、ふと自分の周囲を確認する。
右手に壊れたアラクネゴレムの脚が地面に突き刺さっており、指揮者の視界を塞いでいた。
たぶん指揮者の視界には突き刺さるアラクネゴレムの脚の背後に商業都市・ミオパレードが見えることだろう。
しかし僕の角度から見える、その先にいるものを見つけて、久遠がなにを狙っていたかがわかった。わかってしまった。
遠くからドン……! という音がしたかと思うと、視界を塞いでいたアラクネゴレムの脚をぶち抜いて、巨大な晶弾が指揮者に飛んできた。
「ぐわらばっ!?」
不意を突かれた指揮者は、ユミナのブリュンヒルデが放った晶弾をまともに受け、錐揉みながら地面をバウンドする。
「さすが母上。狙いが正確です」
『うわぁ……。容赦ないっスね、坊っちゃんのおふくろさん……。間違いなく親子だわ……』
なんかシルヴァーが引いてるな……。ちょっと気持ちはわかるけど……。
ここに来る前に事前に打ち合わせしてきたのかね?
ブリュンヒルデの晶弾をまともに食らっても、邪神の使徒なだけあって、指揮者はまだ死んではいない。そもそも神気を使うか神器以外では完全に殺せないのだが。
ボロボロになりながらも、すでに再生が始まっている。千切れかけた手足も元通りになろうとしていたが、うちの息子さんがそれを黙って見ているわけはなかった。
神器から再び銃弾が放たれる。さすがに今度は避けることができず、指揮者はまともに千切れかけた左腕に弾丸を受けた。
神気の塊である弾丸を受けて、指揮者の左腕、前腕部から先が千切れ飛ぶ。
千切れ飛んだ左手はさらっ、と砂となって風に消えた。
「再生しない……!?」
ペストマスクの下の表情はわからないが、どうやら驚いているようだ。射程距離に入ったから久遠が【神気無効化】を発動させたんだな。
山羊骨の仮面を被った邪神の使徒と久遠との戦いを見たのならこうなるのを知っていただろうに、見るのと体験するのではやはり衝撃が違うか。
久遠が再び発砲する。【神気無効化】が発動している以上、神気の弾丸は撃てないはずなので、たぶんあれはただの魔力弾だろう。
「くっ……!」
千切れかけた足で横っ飛びにそれを躱す指揮者。先ほどまでの余裕のある躱し方ではなく、動きに必死さが感じられる。
「これまでか……!」
指揮者が腰から試験管のようなものを取り出して地面へと叩きつけると、ブワッ! と爆炎のような猛火が指揮者を中心に広がっていった。まさか自爆、か?
『自棄んなったんスかね?』
「いえ、これは……」
炎のカーテンに久遠が怯んでいると、炎の中からムカデのように何本も脚のついた台車型のゴレムに乗った指揮者が飛び出してきた。
そして驚くべき速さで久遠から遠ざかっていく。
『速っ!? あの野郎、逃げる気っスよ!』
「さすがにあの速さには僕では追いつけないですね……。ステフ、いけますか?」
「かんたーん! 【アクセル】!」
後方からロケットのようにステフが爆走してくる。久遠は剣銃状態の神器を球状に戻し、横を駆け抜けるステフに向けて投げつけた。
するりとプラチナ色の神気を放つ球は、爆走するステフの周りを衛星のように回り始める。
「じんぎぶそー!」
神器が再び糸のように解け、新たな形に変化する。ステフの神器、すなわち盾の形に。
多脚の台車ゴレムがざかざかと逃げるスピードより、【アクセル】で走るステフの方が速い。ぐんぐんと距離を縮められていく。
「【プリズン】!」
「な……!?」
「やーっ!」
【プリズン】を纏ったステフが地面を思い切り蹴り、前方へと突進する。まさにロケットと言うべき推進力で繰り出されたステフの体当たりに、指揮者が勢いよく吹っ飛ばされた。いま、ゴキッ! って音が聞こえたような……? レギンレイヴの集音マイクの故障かな?
「ごはあっ!?」
背中から追突された指揮者が地面をバウンドしながらまるで水切りの石のように飛んでいく。
多脚ゴレムは軽くなったことでさらにスピードを上げ、主を置き去りにして地平の彼方へと去っていった。
「ぐっ……! こんなところで終われるか!」
左腕を無くし、ボロボロの指揮者が邪神器の細剣を振りかぶってステフに斬りかかった。
ステフは【プリズン】があるからか、余裕たっぷりに避ける気もなく仁王立ちしている。あ、馬鹿……!
「ふふーん、そんなのきかないもん……」
ピシリと【プリズン】にヒビが入り、自信たっぷりだったステフの表情が固まる。
指揮者の二撃目で完全に【プリズン】が砕け散り、ステフは慌ててそれを回避した。
「ステフ! そいつには【プリズン】はきかないって言ったろ!? 【神気無効化】を発動させろ!」
「そーだった!」
ちゃんと説明したんだけどなあ! 聞いてなかったか、忘れたな!?
ガキン! と突かれた細剣を今度は神器の盾で受け止めつつ、今度はちゃんと【神気無効化】を発動させるステフ。
しかしステフの持つ『盾』の【神気無効化】の射程距離は短く、せいぜい二メートルほどしかない。
まあ、二メートル以内なら【プリズン】も安全ということだから、たぶん大丈夫……。
「くっ……!」
指揮者が怒涛の連続突きをかけるが、それらを全て盾で受け止めるステフ。五歳の幼女とはいえ、日常的に遊びで剣神や武神と戯れているだけあって、全ての攻撃を見切っているようだ。
まあ、ステフの構える盾は長方形の長辺を中心に少し歪ませたような形状であるため、それほど激しい動きをせずとも全ての攻撃を受けることができるのだが。
「もう少しでクロム・ランシェスの生み出した技術の全てが私のものになるのだ! それを貴様らのような子供に邪魔されてたまるか!」
「む〜! そんなのしらないもん!」
「不気味なガキどもめ……!」
指揮者が前足でステフの盾を蹴りつける。
直接的な力にステフがよろめく。五歳児の体重では打撃の威力を完全に打ち消すことはできない。
【プリズン】がダメージは防いでくれるだろうが、盾越しとはいえゲシゲシとうちの末娘に前蹴りを繰り返す指揮者に僕がキレそうになった瞬間、ステフの方がキレた。
「しつこ────い!」
「ぐきょっ!?」
蹴りがくる一瞬の隙をついて、盾の下方を両手で持ったステフが飛び上がり、まるでハエ叩きのようにそのまま指揮者の頭上に振り下ろした。
神器の盾を脳天に喰らい、ばたりと倒れるペストマスクの指揮者。その手からメタリックレッドの細剣が転がり落ちる。
「しつこいカラスはおんなのこにきらわれるんだからね!」
ぷんすかと怒った顔のステフが、手にした盾をドン! と地面に立てる。次の瞬間、バキン、と金属が折れるような音がした。
「あり?」
「なっ!?」
ステフの足下、正確には下ろした盾の下には真っ二つになったメタリックレッドの細剣が。
狙ってやった……んじゃないよな……?
指揮者の身体がサラサラと砂に変わっていく。
「そんな……!? ゴルド! まだだ! 私はまだ……!」
何かを求めるように手を伸ばす指揮者。しかしその手も指先からサラサラと砂に変わっていく。
レギンレイヴのモニターからはその先にゴールドの姿が見える。邪神の使徒である指揮者にはその姿が見えたのだろうか……。
指先から砂となった邪神の使徒は、服と装備。そしてペストマスクを残して風にさらわれていった。
『惜しいのう……。バビロンの嬢ちゃんはああ言ったが、新しい物を生み出すのは苦手でも、改良するという点では天才的な男じゃった。言い換えれば、作り出した本人よりも良い物を作り出せる力があったということじゃ。誰かの助手……いや、パートナーとしてならさらに上に行けたかもしれん』
『どうせあのプライドがそれを許さなかったわよ。そういうところも含めて私はやっぱり嫌いだわ』
レギンレイヴのコックピットに教授とエルカ技師の声が届く。
モニターの中では教授は残念そうに、エルカ技師はやるせない怒りの気持ちを滲ませていた。
バビロン博士はただアロマパイプを燻らせている。
『すべからく優れた技術者というものは飽くなき探究心を持っている。自分の信念を曲げず、目的へ向けてただ愚直に突き進む力をね。ボクらだって、一歩間違えれば彼と同じことをしたかもしれない』
人型巨大ロボットを作ったり、人造人間を作ったりしてしまった博士が言うと真実味があるが、その一歩間違えた未来はとんでもない世界になってしまったのではなかろうか。僕の中ではこの世界の魔工学者とかゴレム技師とかはすべてどこかおかしいのだが。
『ま、あとは残ったキュクロプスたちを掃討するだけだね。ダウバーンは片付いたし、あとはガルディオ帝国と魔王国ゼノアスにレグルス帝国だが……お?』
『冬夜様、レグルスを襲ったキュクロプスは掃討しましたわ』
『ゼノアスももうだいじょぶ』
博士の言葉に続いてルーと桜から報告が届いた。レグルスとゼノアスも鎮圧したみたいだな。
あとは一番融機兵とキュクロプスが多かったガルディオ帝国だが……。
そちらへ向かったエルゼ、リンゼ、リーンの方は、まだ戦いが続いているようだ。
他の戦場から掃討戦に必要な数のフレームギアを残して、援軍に向かった方がいいな。
僕はどれだけの数を移動させればいいか、バビロンにいるシェスカに計算を頼もうと、通信パネルに指を伸ばした。




