#596 復活のレギンレイヴ、そして技術者たち。
あのメタリックレッドの細剣には見覚えがある。先のラーゼ武王国での戦いにも現れた邪神の使徒、指揮者が持つ邪神器だ。
『また派手なヤツが出てきたね』
「エンデ、気をつけろ。そいつは邪神の使徒だ」
相変わらず軽い口調のエンデを嗜めるように忠告を入れる。
『邪神の使徒か。なら遠慮は無用かな』
エンデの竜騎士の踵にある車輪が下がり、高速移動を始める。
アラクネのような機体がそれに反応し、手に持つ細剣を竜騎士目掛けて突き刺してきた。
それを手にした小太刀で払い除ける竜騎士。しかし細剣の突きは次から次へと連続で放たれてくる。
繰り出される連続攻撃を凌いていた竜騎士の肩に、細剣が掠る。
『な……!?』
エンデがその攻撃に驚き、後方へスライドするように動いて距離を取った。
アラクネゴレムを見ると、その四つの腕のうち、二つにメタリックレッドの細剣が握られている。
『おいおい……さっきまでは一つだったぞ?』
エンデが自嘲しながら目の前のアラクネゴレムを見ると、右腕上と左腕上のメタリックレッドの細剣がブレて、二つになり、下の両手がそれらをキャッチ、四つの腕全てに細剣が握られた。
『くっ、それはちょっと卑怯なんじゃないかな!?』
ざかざかざか! と、八つの脚を動かしてアラクネゴレムが竜騎士へと迫る。
シュシュシュシュッ! と四つの腕それぞれから鋭い突きが放たれる。さすがのエンデも躱すのが精一杯で、反撃に移ることができないでいた。
『なかなか素早いが、これはどうだ?』
アラクネゴレムから低い男の声がしたかと思うと、四つの手に握られたメタリックレッドの細剣に炎が宿った。
ヒュヒュヒュヒュッ! とアラクネゴレムがそれを振り回すと、炎の斬撃がエンデ目掛けて飛んで来る。
『くっ……!』
腰部と脚部の前面バーニアを噴射して、竜騎士が全力で後退する。
ギリギリで炎を避けることができたが、あのような遠距離攻撃を見せられては、迂闊に攻め込めなくなってしまった。
逆にアラクネゴレムの方は四本の腕を駆使し、エンデの竜騎士を仕留めんと迫り来る。
『そらそらそらそら』
『この……! 調子に乗るなよ!』
連撃の波に押されていたエンデの竜騎士が、ギュンッと急スピードでアラクネゴレムの真横へと回り、小太刀をその脚へと向ける。
断ち斬れるかと思った細い脚は、意外にもガキン! と鈍い音を立てて竜騎士の小太刀に耐え切った。
驚くエンデのその隙を突いて、アラクネゴレムは傷付いた脚を退くように後退しながら四つの腕から炎の斬撃を飛ばした。
先ほどのユミナの銃撃でもだが、敵ゴレムのボディの強度が確実に上がっている。
エンデの竜騎士が持つ小太刀も晶材製で、かなりの魔力を注いで強化している。
それを使ってもあれしか削れないとは……。フレイズなんかと違って再生しないだけマシなんだろうけど。
スゥのオルトリンデ・オーバーロードの破壊力なら砕けるかもしれないが……。
僕は後方に立ち、城壁の前で今も【星屑の盾】を展開している、オルトリンデを見遣る。
「向こうは守るだけで精一杯だな……」
その合間を縫ってユミナのブリュンヒルデがキュクロプスを狙撃している。エンデは孤立無縁状態だ。
「僕が行くしかないか」
『おっと冬夜君、ちょっとだけ待ってくれないか?』
僕が【フライ】で飛び立とうとした時、繋げっぱなしにしておいたスマホから博士の声が聞こえてきた。
「待つ? いったいなにを……」
『博士ー! 最終チェックが終わったでありまスよー!』
『準備万端、いつでも出せるゼ!』
不意に博士の通信からロゼッタとモニカの声が聞こえてきた。なんだ?
『ずいぶんと待たせたが、オーバーホール完了だよ。四番格納庫だ。【ゲート】を開きたまえ』
オーバーホール? 四番格納庫……? あ!
博士の言葉に思い当たった僕はすぐさま空中に【ゲート】を展開。
重力制御された機体が足からゆっくりとレファン王国の地に降り立っていく。
水晶の装甲に走る金色のライン。同じように折り畳まれた水晶の翼が太陽の光を浴びてキラキラとした輝きを放っている。
僕専用の多様戦万能型フレームギア、『レギンレイヴ』。
やっと調整が終わったのか!
「あれ? よく見るとところどころデザインとかパーツとか変わっているな……?」
『その通りデありまス! 今までのフレームギアの戦闘データを参考に改良を重ね、新装備を追加、基本スペックも大幅に上昇シテるでありまスよ!』
「へー……って、おい。改造までは知ってたが、新装備は聞いてないぞ? そんなもん作ってたから調整が遅くなったんじゃないのか……?」
『おっとぉ……しまったデありまス……』
ドヤ顔(ドヤ声?)で割り込んできたロゼッタに僕が疑問をぶつけると『やべ』とばかりにロゼッタが黙り込んだ。
このやろ……! 戦況より自分の開発欲を優先したな……!
「頑張ったロゼッタにはご褒美に『蔵』のパルシェをアシスタントにつけてやるよ。嬉しいだろ?」
『みぎゃ────っ!? やめるでありまスよ! あんなドジっ子アシスタントに手伝われたら、開発が頓挫するでありまス!』
ロゼッタからの悲鳴が僕のスマホに届く。まあ、本当に手伝わせる気はないが。被害がデカすぎるからな……。
おっと、そんな考えはあとあと。エンデに加勢しなくては。
僕は【フライ】でレギンレイヴのコックピットに乗り込み、操縦席のコンソールにスマホをセットする。
低い起動音とともに、コックピット内が計器類の光で満たされていく。周囲の広範囲モニターが外の様子を映し出した。
操縦桿を握って魔力を流すと、レギンレイヴが完全に起動する。少し腕を動かし、手を握ったり広げたりして動きに問題がないことを確認した。
「よし。じゃあ行くか、レギンレイヴ! 飛操剣起動!」
『飛操剣、起動しまス』
レギンレイヴの背中にある水晶翼が広がり、並んだ十二枚の晶材の板が切り離され、機体の周りに浮かぶ。
「形状変化・晶剣」
『飛操剣、晶剣モードに移行しまス』
水晶板が瞬く間に剣の形に変化する。水晶の剣がレギンレイヴの前に円を描いて並び、全ての切っ先がアラクネゴレムへと向いた。
「いけっ!」
太陽の光に煌めく水晶の剣が、メタリックレッドのアラクネゴレムへ向けて、ミサイルのように飛んでいく。
『むっ!?』
飛来する水晶剣を察知し、手にした四つの細剣で弾いていくアラクネゴレム。
いくつかは防がれたが、そのうちの一本が蜘蛛でいうところの腹部に突き刺さった。
『くっ!』
上半身をぐるりと一八〇度回転させ、突き刺さった剣のガード部分に引っ掛けるようにして、細剣で抜き飛ばすアラクネゴレム。
それを含め、飛んで行った飛操剣を呼び戻し、レギンレイヴの背中へと再び帰還させる。
飛操剣は全ての剣を自分自身で操るため、長時間の使用は操縦者にかなりの負担を強いる。
一本一本を独立させて動かすわけだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。
『おいおい、冬夜。こいつは僕の獲物なんだから、横取りするのはやめてくれよ』
「いや、そんなこと言ってる場合か?」
エンデから批判の通信が入って、ちょっと呆れる。ピンチだったくせになにを……。
『ピンチなんかじゃないね! ちょっと手こずっていただけだい!』
それをピンチと言うんだろーが。まあ、助けに来るなというなら任せるけど。竜騎士にも緊急転送装置はあるし、エンデがやられたとしても僕が倒すし。
「ま、それなら好きにすればいいさ。お前になにかあってもメルとアリスは僕に任せろ」
『縁起でもないこと言わないでくれるかな!? メルは未亡人にしないし、アリスもまだ嫁には出さないからね!』
「わかったわかった。じゃあせめてこれを使え」
僕は背中の水晶板を二つ取り外し、簡単なガントレットの形に変形させて竜騎士へと飛ばす。うん、ガントレットというよりかは球体に握る取っ手をつけたような簡易的なやつだ。一応トゲもつけとこ。
【プログラム】してある形状なら『形状変化』で一瞬にして変形できるけど、時間がないのでこんなので精一杯である。
だけど小太刀よりは硬いし、剣がボディを貫けたので、あれなら砕けると思う。
エンデの竜騎士が小太刀を手放し簡易ガントレットを両手に着けて、ガンガンと打ち鳴らす。その仕草、エルゼと被ってるから仲良しそうでなんかムカつくな……。
『よっし、じゃあ仕切り直しといこうか!』
『舐めるな!』
アラクネゴレムの四本の腕から連続の突きが繰り出される。
それを手にしたガントレットで巧みに捌いていく竜騎士。さっきより速いな。
考えてみれば当たり前か。たとえば相手が正面から剣を斬り下ろして来るとき、こちらも剣を持っていたなら、こう、横にして受け止めるのが一般的だ。当然ながら縦にして受け止める奴はいない。
この『剣を横にする』という動作が僅かな遅れとなるのだろう。ガントレットならばそのまま腕を出せばいい。それで防げる。
突きの場合、小太刀だと横から当てて逸らさせるしか防ぎようがなかった。ガントレットでもそれは同じだが、剣の向きを変えないぶん、切り返しが速い。
その速さはエンデにわずかな余裕を生む。そのわずかな余裕があれば、エンデの方からの攻撃も可能になる。
『よっ!』
『ぐっ!?』
突きの嵐を掻い潜った竜騎士の拳が
、アラクネゴレムの蜘蛛の頭胸部、人型の下腹部に炸裂する。ビキリッ! とメタリックレッドのボディに大きなヒビが入った。
『やっぱりこっちの方がしっくりくるね』
退がったアラクネゴレムに竜騎士が追撃する。
今度は攻めてくる竜騎士を拳を避け、防戦側となるアラクネゴレム。さっきとは逆だな。
『ぬうぅん!』
四本の腕をクロスさせるようにして、細剣から炎の斬撃を連続で放つアラクネゴレム。
その斬撃を右に左に躱し、前へと出た竜騎士の左フックがアラクネゴレムの右肘に炸裂、その腕を肘から破壊する。と、同時にその腕が手にしていたメタリックレッドの細剣が、黒い瘴気となって残り三本のうちの一本に吸収される。
たぶん消えた細剣は邪神器の分体だったのだろう。
三本腕となったアラクネゴレムはそれでも執拗に竜騎士に攻撃を繰り返す。しかし竜騎士はそれを全てガントレットで弾き、受け流していた。
そして隙をついて自分の攻撃を当てる。守りつつ隙を見ては攻撃の繰り返しに、アラクネゴレムの装甲は次第にボロボロになっていく。
「なんというか……地味な攻撃だな……」
『地味とか言うない! 堅実な攻撃と言いなよ!』
いやまあそうだけどさぁ……。確実にダメージは与えていっているから問題はないんだろうけども。
竜騎士の右アッパーがアラクネゴレムの肘に決まる。
ガキャッ! という音と共に、肘から先が折れて、またしてもメタリックレッドの細剣が瘴気となって邪神器に吸収された。
これで二本腕対二本腕。フェアな戦いができるな。
────と、思ったら、アラクネゴレムの腹部がガキン、と切り離され、まるで蠍の尾のように蛇腹アームによって前方へと迫り出してきた。
今のアラクネゴレムは前脚四本の脚で立ち、残りの後ろ四本脚はアンカーのように地面へと突き刺さっていた。
そして蜘蛛であれば糸を吐くところ、そこに光が集まっていることに僕らは気付く。
あれは……巨大キュクロプスが放った荷電粒子砲もどきか!?
『ちょっ、それはズルくない!?』
エンデが竜騎士を全力で回避させる。
あのまま撃たれては町に被害が出る。僕はすぐさまレギンレイヴの残りの水晶板を全て切り離し、アラクネゴレムの射線上へと全速で飛ばした。
「【状態変化・反射板】!」
レギンレイヴから切り離された水晶板が整列し、大きな壁を形作る。
直接跳ね返そうかと思ったが、アラクネゴレムの後方にはまだキュクロプスと戦っている重騎士もいる。まんま跳ね返すのはまずい。僕がそう判断し、【反射板】を斜めに傾けた瞬間、アラクネゴレムから一筋の太いビームのようなものが発射された。
前にキュクロプスが放った荷電粒子砲もどきよりは威力が小さな気がする。だが、それでもあんなのが町に届いたら大被害だ。
放たれたビームを斜めにした【反射板】で受け止める。ビームは斜め上空へと反射され、雲を突き破って上空へと消えていった。危なかった……。
「おい、エンデ! なにやってるんだよ!」
『無茶言わないでよ! あんな攻撃予想できるもんか!』
僕と言い合っていたエンデの方にアラクネゴレムが再びビームを連続で放つ。今度のは威力が小さな短い矢のようなビームだ。慌てて竜騎士がそれを回避、なんとか凌ぎ切る。
短いビームならすぐ撃てるのか? さっきのはタメ攻撃とか、そういった類のものだろうか。
『チョロチョロと……! いい加減吹き飛べ!』
アラクネゴレムの後ろ脚四本が地面へと打ち込まれ、下腹部に再び光が収束していく。またさっきのタメ攻撃か!?
逃げ回っていたエンデの竜騎士が、突然旋回し、アラクネゴレムへと一直線に全速力で向かっていく。
『しまっ……!』
『アンカーを打っているから避けられないよね!』
光が収束する前にアラクネゴレムの真正面にたどり着いた竜騎士が、右拳を腰だめに構える。
『武神流、臥龍穿剛拳』
竜騎士の繰り出した、回転を加えた腰の入った一撃がアラクネゴレムの胸部へと炸裂する。
ゴキャッ! と胸部周辺が抉られたように歪んだかと思うと、次の瞬間、アラクネゴレムの上半身が粉々に砕け散っていた。
砕け散った上半身に次いで、下半身が力を無くしたかのようにその場にくずおれる。
光を収束していた下腹部も、それを放つことなくその場に落ちた。
今のは神気を使っていない一撃だからOKだよな……?
さらに言うなら邪神の使徒に直接攻撃したわけじゃないし。それにどうせ……。
僕が頭の中で余計な心配をしていると、砕けたアラクネゴレムの上半身の残骸の中から、ボロボロになったペストマスクの男が這い出してきた。やっぱり生きてたか。
「おのれ……! なぜだ! なぜそのゴレムはそれほどの性能を引き出すことができる! 私のキュクロプスやバフォメットとなにが違う!」
ペストマスクの男がそんな叫びを上げる。バフォメットってのは山羊頭のゴレムのことか? というか、こいつが五大ゴレム技師の『指揮者』だよな……?
『……冬夜君、私たちの映像と声をそこに繋げてくれる?』
レギンレイヴのコックピット横のモニターにエルカ技師と教授の姿が映る。この二人は指揮者の知己であったらしいから、なにか言いたいことでもあるのかな?
僕は素直にその二人の映像を【ミラージュ】を使って指揮者のいる正面上空に映し出した。
『久しぶりじゃのう、「指揮者」』
『しばらく見ないうちにずいぶんと様変わりしたものね』
「な……!? 『教授』……! 再生女王……! まさか、お前たちがこれを……!?」
映し出された二人の姿にペストマスクの男は驚いたように声を上げる。
『フレームギアを作ったのはワシらではない。ワシらはあくまで手伝いをしただけじゃよ』
『そもそもフレームギアはゴレムとは全く違うものよ?』
「そんなことはわかっている! 明らかに違う技術が使われていることはな! しかし性能的に劣っているはずのあれらの機体がキュクロプスと互角以上の戦いをしているのはなぜだ! まだ未確認の技術があると言うのか!?」
ペストマスクの男は今も戦う重騎士たちを指し示して教授たちに叫ぶ。
性能的に劣っている? 確かにキュクロプスの方がパワーはあるし、耐久性も高いとは思うけど、そんなに言うほどか?
しかしモニターの向こうには、僕が疑問に思った言葉を看過できない人物がいた。
『キュクロプスを見て、なんてセンスのない製作者だろうと思っていたが、考え方もナンセンスな奴だったね。時代遅れの君のゴレムが、常に次を考えているボクのフレームギアに敵うわけがないだろう?』
教授とエルカ技師を押し退けて、背後から浮遊する椅子に腰掛けたまま偉そうに現れたのは、フレームギアの生みの親。レジーナ・バビロン博士だった。




