#585 強襲作戦開始、そして突入。
『方舟』を強襲するにあたり、まずは部隊を分けることにする。
ラーゼ武王国に向かっている軍勢を叩くグループと、『方舟』に突入するグループだ。
「神器は『方舟』突入部隊の方に回すから、ラーゼ武王国の方に来る邪神の使徒は倒せないわね……。撃退することが目標になるわ」
リーンがマップに示されたラーゼ武王国へ向かう光点を眺めながらそう漏らす。
手早く邪神の使徒を片付けられたら、ラーゼに向かえるかもしれないけど……そううまくはいかないだろうな……。
潜水ヘルメット男、ペストマスク男、鉄仮面の女、そして金の『王冠』……。
ここから一人引いても、最低でも邪神の使徒を二人、そして金の『王冠』を相手にしなきゃならんわけだ。
まだ見たことのない邪神の使徒がいる可能性だってゼロじゃないしな。
邪神の使徒を相手にする『方舟』強襲部隊は、どうしても子供たちをメインに据えなきゃならなくなる。そこが悩みどころだ……。
神器を使う八雲は絶対として、そのサポートとしては戦闘力のある子を選びたいな……。
フレイと久遠、あとはリンネ……はちょっと不安だから、ラーゼ武王国の方に回ってもらうか。母親であるリンゼのヘルムヴィーゲには空中迎撃に回ってほしいし。
ラーゼ武王国の防衛には、多数戦を得意とするグリムゲルデやロスヴァイセを投入すると考えると、リーンと桜……サポートに遊撃としてルーのヴァルトラウテかな。
防衛力の高いスゥのオルトリンデ・オーバーロードも防衛の方へ回そう。ステフもそっちの方が安全だろう。
【プリズン】を使って潜水ヘルメットの邪神の使徒……インディゴを八雲と一緒に閉じ込める役は、ステフじゃなくて僕でもできるからな。
そう考えた僕にリーンからのストップがかかる。
「いえ、スゥはラーゼに向かわせるとしても、ステフ……というか、ゴールドは『方舟』に連れて行った方がいいと思うわ。向こうに『金』の王冠がいるなら、なにかしらの対抗ができるかもしれないし、なぜ『金』の王冠が二つあるのか、その謎も解けるかもしれないし」
「お母様! 私、『方舟』強襲班のほうに行きたいんですが!」
「却下よ」
母親に笑顔で配置換えを却下され、がくりと膝をつくクーン。ブレないな、この子は……。
結局、『方舟』強襲班は、僕、八重、八雲、ヒルダ、フレイ、久遠、ステフ(ゴールド)ということになった。戦闘力特化グループだな。まあ、ステフは違うけど。
子供と離れることになったユミナとスゥが少しごねたが、なんとか説得した。
ユミナのブリュンヒルデもスゥのオルトリンデも、防衛戦に向いた機体だ。投入しない手はない。
今回は水中戦用フレームギア、『海騎兵』も投入して、海中で足止めを行い、なるべく被害を最小限にするつもりだ。
海騎兵はまだフレームユニットにインストールしていないので、うちの騎士団しか操れない。基本的にラーゼの戦士団は海岸で防衛を担うことになる。
あの国は戦いとなると見境なく突っ込んでいく傾向があるから少し心配だ。半魚人などなら地上に上がってから攻撃した方が有利なのだが、海まで突撃しそうでさあ……。
彼らの武装型ゴレムも水中や砂浜では十全に戦えまいに。無茶をして無駄な犠牲を増やさないといいんだが。
「よし、ラーゼ防衛戦の指揮はユミナに任せる。頼んだよ」
「任せてください。きっちりと撃退してみせます!」
「母上、御武運を」
「久遠! あなたも無茶しちゃダメですよ? ああ、お母さんは心配です! 冬夜さん、本当に、本当にお願いしますよ!?」
ぎゅーっと息子に抱きついたユミナが、僕に目で強い圧をかけてきた。ううむ、僕の心配はしてくれないんだろうか……まだ結婚してから一年も経ってないんだけどなあ……。未来から子供が来たことで一気に新婚感が吹っ飛んだからな……。
ちょっとの寂しさを感じつつ、僕らは行動を開始した。
◇ ◇ ◇
海中に待機する鯨型オーバーギア・ヴァールアルブスのモニターには、深海に潜む『方舟』の姿が映し出されていた。
以前潜入させた探査球により、『方舟』の大体の構造は把握している。
すぐにでも突入することは可能だが、いきなり邪神の使徒たちがいるド真ん中に出てしまうと、せっかくの作戦が台無しになりかねない。
まずは誰もいない場所にこっそりと潜入する必要があるのだ。
『方舟』はその名の通り、どことなく四角い箱状の形をした船である。少しばかり船首の方が伸びていて、後部の左右には大きな動力機関のようなものがあるが、全体的にはティッシュの箱のような船だ。宇宙船のようにも見える。
以前探査球が侵入した、海底で採掘した鉱石を貯蓄する倉庫ならバレずに【異空間転移】で転移できると思う。
そこから邪神の使徒……というより、インディゴの場所を突き詰め、そいつを倒す。
運悪くインディゴが船内にいない場合は……退却するしかない、かな。
無理に船内の邪神の使徒を倒しに行っても、インディゴが帰ってきたり、船内の者からインディゴに連絡されたら、また逃げられる可能性がある。
もしもそうなってしまったら、もう二度と奴らは油断しないだろうし、警戒態勢もキツくなるのは間違いないからな。
一番好都合なのはインディゴが単独行動していた場合だ。自室に一人、なんて状況が最も望ましい。
押し込んで神器で神気を無効化し、【プリズン】で閉じ込め、一気にやってしまえばいい……って、まるで暗殺者の思考だな……。まあ、やることは一緒なんだが……。
逆に最悪なのが、全員が固まって同じ場所にいる場合だ。
離れるまで様子を見るという手もなくはないが、ラーゼ武王国へ攻め込んでいる邪神の使徒まで戻ってきたら目も当てられない。
船内の全員が同じ場所にいたとしても、覚悟を決めて強襲するしかない。
「父上、ラーゼ武王国で戦闘が始まったようです。海底で海騎兵とキュクロプスが交戦中ですね」
別モニターに写るマップを見ながら、久遠が状況を報告してくる。始まったか。よし、こっちも行動開始だ。
「アルブス、いつでも攻撃できるように準備しておいてくれ」
『了解』
最悪、僕らが失敗した場合にはヴァールアルブスに『方舟』を攻撃してもらう。逃げ出す隙を作るためだ。ま、そんな状況にならないことを願うが。
「よし、じゃあ作戦開始だ。【異空間転移】!」
集まったみんなの周囲が一瞬だけ歪み、次の瞬間には僕らは別の場所へと転移を終了していた。
どうやら無事に邪神の使徒の神気結界を越えて『方舟』内部へと転移できたようだ。
かなり広い体育館のような倉庫は、壁に設置された小さな魔光石の光だけが薄ぼんやりと船内を照らし出している。
そこらに積まれた鉱石の入った箱が、自動でベルトコンベアーのようなものに乗せられて部屋の一部に開けられた穴の中へと消えていく。
海底で採掘された鉱石をおそらくどこかで製錬するために移動させているのだろう。
人気はなく、ウィィィン……というコンベアが動く音だけがあたりに響き渡っていた。
「とりあえずは潜入成功でござるな」
「ここから邪神の使徒たちの位置を把握するんですよね?」
「うん。【サーチ】っと」
八重とヒルダに促されて、神気を含んだ【サーチ】を発動させる。神気を薄く水面の波紋のように広げ、範囲を広げていく。
邪神の使徒とゴールドじゃない『金』の王冠の位置を把握していくと、面倒なことに全員が同じ場所にいることがわかった。さらにいうなら邪神の使徒が想定より一人多い。
インディゴ、鉄仮面女、『金』の王冠、そして知らないもう一人の邪神の使徒がいる。
三人の邪神の使徒と『金』の王冠をいっぺんに相手にするのか……。
僕は【サーチ】でわかった情報をみんなへと伝える。
「転移能力を持つ邪神の使徒が、『方舟』に残っていただけでもまずはよかったと考えるべきだと思います」
「そうでござるな。インディゴとやらは八雲が相手をするとして、他の奴らをどうするかでござるが……」
ヒルダと八重が少し考え込む。誰に誰をぶつけるかを考えているのだろう。
八雲がインディゴと戦っている間、【プリズン】を張るとはいえ、なにか邪魔をされないとも限らないからな。
「鉄仮面の女は戦棍を使って重力魔法のような攻撃をしてきます。おそらくあれは邪神器の能力でしょうから、【神気無効化】が効いている間はそこまでの威力は出せないと思います」
鉄仮面の女と対戦経験がある八雲の意見を聞くに、対応できないほどの相手ではないようだ。
インディゴ以外の邪神の使徒は八重・久遠コンビとヒルダ・フレイ親娘に、『金』の王冠の相手を僕とステフ、そしてゴールドが相手をする……という形が一番バランスが取れている、かな?
向こうの『金』の王冠とゴールドが邂逅した時、何が起こるかわからないからな。
同型機ならばなにかしらの同調機能があると考えた方が自然だ。……僕は最悪、ゴールドが操られて僕らを裏切る可能性も考えている。
ステフには可哀想だが、そうなった場合、【クラッキング】で無理矢理ゴールドを機能停止にするつもりだ。
博士たちの話だと、ゴールドにはブラックボックスのような装置があるという。それがもう一機の『金』の王冠と同調するための装置だとしたら……。
なにがあっても対応できるように、『金』の王冠には僕が当たった方がいい。
「お母様、戦棍持ちの鉄仮面は私たちが相手をするんだよ」
「そうですね。その方がいいと思います」
【ストレージ】から大きめの盾を取り出したフレイに、ヒルダが小さく頷く。
戦棍相手だと、八重の刀や久遠のシルヴァーでは受けるのに苦労しそうだからな。
【神気無効化】があるとはいえ、神器を持っている八雲から遠く離れたら、少しは加重能力が働く可能性もあるし。
「八雲、神器の準備はいいか?」
「はい。準備万端整っています」
八雲は神器を変形させたハープボウを、襷掛けした背中にぐいっと差し込んだ。武器としては使用せず、ただ【神器無効化】のためだけに身につける。
相手の邪神器を破壊するときには使わなくてはならないが、それまでは周囲にいる他の二人の邪神の使徒の神気も封じてもらわねばならないからな。
邪神の使徒をある程度痛めつけるか、邪神器を取り上げてしまえば、あとはこちらのものなのだが……。
「神気を使って戦えないのが地味にキツいよな……」
「まったくでござるなぁ……。一太刀くらい浴びせても問題はないと思うのでござるが……」
「でも八重さん、その一太刀で邪神の使徒が瀕死の状態になったらどうします? 邪神の使徒を倒したのはほとんど八重さんということになってしまいますよ?」
「そ、そこまで弱いとは思えないでござるが……」
そうなんだよな。言ってみれば向こうのHPがわからないから、手加減もしにくい。
ゲームなんかでよくある、弱らせてからモンスターをゲットだぜ! ってアレに似てるな。
攻撃力が高すぎてキャラによっては捕獲モンスターを殺してしまうから、こいつには攻撃させないでおこう……ってのが、今の僕らの立ち位置だ。
「八重さんは眷属特性に目覚めたからそんな悩みができるんですよ……。私はまだ神気をうまく扱えません。八重さんと私と、なにが違うんでしょうか? 冬夜様からの愛情の差ではないんですよね?」
「そこ、みんな疑うけど違うからね!? 個人差だから!」
八重は前回の邪神の使徒との戦いで眷属特性に目覚めた。【次元斬】という、空間をも斬り裂く能力を手に入れたのだ。それがいつも一緒に切磋琢磨してきたヒルダにはどうにも悔しいらしい。
早いとこ全員に目覚めてもらわないと、家庭内不和を起こしそうで怖いわ……。
あとはスゥとヒルダだけだけども……。
「お母様の眷属特性ってアレだよね、せいけ……うぷっ!?」
なにかを話そうとしたフレイの口を、背後から八雲が手で塞いだ。
「フレイ、余計なことは喋るなと時江お祖母様に言われているだろう?」
「そだった……」
「八重さん、八雲さんが真面目すぎますわ!」
「真面目って……。まさかヒルダ殿に言われるとは……」
ネタバレを防がれたヒルダが、その不満を八重にぶつける。八雲も理不尽な言葉に困り顔だ。
「あの、時間がないのでは?」
はっ、そうだった。
久遠の言葉にみんな気を取り直す。ステフにいたってはゴールドと、せっせっせーのよいよいよい、と手遊び歌で遊んでいた。なんとも緊張感がゆるい。
こほん、と誤魔化すように咳を一つ、気を取り直してマップの光点を指し示す。
「邪神の使徒たちがいるのはここ、割と広い部屋だ。この赤い点が邪神の使徒で、黄色いのが『金』の王冠、点滅しているのがターゲットのインディゴだ」
赤い点が二つ、点滅している赤い点が一つ。そして黄色の点が一つ。計四つの点が一つの部屋に集まっている。
部屋の大きさはちょっとしたオフィス並み。休憩室なのか、作戦司令室なのか、はたまた研究室なのかはわからないが、戦えるだけの広さはある。
「少し離れたこの位置に全員で転移する。本当は不意打ちを仕掛けたいところだけど、相手に気づかれてもかまわない。八雲はすぐにインディゴへ突撃、他のみんなはそれをサポートしつつ、自らのターゲットの相手をする、と」
「この部屋には出入り口が二つありますが、もしも邪神の使徒が逃げ出したらどうしますか?」
マップを見ながら久遠が質問してきた。ううん、逃げ出したら、か。正直なところインディゴ以外なら逃しても問題ないような気もするんだが。
だけど神器を持つ八雲から離れれば、相手の邪神器も使えるようになってしまう。
鉄仮面の女の邪神器は重力操作っぽいが、もう一人の方は未確認だ。
万が一インディゴと同じような転移能力だったりしたら目も当てられないな。全てがパーになってしまう。
やはり逃さないようにするか。
「出入り口は僕が土魔法で塞ごう。海底だ。船を壊すようなことはしないと思う」
もしも『方舟』が浸水することになっても、【プリズン】があれば海底でも耐えられる。酸素だって取り込めるし、いざとなったら珊瑚と黒曜を召喚すれば水中でも問題ない。
「よし、じゃあ行くぞ。【異空間転移】!」
再び神気による転移を発動。一瞬にして広い室内に全員が転移する。
そこは展望デッキというような部屋で、前面と天井がガラスのようになっていた。
ガラスの外は不思議なことに海底であるはずなのに真っ暗ではなく、鮮明に海底の様子が見えていた。なにかの魔道具の効果なのか、それともこのガラス自体が外の映像を映すモニターのようになっているのかわからない。
壁際にコンソールのようなものがある。そしてその前に潜水ヘルメットを被った邪神の使徒、インディゴがいた。
そこから少し離れたところに置かれたソファーには鉄仮面の女がグラスを手にして座っており、その横には派手な緑色の羽根マスクをした女が座っていた。こいつがもう一人の邪神の使徒か。
そしてインディゴから一番離れた反対側の壁際に、邪神の使徒側の『金』の王冠が佇んでいた。
「な……!?」
転移した僕たちにまず気がついたのは鉄仮面の女である。手にしたグラスを落とし、ガシャン! とそれが床で割れた音で他の奴らも僕らの存在に気がつく。
その時にはすでに僕らは行動を開始していた。放たれた矢のように、一直線に八雲がインディゴへ向けて駆けていく。
「くっ、『ディープブルー』!」
インディゴの足下から青い液体がゴポッ、と湧き出るが、僅かに滲み出たくらいでそれ以上広がることはなかった。
「な……!?」
「無駄ですよ」
晶刀を鞘から抜き放った八雲がインディゴに斬りかかる。
狼狽しつつもインディゴの手からメタリックブルーの手斧が閃き、八雲の刀を防いだ。
「【プリズン】」
すぐさま僕は八雲を中心とした一辺五メートルほどの【プリズン】を展開する。これでインディゴはもう逃げられない。
【鉄よ来たれ、黒鉄の防壁、アイアンウォール】
続けざまに二つの出入り口を鉄の壁で塞ぐ。これで袋のネズミだ。
【プリズン】に囲まれたインディゴが、手斧で結界を壊そうとするが、神気を封じられた状態では壊すことはできない。
「無駄ですよ。父上の【プリズン】は壊せない」
「貴女は龍鳳国で会った……!」
「今度は逃しません」
八雲の降り下ろした晶刀を手斧が弾く。防戦一方のインディゴに、邪神の使徒たちが助けに動いた。
僕らは八雲たちがいる【プリズン】に近づけさせないよう、それぞれ決めた相手に対峙する。
「お姉さんの相手はこっちなんだよ」
「どきな、クソガキ!」
メタリックオレンジの戦棍を振りかぶり、容赦なくフレイに叩きつける鉄仮面の女。
しかしフレイの手にした盾にあっさりと防がれる。
「潰れない……!? どうなってるんだい、これは!?」
『理由ハ不明ダガ邪神器ガ封ジラレテイル。完全ニデハナイガ……ムッ』
焦る鉄仮面の女に『金』の王冠が冷静な分析を下す。しかしその赤い目が、僕らの最後尾にいたゴールドを捉えるとぴたりと動きを止めた。
「ゴルドがもう一体……!?」
羽根マスクの女が驚いたような声を漏らす。この反応からすると、向こうはゴールドの存在を知らなかったと見える。
果たして向こうの『金』の王冠……ゴルドと言うらしいが、あいつが邪神の使徒に教えなかったのか、それとも……。
目の前にいるゴルドがゴールドを凝視している。ゴールドの方もゴルドを見て動きが止まっていた。
『同型機……? 否。一部ノ差異ヲ確認』
ゴールドの言う差異とは、二本の小剣と背中のマントのようなパーツのことだろう。ゴールドにはあるが、向こうにはない。そして目の色がゴルドは赤、ゴールドは青だ。それ以外は全くといっていいほど同じ機体だ。
そんなゴールドの声に、ゴルドがまったく同じ電子音声を漏らす。
『「セラフィック」ガモウ一機……!? ドウイウコトダ……!?』
セラフィック……? ゴールドのことか?
その時、ゴレムであるはずのゴルドから、僕は焦りや驚きといった人間臭い感情を確かに感じていた。




