#581 堕神、そして『侵蝕』。
■『異世界はスマートフォンとともに。』第27巻今週発売しました。アニメ二期とともによろしくお願い致します。
「ではそちらのゴレムと同じ型の、別のゴレムが存在すると?」
「はい。どうやら『金』の王冠は二体存在するようなのです。そしてもう一体は邪神の使徒の方に」
僕は世界会議で提議されたガルディオ皇帝からの質問に正直に答えていく。
事の起こりはガルディオ帝国の南にあるマリウという漁村で起きた事件だ。
唯一生き延びた漁師の話によると、突然翼を生やした小さな黄金のゴレムが村人たちを消し去ってしまったというのだ。
舟から放り出され、波間で漂っていた漁師が飛び去っていくそのゴレムを目撃している。
そしてその漁師からの聞き取りから、どう考えてもうちにいる『金』の王冠、ゴールドではないか、という結論に至り、こうなったわけだ。
「現在見つかっている『王冠』は全て一品物。複製や同型機など見つかってはいない。『金』の王冠がそれだという証拠は?」
「証拠となるかはわかりませんが……」
僕はヴァールアルブスの無人偵察機が撮影した映像から、ゴールドではないもう一体の『金』の王冠が映った映像を空中に投影する。
隣にペストマスクを被った邪神の使徒がいるので、こいつらが仲間ということはわかってもらえると思う。
たた、これがゴールドではないという証拠にはならんのだよなあ……。
「ワシらにはこの映像のゴレムと、そこにいるゴレムとの違いがわからんが……」
ミスミドの獣王陛下が映し出された映像の『金』の王冠と、呼び出されて僕の横にいるゴールドに視線を行ったり来たりさせている。だよねぇ……。
「同型機なのだから同じなのは当たり前では?」
「しかしそれでは証拠にならんぞ」
「よく見ると目の色が違うような……」
「そうかぁ?」
他の国の代表者たちからも疑問の声が上がる。うん、二体揃った映像じゃないと、同型機がいるって証拠にはならないよね。
「マリウの村が襲われた時、ゴールドはどこにいた?」
『ソノ時刻ナラバ、マスタート中庭ニテ花ノ苗ヲ植エテイタ』
僕の質問にゴールドが淡々と答える。一応アリバイはあるんですよ? ということを伝えておかないとな。
「それも冬夜殿なら転移魔法で行けるだろ?」
「証拠にはならんなあ」
リーフリース皇王陛下とベルファスト国王陛下がニヤニヤとした笑みを浮かべながら反論してくる。この……! わかってて言ってるだろ!
これはもう、もう一体の『金』の王冠とゴールドが一緒にいる場面を見せるか、映像に収めるしか同型機ということを証明する手段がない。
『俺、双子なんだよ』という言葉を信じてもらうには、実際にその双子の兄弟を連れてくるか、写真を見せるしかないもんなあ。……戸籍を見せるって手もあるか。
ただ同型機がいる、ということを証明できても、マリウの漁村を襲ったのがゴールドではないという証拠にはならないってのがアレだが……。
「お二人ともいい加減にしたらどうです。いささか趣味が悪いですよ?」
「ハハハ、すまんすまん。冬夜殿を追い詰める滅多にない機会だったのでな。悪ノリした」
「うむ。初めから疑ってなぞおらんよ」
ため息混じりにラミッシュ教国の教皇猊下が諫言すると、ベルファスト国王陛下とリーフリース公王陛下が素直に揃って謝罪した。
「まあ、私も公王陛下がそんなことをするとは思っていませんが……」
同じようにガルディオ皇帝陛下もそう言ってくれる。ありがたい。ホント信用の積み重ねって大事だね……。
「まあ濡れ衣だとは思っていたが……そもそもブリュンヒルドにメリットがないしな」
「小さな村一つ潰したところでなにが変わるわけでもない。人を攫うにしても冬夜殿ならもっと上手くやるだろ。得意だし」
信頼してくれているのはありがたいけど、人攫いが得意ってのはちょっと反論したいところではあるな。得意だけど!
「となると、マリウの村を襲ったのが邪神の使徒のゴレムだとして、目的はなんでしょう?」
「今までと同じように呪いをかけて、自分たちの尖兵にしようという企みでは?」
「まったく忌々しい奴らだ! こそこそとこっちの目の届かんところをいやらしく攻めてきやがる!」
ほとんどの国が大なり小なり邪神の使徒の被害を受けている。まったく受けていないのは海のないうちくらいか? あ、鉄鋼国ガンディリスも海岸線は岩壁が多く、村や町が少ないために被害を受けてはいないか。
いや、あそこは地下都市で見つかった決戦兵器を一部奪われているな。まあ、あれは油断した僕のせいだけど……。
「冬夜殿、邪神の使徒を駆逐する準備は進んでいるのか?」
「もう少し、ですかね。逃げられるとまたイチからやり直しになるんで、確実に仕留めたいんですよ」
「うむ。急いては事を仕損ずる。叩く時は準備万端整えて、完膚なきまでに叩くべきじゃ」
イーシェンの帝、白姫さんの言う通り、あいつらは完全に叩き潰すつもりだ。子供たちが未来に安全に帰るためにも、邪神の遺恨はここで完全に断っておきたい。
なんとか疑いも晴れ……まあ、完全には晴れていないが、ゴールドはとりあえず無罪放免になった。
向こうの『金』の王冠が出張ってきたら、ゴールドを対面させて、同型機があるという証明をしないといかんな。信頼されているのはありがたいけど、それとこれとは別だ。
世界会議が終わり、いつものように親睦を深めるという名の小宴会を経て、通常の業務に戻る。
執務室に積まれた書類の山を見て、小さくため息をついた。チラリと窓の外を見ると、スゥとステフ、そして解放されたゴールドが楽しげに花壇の花に水をやっていた。いいなぁ、僕も子供たちと遊びたいよ……。
とはいえ、これも王様業務だ。やるしかない。頑張れば夕方に少しくらいは子供たちとの時間が取れるかもしれない。
書類と格闘すること数時間、なんとか終わりが見えてきたところで、スマホに着信があった。
あれ? 世界神様から? 珍しいな。
「はい、もしもし?」
『おお、冬夜君か。すまんがこっちに来てくれんかの。ちょっと話したいことがあってな』
こっちに、って、神界にか? なにかあったのだろうか?
仕事も終わりが見えてきたし、少しくらいなら大丈夫かと【ゲート】で世界神様のいる神界へと転移する。
見慣れた四畳半の畳敷きにどこまでも広がる雲海。そしていつもの卓袱台の前には世界神様と、時空神である時江おばあちゃんの姿が。
「あれ? 時江おばあちゃんも世界神様に呼ばれたんですか?」
「いえ、どっちかというと、私が冬夜君を呼んで話をした方がいいと世界神様に提案したのよ。ま、座ってちょうだいな」
時江おばあちゃんの言われるがまま、僕は座布団に座った。
時江おばあちゃんが呼んだのか。直接僕のところに来なかったということは、世界神様を交えて話がしたかったということかな?
「そうね。これは神々のルールに接触するものだから、私の独断でおいそれと話すわけにもね」
なるほど。というか、平然と心を読まないで下さい。つまり、神様関連でなにか問題が起きたってことか? でも僕みたいな下っ端に関連することなんてあるのかね?
「それで? なにがあったんですか?」
「う、うむ。その、実は、じゃな。ちょいとこちらのミスで冬夜君にまた面倒をかけることになってしまった。本当に申し訳ない」
なんだなんだ、いきなり謝られたぞ。またなにか面倒事が起きているのか? こっちは邪神の使徒だけで充分面倒なのに。
「いったいなんですか? わかるようにズバッと言って下さい」
「む……。そうじゃな。実は……堕神がそちらの世界に堕ちている。今まで気づかなんだのは本当に面目がない。怠慢だと言われてもこれは弁明のしようがないの」
堕神? 邪神じゃなくて? 堕神ってなんだ?
「邪神とは神の作った神器や神気を蓄積した物質が地上の負の感情を溜め込んで生まれた神もどきじゃ。君が倒した邪神は従属神と融合しておったがの」
「それとは違い、堕神とは堕ちた神。もともと正式な神だった者が神格を取り上げられ、神界を追放された者なの。普通なら私が管理する時も凍る『氷獄界』で永遠に氷漬けになるのだけれど……」
時江おばあちゃんが申し訳ないように世界神様に次いで説明する。『氷獄界』? 神々の牢獄みたいなものかな?
「そやつは『氷獄界』へ封印される前に最後の抵抗とばかりに暴れての。その場にいた破壊神に消滅させられたんじゃが……」
こわあ! 神を消滅って、破壊神こわあ!?
「消滅するわずかな時間、我らに気づかれぬように自らの分体を小さく切り離しての。これがまんまと逃げたらしいのじゃ。その分体が……」
「この世界に来ている……と?」
僕の言葉にこくりと頷く世界神様。ちょっと待って、なんでそんなことに?
「切り離されたばかりの分体には自我がない。おそらく神々の神気を求めて引き寄せられたのだと思う。堕神は神界には入れぬから、それ以外のところとなるとこの世界が今一番神気に満ちているからの」
ああ、なるほど。そりゃそうだ、十人以上の神々が地上にいるしな。
運悪く、まだこの世界の結界は破れたままだ。小さな堕神の分体はするりとそこを通り抜けてしまったらしい。
「逃げた力はほんのわずかな力じゃが、神の力を持つ分体じゃ。放置はできん。さらに運の悪いことに、この堕神の分体はどうも邪神の使徒とやらに取り込まれているようなんじゃ」
「えっ!?」
「どうも時空の歪みにしては偏りがあると思ってね。神界に戻って調べてみたら破壊神が消滅させたはずの堕神の神気がまだ残ってることが判明したの。おそらく……いえ、ほぼ間違いなく邪神の使徒とやらが、堕神の分体を使って時空に干渉しているんだと思うわ」
マジか……。面倒な物を面倒な奴らが拾ったと? さらに面倒なことになりそうなんだけど……。
「まあ、堕神と言っても下級神じゃし、さらにその分体じゃからな。単体の強さとしては従属神より弱いかもしれん」
あれ? そうなの? だったらそこまで悲観的になることはないのか……? 時空の歪みを作られて、過去の魔獣を呼び出されるのは面倒だけども。
「しかしながらこやつの力はちと面倒での。こやつが司っていた神格は『侵蝕』と言ってな。あらゆるものに侵入し蝕むことに長けておる。物体や生物、それこそ精神にまでな」
「侵蝕……。侵蝕の神……『侵蝕神』ってことですか?」
「元は、の。もはや神格は破壊され、その力だけが一人歩きしている。だがその力を取り込めば『侵蝕神』の権能を多少なりとも使える。その力は地上にあってはならぬ物じゃ。じゃから……」
「僕にそれをなんとかしろ、と」
「すまんの」
世界神様がばつの悪そうな表情で軽く頭を下げた。
うーむ、本来、神々の考えからすれば、僕らの世界ごと堕神を消してしまっても問題ないんだろうな。その方が簡単だし、余計な心配もいらないし。
だけど僕の管理する世界ってことで、お目こぼしをしてもらっているのかな?
それともこんな問題も解決できないやつに、世界の管理者なんて務まらんぞ、という新神教育における課題だろうか。なるほど、こいつが『神の試練』ってやつか?
「難しいことを考えてるみたいだけど、せっかくの保養地がおじゃんになるのは惜しいってだけの話よ。確かに面倒だから破壊神に片付けさせろ、って意見もわずかにあるけど……」
おっと、また心を読まれた。どうやら僕への試練ではなかったようだ。
面倒だからって、神様たちも面倒だと思ってるのかよ。
堕神の分体か……。邪神の使徒も神の眷属、いや、神もどきの眷属だから、そっちに引き寄せられたのか。
邪神の使徒がいなかったら僕の方にきたのかもしれない。
「僕もその『侵蝕』とやらをされた可能性もあったんですかね?」
「いや、それはないじゃろ。ワシの眷属である冬夜君の神気は『侵蝕』なぞ弾いてしまうし。その神気に守られている奥さんたちや、君の血を引いている子供たちも同様じゃな。だが、君たちの周囲にいるの普通の人間は影響を受けたじゃろうの」
「影響というと?」
「取り憑かれた人間は身体を蝕まれ、その周囲の人物は精神を蝕まれる。じわじわとおかしくなっていく感じかの。やがてなにも考えられなくなり、身体も変異して、本能のままに暴れるようになる。行き着く先は物言わぬ動く屍であろうの。そいつが朽ちたら堕神の分体はまた宿主を変えて同じことを繰り返すじゃろうな」
まるでゾンビ映画みたいな展開だな……。こっちに来なくてよかったよ。
あれ? 身体が変異して精神に異常をきたし、物言わぬ屍って……。
「ひょっとして『邪神の呪い』を受けた変異した半魚人って……」
「邪神だけじゃなく堕神の影響もあると思う。正確には堕神の力を邪神の力で制御しているというところかの。ほれ、地球で言うところの車のエンジンとハンドルのようなもんじゃな」
それでか。倒した邪神の残滓にしては、邪神の使徒が持つ邪神器の神力が強かったのは。いろいろと腑に落ちた。
『侵蝕』の堕神の力が向こうに加わっているとして……こちらの切り札である神器は効果があるのか? 堕ちたとはいえ、元はちゃんとした神。大丈夫なんだろうか。
「それは心配ないわ。堕神とはいえ分体だから、世界神様の眷属である神力を弾くほどの力はないわよ。さっきも言ったけど、問題は『侵蝕』の権能の方でね、冬夜君に奥さんたち、そして子供たちは大丈夫だけど、それ以外は大なり小なり影響を受けてしまうのよ」
ってことは、邪神の使徒との戦いは僕ら……といっても、僕とユミナたちは神々のルールで手を下せないから、子供たちに頼むしかないわけか。
……今までと変わらんよね? どこが問題なんだろう?
「『侵蝕』の力は生物だけに限らん。ほれ、君たちの乗ってる機械の巨人。あれも影響を受けるじゃろうな」
「機械の巨人……フレームギアもですか?」
うわ、マジか。まあ、フレームギアで邪神の使徒と直接対決とはならないと思うけど……。向こうが巨大化でもしない限りは。
ああ、でもグラファイトとかいう山羊面のジジイは蜘蛛みたいに変異したな。可能性は無くはないのか……。
「ちなみにフレームギアが侵蝕されたらどうなります?」
「おそらくじゃが機能が停止して、次第にボロボロと朽ちていくじゃろうの。下手をすれば機能を乗っ取られる可能性もある」
乗っ取りか……。フレームギアの命令系統に侵蝕されれば、敵を撃とうとしているのに、味方を攻撃してしまう、なんてこともあり得るのか。
こればっかりは神の力だから、バビロン博士たちにもどうしようもない。
世界神様の話だと、神気でフレームギアをコーティングすれば大丈夫らしいが、今のところそれができるのは僕だけだ。
侵蝕されてしまっても、僕が神気で浄化すれば止めることはできるらしいが……。
「面倒ですね……」
「うむ。あ、いや、まあ、ワシらのせいなんじゃが……スマン」
「世界神様のせいじゃないですわ。あの破壊神の悪タレ小僧がきちんと仕事をしないからこんなことになるんです。今度会ったらあの髭面を思いっきり引っ叩いてやるわ!」
謝罪する世界神様に対して、時江おばあちゃんは破壊神にキレていた。うん、まあ破壊神が堕神をちゃんと消滅させていればこんなことにはならなかったわけで。仕事の手を抜いたらいかんよね。
しかし、フレームギアを乗っ取られるのだけは勘弁だな。僕が乗るレギンレイヴだけ無事でも、みんなの機体が乗っ取られでもしたら大変なことになる。
スゥのオルトリンデオーバーロードが暴れ出しでもしたら、止めるのに相当な労力がいりそうた。
「『侵蝕』の権能は触れなければ発動せんから、そうそう乗っ取られるということはないと思うが、できないわけではないからの。堕神憑きに対峙するときは避けた方がよかろうな」
あ、触れなければOKなのか。そういえばあの半魚人も噛み付いた人間だけが呪われて半魚人化してたっけ。空気感染みたいなのじゃなくてよかった。
それならまあ、乗っ取られるようなことは……。あれ?
「あの、堕神の分体ってのは意思を持っていないんですよね?」
「うむ」
「たとえば、ゴレム……自律した機械人形に堕神の分体が取り憑いた場合、どうなりますか?」
「む? 自律した機械人形に? 『侵蝕』の権能を持つ機械人形になるだけだと思うが……」
まさか、と思うが。
ゴレムはもともとQクリスタルに刻み付けられた基本行動に則って行動している。
意志があるように見えても、それはプログラムされた条件反射だ。
人間のように感情で動くようなことはなく、契約者の命令に従い、決められた行動をするロボットなのだ。
今、僕の頭の中にはアクションゲームのデモ画面が流れていた。
デモ画面では誰も動かしていないのに、主人公キャラクターが走ったりジャンプしたり、敵をやっつけたりしている。あらかじめプログラムされた行動である。
そこに、誰かがコントローラーを持ってゲームを始めたら? 主人公キャラを動かしているのはもう機械じゃない。コントローラーを持つプレイヤーだ。
もしも『金』の王冠が、堕神に『侵蝕』されていたら?
それは『侵蝕』の力を持つ『金』の王冠なのか?
『金』の王冠の機体を乗っ取った『堕神』ということはないのか?
本来、ゴレムは契約者がいなければ自律行動することはできない。
僕はてっきり邪神の使徒の誰かが『金』の王冠の契約者なんだと思っていた。
ひょっとしたらそれは大きな勘違いだったのかもしれない。
「面倒なことになったなあ……」
何度目かのセリフをため息とともに吐くと、また世界神様から『スマン』と謝られた。あ、責めてるわけじゃないんですよ? 不確定要素が増えて今までの作戦を見直す必要が出てきたな、と思っただけで。
どっちかというと堕神の見逃しは破壊神のせいですから。時江おばあちゃんに僕の分まで引っ叩いてもらおう。




