#577 『銀』の残骸、そして再襲来。
床に無造作に投げ出された剣はどれもこれも折れたり欠けたりしているもので、部屋の隅の方にも砂に埋もれていくつもの剣が転がっていた。こっちも同じく折れたり欠けたりしている。
「これってシルヴァーと同じ剣だよな?」
『そうでやんスね。あっしの兄弟ってところですか。この部屋を見て、いろいろと思い出してきたっスよ……。もともと「銀」の王冠ってな、他の「王冠」の装備品として作られたんス』
『王冠』の装備品? まあ、武器なんだから誰かに使ってもらってナンボだと思うけど、『契約者』じゃなくて『王冠』にか?
『クロムの野郎は、「代償」無しで「王冠」の「王冠能力」を使えないかと研究してやした。結果、辿り着いた答えのひとつが「代償」を他のヤツに肩代わりさせるというものだったんス』
肩代わり……? まさかそれって、本来『契約者』が払うべき『代償』を誰かになすりつけるってことか!?
「ひょっとしてここにある剣の残骸は……」
『「代償」を受けきれなかったヤツらっスよ』
『王冠』の代償はそれぞれの機体によって違う。例えば『赤』なら血液、『緑』なら飢餓、『青』なら眠り、と少しならばなんとかなる。だが払うべき代償が大きくなると命に関わる。
『赤』は失血死、『緑』は餓死、『青』は昏睡状態となってしまう。
その代償を全部『銀』の王冠に被せ、『契約者』はなんの代償も払うことなく『王冠能力』を引き出そうとしたわけか。
『当たり前でやんスけど、ゴレムには血もねえし、腹も空きやせん。いわゆる人間の欲ってもんが基本的に無いんでやんすよ。そうなると払うべき代償が無いあっしらでは当然、「王冠能力」なんて発動しません。でも、もしそういった「欲」があるゴレムが作れたら……とクロムの野郎は考えたわけでして』
「そうか、だから魔法生命体との融合を考えたのか」
シルヴァーの説明にいつの間にか横にいたバビロン博士が指を鳴らした。
魔法生命体……たとえばスライムなんかなら生きるために他の動物を捕食する。少なくとも生存本能や食欲はあるわけだ。それを利用しようってわけか。
『けれど、それは言葉で言うほど簡単じゃありやせん。人間の「生きたい」、「食べたい」、「眠りたい」なんて「欲」は魔法生命体にしても負荷がかかり過ぎるんでやんス。その力に耐えられなかったヤツは……』
「こうなるってわけか」
僕は転がっている剣の一つを手にして、じっと眺めた。確かに外からの衝撃というより、内部から破裂したような壊れ方だ。
力に耐えられず、自壊したというところか。
「と、言うことはシルヴァーはその成功作ということですか? 王冠の『王冠能力』を代償無しで使える、と?」
『まぁ、一応は……。けど、限界はあるっスよ? たとえばアルブスの「リセット」なんて使った日にゃ、たぶんあっしの精神回路は真っ白になって、一発でおしまいでさ』
使えるが、一度切りってことか? それって……
「なるほど。使い捨てか。君たち『銀』の王冠は、いわば生贄なんだな? 『王冠能力』を使うための」
博士が僕の思っていたことをズバリと口にした。使い捨て。まさにその通りだ。
食事の時に使ってあとは捨てられるだけの割り箸。手を汚さないためだけに使われるビニール手袋。それらと同じ扱いってわけか。
ずいぶんと高い使い捨てだ。だけど『王冠能力』を使う代償の代わりになると思えば安いものなのかもしれない。
『ま、もっとも使い捨てられるレベルまで完成したのはあっしだけだったようでスけどね。それだってクロムにしてみたら到底満足できるものじゃなかった。だからあっしら『銀』は開発中止になったんス』
思い切りがいいというか、こだわりがないというか……。クロム・ランシェスは『銀』の王冠をあれこれと試行錯誤するよりも、全く違うものを一から作ろうとしたらしい。
そこが天才の天才たる所以なのだろうか。一つの概念に囚われない。新たな方法が見つかったならすぐに切り替える。
一つのことにこだわってそれを極めていくのも才能だとは思うが……。
「で、『銀』の王冠の開発をやめたクロムは『金』の開発を始めた?」
『みたいっス。あっしはここに固定されていたんで、「金」がどんなコンセプトで作られたかは一切知らねぇでやんスけど……。ときたまクロムが独り言を言うのを部屋越しに聞いたくらいで』
こう言ったら悪いが、クロムにとって『銀』の王冠は失敗作だったのだろう。
彼の目的は『白』と『黒』の王冠の『王冠能力』を代償無しで使い、フレイズに侵略されつつあるこの世界を逃げ出すことだった。
結局、それは間に合わず、『白』と『黒』の暴走により、彼は代償を払うことになるのだが……。
あれ? ちょっと待てよ? ということは『金』の王冠は未完成なのか?
確かにゴールドは自分自身に『王冠能力』がないと言っていた。
だけど『金』の王冠自体が他の王冠の『王冠能力』を代償無しに使うためのだけの機体だとするならば、『王冠能力』を持っていないのは当たり前なわけで……。ううん、よくわからなくなってきたな。
「では『金』もここで作られたわけですか……。ゴールド、なにか思い出しましたか?」
『我ノ記憶ニハ何モ無イ』
久遠の問いかけにゴールドが前と同じ答えを放つ。やっぱり初期化した時に消えてしまったのだろう。自分自身のスペックとかはわかるのに、当時の記憶とかはさっぱり消えてしまっているようだ。
「ゴレムの記憶はQクリスタルに焼き付けられたものと、引き出しに入れるだけのものがあるからね。焼き付けられた、自分が何者であるとか、契約者に従うとか、そう言ったゴレムの基本的なことは消えないけど、単なる日常の記憶は初期化によって消えてしまうわ」
エルカ技師が拾った『銀』の王冠の残骸を調べながら教えてくれる。
「全部焼き付ければ消せないのにな」
「それだと命令系統がごちゃごちゃになるし、うまく機能しなくなるのよ。『木を切り倒すな』という命令が焼き付いてしまったら、『木を切れ』という命令は従えなくなるわ」
なるほど。消しゴムで消せる鉛筆で書くか、消せない油性マジックで書くかの違い……といったところか?
本当に重要で必要な命令ならマジックで書いても問題はないが、取り消す可能性のある命令ならば、マジックで書くのはマズいよな。
何かの参考になるかもしれないという博士の頼みにより、『銀』の王冠の残骸を【ストレージ】へと一応収納しておく。
その部屋を出て、他の扉を開いていくと、少し広めの部屋にぶち当たった。
ここもいかにも研究室といった雰囲気の、中央に大きな台とよくわからない機械類が置いてある。
他の部屋と同じく砂や塵と化した何かが堆積し、使えるものがあるかどうか探すのも一苦労であった。
僕も近くにあった机の引き出しを開けてみるが、中には砂のように朽ちたなにかが入っているだけだった。
「父上、これを」
「ん?」
箱に溜まっていた砂の中から何かを拾った久遠が僕に差し出してきたのは、黄金に輝く丸っこいパーツだった。あれ、これって……?
「ゴールド。ちょっとこっちに来てくれ」
ステフの護衛よろしく付き従うゴールドを呼び寄せ、その肩に久遠がくれたパーツをあてがう。
「ピッタリですね」
久遠の声に僕も小さく頷く。これってまったく同じパーツだよな。つまりこれはゴールドの本体に使われている装甲と同じものだ。予備なのか、不良品なのかはわからないが……。
それとも……やはり『金』の王冠は複数作られていて、その余剰パーツのひとつとか?
「ここでゴールド……『金』の王冠が作られた……のか?」
『不明。我ニソノ記憶ハ無イ』
先ほどと同じような回答が返ってくる。やはりゴールドには記憶がないようだ。
だが、ここでゴールドが作られた可能性は高い。そうとなれば、めぼしいものがないかと物色することにした。
いくつかのノートっぽいものと、なにやらよくわからないコードがついた輪っか、なにかを培養してたような大きなカプセルなどを片っ端から【ストレージ】に収めていく。
一応、これらはゼノアスとの共同管理ということで、これにより判明した事柄は全て向こうの国にも伝えることとなっている。独り占めしようとかは考えてないからね?
「……?」
ふと、奇妙な感覚に襲われる。微弱ながら魔力の流れを感じるのだ。建物からさらに足下の地下へ静かに流れる魔力を。さっきまでは感じなかったんだけど……。なんだこれ?
「冬夜君? どうかしたのかい?」
「いや、なんか魔力の流れを感じて……地下の一部分に少しずつ集まっているような……」
「一部分に集まって……? っ!? まずい! 冬夜君、脱出だ! この研究所は自爆するぞ!」
「なっ!?」
博士が焦ったように叫ぶ。自爆!?
「た、ターゲットロック! この地下研究所と、その周辺にいる者全て! あ、ゴレムも含む!」
『ターゲットロック……完了しましタ』
「【ゲート】!」
ふっ、と足下の床が消え、ストンと身体が落ちる。すぐに外の荒野に投げ出された僕たちの耳に、遠くから、ドゴォォン……! という腹に響く爆発音が聞こえてきた。
「みんな無事か!?」
僕は突然地面に落とされたみんなを確認する。身内は全員無事だ。ゼノアスのメンバーもファレス王子をはじめ、研究所のエレベーター外にいた護衛の人たちも全員無事のように見える。
ファレス王子に確認してもらい、誰一人として欠けてはいないことが判明して、やっと安堵の息を吐いた。
「あっぶなかった……! 自爆装置とか……頭おかしいだろ、クロム・ランシェスってヤツは……!」
「? 自分の研究施設に自爆装置を付けるのは当たり前だろう? まあそれに気がつかないとは、少々浮かれていたね、ボクも」
博士がなんでもないことのようにそんなことをのたまう。エルカ技師も教授もクーンまでもがうんうんと頷く。
なんだ? 研究施設と自爆装置はワンセットなのか? まったくおっそろしい……アレ?
「おい、まさか……『バビロン』にもあるんじゃないだろうな……?」
「あるよ。あれ? 言ってなかったっけ? 九つ全てに、あっ、あっ、痛い痛い痛い!」
とんでもないことをさらりと答えた博士のこめかみを、両拳でグリグリグリグリと締め上げる。
そんな危険なものを国の上空に置いておいたのか、お前は!
「帰ったらすぐに取り外せよ……!」
「いやいや、もし『バビロン』が悪意を持つ誰かの手に渡ったらどうするんだい?」
「『バビロン』は管理者と適合者しか扱えないんだろ? なら外しても問題無いじゃないか」
「施設自体はそうだけど、そこに納められている物自体は違うよ。たとえば『格納庫』のフレームギアを盗まれたり、『錬金棟』の万能薬を盗まれたり」
あんな上空にどうやって忍び込むのかと言いたいところだが、確かに可能性はゼロじゃない。
だけども盗まれそうだから自爆ってのはないだろう。
「そこは『自分の研究成果を盗まれるくらいならいっそ……』という開発者の心意気だよ。クロム・ランシェスもそう考えたんだろう。魔工学者の嗜みってものさ」
本当にそうか……? 言わんとしていることは理解できなくもないが、やはり自爆はやり過ぎな気もする……。
全員の無事を確認してから【ゲート】で再び研究所の場所へ戻ると、扉のあった岩山は木っ端微塵に吹き飛び、周辺にはいろんな残骸が転がっていた。
派手に吹き飛んだなあ……。
「完全に埋もれてしまっていますね……」
ファレス王子が扉のあった地面を足でジャリジャリと蹴りながら確認していた。
「どうします?」
「掘り起こせないことはないんでしょうけど……とてつもない時間と労力、費用がかかりますね……。全部の部屋をざっと確認はできましたし、持ち出せた物だけで満足するしかないかな……」
王子が残念そうに答える。
まあ、ひょっとしたら隠し部屋なんかもあったのかもしれないが、それを確認するためだけに掘削するわけにもいかないしなあ。
それに保存魔法がかけられているといっても、それは汚れや腐蝕などから守るためであって、これほどの爆発があったのでは無事ではすむまい。
保護魔法のかけられたノートだって破れるし、燃やせるのだ。なにも手を加えなければ何千年とその姿を保っていられるが、無敵のバリアがついているわけじゃない。
「これで『金』の王冠についてなにかわかればいいんだが。向こう側にいる『金』の王冠に対する備えになればいいんだけどね」
ああ、それがあったな。博士の言葉に僕は向こうにも『金』の王冠があることを思い出した。
研究所に転がっていたパーツ……。やはり『金』の王冠は複数作られたのだろうか? 、三体目の『金』の王冠とか出てきたりしないだろうな……?
「ボクが気になっているのは向こうの『金』の王冠は、ステフ君が初期化してしまった記憶を持っているんじゃないかってことさ。奴らは『方舟』をいとも簡単に奪取してみせた。それはあらかじめその情報を持っていたからじゃないか? クロム・ランシェスの今まで研究の情報を、向こうの『金』の王冠が有している可能性は高いと思う」
なるほど。確かに……。ということは、奴らはここの研究所のことも知っていた可能性があるな。
なのに『方舟』のように手に入れていないってことは、もはや無用のものと判断されたからなのか? 必要ないから放置された? せっかくいろいろ手に入れたけど、役に立つ物はないかもな……。
それでもクロム・ランシェスがなにを考えていたかを知るのは無駄なことではあるまい。
というか、うちの魔工スタッフが興味津々だしなぁ……。 またしばらく籠って出てこなくなりそうだ。
しかし向こうの『金』の王冠がクロム・ランシェスの研究情報を持っているとなると、あのキュクロプスの開発なんかにもその情報が使われているのかもしれない。
エルカ技師と教授は、自分たちと同じ五大ゴレムマイスターの一人、『指揮者』の関与を疑っていたけど、そいつにクロム・ランシェスの技術が加わるとなると、いずれとんでもないものが作られそうで不安だな……。
まあ、どんなのが来ても叩き潰すだけだけどさ。
そんな新たな決意をした僕の胸で懐に入れていたスマホが振動し、着信を告げる。
ん? 桜から?
「はい、もしもし?」
『王様、すぐ戻る。空に穴が空いた』
はい? 空に穴? なにを言って……。待てよ、それって時空の歪みか!? ブリュンヒルドに!?
◇ ◇ ◇
ゼノアスの人たちを【ゲート】で国の方へと送り返してから、すぐさま僕らもブリュンヒルドへと戻る。
すでに城からは騎士団が出動していて、空に浮かぶ穴に警戒態勢をとっていた。フレームギアも数機出動している。
ブリュンヒルドの町からわずか三キロ。その上空に直径三メートルほどの黒い穴が浮かんでいた。
周囲が歪んで、まるでゆっくりと回転しているかのように見える。バチバチという小さな放電現象もあるようだ。
穴の中心は真っ黒な空間でなにも見えない。まるでブラックホールだな。吸い込むのではなくて、吐き出す穴だけれども。
「あれが『次元震』の歪みですか……」
「うん。時空を超えてここではないどこかへ繋がっている穴だよ」
空に浮かぶ歪んだ穴を見上げるリンゼに僕が説明する。ま、時江おばあちゃんの受け売りだが。
今現在、こいつが世界中で開き、騒動を起こしている。
大抵はその穴から飛び出してきた魔獣による集団暴走だ。しかし椿さんからの報告だと、突然押し寄せた大量の水に村が流されてしまったという情報もある。
おそらくは過去世界の海とか湖につながってしまったのだろう。
「あれって消せないんですか?」
「時江おばあちゃんなら一瞬で消せるけど……なにもしなくてもあの大きさなら世界の修復力でやがて消えるらしいよ。その間になにかが飛び出してこなければ問題はない……と思う」
リンゼの疑問に答えながら、僕はとうとううちの国にも出てきたか、と少しの焦りを感じていた。
確認されていないだけで、こういった歪みの穴は世界中でいくつも開いているのだと思う。ただ、なにも現れず、自然消滅してしまっただけで。
この穴もそうならいいのだが……。だけど消えるってどれくらいだ? 一日? 三日? ずっとここに騎士団のみんなを常駐しておくのもなぁ……。
「ダーリン、あの穴の周りにあらかじめ【プリズン】を張っておくことはできないかしら。なにが飛び出してきても被害を食い止めることができるんじゃない?」
「あ、なるほど。その手があったか」
リーンの提案にポンと手を打つ。そうかそうか、あらかじめ【プリズン】の結界を張っておけばなにも────。
「……って、遅かったみたいね」
「え?」
【プリズン】を張ろうとしたその時、次元の穴がグニョンと歪み、その中から見覚えのあるものが空中に次々と飛び出してきた。
『それ』はキラキラとした光を反射させながら、僕らの頭上を旋回する。
「なっ……! あれは……!」
「フレイズ……!」
太陽に輝くその水晶のボディを見間違えるわけがない。鮫のようの形をしたフレイズが数十体、空中を悠々と泳いでいた。




