#538 城塞都市、そしてロケット。
■イセスマ第23巻本日発売です。よろしくお願い致します。
ダオラ山脈を越えてしばらくは何もない荒野が続く。ちらほらと街道と町が見えるが、行き交う人は少ない。こちら側はプリムラ王国側だからな。レファン王国からすれば辺境なのだろう。
プリムラ王国とレファン王国の間にはダオラ山脈があるため、両国を繋ぐ街道は北と南にある海沿いの二つだけだ。
その街道でさえ、あまり行き来はないと思われる。プリムラの人たちからすれば内戦で危ない国へはあまり行きたくはないだろうし、レファン王国側は亡命者が出ないように辺境を治める領主が取り締まっていると聞く。
実質鎖国みたいな状態だな。なんとかまとまって欲しいところではあるが……。
「んで、マスター。レファン王国に入ったけど、どこにいくンだよ?」
グングニルの操縦席に座るモニカが振り向いて僕に尋ねる。モニカの目の前にスマホからマップを空中投影し、点滅している場所を指差した。
「ここだ。ここに向かってくれ」
「んーと、城塞都市アッシラ? ここから東にだいぶ先だナァ」
「どれくらいで着く?」
「高速飛行艇を舐めるナ。三十分もかからねえよ」
モニカが自信たっぷりに言うが、本音を言えば僕が【フライ】の魔法で飛んでいった方が速かったりする。
ま、水を差すこともあるまい。同行者がいる時は、こっちの方が楽なのは確かなのだから。
ステルスモードで東に飛び続けると、なにやら軍隊のような一行に出くわした。
モニカにちょっとだけ空中停止してもらい、下の様子を窺う。
馬っぽいが馬ではないような動物に乗り、鎧を着た兵士らしき者たちが東へ向けて歩いている。
ああいう軍隊ってのはこっちでは珍しいな。西方大陸では大抵ゴレム兵だったりするからさ。
しかし何人かパワードスーツのような物を着ているのがいるな。あれって装備型のゴレムだよな? ミスリルが地表に多く露出しているこの国ではまともに動かないんじゃなかったか?
「ミスリルがゴレムに影響を及ぼすってのは、契約者からの命令系統が阻害されるからなンだよ。命令されてないことをしようとしたり、中途半端に従ったりナ。装備型のゴレムは契約者からの命令が、直接魔力とエーテルラインを通して伝わるから、あまり影響が出ないンだナ」
なるほど。だから装備型のゴレムばっかりになるのか。でもそれってゴレムというか、パワードスーツそのものなのではないだろうか。
自律した意思があるならAI搭載のパワードスーツかな……? ヒーロー映画であったな、そういうの。
「おい、冬夜! もういいじゃろ! 速くステフのところへ向かうのじゃ!」
「おっと、ごめん」
僕らの会話に焦れたスゥから檄が飛ぶ。
あの軍団が僕らの向かう方へ向かっているのが少々気になるが、今はそれよりもやることがある。
再びグングニルはフルスロットルで空を駆け始めた。
やがて少し小高い丘の上に、幾重にも城壁が張り巡らされた城塞都市が見えてきた。あれがアッシラの都か。
「それで冬夜、黄金のゴレムはどこにいる?」
「待って、いま拡大するから……。あー、やっぱり中央にあるあの大きな城からだな」
スマホを拡大して城塞都市のマップを広げると、点滅している光は都市中央にある城のような建物から放たれていた。
女王の側近という立ち位置ならそうじゃないかと思ってはいたけど……。
「よし、では突っ込むぞ!」
「待て待て待て。奥さん、待ちなさい」
スゥが物騒なことをのたまうので、全力で止めた。ここ他国だから。付き合いもない国の女王のところに突っ込んだらいかんよ。
「なにを言う。冬夜だって似たようなことを今まで何度もしてきたではないか。何を今さら」
う。それを言われると反論できないのだが。身内に言われると特大のブーメランを食らった気分だ。
とはいえ、やはり突っ込むのはまずい。なによりも僕らはステフの姿を確認したわけじゃない。噂を頼りに黄金のゴレムを追ってきただけだ。
万が一、ステフとは全く関係ない人物だったりしたら、こっちは大義名分を失う。単なる襲撃者だ。
「なら王様がお得意の『こっそりと忍び込む』?」
「人をコソ泥みたいに言うのはやめてくれんかね」
それもよくやるけど! 確かにお得意だけど!
まあ、それもアリといえばアリなのだが……。西方大陸だと侵入者対策に門番とか巡回に加えて、いろんなセンサーによるセキュリティがあるんだよね。熱感知やら赤外線やら。そういったのが搭載された自律型のゴレムとかな。
なので【インビジブル】とかで姿を消しても見つかる可能性もある。
ここは僕らが直接侵入するよりも、それに適した人材を送り込もう。
とりあえずステルス状態のグングニルを空中に停止させて、僕とスゥ、桜とヨシノは城塞都市アッシラの人気のない裏通りに【テレポート】で転移した。
そして召喚術で子虎状態の琥珀を呼び出す。
『お呼びでしょうか、主』
「うん、ちょっと琥珀の手を借りたい」
琥珀は神獣であり、獣の王である。ネズミとか小さな動物たちに命じてもらい、あの城の中を探ってもらおう。
『御意。少々お待ちを』
琥珀が天に向けてひと吠えすると、路地裏にわらわらとネズミたちが集まってきた。
「ひい」
「ち、ちょっと多すぎじゃないかのう」
足下に集まったネズミたちに怯えた桜とスゥが僕にしがみつく。一方のヨシノは平気なようだ。
僕らの聞こえない声で琥珀が一言命じると、ネズミたちは一斉に路地裏から消えていく。
『一、二時間もあればあの城の潜入経路もわかりましょう』
あれだけのネズミが四方八方から忍び込めばどこが安全でどこが危険かよくわかるだろう。城の見取り図も作れる。安全に潜入することができるはずだ。
ステフがあそこに本当にいるのかネズミたちにはその確認もしてもらう。
「それまで待つのか? 冬夜が【ミラージュ】でみんなの姿を変えれば、強引に城に押し通ってステフを攫っても、ブリュンヒルドは別に非難はされないじゃろ?」
「スゥ。子供の前で押し入りをやれとか言わないで。教育に悪い」
「う、すまん……」
桜に軽く睨まれてスゥが謝る。いや、どっちみち忍び込むから教育には悪いんだが。ヨシノはあまり気にしてないみたいだけど。
そういやこの子【テレポート】使えるんだよな……なら普段から無断侵入し放題なのでは……。『忍び込んじゃいけません』と教えるには、もう手遅れかもしれない。
まあ、万が一見つかった時のことを考えたら【ミラージュ】はかけた方がいいのかもしれないけども。
とにかくあの城に本当にステフがいるのかどうか、まずはそれを確認しなくては。
「ううむ、ここに来て待つだけなのは辛いのう……」
「ならスゥかあさま、ご飯食べようよ! 『腹が減っては戦ができぬ』って、八重かあさまが言ってたよ」
ヨシノが唸るスゥの手を引いて裏通りからアッシラの表通りへと出て行く。僕らもその意見には賛成だったので二人に続いた。
アッシラの都は城塞都市というだけあって、質実剛健な造りの家々が立ち並ぶ。飾り気のない木と石レンガで作られた建物は長い歴史を感じさせる。
当たり前だが西方大陸にしてはゴレムの姿が見当たらない。町を走っているのもゴレム馬車ではなく、普通の馬車だ。引いているのは馬ではなかったが。
町を行く人々の顔には少し陰りが見える。言ってみればこの国は内戦中だ。しかも国のトップである女王は王都を追い出されている。暗くなるのも仕方がないか。
さて、どこで食べようか。琥珀もいるのでレストラン的なところは避けた方がいいかもしれない。
「とうさま、こっち! あれ食べたい!」
ヨシノが見つけたのはなにか甘い香りのする屋台だった。
小さな丸っこいものが山積みになって売られている。なんだろう、たこ焼き? 違うな、ベビーカステラか。
「おじさん、大きい袋で一つ下さい!」
「あいよ!」
屋台のおじさんは紙袋にどさどさとベビーカステラらしきものを詰めていく。一袋いくらなんだな。
代金を払って、近くにあった公園のようなところで食べることにする。
ちょうどベンチがあったのでそこにみんなで腰掛けた。
「はい、とうさま」
「ありがとう。おっ、まだ熱いな……」
ヨシノに渡されたベビーカステラはちょっと熱かった。お手玉するように口に入れる。はふはふはふ。
うん、やっぱりベビーカステラだわ、これ。
「琥珀もいる?」
『……いえ、今は。冷めてからいただきます』
ヨシノが一つ勧めるが、琥珀は難しい顔で断っていた。ヨシノ、琥珀は猫舌だからさ。
ある程度冷めてきたのか、桜もスゥもベビーカステラをパクパクと食べ始める。
「なかなかいける。程よい甘みがちょうどいい」
「うむ。冬夜、みんなの分も買って行こうぞ」
二人もベビーカステラが気に入ったようだ。ヨシノも負けじと袋から取り出してパクパクと食べている。よくそんなに食えるなぁ……。急いで食べるとカステラ系って喉がつまらない?
と、思ってたら、案の定ヨシノが喉につかえたようで胸をドンドンと叩いていた。ほれ、オレンジジュース。
【ストレージ】から取り出してあげたコップに入ったオレンジジュースをヨシノがグイッと飲み干して、安堵の息を吐く。
と、同時に左右のお母さんズも喉をつまらせたのか同じようにドンドンと胸を叩いていた。おい。
呆れ半分、感心半分で二人にもオレンジジュースのコップを渡す。やれやれ。
とりあえずスゥの言う通り、みんなのお土産にとさっきの屋台に戻って何袋か買っておいた。食べる時には飲み物をちゃんと用意しておかないとな。
……ステフとも一緒に食べられるといいな。
『む。主、斥候が戻ったようです』
冷めたベビーカステラを食べていた琥珀がそう告げる。
見ると公園の入口の方に一匹のネズミがいて、じっとこちらに視線を向けていた。
『ステフ様らしき子供が確かに城内にいたそうです。それとその傍らに黄金の小さなゴレムも』
僕は琥珀の報告にわずかに眉を上げる。『黄金の小さなゴレム』? やっぱり『金』の王冠なのか?
だけど『金』の王冠は邪神の使徒側にあると思っていたんだが……。まさかステフの近くに邪神の使徒が?
「どうやら早いとこケリをつけた方がよさそうだ。あの城に忍び込もう」
「御意。ネズミから得た城塞内の情報はすでに頭の中に入っております。ご安心を」
「うむ! ステフを迎えにいくのじゃ!」
「それでこそ王様。さすが侵入王」
やめて、その呼び方。コソ泥王になった覚えはないから。
ステフ『らしき』存在がいると確認ができたので僕らは一路、都市の中央に立つ城塞へと足を向けた。途中から【インビジブル】を使い、姿を消して城への潜入を試みる。
「けっこう高いのう」
スゥがそびえ立つ城塞の城壁を見上げてそんなことをのたまう。昼間なので人が多いだろうが、【インビジブル】で僕らの姿は見えないはずだから問題ない。
「よし、じゃあ行くか」
僕はスゥと桜、琥珀を抱いたヨシノの三人を【レビテーション】で浮かせて、【フライ】を使い空から城壁を越え、難なく壁の内側へと侵入する。
我ながら手慣れたもんだ。ううむ、侵入王の名はまんざら嘘でもなかったか。
城塞内へと続く入口に門番が立っていたが、その真横を音を立てないようにして、するりと通り抜ける。
「桜、ゴレムが来たら教えてくれ」
「おっけぃ」
桜の耳はわずかなゴレムの駆動音をも捉える。至るところ、数多発せられる音の中から、それだけを聴き選ぶことができるのだ。
赤絨毯の廊下を通り、琥珀がネズミから得た情報を頼りにステフがいると見られる場所へと案内してくれる。
けっこう複雑な通路だな。いや、城塞なんだから入り組んでた方が攻められた時に守りやすいのか。
ここは攻め込まれたら最後の砦になる。罠の一つあってもおかしくはない。吊り天井とかないよな……?
「王様その曲がり角の先にゴレムがいる。こっちに向かっている」
僕が廊下の天井をチラ見していると、桜からそんな警告が入った。
む、どうするか。【インビジブル】をかけているのだから姿は見えないはずだが、相手がゴレムだと、熱やら音やらでバレる可能性がある。
工場製の安くて性能の低いゴレムならスルーもあるかもしれないけど、この城砦に配備されている時点でそんな希望は捨てた方が良さそうだ。
廊下はL字型で横に逸れるような場所はない。さてどうするか。
「桜、こっちに向かっているゴレムって何体?」
「一体だけ」
一体か。なら仲間を呼ばれる前に機能停止させるか。
向こうも曲がり角を曲がるまでは、その先に人間がいると気付いていたとしても、城内の人間だと判断していると思う。
待ち伏せして不意を突き、【クラッキング】でエーテルラインを閉じて機能を停止させる……よし、これでいこう。
みんなには少し離れてもらって僕だけが壁際に寄り、ゴレムが来るのを待ち構える。
曲がり角の先にゴレムの影が見えた時、僕は【テレポート】で一瞬にしてそのゴレムの背後に転移した。
「【クラッ】……! !?」
「ム」
そのゴレムに背後から触れようとして、僕は一瞬だけ躊躇ってしまった。
なぜならその機体は僕がよく知るそれと同じような機体であったから。
三頭身の小さな機体。古代機体であり、『王冠』と呼ばれるシリーズのひとつ。黒、白、赤、紫、銀の五つがウチの国にいる。
そして目の前にいる機体の色は黄金。間違いなくこいつは『金』の王冠だ。
だが王冠ではあるがこいつは邪神の使徒と繋がっているはず。倒さない理由はない。
「【クラッキング】!」
僕は『金』の王冠に触れ、【クラッキング】を発動させた。
しかし、僕の【クラッキング】は見えない障壁のようなものに弾かれ、不発に終わってしまう。これは……!
弾けるように『金』の王冠が飛びすさり、腰に装備していた剣を抜く。
『黒』の王冠、ノワールが持っているような短めの剣だが、機体と同じく黄金に輝いていた。それが二本。両手持ちの二刀流か。
『金』の王冠は姿形もノワールによく似ている。しかし、こちらの方がより騎士っぽい感じがする。バイザーみたいなパーツもあるし、マントみたいなものもつけてるしな。
『姿ナキ侵入者ニ警告。大人シク縛ニ就クナラ投降ヲ認メル』
当たり前だが、バレた。僕は【ミラージュ】で幻影をまとってから【インビジブル】を解除する。
侵入者がいたという事実が発覚した以上、僕じゃない侵入者が必要になる。
【ミラージュ】は幻影を作り出す魔法。相手の脳に干渉し幻を見せているわけではない。その像は現実にここにあるので写真にも写るし、録画もできる。
ゴレムでも目にあるカメラから画像を得ているはず。『金』の王冠のQクリスタルには僕とは別の男が記録されているはずだ。
それよりも、だ。
さっき僕の【クラッキング】を阻んだあの『結界』。
あれは間違いなく────。
「王様! 向こうから誰か来る! ものすごく速い!」
桜の声が飛んでくる。振り向く僕の目に飛び込んできたのはこっちへとあり得ないスピードで突っ込んでくる金髪の小さな女の子。
「え────いっ!」
「ぐっふっ!?」
真正面から向かってきたその子は、ロケットのように頭から僕のところへ飛んできた。文字通り飛んできたのである。
胸に叩きつけられる、えも言えぬ痛み。まるで鋼鉄のハンマーで殴られたような衝撃を受けて、僕は廊下の上をゴロゴロと吹っ飛んだ。
「わるものめ! ごーるどをいじめるなー!」
まるで僕から『金』の王冠を守るように仁王立ちする五歳くらいの少女。
母親と同じウェーブがかった長い金髪に翠眼。キッと吊り上げた目は真っ直ぐに僕を睨んでいる。
紺地のワンピースの上に白襟のボレロ。白い靴下と黒のメリージェーン。
間違いない。この子がステフだ。
さっき【クラッキング】を弾いた結界。あれは間違いなく【プリズン】だった。
あらかじめ、あの『金』の王冠に魔法攻撃を受け付けないように設定してあったのだろう。
そしてさっきのタックル。【アクセル】からの【プリズン】をまとった体当たり。子供たちが言うところの『ステフロケット』。
確かにアレはキツい。もう二度とくらいたくはない……と思っている僕へ向けて、ステフが再び【アクセル】の助走をつけて飛び込んできた。ちょっ!?
「【プリズン】!」
ステフと同じく僕の方も【プリズン】を展開する。阻む指定は【プリズン】である。
僕の【プリズン】が、指定した通りにステフの【プリズン】を阻む。
ガキンッ! と結界同士がぶつかる音がしたと思ったら、すぐにパァンッ! とお互いの【プリズン】が消滅した。
「えっ!?」
ステフが目を丸くしている。なにも魔法の相殺は珍しいことではない。【プリズン】の使い手が滅多にいないってだけで。
驚いていたステフだったが、再び【プリズン】をまとい、今度は全力で飛び出そうと走り始めた。
「わーっ!? 待った待った! 止まれ、ステフ!」
「ステフ! やめるのじゃ!」
【アクセル】全開で僕に飛び込む寸前だったステフが二人の言葉を聞いて止まる。
本人が見つかったんだ。これ以上姿を変えていても仕方がない。侵入の件は後でなんとか謝ろう。
僕は【ミラージュ】を解除し、スゥたちの【インビジブル】も解除する。
「とーさま……?」
「迎えにきたよ、ステフ」
僕が声をかけると驚いていた顔が瞬く間に笑顔に変わり、全力ダッシュで僕にぶつかってきた。
「とーさまだ! とーさま! とーさまぁぁぁ!」
「ぐっふっ!?」
結局、再びステフの体当たりを食らってしまう。でも今度は硬い衝撃なんかではなくて、柔らかく、温もりに満ちたものだった。
しがみついてきたステフを抱きしめようとすると、するりと彼女は僕の腕をすり抜けてしまい、すかっ、と空振りしてしまう。あれえ?
「かーさま!」
「ステフ!」
空振った僕をよそにスゥとステフは抱き合いながら再会の喜びを分かち合っている。いや、いいんだけどね……。




