#568 砂漠のスタンピード、そして参戦。
■発表から一週間遅れとなりましたが、拙作『異世界はスマートフォンとともに。』のアニメ二期が決まりました。これもひとえに応援し続けて下さる皆さんのおかげかと存じます。ありがとうございます。これからもよろしくお願い致します。
「だからさー、どうにかもう一つの人格を封じることができるような、そんな魔法とか魔道具とかはないかと……」
「そんな都合のいいものはございません」
城のリビングでそう語る、お疲れ気味のエンデの言葉を僕はズパッと断ち切る。
相変わらずリイルとエンデの仲は悪く、家に帰れない日々が続いているようだ。
いや、正確にはリイルがアリスに付いて城に来ている時に帰ってはいるようなんだけど。今日はこうして僕に愚痴を溢しているが。
今日のアリスはリイルを連れて久遠とダンスの練習をしている。そのアリスに会いに行けない親父が僕に管を巻いているのだ。
そもそもリイルとエンデ自体は仲が悪いわけではない。リイルに組み込まれたハルの人格がエンデのことを蛇蝎のように嫌っているだけで。
「あの子の主人格はリイルという女の子なんだろう? ならそこからハルの人格を抜けば問題はなくなると思わないかい?」
「あのな、『結晶界』にいたオリジナルのハルがどうなったかわからないんだぞ? もし死んでいたとしたら、あの人格はメルにとって弟の記憶、いや、弟そのものじゃないのか? それを消せるか?」
「いやいや、違う違う。僕は消せとは言ってないよ。一時的に封じるというか、こちらの都合で眠らせたり起こしたりできないかって話さ。感情によってその度にハルに乗っ取られるのはリイルだって本意じゃないだろう?」
うーむ……言ってることはわかるが、お前がハルと和解すればいいだけの話じゃないのか?
エンデに対する怒りによってリイルの表面意識に出てこなくなれば、普通に付き合えると思うんだが。
「和解できる気がしない……」
げんなりとうなだれるエンデに、僕もなんと言ったらいいのか言葉が浮かばない。
「冬夜は結婚するとき、向こうの親兄弟に反対とかされなかったのかい?」
「特には……いや、桜のとこの魔王陛下にだけは睨まれたかな……」
まあ、睨まれただけでそれほど反対されたわけでもないが。桜自身が完全に僕の味方なので、魔王陛下は手も足も出なかったからな。
「メルに間に入ってもらえば多少は話を聞いてもらえるんじゃないのか?」
「メルも『結晶界』を捨てたっていう負い目があるから、あまり強くは言えないんだよ」
「まあ、気持ちはわかるけど……」
でもそれじゃいつまで経っても解決しないぞ? 解決しないといろいろと……。
「……困るのはエンデだけだから解決しないでもいいのか……?」
「ちょっと!? アリスだって僕と会えないから困ってるよ!?」
「そんな話は聞かないけど。リイルと姉妹のように仲良くしてるぞ」
白くなったエンデがパタリとソファーに横倒しに倒れた。
あ、しまった。余計なこと言った。
倒れたエンデをどうしようかと悩んでいると、どこからか着信音が鳴った。
あれ? 僕のじゃないな。エンデのか?
「はい、もしもし……? え? うん、まあ大丈夫だけど……」
生気を失ったようなエンデの目が少しずつ回復していく。むくりとソファーから身を起こすと、電話の相手と何やら話し始めた。
なんだろう? メルに今日の晩御飯の食材を買ってきて、とか言われてんのかね?
ピッ、と通話を切ったエンデの視線がお茶を飲んでいた僕の方へと向く。
「ギルドマスターから電話だよ。サンドラ地方で集団暴走が起こったって」
「集団暴走!?」
穏やかじゃない話に僕も自分のスマホを取り出してマップを空中に展開、サンドラ地方をズームする。
「検索。集団で暴走している魔獣、魔物」
『検索しまス……検索完了。表示しまス』
パッとマップ上に赤い表示が固まって現れた。マップ上ではゆっくりと見えるが、本来ならものすごい勢いで進んでいると思われる。
「数は?」
『大小含めて32691体でス』
多いな……。かなり大規模な集団暴走だ。
マップで見ると集団の暴走する先にかなり大きな町が一つある。このままだと三時間も経たずにぶつかるな。
この地方を治めていたサンドラ王国はもうない。現在はいくつかの都市国家が独立して細々と交易をしている状態だ。
この地方ではユーロンと同じく、国の崩壊を招いたとして僕の評判はすこぶる悪い。主に奴隷を奪われた人々に。
この町もサンドラにある以上、そういった元奴隷商人なんかが支援して成り立っている町なんだろうけど……。
「で、ギルドマスターのレリシャさんはなんて?」
「討伐依頼だね。せっかくサンドラの方にも冒険者ギルドを置いたのに、ここで潰されちゃ困るってさ」
討伐依頼か。しかし『竜騎士』を持ってるとはいえ、エンデ一人じゃさすがに荷が重くないか?
「大丈夫。王冠の『黒』と『赤』にも参加要請するって言ってた」
「ノルンとニアか」
『黒』の王冠・ノワールのマスターであるノルンと、『赤』の王冠・ルージュのマスターであるニア。
二人とも冒険者ギルドに登録していて、さらにウチからオーバーギアを貸している。
これにエンデの『竜騎士』、さらに凄腕の冒険者たちが加われば三万もの魔獣の群れでもなんとかなるか?
「冬夜も参加してもいいんだよ? この依頼、赤ランク以上の冒険者なら誰でも参加できるから」
「うーん、レギンレイヴが調整中だからなあ……」
生身で参加でも別に困らないけど、僕ってあの国の人たちに嫌われているからさあ……。姿を見られるのはちょっとね。地元出身の冒険者も多いだろうし。
黒騎士とかで参加してもいいんだけど……久しぶりに身体を動かした方がいいか。ここ最近神器を作ることに夢中になっててあんまり戦ってなかったし。
例によって銀仮面を被れば正体はバレないだろ。銀の鬼武者・シロガネの再登場だ。
それに『邪神の使徒』との戦いの前に勘を取り戻しておきたい気持ちもあるしね。
「じゃあ参加するか。レリシャさんに連絡を入れておこう」
突然銀仮面の鬼武者が参加したら驚かれるかもしれないので、詳しい説明をしたメールをギルドマスターのレリシャさんに送っておく。これでよし、と。
「じゃあノルンとニアには僕の方から連絡を入れておくから二時間後に町の門の外で」
「了解ー」
エンデはそう答えるとリビングの窓から外へと出ていく。だから、ドアを使えと……!
エンデに文句を言いながら、僕も着替えるために自室へと戻ることにした。
その様子を小さな影が窺っていたことなど、まったく気がつかずに。
◇ ◇ ◇
町の門前に来ていたエンデ、ノルン、ニアと合流する。ノルンとニアは王冠であるノワールとルージュを連れていた。
ニアの側にいつもいる義賊団『紅猫』のメンバーがいない。いるのは副首領のエストさんとそのゴレムであるアカガネだけだ。
「『紅猫』のみんなは?」
「あいつらは赤ランクじゃねーから今回は留守番だよ。ウチで赤ランクなのはあたしとエストだけだからな」
ああ、依頼ランクに達していないのか。それじゃ仕方ないな。
ノルンの方も擬人型ゴレムのエルフラウさんがいないけど、同じ理由だろう。エルフラウさんは介護医療に特化した擬人型だとノルンの姉であるエルカ技師が言ってたし、戦闘には不向きなのだろう。
「……どうでもいいけど、アンタなんて格好してんのよ。頭おかしくなったの?」
すでに鎧姿に陣羽織、銀仮面を被っていた僕は、ジト目のノルンから厳しい意見をいただいた。そんなに変かね?
「サンドラ地方だと僕は評判悪いんだよ。これは余計な恨みを買わないための変装。この姿の時はシロガネと呼んでくれ」
「評判悪いって……アンタなにしたのよ?」
「あー……そこにあった国を潰した」
えぇ……? と、ノルンだけじゃなく、ニアやエストさんまで引いたのがわかる。
いやいや、先に宣戦布告してきたのは向こうだからね!? 僕は降りかかる火の粉を払ったに過ぎない。
説明してもわかってもらえそうになかったので、さっさとサンドラへと【ゲート】を開く。
「わ!?」
【ゲート】を抜けると約束の場所にすでにギルド職員の男性が待ち受けていた。
ここはサンドラ地方の砂漠にある小さなオアシスのひとつだ。今回の討伐依頼を受けた冒険者たちは一度ここに集まることになっている。すでにチラホラと何人かの冒険者たちがオアシスの周りに集まっているようだ。
レリシャさんを通して僕らのことは連絡を入れてあったので、職員の男性が慌ててこちらへと駆けてきた。
「金ランク冒険者のエンデ様に、赤ランク冒険者のノルン様、ニア様、エスト様……と、シロガネ様、ですね?」
金ランク、と聞いて、冒険者たちにどよめきが走る。現在、冒険者ギルドには金ランク冒険者は三人しかいない。レスティア騎士王国の先先王であるギャレンさんと、エンデ、そして僕だ。
あとは八重とヒルダがもうちょっとで金ランクになれるというところだけど。
さっき職員さんはわざとシロガネとしてのランクを曖昧にした。きちんとギルドでは口裏を合わせてくれているみたいだな。
「話には聞いていましたが、本当に転移魔法が使えるんですね。驚きました。さすが金ランク冒険者ですね」
「あー、まあね」
職員さんの感心したような言葉にエンデが言葉を濁す。【ゲート】を使ったのは僕だけど、エンデだって転移魔法を使えるから嘘ではないけどね。
「それで依頼を受けた冒険者はこれで全員?」
「はい。サンドラ地方の赤ランク冒険者94人です」
僕らを入れて約100人か。ゴブリンやコボルトなど雑魚も多いとはいえ、三百倍もの魔獣の群れを相手にしようなんて狂気の沙汰に思える。
だが赤ランクは一流冒険者。それくらいの実力はあるはずだ。それに今回の討伐依頼は、エンデやノルンたちの参加を前提として呼びかけられている。問題はない。
「っていうか、ここ暑いわね……。悪いけど戦闘が始まるまで私は涼ませてもらうわ」
ノルンがそう言うと懐から【ストレージカード】を取り出して一振りし、砂漠にライオン型オーバーギア、レオノワールを出現させた。
驚く冒険者たちを尻目に、ノルンはそのままさっさとノワールとともにコックピットへと乗り込んでいく。
いや、そりゃオーバーギアの中は冷房機能があるから涼しいけどさあ……。
「あー、あたしもそうしよ」
ノルンと同じくニアも虎型オーバーギア、ティガルージュを呼び出して乗り込み始めた。この自由人らめ……。
レオノワールとティガルージュを見た冒険者たちは、どこかちょっと安心したような表情を浮かべる。やっぱりちょっと不安だったんだろうな。
サンドラの冒険者の中には、元奴隷で剣闘士だった者も多いと聞いている。
元奴隷の人たちなら解放した僕のことを恨んじゃいないと思うけど、変に騒がれても困るからやはり変装してきて正解だったと思う。
「とう……シロガネ、魔獣の群れはどこまで来てる?」
「あと三十分ほどでここに着くな」
僕はスマホのマップを見ながらエンデに答える。エンデも収納空間から『竜騎士』を呼び出していた。
このオアシスの背後には大きな町がひとつある。その町にも衛兵はいるが、理想はその町まで一匹も魔獣を通さない、かな。
数十匹程度なら漏らしても町の衛兵だけで片付けられるだろうけども。
「さて、僕も準備するか」
竜騎士に乗り込むエンデを見ながら、僕は【ストレージ】から晶材製の刀を大小二本取り出して腰に差す。ブリュンヒルドだと目立つからな……。僕だと身バレするおそれもある。
晶材製の武器はフレイズのカケラを手に入れた他国でもわずかにだが作られているので、言い逃れはできる。
あとは琥珀を呼び出して、と。
『主、その姿は……?』
胡乱そうな目を琥珀が向けてくる。『また変なことをしようとしてますね?』と言わんばかりの目だ。
「ちょっと集団暴走を止めようかなってね。イーシェンで暴れたように琥珀にも付き合ってもらおうかと」
『なるほど。まあ最近運動不足でしたので構いませんが』
運動不足、ねぇ……。まあ城であれだけ食っちゃ寝、食っちゃ寝して、虎だか猫だかわからない生活してりゃ、そら運動不足にもなるわな。
……という言葉を飲み込む、僕であった。
「ん?」
不意に視線を感じ、背後を振り向く。
そこにはサンドラの冒険者たちが集団暴走に備え、武器の手入れや精神集中をしている姿があった。
何人かこちらを窺っている者がいる。彼らの視線だったのだろうか? 好奇心というよりは警戒しているような視線に思えたのだが。ま、いいか。
『とう……あー、シロガネ。先頭の奴らが来たみたいだよ』
竜騎士からエンデの声が響く。オアシスから【フライ】で飛び上がり、空中から砂漠の方を凝視すると、ゆらゆらと揺れる熱気の中に砂煙が上がっているのがなんとか見える。
「【ロングセンス】」
視覚を強化して確認すると、数えきれないほどの魔獣がこちらへ向けて爆走していた。
砂ゴブリン、デザートスコーピオン、バジリスク、サンドクローラー、リザードマン、デザートバッファロー、サンドシャーク……その他知らない魔獣も多いな。
サンドシャークやサンドクローラーのように、砂の中を移動できる魔獣や魔物が先陣切って突っ込んできている。
スピードに差があるようで、波のように広がって押し寄せてくるというよりかは、槍のように縦に長く続いているような感じだ。
ま、その方が迎え撃つこちらとしてはやりやすい。
『来やがったか。うっしゃあ、先行くぜ!』
ニアのティガルージュがオアシスから意気揚々と飛び出していく。
『ったく……! 一人だけ突出してんじゃないわよ』
呆れたような声とともにノルンのレオノワールも駆け出していった。
『んじゃ僕も』
エンデの竜騎士も踵の車輪を下ろし、滑走モードで砂漠を走り出す。砂に車輪を取られるかと思ったのだが、普通に走ってるな……。博士がなんか改造したか?
三機が飛び出したことで、冒険者たちも戦闘開始とばかりに砂漠へと突撃を開始した。
僕も遅れるわけにはいかないな。
地上に降り、大虎状態になった琥珀に跨る。僕が晶材の太刀を抜くと、琥珀が勢いよく走り始めた。
「銀の鬼武者、推して参る、と」
あっという間に琥珀の足は冒険者たちを抜き去り、エンデたちに迫っていく。砂漠の上だというのに速い速い。
「琥珀、エンデたちの周りをうろちょろしてると邪魔になるから、ここらへんで待ち構えて、溢れてきたやつを叩こう」
『御意』
琥珀がズザザッ! と砂煙をあげてその場に止まる。すでに前方では魔獣の群れに突っ込んだエンデたちが、容赦のない蹂躙を開始していた。
その中から砂の上に背ビレだけを見せたサンドシャークがこちらへと向かってくる。
砂の中を泳ぐサメ型の魔獣は、正面にいた僕を丸呑みにしようと大きく口を開けて飛びかかってきた。
『失せろ、下郎が』
砂の中から飛び出してきたサンドシャークを琥珀が口から放った衝撃波でバラバラに吹っ飛ばす。
大小様々な肉片となった砂漠の鮫は砂地に落ち、赤い染みを作った。
サンドシャークのヒレって食べられなかったっけ? フカヒレになるかな? 捨てていくとルーとアーシアあたりに怒られそうなので、一応【ストレージ】で回収しておく。
「おっと、今度はこっちからか」
サンドシャークとは逆方向から今度はデザートバッファローが突撃してくる。砂漠に生息する凶悪なツノを持った肉食の猛牛だ。
突っ込んでくる猛牛を琥珀はひらりと躱し、すれ違いざまに僕が水晶刀で首をサクッと斬り落とす。
首チョンパされた牛は砂の上に前のめりに転がった。
……この牛もルーとアーシアに、なんで持ち帰らなかった! と怒られそうだなァ……。……回収しとこ。一応。一応ね?
『ギャギャギャ!』
「お前はいらない」
飛びかかってきた砂ゴブリンを斬り捨てる。食えんやつはいらん。
「よし琥珀、食えるやつを重点的に狙っていこう」
『基準がおかしな気がします……』
僕の言葉に首を捻りつつも、琥珀が砂の上を駆け出した。
エンデたちが取り逃がした魔獣の群れの中に飛び込み、片っ端から斬り裂いていく。ちょこちょこ合間合間に【ストレージ】で回収するのも忘れない。
群がる魔獣を魔法で一掃してもいいんだが、それだと冒険者たちの稼ぎを奪うことになるし、一応、戦いの勘を取り戻したいって目的もあるからやめとこ。
襲いかかってくる魔獣を相手にしていると、段々と鈍っていた感覚が研ぎ澄まされていく。やはりこういったひりつくようなピリピリとした緊張感は、訓練とかでは得られないものなんだと再確認する。
ふと顔を上げると、後続の冒険者たちも魔獣の群れと戦闘を始めていた。
さすがは赤ランク冒険者、どいつもこいつも臆することなく魔獣たちを次々と屠っている。
地元の冒険者が多いからか、砂漠の魔獣に対して効率の良い倒し方を知っているようだった。
デザートスコーピオンなど毒を使ってくる魔獣に対しての備えもちゃんとしている。さすがだな。
おっ、エストさんもアカガネと一緒に戦っているぞ。お互いがカバーし合って見事なコンビネーションを見せている。さすがゴレムとそのマスター。息がピッタリだな。
冒険者たちもそれに負けずに頑張っている。あそこの女の子なんか僕と同じような刀を持って奮闘しているぞ。イーシェンから来たのかな? ……八雲に似ているなあ。
向こうで斧槍を振り回している子はフレイに似ているし、その奥でリザードマンをぶん殴っている子はリンネに似てら。
おっと今体当たりで突っ込んでいったのはステフにそっくりじゃないか。
あっちの魔法を放っている子はエルナに似ているし、気持ちよさそうに歌っている子はヨシノに似ているね。食べられそうな魔獣を回収しているのはアーシアに瓜二つだ。
そんでもってパワードスーツみたいなものに乗って暴れているのはクーンにしか見えないや。はっはっはっ……。
「こっ、こら────────ッ!!」
なにやってんの、うちの子────ッ!?




