#536 キュクロプス、そして指揮者。
龍麻さんの襲撃事件は解決した。
今回の実行犯である龍乃と、十五年前に当時龍帝であった龍麻さんを過失によって死亡させた龍弥は揃って財産没収の上、国外追放となった。
行くところが無いのであれば、ブリュンヒルドに来たらどうかと誘ったのだが断られてしまった。トリハラン神帝国に知り合いがいるのでそこを頼りに一からやり直すんだそうだ。
餞別というわけではないが、トリハランへは【ゲート】を開いて送り出してあげた。
見送りの日、龍麻さんはいくらかの金を龍弥に手渡して、優しく肩を叩いていた。
「二人でならどこへ行ってもうまくやっていけるだろう。何か困ったことがあれば手紙を寄越せ。国を出ても私たちが兄弟であることは変わらないのだから」
「兄上……。ありがとうございます」
二人は龍麻さんと鳳帝陛下に深く頭を下げたあと、手を取り合ってトリハランへと旅立っていった。
国外へ追放されるというのに、二人の顔は晴れやかだったな。今までの柵を捨て、やっと自由になれたのかもしれない。
◇ ◇ ◇
「え、また?」
「はい。今度は魔王国ゼノアスの北部の方に。なんでも翼を持つ巨大な雄牛だったとか」
トリハランへ旅立つ二人を見送り、ブリュンヒルドに帰ってくると、椿さんからまた絶滅種が現れたとの報告を受けた。
『図書館』のファムによる調べによると、ザガンという二千年ほど前に絶滅したやつらしい。
「それでそいつは?」
「魔王国の第一王子が現場に赴いてなんとか倒したそうです」
「え!? 冒険者が倒したんじゃないの?」
魔王国の第一王子ってあの人だよな。桜の兄にあたる脳筋の方の王子ファロン。僕の義兄にもなるわけだが。
なにしてんの、あの人。次男のファレスは王位継承権を剥奪されているから、あの人以外王位を継ぐ者がいないってのに、特攻するかね? ゼノアス滅ぼす気か?
まあ、魔王族は長命種だから魔王に次の子供ができないとは限らないけど……。今のところ相手いないけどな。
最悪、桜の娘であるヨシノが継ぐなんてことになりかねないだろ。もっと考えて行動しろっての。
ゼノアスは冒険者の数が少ない。理由としては、他国の冒険者がゼノアスにあまり住みつかないのと、ゼノアスに住む魔族たちが普通に強いからだ。
自分たちで倒せる魔獣の討伐依頼を出す者はいない。なので、討伐依頼が少ないのだ。青ランク程度の討伐依頼ならそこらの村の青年でもこなしてしまうらしい。
他国の冒険者が住みつかないというのは、主に食事関係でだ。よほど慣れないとゼノアスの料理は一般の人たちには厳しいと思う。
それでも最近はルーのお料理ブログなどで改善はしてきているようだが。いや、改善というか食文化はその国独自のものなので、発展というべきか。
それでも食べ物というのは生活に大きく左右されるものであるから、きつい人にはきついと思う。
それにしても絶滅種が出てきたってことは、また時の歪みが現れたってことか。
子供たちが巻き込まれた次元震の影響がこの歪みらしいが、今は時江おばあちゃん配下の時の精霊が修正に大忙しらしい。
それでもこうして漏れが出てしまうのだから、本来ならもっと大規模な時間転移が行われたのかもしれないな。これぐらいですんでいてラッキーと思わないといけないか。
過去の魔獣は現代の魔獣より強力なやつが多いって話だからラッキーと言ってもいられないけどさ。
「それでファロン王子は?」
「少し怪我をしたそうですが、命に別状はないとか」
怪我をしたのか。『錬金棟』のポーションをゼノアスにもいくつか渡してあるから大丈夫だとは思うけど。
「それよりもこの魔獣によって起きた集団暴走の方が被害が多かったらしいです。村が一つ巻き込まれたようで……」
そうか、それがあったか……!
突然、過去から強い魔獣が現れる。当然、その生息域にいた他の魔獣たちはそいつを恐れてそこから逃げ出し始める。さらにその逃げた魔獣に追われるように別の魔獣が……と連鎖的に暴走が起きたら、集団暴走の出来上がりだ。
最近各地で多く報告される集団暴走も、原因は過去からの転移魔獣のせいじゃないのか? そいつがまだ発見されてないだけで。
各国にますます集団暴走の注意喚起をしておかないといけないな。
集団暴走が始まる前には、なにかしらの兆候がある。
急に森から動物たちがいなくなったり、鳥がやたらと多く群れで飛んだりな。そういったシグナルを察知できれば、避難することも、事前に対策をすることもできるかもしれない。
僕が集団暴走対策に考えを巡らせていると、懐のスマホが着信を知らせた。
◇ ◇ ◇
「ほう。ブリュンヒルドにあるゴレム兵より大きいですね」
インディゴは『方舟』の格納庫に立ち並ぶ巨大なゴレムたちを見上げてそんな感想を漏らす。
暗金色のボディが格納庫の魔光石の光を反射している。
金地のボディに黒いラインが走り、ボディそのものにも何やら刻印魔法が施されているようだった。
武器はなにも持っていない。全体的にどっしりとした重厚感がある。無骨ではあるが、どこか刺々しいデザインは目の前にいるペストマスクの男の趣味であろうとインディゴは察した。
「悔しいが俺ではあそこまでコンパクトにはできん。いや、できなくはないが、どうしても出力が落ちる。それでは本末転倒なのでな」
さほど悔しかってはいないような口ぶりでペストマスクの男、スカーレットが目の前にあるゴレムを見上げて答えた。
目の前の暗金色のゴレムはブリュンヒルドにある一般的なフレームギア『重騎士』よりも大きく、がっしりとしている。
全体的にフレームギアと同じような鎧を纏ったようなデザインではあるが、頭部の作りは大きな単眼であった。
「だが、性能は悪くない。ブリュンヒルドのものともそうは引けを取らないはずだ」
「ほう」
自信を覗かせるスカーレットのその言いぶりに、インディゴは感心した。この男は大言壮語を吐かない。その男がそう言うのだからそうなのだろう。
「もうすでに量産には入っているのですか?」
「ある程度はな。ガンディリスの地下船渠から持ち出した素材では数十機しか作れん。まあ残りは海底から採ればいいだけだがな」
現在、『方舟』は深海を潜航しつつ、海底の鉱石を発掘している。『方舟』の周辺では邪神の眷属となった半魚人たちが、奴隷のように海底の岩山を掘り起こしていた。
『方舟』の周辺には邪神の加護による隠蔽障壁が張られているので、探索魔法でも発見はされないはずだ。
「スカーレット。先ほどから気になっていたのですが……」
「なんだ?」
潜水ヘルメット姿のインディゴが、立ち並ぶ巨大ゴレムと巨大ゴレムの空きスペースを指差す。
「ここにあった一機はどうしたんですか?」
「オーキッドの馬鹿が乗って行った。どこに行ったかは知らん」
舌打ちしながら語るスカーレットの言葉に、インディゴは頭を押さえた。
スカーレットはああ言うが、オーキッドは馬鹿ではない。馬鹿ではないが、短絡的ではある。
頭で考えるよりも直感で動く。下準備や駆け引きなど面倒なことが大嫌いな男だ。楽しければそれでいいという快楽主義者だ。
そんな男がこんなオモチャを手に入れて、黙っていられるはずがない。
間違いなく地上へと向かい、暴れるに決まっている。
やるなとは言わないが、変に目立って警戒されるのは今はあまりよろしくない。早いところ連れ戻さねば、とインディゴは思った。
「しかしいったいどこへ行ったのか……」
「オーキッドならレア王国の方へ向かっているわよ」
後ろからかけられた声にインディゴが振り向くと、派手な羽飾りがつけられたドミノマスクの女が立っていた。
背が高く、すらりとしたスタイルの持ち主である。全身を碧の羽で彩った派手な服装は、オーキッドが『鳥女』と呼んでも仕方がないと思った。
少し変わった美的感覚の女の手には、不釣り合いなメタリックグリーンの戦輪が二つ握られていた。
「ピーコック……。オーキッドのいるところがわかるのですか?」
「私の『ビリジアン』は索敵専門の邪神器よ。同じ使徒のいる場所くらいすぐにわかるわ」
ピーコックと呼ばれた女はくすくすとおかしそうに笑った。手にした戦輪の中心、抜けた穴の中に光点がいくつか見える。
ピーコックはこの光の方角と強さで捜索物の位置を特定する。そのピーコックが言うのだからまず間違いはない。
「レア王国ですか……。仕方ない、私が連れ戻してきましょう。まだコレが人の目につくのは望ましくない。と……そういえば正式名称は決めたのですか?」
「ああ。キュクロプスだ」
「キュクロプス? サイクロプスと似てますね?」
「五千年前はそう呼んだんだそうだ。なあ、ゴルト?」
スカーレットが格納庫の入口に立つ小さな影に話しかける。
そこには三等身の全身が金色に光る小さなゴレムが赤い目を不気味に光らせて立っていた。
◇ ◇ ◇
「これです! こいつがカダンの港を襲ったんです!」
【リコール】で記憶をもらい、【ドローイング】で僕が転写した絵を見たエルフの兵士隊長さんが叫ぶ。
すでに僕が治したが、頭に包帯、右腕にギプスをまだしている兵士隊長さんに続いて、その場にいた他の兵士たちも『間違いない』『こいつだ』という言葉を口にする。
ここはエルフ王が治めるレア王国の港町、カダン。この町がフレームギアと思われる巨大ゴレムに襲われたと連絡を受けて僕らはやってきた。
途中でレア王国の国王陛下と緑の『王冠』・グリュン、それに護衛の人たちを連れてである。
国王陛下たちを連れてきたのは濡れ衣を晴らすためでもあったが、災害にあった人たちの救援を協力することになり、【ゲート】でカダンとレア王国の王都である緑都ファーンを繋げた。
ファーンから来た救助隊が、破壊され、未だ煙の上がる港町に散らばっていく。
レア国王陛下が写し出された絵を手に取った。
「これは貴国のフレームギアというゴレムではないというのだね?」
「ええ。違います。証明しろと言われても難しいですけれど……」
今のところフレームギアのようなものを持っているのはうちの国だけだからな……。証明は難しい。僕がそう答えると、横から口を挟む奴が数人いた。
「いやいや、一目で見ればわかるだろう? ボクのフレームギアとは似ても似つかない。機体から見える基本理念からして違っている。この機体から見えるのは自信たっぷりの小手先の技術だけだ」
「そうだねえ。パーツ同士の組み合わせ方から見ても、これは西方大陸の技術だね。レジーナちゃんほどの緻密さは見えないかな」
「なんというか、独りよがりな作品じゃのう。その気概は認めるが、性能ばかりに目がいって、乗り手のことを考えておらんような……」
「まあ、これはこれで面白い機体ではありますけれど、いささかデザインも趣味が悪いかと。これとフレームギアを一緒にされてはたまりませんわ」
僕についてきたバビロン博士、エルカ技師、教授、クーンにボロクソに言われる偽フレームギア。よくもまあ、数枚のイラストだけでそこまで貶せるもんだ。
町の人たちの話だと、こいつは突然海から港に上がってきたんだそうだ。
そして自分の動きを確かめるかのように暴れ回り、町を破壊して散々蹂躙したあと、突然飽きたようにまた海へと帰っていったという。
『海からやってきた』という部分だけで、僕はこの偽フレームギアが邪神の使徒が作ったものではないかと疑いを持った。
かつての邪神もフレームギアと似た変異種、『偽騎士』を作り出したが、あれはあくまでも結晶生命体のようなものだ。
だが、こちらはきちんとした魔工機械。ゴレムや魔導具の技術を使って生み出されたものだ。つまりその技術を持つ者がいるということではないだろうか。
「邪神の使徒に奪われた『方舟』に残されていた物かな?」
「それはどうかな。『王冠』シリーズを作った技術者の作にしては粗い気がする。古代機体にしては新しい技術が使われているっぽいのも気にかかる」
「動かなくなっていた古代機体を改修したのでは?」
「その可能性もなくはないけど……」
「ここまで古代機体を改修するのなら、一から作った方が早くないかの? 仮に古代機体だったとして……」
僕の呈した疑問に、うちの開発陣がまた騒ぎ出す。ううむ、余計な火種を投げ込んでしまった。
『イエ。クロム・ランシェスハ大型ゴレムノ製造ハシテオリマセンデシタ。コレハ別ノ者の作品デス』
その火種を消火するように、緑の小さなゴレムから発言が飛ぶ。
『方舟』と製作者が同じグリュンが言うのだ。であればやはりこの一つ目の偽フレームギアはクロム・ランシェスのゴレムではないのだろう。
となると邪神の使徒側に腕のいいゴレム技師がいるということになる。いや、ゴレム技師本人が邪神の使徒という可能性だってあり得る。面倒なことになってきたな。
「まあ、私も聖樹をくれた君たちがこんなことをするとは思っていない。あくまでも確認のためだ。しかし、貴国と付き合いのない国にこの偽物が出没したなら面倒なことになるぞ」
確かに。エルフ王の言う通り、うちと付き合いのない国がこの偽フレームギアに襲われたら、それをうちのせいにされかねないよな。
まさか、それを狙っての犯行か? ブリュンヒルドの評判を落とすために?
いや、邪神の使徒がそんな回りくどいことをするだろうか。だいたい、それならこんな一つ目の怪しいゴレムじゃなく、うちのフレームギアとそっくりな外見にするはずだよなぁ。いかん、よくわからなくなってきた。
「まあ、これからわかることは敵さんもフレームギアと同じような戦力を手に入れた、ということだね。一応同盟国にはそのことを通達しておいた方がいいと思うよ。ブリュンヒルドとは繋がりがない国でも、鎖国でもしてなけりゃ同盟国のどこかの国と国交はあるだろうし」
「そうだな」
博士が言うことももっともだ。同盟国がうちの潔白を弁明してくれるかもしれない。
しかし、この一つ目ゴレムがうちの機体じゃないと証明するには、こいつをとっ捕まえるしかないのか?
一応【サーチ】で検索をかけてみたが、発見できなかった。『方舟』と同じ、ステルス機能があるのかもしれない。
「うーむ……」
「どうかしました?」
一つ目ゴレムの絵を見ながら、教授の爺さんが唸っている。
「いやな、この偽フレームギアの機体デザインの特徴に見覚えがあってな。どこで見たんじゃったかのう……」
「あれ? 教授も? 私もどこかで見たような気がするのよね。どこだったかしら……」
教授の言葉にエルカ技師も同じように唸り始めた。
「機体デザインの特徴ねえ。そんなのよくわかるな……」
「こういった機体のデザインはどうしても製作者のクセが出るからね。絵と一緒で個性が出るものなのさ」
博士が少しドヤ顔で答える。なんとなく僕にもわかる気がする。フレームギアとかオーバーギアとか、バビロン博士のデザインセンスが滲み出ているもんな。【王冠】シリーズなんかもクロム・ランシェスのセンスで統一されていると思う。
感覚としては漫画家がペンネームを変えても絵柄でその人とわかってしまう、みたいなことなのだろうか?
「二人とも見たことがあるってことは、有名なゴレム技師の作品とかじゃないのか? 魔工王のジジイみたいな……」
「それじゃ!」
「それよ!」
え? 魔工王のジジイの作品なの?
「違う! 『指揮者』じゃ! このゴレム、『指揮者』の作るゴレムによく似ておるんじゃ!」
「そうよ! どこかで見たと思ったら、『指揮者』の作るゴレムのデザインにそっくり!」
『指揮者』ってあれか? 西方大陸で五大マイスターと呼ばれているゴレム技師の一人。
『再生女王』のエルカ技師や『教授』と同じレベルのゴレム技師が邪神の使徒側に?
一体どんな奴なんだ。
「あやつはなんというか、腕は確かなんじゃが、少々神経質な男での。周りの人間とよく衝突しておった」
「気難しい人でね。いくつかの国ともトラブルを起こしているわ」
二人の話によると、その『指揮者』ってのは、典型的な唯我独尊タイプの技術者らしい。
魔工王のジジイと似たようなタイプか。苦手だな。
「いや、魔工王のやつは他人を利用しようとするが、あやつは他人には関心を持たん。自分以外の者をみんな見下しとる。その中でもワシや嬢ちゃんはまだ人間扱いされてた方じゃな」
「でも私、フェンリルを鼻で笑われたわ。嫌な奴よ」
エルカ技師が嫌なことを思い出したのか、顔をしかめる。狼型ゴレムのフェンリルはゴレムとしては強くはない。狼そっくりの喋れるゴレムってだけだ。それだけでも凄いことなのだが……。
しかしこの二人と同じレベルの技術者が向こうにいるってのは厄介だな。邪神の使徒に協力しているのか、それとも本人が邪神の使徒なのか?
『方舟』は、クロム・ランシェスの個人工場だ。この一つ目ゴレムを量産する施設ももちろんあるだろう。
これは新しく国交を結んだ国にもフレームユニットを貸し出して、フレームギアの乗り方を学んでもらった方がいいかもしれないな。
「どっちにしろ、こうなったらボクらも黙っちゃいられないね。例の開発を前倒しに進めよう」
「例の開発? ああ、アルブスのオーバーギアか?」
「そう。その名も『ヴァールアルブス』。その『指揮者』が、鼻で笑えないオーバーギアさ」
博士がニヤリと不敵な笑みを浮かべた。




