#589 奪われた神力、そして受け継がれた記憶。
『【スターダストシェル】!』
爆炎に飲み込まれそうになったエルゼのゲルヒルデの前に、小さな光る星形の盾が規則正しく並び、大きな盾の形を成す。
爆炎は小さな星の盾に阻まれてゲルヒルデまで届かずに消滅した。
『危なかったのう』
「ありがと! スゥ!」
ゲルヒルデの背後にスゥの乗るオルトリンデ・オーバーロードが立っていた。もう少し【スターダストシェル】を放つのが遅ければ、ゲルヒルデは爆炎に巻き込まれていただろう。
『ちっ……! バロールが使い物にならぬなら、これ以上は無理か……』
メタリックレッドのキュクロプスがじりじりと後ろへ下り、代わりにその周囲にいたキュクロプスが前に出てくる。どうやら撤退を決め込んだようだ。
エルゼたちとしては逃したくはないが、アレを倒したところで、乗っている邪神の使徒に対する神器がない。
今回は見逃すしかないか、とエルゼが口惜しく思ったとき、頭上の空がグニャリと歪んだ。
渦を巻くように歪んだ空間にポッカリとした穴が開き、そこから金色のなにかが飛び出してくる。
「アレは……!? ゴールド? いや、違う……!」
エルゼが飛び出してきた金色のゴレムをモニターに捉える。
ゴールドと瓜二つではあったが、その小さな黄金のゴレムは、背中に鳥の羽根のような金属の翼を背負い、赤い眼でこちらを悠然と睥睨していた。
『ゴルド……?』
メタリックレッドの機体から訝しげな声が漏れる。それを無視したゴルドの黄金の翼から、無数の羽根が戦場へと打ち出された……。
◇ ◇ ◇
話は少し遡る。
【プリズン】の中で、八雲が潜水服の邪神の使徒を神器で消滅させた。
これで僕らの目的の最低限は達成したと言える。ここで残りの邪神の使徒も片付けられれば万々歳なのだが。
そしてこのゴルドとか言う『金』の王冠を……? ……なんだ?
対戦していたゴルドが宙に浮いたまま八雲の方を凝視している。さすがに邪神の使徒を倒されて、驚いている……という感じではないな。
『【変化】』
突然ゴルドの右手装甲がまたもアイスピックのような形へと変形する。マズい! あの槍は……!
『【突槍】』
ゴルドが飛び、黄金のアイスピックを八雲がいる【プリズン】へと突き立てた。高い金属音のような音とともに【プリズン】にヒビが入り、木っ端微塵に砕け散る。
「!?」
「八雲!」
【プリズン】が砕かれ、突如飛び込んできたゴルドに八雲がその場から飛び退く。
『【変化】【長剣】』
アイスピックのような槍を剣の形に変えて、逃げる八雲に斬りかかるゴルド。
八雲が手にした神刀でその黄金の剣を受け止める。
二つの刃がぶつかり、ゴルドの剣は真ん中ほどまで神刀に食い込まれた。
「喰らエ。【暴食】」
「な……!」
ゴルドの剣がまるで生き物のように八雲の神刀に巻きつくと、神刀からプラチナ色の輝きが薄れていく。
なんだ? 神器から神気が奪われている? あれもグラトニースライムの能力か!?
『ム』
突然、神刀に絡みついていた黄金の触手にピキリとヒビが入る。そしてそのまま砂のようにサラサラと崩れてしまった。
ゴルドが後ろへと飛び退がる。
『【侵蝕】ガ阻マレタ……? だガ、コレは……!? なんとイウ膨大なエネルギー……! コの力が有レば……!』
「【侵蝕】だと……?」
こいつ、やっぱり……!
崩れた右手の装甲が元に戻っていく。その手を握ったり閉じたりしながら、ゴルドの目に愉悦のような感情が浮かんだような気がした。
「お前……誰だ? ……もしかして『侵蝕神』なのか……?」
明らかに変異を見せるゴルドに僕が誰何する。
神界から逃げた『侵蝕神』の分体。それが『金』の王冠であるゴルドに取り憑き、Qクリスタルを乗っ取ったのか……?
『我は『金』の王冠にシテ、王冠を統べル者。かつテの名をクロム・ランシェス。クラウンズ・ハイマスター』
「な……!?」
クロム・ランシェス!? 『王冠』を作り上げた古代の天才ゴレム技師!? どういうことだ!?
『コレデ我が願イは叶う。十全に『金』の力を引き出せヨウ』
クロム・ランシェスと名乗ったゴルドは、その小さな右手を前へと向けた。
『【空間歪曲】』
グニャリ、とゴルドの前の景色が歪む。その手を中心にして、周りの空間が渦のように歪み始め、ポッカリと穴が空いた。これは……!?
ゴルドがその穴に飛び込むと、すぐに空間の歪みが元通りに戻ってしまう。元通りになったその場には、すでに黄金のゴレムの姿はなかった。
今のは……『青』の王冠、ディストーション・ブラウの王冠能力、【空間歪曲】か……?
ひょっとして羽根を巻き戻した能力は『黒』の王冠、クロノス・ノワールの時空操作……やはりあいつは王冠能力を使える……? くそっ、いったいどうなっている!?
「っらあっ!」
ふいに、ドゴン! と何かを叩き潰すような音がして、振り向くと、フレイと戦っていた鉄仮面の女が、正面モニターへ向けてメタリックオレンジの戦棍を叩きつけていた。
モニターはメキャリと大きくひしゃげてしまっている。邪神器の力か? 神気無効化が効いていない……神器から神気を奪われたからか!? 神気無効化を発動するエネルギーがないんだ!
ヒビ割れたモニターに写っていた海底の映像が消え、亀裂からプシッ、と勢いよく水が噴き出してきた。
水圧のためか、レーザーもかくやといった勢いで艦橋に水が入ってくる。
「なにを……!?」
「まさかこいつを押すことになるとはね!」
鉄仮面の女が、コンソールにあったガラスのような蓋をぶち破り、そこにあったボタンを思いっきり戦棍で叩く。
次の瞬間、船内が真っ赤な光で点滅を繰り返し、ビーッ、ビーッと警報音が鳴り響いた。おい、これってまさか……?
『自爆シークエンス起動。警告。これより一分後、『方舟』の魔導リアクターを臨界点まで上昇、船を自壊させます。カウントダウン開始。59、58……』
自爆装置……っ!
「くそっ、ゼノアスにあったクロム・ランシェスの研究所と同じかよ!?」
どうして開発者ってやつはこう、自分の作った物に自爆システムを付けたがるかな!?
「父上! 脱出を!」
「【ゲート】!」
八雲が神器を解除し、僕がヴァールアルブスまでの【ゲート】を開く。まずは安全確認のために八重が飛び込み、次に子供たちを先に逃がす。その後にヒルダが飛び込んで、後は僕とゴールドだけとなった。
ゴールドはゴルドが消えた空中を睨み、佇んでいたが、僕が声をかけると素直に【ゲート】の中に入った。
最後に僕が脱出しようとした時、黄金の鳥ゴレムが突き破ってきた通路に、二人の邪神の使徒が消えていくのを見た。おそらく脱出艇みたいなものがどこかにあるのだろう。あるいは残してあるキュクロプスとかか?
バゴン! と音がしてモニターだったものの一部が壊れ、さらに水が噴き出してきた。
ヤバい! もう持たない!
僕は【ゲート】をくぐり、ヴァールアルブスの艦橋へと転移する。
「アルブス、すぐにこの海域から脱出! 全速力で『方舟』から離れろ!」
『了解』
白い戦艦鯨が方向を変え、かつてないスピードで海底を突き進む。
すぐに後方から一瞬の閃光と大きな衝撃波がやってきた。海水を伝わった爆音とともに、『方舟』を監視していた探査球のモニターが真っ黒になった。おそらく爆発に巻き込まれたのだろう。
別の探査球が『方舟』のいた海域へと向かう。
『「方舟」ノ消滅ヲ確認。幾ツカノ残骸ガ見エル。回収ヲ望ムカ?』
「そうだな……」
重要な部分は木っ端微塵だろうけど、残ったものから何かがわかるかもしれない。回収しとくにこしたことはない……。
「お父様! あれ!」
フレイの声に彼女が指し示すモニターに視線を向ける。
それは別カメラで映されていた、ラーゼ武王国の海岸で戦っているユミナたちの映像であった。
そこに映っていたのは『金』の王冠であるゴルド……いや、クロム・ランシェスと言うのが正しいのか、はわからないが、とにかくそのゴルドが戦場にいた。
【空間歪曲】を使ってラーゼの戦場に転移したのか。
やはりあいつは王冠能力を使える。それも代償も無しに。いや、グラトニースライムの一部という代償はあるのだが、それでも他の王冠に比べれば遥かに燃費がいいのだ。
さらに言うなら、分体となった『侵蝕神』を取り込み、僕の神気というエネルギーまで奪いやがった。
なかなかにマズい状況になりつつあるのは馬鹿でもわかる。
「父上、あれは……!」
「なんだ? おい、まさか……キュクロプスを食ってる……?」
ゴルドが翼の羽根をキュクロプスに飛ばして突き立て、スライム状になった羽根がそのキュクロプスを取り込んでいた。
壊れたキュクロプスも動いているキュクロプスもお構い無しだ。
フレームギアに攻撃するならわかる。でもなんだって味方のキュクロプスを?
……ひょっとして邪神の神気か? 僕の神気だけに留まらず、邪神のものまでその身にさらに取り込もうというのか? そこまでしていったいなにをする気なんだ、こいつは?
「旦那様、ここで見ていても仕方がないでござる。我らも戦場へ!」
「そ、そうだね。わかった。【テレポート】!」
八重の言葉に、僕はみんなを連れて【テレポート】で一気にラーゼの海岸へと転移する。
僕らが転移したそのタイミングで、食事を終えたグラトニースライムの羽根がゴルドへと回収されていた。無数の黄金の羽根がゴルドへと飛んでいく。
その場に残されたのはメタリックレッドの機体のみ。あれは邪神の使徒の機体か?
『ゴルド……? 一体なにを……?』
『計画は最終段階に達しタ。手伝っテもらウぞ、スカーレット……いヤ、マエストロ』
『……! ふっ、ふふ。良かろう、クロム・ランシェス。約束通り君の手足となろうではないか。そのかわり……』
『ワかっテいル』
『ならば良い』
ゴルドが右手を翳すと、再び【空間歪曲】の歪みが起こり、ゴルドとメタリックレッドの機体が空間の穴に飲み込まれていく。
後に残ったのはキュクロプスを除いた半魚人やゴレム兵のみ。
いろいろと考えることが山積みだが、とりあえず目の前のことを片付けよう。
スマホを取り出してユミナへと繋ぐ。
「掃討戦を開始。海に逃げるやつも海騎兵で逃さないように」
『了解しました。あのっ、久遠は無事ですか?』
ユミナの質問に僕は無言で久遠にスマホを向ける。
「無事ですよ、母上」
『よかった……』
過保護だなぁ、と思わんでもないが、僕も似たようなものか。
それにしても……ゴルドがクロム・ランシェスってのはどういうことだ? てっきり侵蝕神が乗り移っているものかと……。
さすがの神も、いや、元・神か。元・神も本体が消された上の分体では、意識を保てなかったのか。
どうも【侵蝕】の力だけが取り込まれているっぽいな。さらに言うならグラトニースライムとの相性が良すぎる。どんなものにも侵蝕する力と、どんなものでも吸収して取り込む力。
さすがに神器は取り込むことはできなかったようだが、そのエネルギー源である僕の神気を奪われてしまった。
これってアレだな、魔工王のジジイのときに、魔力を抜かれた時と同じだ。
以前博士にも言われたが、僕の膨大な魔力は開発者としてはとてもありがたいものらしいからな。主に実験や開発による消費魔力を気にしないでもいいという意味でだが。
ブリュンヒルドの発展の速さもフレームギアの新型開発の速さもこの魔力や神力があってのものだ。
それだけに敵側に利用されるとかなり痛い。特に神器は時間をかけて圧縮に圧縮をかけた神気の塊だ。
そこからどれだけの神気が抜かれたのかわからないが、地上で使うには充分すぎるエネルギーだろう。
「マズったなぁ……。神気があるから【侵蝕】はされないと完全に油断してた……。グラトニースライムの吸収能力の方は全くの無対策だった……」
物だけじゃなく、エネルギー的なものも食うんだな、アレ……。
よく考えてみれば、もともとグラトニースライムは古代魔学時代の危険物を処理するために作られた魔物だ。
魔法や魔道具が今よりも地球の家電製品並みに使われていた時代だ。そりゃ残存魔力も吸収できる方がいいに決まってるよなぁ……。
まぁ、そのせいで開発した国は滅びたんだから笑えないけどさ。
「過ぎたことを悩んでも仕方がありません。とりあえず目の前のことから片付けていきましょう」
うおう……六歳児の慰めが突き刺さるわぁ……。
しかし久遠の言うことももっともである。過ぎたことをあれこれ考えるよりも、これからどうするか、だな。
「あ、そうだ、シルヴァー。お前から見てあの『金』の王冠……ゴルドはどうだった? 本当にクロム・ランシェス本人なのか?」
この場でクロム・ランシェスを知る唯一の存在である、久遠の腰にある『銀』の王冠・シルヴァーに話を向ける。
『……正直言ってわかりやせんね。話し方はクロムの野郎と似ちゃあいましたが、それだけじゃ判断できねぇってのが本音です。そもそも、アレがクロムってぇのは、どういうことなのか……クロムの幽霊が乗り移ったとでも言うんですかい?』
「うーん、Qクリスタルの代わりにクロム・ランシェスの脳みそが入っているとか……」
『怖っ』
シルヴァーが引いているが、魔工王のジジイっていう前例があるからさぁ……。可能性としてはなくはないんだよ。
それにうちのバビロン博士も、似たようなことしてるしな……。
僕はちらりともう一機の『金』の王冠である、ゴールドに視線を向ける。
ゴールドの存在をゴルドは知らなかった……と思われる。
ゴルド=クロム・ランシェスであるならば、ゴールドはクロムが作ったものではない、ということだ。
では誰が作ったのか。ここまでそっくりな機体を作るなんて、それなりの技術者によるものだろう。
やはりゴルドとゴールドは全く別の機体なのか?
クロム・ランシェスの脳を移植したゴルドと、Qクリスタルを搭載したゴレムのゴールド。
わからんなあ。わからん。
『クロムの野郎が乗り移ったというよりは、あいつの人格をコピーしたって方が、あっしにはしっくりくるんスけどね』
「……ちょっとまて。人格をコピー? そんな技術も持ってたのか? クロム・ランシェスってのは?」
『そりゃあ……あっしみたいに使い手によってその都度人格を形成するようなゴレムを作っちまったわけですし……。自分の人格を移植するくらいできるでがしょ?』
言われてみれば。
ゴレムってのはそれなりに性格がある。それは長い間学習した記憶の積み重ねが生み出すもので、『王冠』もそれは同じはずだ。
だけど目の前の『銀』の王冠であるシルヴァーは、久遠から聞いた話だと、初めは殺人鬼さながらの性格をしていたという。久遠が契約してこんな下っ端みたいな性格になったらしい。
だとすると、クロム・ランシェスはゴレムに一定の変化する人格を植え付けることができたわけだ。
『金』の王冠に、自分の人格を植え付けることだってできただろう。
「つまり、そういうこと、なのか?」
デジタルクローン、だったか。その人間の思考、性格パターン、様々な情報を取り込み、デジタル化された複製の人格を作る、という技術。
これによりたとえ亡くなった人物でも、その考えを知ることができるという……ある意味での不老不死の研究だ。
それと同じようなことがゴルドに施されていたとしたら、それはクロム・ランシェス本人と言っても間違いではないのか? いや、本人はすでに死んでいるのだから、亡霊とも言えるな。
「ちょっと思い出したのですが……ステフが消してしまった、ゴールドにあった謎の大きな容量というのは、ひょっとしてクロム・ランシェスの人格だったのではないでしょうか?」
「あ! そうか、その可能性もあるか……!」
久遠の言葉にハッとする。そうだ、それならばゴルドとゴールドはまったく同じ機体だという説も成り立つ。
え、じゃあなにか? うちの娘が間違ってゴールドを初期化してなかったら、クロム・ランシェスの人格を持つ『金』の王冠が二機現れていたってことか? うちの娘、大手柄じゃない? 災いを事前に防ぐなんて天才では……!
『坊っちゃん。親父さん、時々おかしな時がありやすね……』
「あれで通常運転です。気にせず慣れることですね」
なんか釈然としない会話が目の前でされているが、まあ今は気にしないでおこう。
しかし、なぜクロム・ランシェスは『金』の王冠に自分の人格を移植なんかしたんだろうか。
疑似的な永遠の命を欲したってことだろうか。
いや、アルブスの話によると、『黒』と『白』の暴走により、フレイズを撃退したクロム・ランシェスは『白』の代償として記憶を失い始めたと言ってた。
その記憶を留めるため、か? 記憶を無くし、かつての人格が失われていくことに抗い、自分のコピーを作ることにした……。
記憶を失うということは、今までの自分ではなくなるということだ。自己認識の崩壊、自分が自分であるための基盤の消滅。それはなによりも恐ろしいことだろう。
もしもこの世界に来てからの記憶を失うとしたら、僕はそれに耐えられるだろうか……。
僕は少しばかりクロム・ランシェスという男に同情の気持ちを持った。




