表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第32章 めぐり逢えたら。
530/637

#530 オークション、そして人造魔石。





 オークション会場となるフェルゼン中央博物館にはオークションのための大ホールがあった。

 意外と(と言ったら失礼だが)客の入りは多く、すでにそれぞれ会場の指定された席に着いていた。これみんな参加者か。みんな金持ちに見えるな……。


「えーっと僕らの席は……」


 くいくい、と隣にいたフレイに袖を引かれる。ん、そっちか?

 

「お父様、あそこにフェルゼン国王陛下がいるんだよ」

「え?」


 フレイの指差した方を見ると、おそらくフェルゼン国王だと思われる人ががこっちへ向けて手を振っていた。

 おそらく、というのは彼がドミノマスクをかぶっていたからだ。お忍びだからか正体を隠しているらしい。

 挨拶に行きたいがけっこう離れているし、せっかく正体を隠しているのに王様だってバレるかもしれないので、軽く会釈するだけにとどめておいた。

 オークションが終わったらあらためて挨拶に行こう。それより僕たちの席を見つけないとな。もたもたしてたらオークションが始まってしまう。

 よく見るとフェルゼン国王と同じように、仮面を被った貴族らしき人たちがちらほらと見かける。たぶん、落札したのがバレると面倒な人たちなのだろう。奥さんに財布を握られている旦那とかな。

 僕らの席は真ん中のステージ前寄りの場所だった。なかなかいい席だ。ここならオークションに出品される物がよく見える。席には座席番号と同じ番号札パドルが置かれていた。これをあげて入札の意思表示をするんだな。地球のオークションとそれほど変わらないっぽい。

 フレイと並んで座り、渡されたオークションの目録をもう一度開く。

 このオークションには魔道具やアーティファクトだけじゃなく、美術品や骨董品も出品されるらしい。

 パッと見ただけではこれといって僕が欲しい物はないな。

 目録には商品の緻密な絵と由来なんかが書いてあるだけで、いくらから入札するのか書いてないな。出品者が求める最低金額があるらしく、それに届かなければ落札できないようだ。


「というか、本当にこれを落札するのか……?」


 僕はあらためて目録に載っている『英雄ダームエルの鎧』を見た。本当に趣味の悪い鎧だな……。呪われそうだ。いや、呪われるんだけど。


「まあ、呪いの方は解呪魔法で解くことができるけど……」

「ダメなんだよ! 解呪なんてしたら価値が下がるんだよ! ありのまま当時の状態ってのが意味があるんだから!」

「ええー……」


 娘の言ってることがわかりません。普通、呪いとか怖いでしょうが。こんなの欲しがる奴の気がしれないんだが、それが実の娘となるとどうしたらいいのやら。

 目録に目を通していたフレイが突然声を上げる。


「あっ!? マトラックの短剣も出品されてるんだよ! うくく……! これも欲しいけど……お金が……! お金が……っ! なんだよ!」

 

 なんでちらちらこっちを見るかな? まあなんとなく言わんとしていることはわかるけど。


「……そんなに高いのはダメだぞ」

「お父様、大好き!」


 あー、ヒルダに怒られるなあ、こりゃ……。あれだけ釘を刺されたのに。娘に甘いって怒られる……。

 帰ってからのことに僕が暗澹としていると、競売代表者オークショニアがやってきてオークションが始まった。

 最初に出てきたのはよくわからない壺だった。三千年ほど前の美術品らしい。オークショニアが説明するにはもう滅びた国の王様が所有していたもので、この壺を巡って戦争が起き、結果その国が滅びたという、いわく付きの物だということだ。

 そんな縁起の悪い物欲しがる奴がいるか? と訝しんでいる僕をよそに、参加者から次々と札が上がり、あっという間にかなりの高額で落札されてしまった。……理解できん。

 その後もいろんな珍しい物が出品され、競りが加熱していく。

 このオークションでは金貨単位でしか上乗せできないらしい。地球の感覚で言うと最低十万円単位ってことだ。まあ、銀貨単位でチマチマやられても迷惑だからな。おかげであれよあれよいう間に金額が上がっていく。

 中にはとんでもない金額がついたものもあって、ここにいる人たちの金銭感覚はおかしいんじゃないかと疑ってしまうほどだ。趣味にはお金がかかると言うけれど、深入りするとこうなるんだなあ。


「お父様! 次! 次がマトラックの短剣だからね! 絶対に競り落とすんだよ!」


 ……うちの娘は大丈夫だろうか。

 僕がいくばくかの不安を感じていると、会場に次の商品が運び込まれてきた。

 短剣である。真ん中にスリットが入っていて、右と左の刃が別々になっている。果物なんかを刺す二又フォークのような形だ。これが『マトラックの短剣』か? 

 拡声機のような魔道具を持った舞台上のオークショニアが話し始める。


『かつて栄えた傭兵王国カターン。そのカターンにおいて王の右腕とまで呼ばれた勇猛将軍マトラック。そのマトラックが幼い息子に贈ったとされる短剣がこれです。刃はミスリル、装飾にはオリハルコンが使われています。千年以上経った今でもその輝きは少しも失われていません。その価値やいかほどのものか! では競売を始めます!」


「百枚!」

 

 ブッ!? 金貨百枚!? あんな短剣に一千万円も出すのか!?

 いきなり放たれた金額に僕は唖然とした。信じられん……。僕にも作れそうなんだが……。


「百十枚!」

「こっちは百二十枚だ!」

「百二十五枚!」


 ええー……!? どんどん金額が上がっていくよ……? そんなに欲しいの、これ?


「お父様、お父様! 早く番号札パドルを上げないと!」

「いや、高いのはダメって言ったじゃん……」

「マトラックの短剣が金貨百枚からなら良心的価格なんだよ! 早く上げないと誰かに取られちゃう!」


 ……そうなのか? よくわからんが、フレイが言うならそうなのかもしれない。

 実際フレイが魔竜を倒して手に入れた金額はそれより上だしな。これでも安い方なのかも。


「えーっとじゃあ……百三十ま、」

「百三十五枚だ!」


 僕が金額を言い終わる前に他の客が被せてきた。札を上げた太っちょ貴族がこちらを見てにやりと笑った。むっ……やる気か? 


「百四十枚」

「百五十枚!」

「百六十枚」

「ひ、百六十五枚だ!」

「百七十枚」

「百七十……二枚!」


 太っちょ貴族の勢いが落ちてきた。おそらく限界額が近いんだろう。いつの間にか競っているのは僕と太っちょ貴族だけになっていた。ここらで跳ね上げて決めてしまおう。


「二百枚」

「く……!」


 太っちょ貴族は札を上げることなく、苛立たしげに椅子に座った。ふっ、買った。いや、勝った。


『では二百枚で番号札65番の方が落札!』


 カーン! とオークションハンマーの音が会場に響き渡る。


「やったんだよ! 落札したんだよ!」


 ……しまった。調子に乗ってつい張り合ってしまった。まさか二倍の金額で買うことになろうとは。

 フレイは喜んでいるが、こりゃ間違いなくヒルダに怒られるな……。笑顔で怒ってくる奥さんの姿が浮かんで、思わず身を震わせる。

 そういや同じ武器マニアのフェルゼン国王が競り合ってこなかったな。なんでだ?


「フェルゼン国王陛下は英雄や勇者が装備していた武器や防具じゃないとあまり興味がないんだよ。マトラックの短剣はマトラック自身が使っていたものじゃないから……」


 そういえばそんな説明があったな。幼い息子に与えた物だと。だからか。物自体はいいものなんだろうが。

 なんにしろ短剣一本が二千万円……。あれ、ちょっとどころの金額じゃない気が。これじゃ娘に甘いと言われても反論できんぞ……。

 だけどもこの子ってば、その気になったら普通にそれ以上自分で稼げるからなあ……。僕らはお小遣いをあげてないし。

 うちもだいぶ金銭感覚おかしくなってるじゃないか。ここの人たちをとやかく言えない。

 その後もびっくりするような金額の競りが行われ、僕の中に『オークションって儲かるんじゃ……?』というゲスい考えが鎌首をもたげてきた。

 僕の【ストレージ】やバビロンの『蔵』の中には使い道のない魔道具や素材なんかがいっぱい死蔵してある。これらを放出すれば、けっこうな金額になるのではないか、と。

 僕が興味がないだけで、それなりに欲しい人はいると思う。オークション形式にしたら思いがけない金額がついたりするのではなかろうか。

 今度の世界会議の時に、王様たち相手にひと商売してみようかね?


『それでは次の商品に参ります。かつての古代魔法王国で使われていたという人造魔石。これほどの大きさのものは今までに発見されてはいません。残念ながら魔力はすでに尽きておりますが、宝石としての価値もかなりの物です』


 そう言ってオークショニアが運び込んだのはバランスボールほどの大きさを持つ、巨大な赤い結晶石だった。

 人造魔石? 確か古代魔法王国で作られていた人工の魔石だよな?

 魔石というのは魔力を蓄え、増幅し、放出することができる。これを使って魔法の威力を高めたり、魔道具の動力としたりするのだが、魔法王国時代でも天然の魔石はなかなか見つからず、価値が高かった。

 そこで代わりに作られたのが人造魔石である。ただ一点人造魔石には欠点があって、製作時に込められた魔力以外、蓄積ができないということだった。つまりは使い捨てなのである。

 人造魔石には魔力を蓄えられない。なので遺跡などから見つかっても、魔力が残っていなければ役には立たないのである。

 ……まあ、実を言うとうちの博士は蓄積もできる人造魔石を作ってしまっているのだが。それらは『塔』に使われて、バビロンの動力源として使われていたりする。

 博士の作った人造魔石をさらに改良していくと、ゴレムのGキューブに近いものになるんだそうだ。大気や光から魔力を取り込み、増幅して原動力に変える物に。フレイズの晶材も似たような効果がある。

 あの馬鹿でかい人造魔石も、きっとなにか工場とか特別な施設で使われていた物なのだろう。魔力がない以上、綺麗な石でしかないが、それなりに価値はあるんじゃないかな。


『では競売を始めます!』

「千七百!」


 ぶっ!? 一億七千万円から始めんの!? もう使えないし、天然の宝石でもないんだぞ、これ! 言ってみたら綺麗でおっきなだけの石ですよ!? 歴史的価値はいくらかあるとは思うけど……。

 しかし驚いたことにまたもやどんどん金額が上がっていく。

 宝石としての価値もかなりのものと言っていたが、まあ確かにこれだけの大きさのものは人造魔石でも滅多にないんだろうけども。

 僕からしたらただのガラス玉なんだが……。しかしこの熱気を見るに僕なんかの目利きより、出品者の方が確かなんだろう。物の価値は希少性と需要数なんだろうなあ。


「千八百八十!」

「千八百八十五だ!」

「二千」


 一足飛びの金額定時に、会場がざわめく。振り返ると僕たちの席から右斜め、かなり後ろの方にいた青いドミノマスクをした貴族が番号札パドルを上げていた。

 金貨二千枚。二億円だぞ? ずいぶんと太っ腹だな。


「二千……百枚だ!」


 反対側の斜め後ろにいた派手な出っ歯の商人のような男が絞り出すような声を上げると、おお〜っ、とまたもや会場がざわめいた。

 いかにも金を持ってそうな商人は会場に湧き上がった歓声に満足そうな顔を覗かせる。


「三千」


 間髪入れずに仮面の貴族が放った金額に、会場のざわめきはさらに上がる。出っ歯の商人は怒りに震え、悔しそうに自分の席にドカッと座って番号札パドルを放り投げた。


『では金貨三千枚で番号札98番の方が落札!』


 カーン! と木槌の音が鳴り響く。

 金貨三千枚。三億円かよ。今日一番の金額じゃないかね。魔力が蓄積されてたらとんでもない金額になっていたんじゃなかろうか。

 だけど三億円の宝石とか地球でもけっこうあるし、驚くことじゃないのかもしれない。お金はあるところにはあるんだよなあ。


「あんなのに金貨三千枚も払うなんて信じられないんだよ」

「うん、ここに鏡はないのかな」


 呆れたようにつぶやくフレイの言葉をそのまま返してやりたい。

 ふと、背後を見ると青いドミノマスクの貴族がお付きの者を連れてもう会場から出て行くのが見えた。どうやら彼の目的はあの人造魔石だけで、他の物は興味がないらしい。まあ、普通なら三億円も使ったらもう参加できないか。

 張り合った出っ歯の商人も出ていった。魔石一点狙いだったのかな?

 その後もオークションは続いていったが、僕の食指が動く物はあんまりなかった。五つ揃いのネックレスとか、ちょっと奥さんたちへのプレゼントにいいかなとも思ったけど、僕の場合九つないと渡せないしな。


『それでは最後に控えしはあの英雄ダームエルが纏ったとされる伝説の鎧! その身を蝕む呪いがかけられている鎧です! 纏いし者に苦難を与え、大きな力を与える魔導の鎧!』


 会場に不気味な青黒い鎧が運ばれてきた。これが英雄ダームエルの鎧か。間近で見るとやっぱり不気味だな。本当にこれを落札するのか……?


「お父様! フェルゼン国王陛下に負けちゃダメなんだよ!」

「いや、この商品はフレイの所持金から落札するから、限度額を超えたら無理だぞ?」


 フレイが魔竜を狩って手に入れた金額も限りはある。それ以上の金額がついてしまったらどうしようもない。

 いきなり持ち金の最高金額を出して、対抗する買い手がいなければ落札できるかもしれないが、なるべく安く手に入れるなら小刻みに上げた方がいいと思う。


『それでは競売を始めます!』

「五百!」


 五百枚!? 五千万円からか。けっこうするな……。


「五百十枚!」


 さっそく十枚アップだ。番号札パドルを上げた人物を確認するとやはりフェルゼン国王陛下であった。

 向こうも小刻み戦法できたか? 百万円単位が小刻みなのかは疑問に思うが。


「五百二十枚!」

「五百三十だ!」


 お? こんな趣味の悪い鎧を欲しがるのはフェルゼン国王とうちの武器マニアの娘だけかと思ったら他にも何人か欲しい人たちがいるようだ。類は友を呼ぶってことなのかねえ……。


「お父様! 早く上げて! 取られちゃうんだよ!」

「わかってるって……五百四十!」


 僕も十枚刻みでいく。フレイの持ち金は王金貨八枚。金貨でいうと八百枚、八千万円ほどだ。

 そこまで上がるとは思いたくないけど……。


「六百だ!」


 番号札パドルを上げていた一人が金額を一足飛びに上げた。くそっ、そんなことをしたら他のみんなも上げてくるだろ!


「六百三十!」

「六百七十枚」


 ほらみろ。本当のところはどうかわからないが、『まだまだ余裕だけど?』というスタンスで攻めてきた。


「七百五十枚だ!」


 僕が内心焦っていると、フェルゼン国王陛下がいきなり金額を跳ね上げた。ちょっ、大丈夫なの!? そんなに使って後で宰相さんあたりに怒られない?

 いきなり跳ね上がったことにより、何人かの番号札パドルが下がった。降りたのだ。おっと、更に上乗せしないと僕も降りたと思われる。


「七百六十枚!」


 また十枚かよ! という声が聞こえてきそうだ。一気に『八百枚!』と言って、落札できたらOK、更に上乗せされたら諦める、という方法もあるけど……。


「七百七十!」


 む? フェルゼン国王も十枚上乗せしてきた。たぶん向こうも限界が近いと見た。ここは一か八かいってみるか!


「八百枚!」

「ぬ、ぐっ……!」


 フェルゼン国王陛下が『本気か?』という目でこっちを見てる。やがて彼は意を決したように番号札パドルを更に上げて叫んだ。


「八百五十枚だ!」


 む、ぐう。さすがにそれは……。視線の先にフェルゼン国王のドヤ顔が見える。うぬれ……。

 ちら、とフレイの方を見ると、残念そうに首を横に振っていた。さすがにこれ以上はなあ……。

 僕が追加で出してもいいのだけれども、さっきの短剣のこともあるし、これ以上フレイに加担するとヒルダに本気で怒られる。

 僕はため息とともに番号札を下げた。


『では金貨八百五十枚で番号札25番の方が落札!』


 カーン! と木槌が会場に響く。落札したというのにフェルゼン国王陛下の顔はドヤ顔から引きつった笑いに変わっていた。かなり無理したな、あれは……。周りのお付きの人たちに焦って話しかけているけど、ひょっとして足りないんじゃなかろうか。

 仮にも一国の王だ。払えないってことはないんだろうけど、間違いなく予定額をオーバーしているんだろうな。僕のせいとも言えるが……しーらないっと。


「うう〜……こんなことならマトラックの短剣を我慢しておけばよかったんだよ……」


 ん……まあ、あの短剣のことがなければ、その分上乗せできただろうけどね。他の物に浮気したフレイと、それ一点狙いだったフェルゼン国王の覚悟の差だな。

 青ざめている国王陛下を見てると覚悟ができていたかは怪しい気もするが。

 ま、短剣が手に入っただけでもいいじゃないか。

 一通りのオークションが終わったことで、客が会場を後にする。そのうち商品を落札した落札者は取引所へ行ってお金を払い、商品を受け取るのだ。

 じゃあ僕らもマトラックの短剣をもらってくるかね。



          ◇ ◇ ◇



 オークション会場から出てきた三人組の男が、手に入れた商品を抱えて歩き出した。

 商品はひと抱えもある大きな箱で、厳重な緩衝材により包まれていた。三人のうち、身長が二メートルに届きそうな大男が大事そうにそれを抱えている。


「こんなもんに王金貨三十枚も払うことなかったんじゃないの? 会場襲ってぶんどっちまえばよかったじゃん」


 灰色の髪をした少年が先頭をいく糸目の青年に文句を垂れる。先ほどまでドミノマスクで顔を隠していた青年は呆れたように目をして振り返った。


「会場を襲って、もしもこれに傷が付いたらどうするんですか。それにここは魔法王国と呼ばれるフェルゼン。会場や出品物にどんな魔道具が仕込まれているかわかったものじゃないですからね。正攻法で手に入れた方が確実と思ったまでです」


 前を行く茶髪で糸目の青年は、短絡的な仲間にため息をつきながら答えた。どうもこの少年は短絡的だ。それが足を引っ張らなければよいのだが。


「それにあの場には少々厄介な人がいましたからね」


 ブリュンヒルド公王、望月冬夜。古代文明の遺産を受け継ぐ世界の調停者。そして邪神の使徒(じぶんたち)の天敵。

 糸目の青年、インディゴは無事に任務を終えられて内心ホッとしていた。もしもあの場で正体がバレて戦闘にでも突入していたら、間違いなくこの人造魔石は手に入らず、撤退するしかなかった。

 そんなことにでもなれば、スカーレットに会わせる顔がないし、計画も練り直しになる。


「それほど強そうには見えなかったけどな。なあ、ヘーゼル?」

「お、おで、にく、きるか?」

「切らないでいいですから、それをしっかり持ってて下さいよ。絶対に落とさないように」

「わがった」


 ヘーゼルと呼ばれた大男は大きな木箱をしっかりと抱え直した。

 人目がつかない路地裏から転移しようとしていた三人の前に、何人かの男たちが立ち塞がる。インディゴが訝しげに相手を見ると、先ほど自分たちと人造魔石を争った出っ歯の商人と、武器を手にしたその護衛らしき屈強な男たちであった。

 出っ歯の商人が口の端を吊り上げいやらしく嗤う。


「おとなしくその箱をこっちによこせ。痛い目にあいたくなかったらな」


 いつの間にか背後にも武器を手にした男たちが現れ、三人は囲まれてしまっていた。


「なんだこいつら?」

「たぶん私たちを殺して魔石を奪おうとしてるんでしょう。クズが思いつきそうな浅い考えです。これは人造魔石じゃないって説明しても無駄でしょうね」


 灰色髪の少年に糸目の青年が答える。その言葉に対し、少年の方は嬉しそうに腰から短槍を抜き放った。一瞬にして短槍は伸びて、メタリックパープルの槍へと変わる。


「ってことはっちまってかまわないってことだよね? 正当防衛ってやつ? 人の物を奪おうってのは悪いことだよねえ?」

「おで、も、にく、きる?」

「君はその箱を持ってなさい。何度も言うようですけど落とさないように。ゴミ掃除はオーキッドに任せましょう」


 武器を持った男たちに囲まれているというのに平然としている三人に、出っ歯の商人がキレた。


「こいつらをぶっ殺して魔石を奪え!」


 三人を囲んでいた男たちが一斉に襲いかかる。しかし次の瞬間、いくつもの剣が宙を舞っていた。

 槍を持った少年が、電光石火の早業で男たちの武器を一つ残らず弾き飛ばしたのである。

 何が起こったかわからないといった一人の男の胸に、深々とメタリックパープルの槍が刺さる。


「なっ!?」

「ぐふっ……!?」

「はい、ひとーり」


 少年は愉悦を浮かべた表情で呟くと、さらに槍を閃かせた。幾筋もの紫の閃光が路地裏に走る。

 その後、フェルゼン王国王都、ファルマの路地裏にいくつもの断末魔が響き渡ったが、それに気付く者は誰一人としていなかった。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作リンク中。

■スラムで暮らす私、サクラリエルには前世の記憶があった。その私の前に突然、公爵家の使いが現れる。えっ、私が拐われた公爵令嬢?
あれよあれよと言う間に本当の父母と再会、温かく公爵家に迎えられることになったのだが、同時にこの世界が前世でプレイしたことのある乙女ゲームの世界だと気付いた。しかも破滅しまくる悪役令嬢じゃん!
冗談じゃない、なんとか破滅するのを回避しないと! この世界には神様からひとつだけもらえる『ギフト』という能力がある。こいつを使って破滅回避よ! えっ? 私の『ギフト』は【店舗召喚】? これでいったいどうしろと……。


新作「桜色ストレンジガール 〜転生してスラム街の孤児かと思ったら、公爵令嬢で悪役令嬢でした。店舗召喚で生き延びます〜」をよろしくお願い致します。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ