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異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第32章 めぐり逢えたら。
572/637

#572 交渉決裂、そして骨の饗宴。





「アレがビーリス?」

『らしい。手下の奴らがそう言ってるし』


 向こうからはわからないほど遠くから、【遠見の魔眼】を使って、焔は馬車に乗り込む髭の男を確認した。夜ということもあって少し見辛いが、恰幅のいい、髭をたくわえた四十前後の男が見える。服の襟元には金の縁取りをした小さな黒い蝶の刺繍がされていた。

 さすがの焔でもこの距離では声までは聞こえない。だが、足元にいる黒犬アヌビスにはなんとか聞こえているようだ。

 結局あれからジャンケンに負け、アヌビスの面倒は焔が見ることになった。そして一人と一匹は、『黒蝶パピヨン』で密造・密売を取り仕切る幹部、ビーリスを監視する任務についたのである。

 ビーリスはゴレム馬車に乗り、ブレンの町をあちらこちらに移動していた。その度に焔たちは町の人に気付かれないよう、屋根の上を警戒しながら移動していく。

 ブリュンヒルド諜報部の貸与品である『インビジブルマント』は、ユミナの乗るフレームギア・ブリュンヒルデの鏡面装甲にも使われている、認識阻害と周囲に溶け込む光学迷彩のような機能を持ったアイテムであった。

 これがあればそう簡単にバレることはないが、念のため距離を置いて焔は相手を監視していた。

 認識阻害があっても勘の鋭い者に怪しまれる恐れは十分にあるのだ。警戒するにこしたことはない。


『今度は娼館か……。なんでこんなにあっちこっち移動すんですかね? 面倒くせぇ……』

「よくわからないけど、密造・密売の責任者なんだから、秘密にしておきたいことがいろいろとあるんじゃないの?」


 屋根の上でぶつくさと愚痴るアヌビスに、ターゲットから目を逸らさずに焔がそう答えた。

 適当に答えた焔だったが、実はこの推測は的を射ていた。

 ビーリスは厳つい顔に似合わない慎重派で、毎回取り引きの場所を変えることにしていた。前日に突然変えることもある。

 密売という商売は当たり前だが、人目に触れてはならない。売り手も選ぶし、少しでも怪しいと判断したならすぐに手を引く。

 彼らが一番恐れているのは現場を押さえられることである。

 ガルディオ帝国は新皇帝が即位してから、先帝の志を継ぎ、隣国との友好に力を注いでいる。隣国との関係が良くなっていくにつれ、国家間の流通が増加されたが、それにつれて検問も当然ながら厳しくなっていた。

 そうなるとなかなか手に入らない物を手に入れるために、密輸・密売をする輩が増えるのは当然のことで、それを取り締まる者が増えるのもまた当然と言える。

 どこに国家の犬が潜んでいるかわからない。ビーリスが慎重になるのも頷ける話であった。まあ、彼の場合はその性格から通常運転であったが。



            ◇ ◇ ◇



「ほれ、今月分を持ってきてやったぞ」


 椅子に腰掛けた山羊の頭蓋骨を被った黒ローブの人物は、テーブルの上に子犬の頭ほどの革袋をどさっと置いた。

 『黒蝶パピヨン』の幹部であるビーリスは、それを引き寄せると革袋の口を開き、中身を確かめる。

 革袋の中には鈍い暗金色に光る粉がどっさりと入っていた。

 このところ『黒蝶パピヨン』の大きな資金源となりつつある黄金薬である。

 ビーリスはこれを分析し、同じ物を作ろうとしたが、元となる素材がなんなのか、それさえ見当もつかない有様で、結局は諦めることにした。

 持ち込んでくる相手からしてまともなモノではないが、売ることができて、利用することができるのであれば、ビーリスとしては問題はなかった。むろん、警戒は常にしているが、『今』はそれでいい。

 ビーリスが革袋の口を閉めると、隣りに立つ部下がアタッシュケースのような物をテーブルに置き、蓋を開く。

 その中にはソフトボール大の透き通った塊がいくつも入っていた。表面には細い溝が幾つも走り、奇妙な幾何学模様を描いている。


「全て個別の古代機体レガシィのものじゃな?」

「ああ、言われた通り同型機の物は一つもないぜ」


 水晶のような塊をひとつ手に取り、山羊の頭蓋骨を被った老人がめつすがめつ確認する。

 アタッシュケースに入っていた物はゴレムの頭脳ともいえるQクリスタルであった。

 しかも全て古代機体レガシィのものであるという。本当ならば、その価値は計り知れないものだ。

 ゴレムは動力源であるGキューブと頭脳であるQクリスタルで動いているが、基本的にこの二つさえ無事であるならば、完全に復活することができる。

 しかし特に大事なのはGキューブよりもQクリスタルであると、多くのゴレム技師は言うだろう。

 なにしろQクリスタルにはそれまでのゴレムの知識や経験、戦闘技術などが残されている。ぶっちゃけ、Qクリスタルが無事ならば、機体性能は落ちるが、他のGキューブでも復活することができるのだ。

 逆にGキューブだけが無事でもQクリスタルが破壊されていたならば、パワーや性能は元に戻っても、それを操る機能が全て一からやり直しとなってしまうのだ。

 そんな貴重なQクリスタルであるが、これが古代機体レガシィの物となると、さらにその価値は跳ね上がる。

 なにしろ古代機体レガシィは『古代ゴレム大戦』で使用されたゴレムの生き残りである。その経験や知識は得ようとしてもすぐに得られるものではない。

 その貴重なQクリスタルを『黒蝶パピヨン』はどうやって手に入れたのか。

 闇市場ブラックマーケットを仕切る『黒蝶パピヨン』ならば、金はかかるが手に入れることはそれほど難しくない。

 だが、金を出さなくとも手に入れる方法はある。そう、持ち主から奪えばいいのだ。

 契約者マスターを殺し、ゴレムを機能不全に追い込んで、Qクリスタルをいただく。

 紛れもなく犯罪行為であるが、『黒蝶パピヨン』の連中からすれば日常茶飯事なことに過ぎない。


「なんだったらリンクしたGキューブの方も用意できるが」

「いや、そっちは必要ない。必要なのは古代機体レガシィのQクリスタルだけじゃ」


 その答えにビーリスは僅かに眉根を寄せる。古代機体レガシィのGキューブとQクリスタルは、基本的にリンクしている。

 リンクしているQクリスタルをそれ以外のGキューブの機体に搭載すると、性能がガタ落ちし、ゴレムスキルも使えなくなるのだ。

 だからこのQクリスタルを使って新たなゴレムを作るのならば、リンクしたGキューブを使わないというのはおかしな話なのである。

 Qクリスタルだけを使ってなにをしようというのか……ビーリスにはさっぱりわからなかった。

 余計な藪をつついて蛇が出るのは避けたい。と、ビーリスがそれ以上追求するのはやめたとき、店の奥からなにか揉み合うような声が聞こえてきた。

 ビーリスの横に立つ護衛が剣の柄に手をかけると同時に、力任せに扉がドバン! と開いて、身の丈二メートル近くはある偉丈夫が飛び込んできた。


「おう、邪魔するぜ」

「ブラス……!」


 突如店に乗り込んできた男を見て、ビーリスが顔を顰める。

 浅黒い肌に禿頭のその男の顔には、右半分にびっしりと刺青が、左側には鼻筋から頬にかけて大きな傷跡があった。

 ビーリスと同じ『黒蝶パピヨン』の幹部の一人、実行部隊を牛耳る男、ブラスである。


「今は取引中だ。用があるなら後にしろ」


 ビーリスが舌打ちをしながらブラスを睨みつける。ブラスとビーリスはお世辞にも仲がいいとは言えない。後先考えず、力づく皆殺し主義のブラスをビーリスは見下していたし、細かく慎重でなにかと迂遠なビーリスをブラスは腰抜け野郎と罵っていた。

 ブラスはビーリスの言葉を無視して、彼と山羊の頭蓋骨を被った老人──グラファイトの斜向かいのソファーにどかっと腰を下ろした。


「どなたかな?」

「俺はブラス。こいつと同じ『黒蝶パピヨン』の幹部だ。よろしくな」


 獰猛な笑みを浮かべてブラスがグラファイトに自己紹介をする。それを見ながらビーリスがまたも小さな舌打ちをした。


「やっと尻尾を掴んだぜ。お前が『黄金薬』の提供者だな?」


 ブラスはテーブルに置いてあった革袋を引ったくると、中身を確認し、さらに笑みを浮かべた。


「尻尾を掴んだとは随分な言い方じゃな。こっちは別に隠れていたわけではないが」

「そっちはそうかもしれんが、こいつが俺たちにも取引相手を隠してたんでな。突き止めるのに苦労したぜ」


 ブラスがニヤニヤとした笑みをビーリスに向ける。黄金薬はビーリスが専売にしていたもので、他の三幹部は関わってはいない。

 もともとこの黄金薬は『金花病』に効くという触れ込みでアイゼンガルドに出回っていた。

 その効果と特殊性に目を付けたビーリスが売り捌いていた者を突き止め、交渉してここまで手を広げたのである。

 今や黄金薬は『黒蝶パピヨン』にとって、無視できない程の資金源となっていた。

 それに一枚噛みたい他の三幹部から探りがあるのはわかっていたが、よりにもよってブラスが一番に突き止めるとは、とビーリスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。


「単刀直入に言うぜ。黄金薬の製造法をこっちに寄越せ」

「ブラス! 横取りするつもりか!」


 ビーリスの部下たちが剣に手を掛ける。同じようにブラスが連れてきた部下も剣に手を掛け、一触即発の空気が出来上がった。

 ピリピリと張り詰めた緊張が漂う部屋の中に、カン、とグラファイトが王笏セプターで床を叩いた音が響いた。


「当事者を置き去りに話を進めんでもらいたいの。それにアレはお前さんたちには作れんよ」

「ホントにそうか? 黄金蟲さえいればなんとかなるような気もするんだが」


 ぴく、とグラファイトは動きを止めた。

 黄金蟲、とはこちらの大陸に現れた変異種の別名である。虫型のものが多かったためそんな呼び名が定着していた。

 黄金薬は変異種に含まれる邪神の呪いを増幅し、圧縮して粉々に砕いたものである。

 変異種は邪神が死んだ時に全て消滅してしまったかといえばそうではない。ごく一部の休眠状態に入っていたものや、結界などで封印されたもの、そして邪神の使徒によって『複製されたもの』が存在する。

 さらにごく稀に、ローパーやスライムなど、獲物を取り込み同化する魔物によって別の個体へと変貌した種もいる。

 ブラスの言う通り、それらを使えば『黒蝶パピヨン』でも黄金薬を作れるというのはあながち間違いではなかった。


「ほう……よくそこまで突き止めたの。お前さんたちを少し侮っていたようじゃ」

「アイゼンガルドで妙な連中が動いてるのを聞いてな。悪魔のようなゴレムが黄金の怪物を運んでいたのを見たって噂がある。そいつが黄金薬の元なんだろ?」


 ブラスがニヤニヤとした笑みを浮かべてグラファイトに問い質す。

 ブラスが得たこの情報は、彼やビーリスと同じく、情報収集を担当する幹部から聞き出したことだった。

 邪神の使徒の本拠地は『方舟アーク』であるが、その他にも拠点としている場所はいくつかある。

 アイゼンガルドは人の寄り付かない場所になっているのでいろんな作業をするに適しており、結果的に警戒が甘くなっていたようだとグラファイトは心の中で嘆息した。

 もっともあそこはタンジェリンが仕切っているので、そういった用心は最初から期待できそうにもなかったが。


「ストレインやアレントの研究所なら黄金蟲の一つや二つ残しているだろ。あとは製法だけってこった」

「おい、ブラス……お前、まさか……」


 ブラスの言動にビーリスが眉根を寄せる。『手に入れたい物は力尽くで』が信条の男だ。間違いなく、この男はグラファイトを捕らえる気なのだろう。

 ビーリスとしては横槍を入れられた気持ちもあったが、それ自体は反対ではなかった。どのみち、いつかはその製法を吐かせることになると思っていたからだ。彼としては危険性がないかちゃんと判断できるまで、もう少し泳がせておくつもりだったのだが。

 ブラスの周囲にいた護衛たちが腰の剣を抜く。もはやここに至ってはビーリスが止めようにも止まるはずもない。

 彼は舌打ちをしつつも『黒蝶パピヨン』の利益になる方へと回った。


「ここまで稼がせてもらった礼だ。大人しく話した方がいい。こいつは情報を吐かせるためなら、拷問や自白剤も嬉々として使うぞ」


 ビーリスはどこか憐れむような目でグラファイトに話しかけた。まあ、情報を吐かされた後は間違いなく消されるだろうが、という言葉は胸に中に留めておく。素直に話せば苦しまずに死ぬことはできるだろう。


「ほっほっほ。ご忠告ありがとうよ。お前さんたちとはうまくやっていけると思ったんじゃがのう。残念じゃ。()()()()()()ならんとはな」

「あ?」


一瞬、ブラスは聞き間違いかと思った。切り捨てるのはこちら側だ。こいつの言い分だと、まるで自分たちが切り捨てられるような……。

 おもむろにグラファイトは動物の牙が数珠繋ぎになったブレスレットを外し、テーブルの上へと放り投げた。カシャンと音を立てて落ちたブレスレットが、たったそれだけの衝撃でバラバラに弾け、部屋の中に散乱する。


「なにを……?」


 訝しげに眉根を寄せるビーリスを無視して、グラファイトはトン、とメタルブラックの王笏セプターで床を突いた。


「【闇よ来たれ、我が求むは竜骨の戦士、ドラゴントゥースウォーリアー】」


 グラファイトが呪文を唱えると、散らばったブレスレットの牙から瞬く間に骸骨の戦士が生まれ、次々と立ち上がっていく。

 ただの骸骨ではない。その頭はリザードマンのような爬虫類系の頭蓋骨で、手には暗金色の丸い盾と、反り返った片刃の剣を持っていた。


「魔法……!? 手前ェ、魔法使いか!」

「気付くのが遅いの」


 こちらの大陸では魔法使いなどほとんどいない。それでも魔法という存在は認識されているし、東方大陸から魔法技術は少しずつ広まってはいた。

 向こうの大陸ならば、このような交渉の場には、簡易的な結界くらいは作っておくのが常識である。だがこの場にはそんな結界などなく、結果として召喚魔法が阻害されることはなかった。

 現れた竜牙兵に『黒蝶パピヨン』の護衛たちが斬りかかっていく。

 彼らはブラスが率いる実働部隊の一員だ。そこらの生半可な騎士などよりも腕が立つ。さらに言うなら騎士などにはない卑怯な手も平気で使う、実戦的な相手を殺すためだけの戦闘技術を持つ者たちだ。

 人間相手とは勝手が違うが、いつものように護衛たちの剣は確実に竜牙兵の肩を捉えた。


「なっ……!?」


 しかし、護衛の男の剣は竜牙兵の鎖骨で止められ、それ以上斬ることはできなかった。

 驚く護衛の男に、竜牙兵の剣が無慈悲に薙ぎ払われる。

 男は腰から上下に真っ二つになり、その場に臓物をぶちまけて派手に倒れた。


「さて、交渉が決裂した以上はもう遠慮することはないかの。ひと暴れさせてもらおうか」


 再び、グラファイトがトン、と王笏セプターで床を突くと、惨殺死体の下から瘴気が滲み出し、真っ二つになった男の身体が、あっという間にじゅくじゅくと溶解して骨のみの姿となった。


「な……!?」


 バラバラに分かれていた骨がカタカタと鳴り出したかと思うと、磁石がくっつくかのように引き寄せられ、元の形に戻り、ゆらりと立ち上がった。

 新しく生まれたスケルトンは手にしたその剣で元同僚たちに襲い掛かる。

 護衛の一人がそのスケルトンに斬り倒される。グラファイトが王笏セプターをさらにトン、と突くと、先程と同じように肉が溶け、またも新たなスケルトンが生まれた。

 ここに来てビーリスは自分たちがとんでもない勘違いをしていたことを理解した。

 自分たちが利用していたのではない。利用されていたのだ。向こうはいつでもこちらを切り捨てることができたのだ。今までなにもされなかったのは、単に向こうの気まぐれでしかなかった。

 こうなるとわかっていれば、ブラスが暴走した時にブラス自身を殺すべきだった。その上で謝罪すれば、もしかしたら助かったかもしれない、とビーリスは激しく後悔したが、もはや時は戻らない。


「ぐっふ……!」


 目の前にいたブラスの喉に竜牙兵の剣が突き刺さる。暴力に絶対の自信を持っていた男の末路としてはなんとも惨めな終わり方であった。

 ブラスが倒れ、再びトン、という床を打つ音が聞こえる。

 『黒蝶パピヨン』の幹部だった男は、骨だけの怪物として生まれ変わり、今度はその凶刃をビーリスへと向けた。



          ◇ ◇ ◇



『なーんか中が騒がしいっすね。迷惑な客でも……っ、ほむらの姐さん、あれ!』


 ビーリスがいるであろう娼館が見える屋根の上で、うたた寝をしていた焔がアヌビスの声にビクッとなって夢の世界から帰還する。


「うあっ!? えっ、えっ、なに? なに?」


 焔は寝惚け眼をごしごしとこすり、娼館の方に視線を向ける。

 なにか騒ぎが起きているようで、監視していた娼館から人が逃げ出しているようだ。

 なにがあったのかと、【遠見の魔眼】を発動させて視覚を強化する。


「あれは……!」


 人々が逃げ惑う娼館の入口から、爬虫類のような頭蓋骨をしたスケルトンが出てくるのが見えた。

 竜頭スケルトンは逃げる人たちを手にした反り身の剣で次々と斬り殺していく。

 どこからともなく現れた黒い瘴気が、斬り殺された人物にまとわりついたかと思うと、たちまちのうちに肉が解けて骨だけとなり、新たなスケルトン兵となって立ち上がった。

 そしてその生まれたスケルトンが、恐怖に怯えた人々をさらに襲う。悲劇の連鎖であった。


「スケルトン化してる……!? どういうこと!?」

『わからねぇが……こりゃあ、ちっとオイラたちの手に余るぜ……!』


 騒ぎがどんどん大きくなるのを見ながらアヌビスがそうつぶやいていると、そのタイミングで焔のスマホに着信が入った。

 慌てて懐からスマホを取り出す焔。もしも公王陛下や上司の椿からなら、この状況を報告しなければならない。


「あれ?」


 着信通知を見た焔が微妙な表情を浮かべる。主君でも上司でもなかったが、出ないわけにはいかない相手だった。


「もしもし……え? いや、今は仕事で……えとですね……ガルディオ帝国の……」


 アヌビスに背を向けて、小声で通話相手に簡単に今の状況の説明を始める。もうこの際なので、主君や上司にはそっちから連絡してもらおうと焔は思っていた。


「え? 手伝う? 面白そうって……で、でもほら、陛下の許可がいるんじゃ……! 問題ない? あ、そうですか……。はい、はい……オマチシテオリマス……」


 プツ、とスマホの電源を切った焔が死んだような目でギギギ……とアヌビスの方へ振り向く。


『ど、どうしたんすか、焔の姐さん……? 電話は誰から?』

「エルゼ様から……」

『は?』


 体術を得意とする焔は、たまにエルゼとの組み手の相手をすることがある。そのため、焔のアドレスにはエルゼの番号も入っていた。さっきの電話も組手の相手をして欲しいとのお願いだったが……。

 

「今からこっちに来るって……」

『はあ?』

「バステトとアヌビスの位置はわかるから【テレポート】で来れるって……」

「お待たせ!」

「『わあ!?」』


 まさに一瞬にして、アヌビスと焔のいた屋根の上にくだんの人物『たち』が現れた。


「おお、なかなか派手に暴れているでござるな」

「これは見逃せませんね。早く救けなければ」

「骨が折れそう……」

「うまいことを言ったつもりかや、桜?」


 エルゼの後ろには八重、ヒルダ、桜、スゥの四人が立っていた。全員主君の妻、つまり王妃である。こんなところに来ていい人物たちではない。


「こないだの砂漠の集団暴走スタンピードには参加できなかったから、今日は思いっきり暴れるわよ〜!」


 エルゼがガントレットを装備した両手をガンガンと打ち鳴らし、嬉々としてそう叫んだ。

 もはや手段と目的が替わっているんじゃないかと焔は思ったが、口に出すのはやめた。言っても無駄なので。

 なんにしろ力強い援軍には違いない。とはいえ、この状況を知らせないと後で面倒なことになるな、と判断した焔は、上司である椿の番号に電話をかけることにした。賢明な判断である。







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■スラムで暮らす私、サクラリエルには前世の記憶があった。その私の前に突然、公爵家の使いが現れる。えっ、私が拐われた公爵令嬢?
あれよあれよと言う間に本当の父母と再会、温かく公爵家に迎えられることになったのだが、同時にこの世界が前世でプレイしたことのある乙女ゲームの世界だと気付いた。しかも破滅しまくる悪役令嬢じゃん!
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