#566 新たな家族、そして戸惑い。
■遅れてすみません……。こないだの地震で家の中がしっちゃかめっちゃかになり、まだ片付かない状態です。今週頭には熱を出し、明日はワクチン接種で気持ち的にもかなり落ち込んでます……。
「ハルの複製した『核』と『クォース』の『核』を融合させて生み出された……? えーっとその子は『ハル』本人じゃないってこと?」
「そうです。ハルの分体……子供と言ってもいいですね」
子供……まあ、そういうことになる、のか? 僕の感覚だと、なんとなくクローン人間のように感じるんだが。
もしも僕のクローンが作られたとして、それを息子と呼ぶかというと疑問がある。どっちかというと兄弟に近い気がするんだけども。
「だけどその子はハルの記憶を持っているんだろう?」
「ええ。向こうのハルが自分の記憶をこの子に植え付けたようですね。昨日は目覚めたばかりで、そちらの記憶と感情が前に出てしまったみたいです。昨日のあの子は、この子本来の人格ではないのですよ」
「ちょっと待った。またわからなくなってきた……」
ハルが記憶を植え付けた? 本来の人格? ややこしいな。
「つまりは二重人格のようなものであると?」
「二重人格……そうですね、それに近いかもしれません」
こんがらがってきた僕に久遠がわかりやすいたとえを出してくれた。二重人格か。それならいくらかわかるな。
「この子も自分が何者なのかよくわかっていないようなんです。ハルの記憶とごっちゃになって、不安定になっているというか」
メルの説明にちらりとその横に座るハルを見る。確かに昨日の落ち着いた(エンデと邂逅する前の)彼とは違い、どこか落ち着きがなく、不安そうな顔色が見て取れる。こちらが本来の彼の人格なのだろうか。
「言い方は悪いけど、ハルはこの子を使って『結晶界』をまとめ上げようとしていたのか?」
「ええ。だけどそれは叶わなかった。この子が完全に目覚める前にクーデターが起こったからです。わずかに残っていたギラのような武闘派が突如ハルの陣営を襲ってきたらしいんです。ハルはこの子の力が向こうに渡るのを怖れ、自分の記憶を移し、水晶獣を護衛として私の響命音を追わせた……」
それがなんで未来の世界に現れたんだろうな……。未来で僕がメルたちの響命音を封じている【プリズン】を解除した?
だけどなんでそんなことを……って、まさか、『こうなるのを知っていたから』か?
それなら辻褄が合うが……。
「ハルはその後どうなったんだ?」
「わかりません。この子にはそこまでの記憶しか無かったので……」
メルが沈痛な表情を見せる。弟が死んだかもしれないんだ。そりゃ落ち込むか。
「ですが、いかなることが起きようと、私は『結晶界』を捨てた身。今さらあの世界に関わる資格はありません」
メルがキッパリとそう口にする。仮にも故郷だ。もう少し心配してもいいのでは? と思ったが、メルはそれだけの決意を持って『結晶界』を出たのだ。確かに今さらだな。
「それで……その子をどうする?」
「できればうちで引き取ろうかと思うのですけど……」
「エンデミュオンが問題」
「あー……」
リセに言われて僕は思わず天を仰いだ。
この子とエンデを会わせたら、また昨日のようになるのは火を見るより明らかだ。
かといって、エンデだけ別居というのもあまりに哀れだ。
「ネイの時みたいに一発殴って手打ちってわけにはいかないかな?」
「私だってあの時はメル様のことがあったから我慢したが、本来ならばもっと殴りたかったぞ? それこそ二度と立ち上がれなくなるくらいに」
ネイが当時の心境をそんな風に語る。いや、どんだけ恨んでたんだよ……。
「でも今はそうでもないんでしょう?」
「ま、まあ……。あいつの作る料理は美味いし、細かいところに気がつく、気配りのできる男とは思っていますが……」
メルの言葉にネイがいささか歯切れ悪く答える。こいつもだいぶ軟化したな……。ハルもそうなればいいのだけれど……。
「少しずつ慣れていってもらうしかないかしら……」
「まずは襲い掛からないように言い聞かせないとな……」
家でも気が抜けないのではさすがにエンデが気の毒だ。嫌っていてもいいから、殺意を持つのだけはやめさせた方がいいと思う。
「まあ、その子のことはそっちに任せるよ。ところでその子の名前は『ハル』のままでいいのか?」
メルの弟であるハルの記憶を持つと言っても別人なのだ。きちんと別の名で呼んだ方がいいと思うんだが。
「そうですね。『ハル』の人格が出てきている時はそれでいいと思うんですけど、この子本来の名は必要かと」
「……私は『ハル』ではないのですか?」
不安そうな目をして『ハル』がメルを見上げる。
「大丈夫よ。あなたが『ハル』じゃなくても私の姪のようものなのだから、追い出したりはしないわ。ずっとここにいていいのよ?」
「…………ちょっと待って。姪のようなもの? え?」
メルの言葉に引っかかるものを感じて思わず口を挟む。いや、弟の子供のようなものなんだから『姪のようなもの』で合ってるんだろうさ、言葉的には。
僕が引っかかっているのは『姪』ってとこで。
僕の疑問に気がついたのか、メルが苦笑気味に笑う。
「昨日、気がついたこの子をお風呂に入れてわかったんですけど……」
「女の子だった」
メルの言葉をリセが続ける。マジで?
いや、確かに女の子っぽいなあとは思っていたけどさ。『ハル』の人格が出ていたから、完全に男の子だとばかり……。
すると立場的には『ハル』の娘、メルの姪、となるのか。
というか、支配種もお風呂に入るんだな……。
だけど単体で次代の支配種を作ると、親と同性になるんじゃなかったのか?
「『クォース』の核を融合させたからですかね……。そこらへんはわかりません」
そうか、『クォース』の核が融合しているのなら単体ではないのか?
しかし、女の子の身体に男性の性格が入っているってなにげにキツくないかね?
「フレイズにはもともと性別での格差はないので特には……」
そうだった。この種族、あんまり男とか女とか関係ないんだよな……。子供を作る時の核融合に同性が不利ってだけで。エンデにこっそりと聞いた話じゃ性欲的なものもほとんどないらしいし……。
「ともかく、『ハル』とは別人格のこの子にも名前は必要ですね」
「それなら『リセ』と『メル』で『リル』がいい」
「待て! それなら『メル』と『ネイ』で『メイ』の方がいいぞ!」
メルの提案にリセとネイが言い争いを始めた。いや、お前たちの子供じゃないだろ……。
「リイル……?」
『リル』だの『メイ』だの言っていたら、二つが合体したような名前が名前を付けようとしている本人の口から漏れた。
「リイル……。悪くないですね。あなたさえ良ければリイルにしますか?」
メルにそう問いかけられると、彼女は小さく頷いた。リイルか。ま、呼びやすいし、いいんじゃないかな。
「よろしく、リイル。昨日『ハル』の方に挨拶をしたけど、僕がこの国の国王、望月冬夜だ。なにか困ったことがあったら相談に乗るよ」
僕の言葉にリイルはこくんと頷く。無口な子だな。うちの子たちの中だとエルナに近い性格な気がする。いや、『ハル』の性格が出るとまた違う感じになるけども。
「僕は望月久遠と申します。あー……公王陛下の親戚のような者です」
リイルを除いてここにいるみんなは久遠が未来から来たことを知っているのだが、説明が面倒なので親戚で通すことにしたようだ。
というか、厳密に言えばリイルも未来から来ているんだけれども。
「あとはリイルの『クォース』としての力についてなんだけど……」
リイルが生み出したと思われるあの宝石フレイズ……『クォース』。あれをきちんと制御できるのかどうか。それが問題だ。
あんなのを町中で出現させたらとんでもないことになる。国民に危険が及ぶとなれば、それはこの国を治める者として看過できない。
「『ハル』によれば、今のところあの力は命の危険を感じなければ発動しないらしいわ。どうしても不安だというなら、私たちと同じようにこの子の響命音を封じてくれればいいと思います。地中にその命令が届かなければクォースは生まれないらしいから」
命の危険? あれは自己防衛行動だったっていうのか?
ううむ、確かに護衛の水晶獣が死んで核の状態のまま魔獣がうろついている森に放置されたら身の危険を感じるか。
あのクォースたちは周辺にいる魔獣だけを狩っていた。リイルを守ることだけに専念していたのだ。勝手気ままに暴走することはない……と思う。
とはいえ可能性がある以上、メルの言う通り【プリズン】で響命音を封じさせてもらおう。
リイルに断りを入れ、彼女の体内の核の周囲に響命音だけを阻む結界を施す。これでクォースは生まれないはずだ。
「しかしこうなるとクォースではない身を守る術が必要だな」
ネイが考え込むようにそんなことを口にする。
昨日、エンデと戦っていたあの戦闘技量は『ハル』のものであったらしい。もともと彼は戦闘には不向きであったようだが、それに輪をかけてリイルには戦闘力がないという。
「そもそもリイルは『クォース』という戦闘力を統率するために生まれたわけだからな。それを封じられては手足をもがれた状態に等しい」
「フレイズとしての能力は一応あるんだろう? 手を剣にしたりとか」
「まあそれはできるらしいが……いささか心許ないな」
特に町から出なければそこまで危険なことなんてないと思うんだがな。なんとも過保護だなあ、と思ったが、口には出さないでおく。
リイルは言わば自分たちが見捨てた世界からの亡命者だ。彼女たちにとっては罪悪感のようなものを抱いているのかもしれない。
「とりあえずリイルのことはそっちに任せる。くれぐれも危険なことはさせないでくれ」
「わかったわ。ありがとう、冬夜さん」
この場合、リイルにとっての『危険』ではなくて、ブリュンヒルドにとっての『危険』、という意味だが。
なにはともあれ一件落着……か? いや、リイルとエンデのことがあるけど、それは家庭の事情ということでそちらで処理していただきたい。
やがて淑女教育から戻ってきたアリスとともにフレイズ家の皆さんは帰っていった。
「ふう……。まあ、大事にならないでよかったよ」
どっと疲れが出て、僕がソファーにもたれこむと、久遠が考え込むように顎に手を当てていた。
「……アリスの様子が少しおかしかった気がしますね。今日の淑女教育が厳しかったのでしょうか?」
「そうかな? 普通に見えたけど……」
僕が見る限りいつものアリスのように思えたが。少し元気がないようにも感じたけど、アリスだって年がら年中ハイテンションなわけではあるまい。
お腹でも壊したのかね?
◇ ◇ ◇
なんてことを思っていたらその夜、城の方にアリスがやってきた。こんな夜中にどうしたんだ、いったい?
「家出してきた……」
「えっ!?」
アリスがそう呟いたと同時に懐の僕のスマホが着信を告げる。おっとちょうどメルからだわ。タイミングいいな。
「はい、もしもし」
『冬夜さん? ひょっとしてアリスがそちらに行ってないでしょうか?』
「ああ、来ているよ。どうしたんだ、いったい?」
『それが……』
メルの語るところによると、メルたちがあまりにもリイルのことをかまうものだから、アリスが癇癪を起こして家を飛び出してしまったのだそうだ。
え? そんな理由で家出って……。
『すみませんが、今日はそちらに泊めてもらえますか? 今はアリスも意固地になっていると思うので……』
まあそれは別に構わないのだけれども。いつも元気なアリスが眉間に皺を寄せて、への字口になってるのを見ると、ちょいと心配になってしまう。
ソファーに座り、かなり機嫌の悪そうなアリスだが、それでも久遠の腕を抱き枕のように掴んで離さない。
とりあえずメルから聞いた話をユミナたちにも伝えておく。
「ははあ……。あんまりメルさんたちがリイルのことをかまうから拗ねちゃったんですね」
「うーん……でもリイルは誰も頼る者がいないわけだし、そこは仕方ないと思うんだけどなあ……」
メルたちだって別にアリスを爪弾きにするつもりなんてなかっただろうし。たった一人でこの世界に放り出された子供をなんとか手助けしてやろうと思っただけでさ。
「ダーリン、子供にそこまで理解しろってのは普通無理よ」
「そうなのか……」
久遠ならわかってくれるような気もするけど、それは親の怠慢かな……。
「兄弟がいるとけっこうあるあるなんだけどね。冬夜にはわかんないか」
「わかります。私も兄上ばかり褒められて、悔しくて泣いたことがありますから」
エルゼの言葉にヒルダがうんうんと頷く。え? そんなにあるあるなの? 確かに僕には兄弟はいなかったけど……。
今は妹がいるけど、一緒に生活してはいないから、その気持ちはよくわからない。
「私もわかります。お姉様と比べられたりして……」
「あー……拙者も兄上と……」
おっと、ルーと八重もわかる派か。
「わらわも弟がいるが、そんな気持ちになったことはないぞ?」
「うーん……年がいくらか離れているとそこまで感じないのかもしれないね」
スゥの疑問にリンゼが苦笑いしながらそう答える。
僕とユミナ、スゥ、桜、リーンは歳の近い兄弟姉妹がいないのでいまいちわからない。いや、アリスとリイルだって姉妹ではないんだが。従姉妹みたいなものらしいけどさ。
「ああ、でもユミナ姉様と比べられて、ムッとしたことはあるのう。そうか、あんな気持ちか」
「え? 私と?」
スゥが言うには貴族同士のパーティーで他の貴族にユミナと比べられたことがあるらしく、その時に面白くない気持ちになったとか。
スゥとユミナも従姉妹同士だ。比べられることもあったろう。スゥもわかる派に行ってしまったか。
「別にアリスとリイルを比べているわけじゃないと思うから、それらとはちょっと違うと思うけど……」
「要は嫉妬よね。親の愛情を取られてしまったようなそんな気持ちになっている……のかしら?」
リーンがそんな分析を口にする。なるほど、嫉妬か。
さっきの話も他の兄弟に親の愛情が向いていて、自分には向いていないのではないかという不安、それに対する兄弟への嫉妬、そういったものなのか。
ちょっと僕も不安になってくるな。僕は子供たちに分け隔てなく愛情を注げているのだろうか……?
ま、まあ、とにかく今はアリスのことだ。根は素直な子だから話せばわかってくれると思うんだけど……。
僕がアリスと話そうと久遠たちの方へ向かおうとすると、ユミナに袖を引かれ、引き戻された。え? なんですのん……?
「アリスはリイルが嫌いですか?」
「……別に嫌いじゃないよ」
「ではなにに対して怒っているのです?」
「……わかんない」
ソファーでは久遠とアリスが話をしている。ユミナが僕に『察しろ!』と言わんばかりの視線を送ってきた。久遠に任せろってこと? 大丈夫か?
「リイルはたった一人で誰も知っている者がいないこの世界に来てしまった。時江お祖母様がいなければ僕たちもそうなっていた可能性もあります。彼女は今も不安を抱えているんじゃないでしょうか」
「………………」
「今のアリスは自分に怒っているのでしょう? そんなリイルに優しくできなかった。苛立ちをメルさんたちにぶつけてしまった。そんな自分が許せなくて、でもどうしたらいいかわからない……そんなところですか?」
「……当たり……。なんで久遠にはわかっちゃうの?」
「これでも婚約者ですから。アリスの気持ちくらいわかります」
そう言って微笑む久遠にアリスの顔が真っ赤になる。なんというスマートな言葉選び……。いや、ホントに僕の息子か……?
「父親とは雲泥の差ね……」
「そりゃあ私の息子ですから!」
「あの気遣いは見習って欲しいものでござるなぁ……」
僕の後ろでエルゼ、ユミナ、八重が勝手なことをボソボソと口にする。いやいや、アレを普通基準にしてほしくはないんですが。世の男たちの大半は僕と同じレベルだと思うよ? ……だよね?
「ボク、お母さんたちに酷いこと言っちゃった……」
「心にもないことを思わず言ってしまうことは誰にでもあることです。僕だってシルヴァーにたまに酷い言葉を投げてしまうこともありますし」
『え? 心にもない……? たまに……?』
腰にあるシルヴァーから疑問の声が聞こえたが、久遠が笑顔でそっと柄に手を伸ばすとすぐに白銀の魔剣は沈黙した。
「悪いことをしたら謝ればいいのです。メルさんたちも許してくれます」
「リイルも……?」
「リイルもきっと許してくれますよ。君たちは従姉妹のようなものじゃないですか。しかも向こうはまだ生まれたばかりの子です。アリスがお姉ちゃんとして、いろいろと教えてあげないと」
「お姉ちゃん? ボクがお姉ちゃん……?」
花が咲くように、ぱぁっとアリスの顔が紅潮していく。それは気が付かなかったと言わんばかりに。
アリスは未来から来てるから、どっちかというと年下になるんでは? と思ったが、口には出さない。いや、リイルも未来から来ているから間違いではないのか。
「アリス!」
そんな益体もないことを考えていると、バン! とバルコニーの窓を開けてエンデが飛び込んできた。
おま……! 窓から入ってくんなよ!? 玄関から来い! 城の警備はまだまだ隙があるな……!
「おい、今日はアリスをこっちに泊めるはずじゃなかったのか?」
「心配で僕だけこっちに来た! どうせ今は家に入れないし! 僕も泊めて!」
親父が付いてきたかー……。いや、部屋は余っているから別にいいんだけどさ……。
「アリス、今日はお父さんがずっと一緒にいてあげるから、」
「ボク帰るよ。ごめんね、お父さん」
「え?」
間の抜けた声を出したエンデを放置して、アリスがこちらへ向かってペコリと一礼した。
「皆さん、お騒がせしました! ボク帰ります! またね、久遠!」
いつものように元気よく挨拶をすると、アリスはそのままバルコニーから飛び降りて出て行ってしまった。
うん、君ら父娘はドアを使うことを覚えたまえ。
「ちょ、アリス!?」
エンデもアリスを追いかけるようにバルコニーから出て行く。だからドアを……!
「……まあなんとか丸く収まったのか?」
「たぶん。あとはアリスの中で解決する問題かと」
久遠がやれやれといった感じで大きく伸びをする。
「なんというか、手慣れているね……」
「それはまあ。姉妹がこんなにいると、仲裁役をやることも多いので」
あ、そういう慣れですか……。息子がこんな風に女性に手慣れてしまったのは、僕にも責任の一端がある、と?
女性ばかりの家族の中で、波風なく過ごすには必要なスキルだったんだろうな……。
ちょっとだけ息子を不憫に思った僕は久遠の頭を撫でてあげた。
すぐにドン! とユミナに押され、その役を奪われてしまったが。うぬう。




