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異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第32章 めぐり逢えたら。
510/637

#510 列車の旅、そして馬車の旅。

■あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。





 魔導列車は高原を抜けて、山岳地帯へと入った。

 緑の山々がトンネルを通り抜けるたびに見え隠れする光景を、乗客たちは楽しんでいるようだった。


「ちきゅうで乗った列車と同じくらい速いですね」

「そうだね。すごいもんだ」


 隣に座るユミナとそんな会話を交わす。博士の話によると、古代魔法文明の魔導列車はこれよりも速かったというのだから驚くよな。新幹線みたいなものが走っていたということだろうか。


「あ、飛竜ワイバーンが飛んでる」


 リンネの言葉に視線を窓の外に向けると、確かに上空を飛竜ワイバーンが二匹飛んでいた。


「む、こっちにくるぞ」


 オルトリンデ公爵が窓から見上げながら、警戒した声をあげた。

 おそらく魔導列車を珍しい獲物かと思ったのだろう、両脚の爪を開いて二匹の飛竜はこちらへまっすぐに下降してきた。

 しかし、列車から数メートルの位置まで来ると、見えない力に弾き飛ばされたかのように、飛竜たちは突然バランスを崩す。


『ギャオアッ!?』


 相当なダメージを受けたらしい飛竜が地面へと落下する。地面へと落ちた二匹の飛竜はぐったりとして動かない。

 その二匹を置き去りにして、僕らを乗せた魔導列車は何事もなく走り抜けていく。


「一定の速度で走行中のこの列車には、防護フィールドが張られていて、魔獣や魔物の攻撃を受け付けません。無理に触れようとすると、あのように弾き飛ばされ、【パラライズ】のショックを受けることになります。魔獣も馬鹿ではないので、何度もくらっているうちにそのうち寄っても来なくなりますよ」

「なるほど。それなら安心だな」


 地上の魔獣はともかく、空の魔獣は面倒だからな。殺すこともできるけど、線路の周りが死体ばかりになっても困る。【パラライズ】で麻痺させ、学習させることで、『アレは手を出してはいけない』とわからせた方が無難だ。

 まあ、落っこちた飛竜が他の魔獣に襲われる可能性もあるのだけれど……。そこらは弱肉強食の世界ということで。


「まあ、のちに新型の魔導列車には迎撃用のシステムが組み込まれるのですけれど。ゴレム列車が数年後には登場して、より安全性が……」

「のちに? 数年後?」


 クーンのつぶやきにオルトリンデ公爵が不思議そうな顔をする。弟であるエド君をあやしていたスゥが慌てて父親の袖を引いた。


「ち、父上、エドがぐずりそうなのじゃ。代わってたも!」

「む? おお。どれどれ。おー、よしよし。大丈夫だ、飛竜はいなくなったぞー」


 オルトリンデ公爵がエド君をあやしながらエレンさんの隣に座る。その後ろでスゥがクーンを捕まえ、そのこめかみを両手でグリグリとやっていた。

 クーンがこちらに『助けて、お父様!』という目を向けてきたので、仕方なく間に入って仲裁した。


「僕らだけじゃないんだから発言には気をつけるようにね」

「ついうっかり……。気をつけますわ」


 クーンがこめかみを押さえながら、力なく返事をした。

 子供たちとスゥは歳が近い。一番年上のフレイとだと、三つしか違わないからな。クーンでも四つだ。そのためか、先ほどのような遠慮のないやり取りはよくある。

 まだ自分の子供が来てないためか、スゥは他の子供たちをかまいたがるところがあるようだ。

 山間部を抜け、今度は大きな森が見え始めた。森林上部に設置された高架上を列車が駆け抜けると、驚いた鳥たちが一斉に空へと羽ばたく。

 白、黒、赤、青、緑と、様々な色の鳥が方々へと散っていく。


「わあ! すごいね、おかーさん!」

「うん。すごいね、リンネ」

「あっ、お母さん。あれ、ケロケロ鳥だよ」

「えっ、どれどれ?」


 リンゼとリンネ、エルゼとエルナの母娘が同じ窓を覗きながら、飛び立つ鳥を見て微笑んでいる。……ケロケロ鳥ってなんだろう。


「冬夜殿、いまどのあたりでござるか?」


 しばらくして尋ねてきた八重にスマホからマップを空中投影してみせる。まだベルファスト国内だ。ここから北のリーフリース国内まではまだ距離がある。


「そろそろ最初の駅に着くよ」

「パラメス領の領都、パラメイアですね。パラメス伯爵が治める地です。高原と深い森、農作地帯が広がる自然豊かな領地です。避暑地としても有名なんですよ」


 ユミナがそう解説してくれた。避暑地か。日本でいう軽井沢みたいなところなのかな。

 魔導列車はスピードを落としつつ、領都パラメイアへと突入していく。

 次第に窓の外には家々がぽつぽつと見えるようになり、やがて町中を走るようになる。へえ。中央部は王都と同じくらい発展しているな。けっこう都会っぽいけど、避暑地は郊外なのかね?

 魔導列車はここで十分ほど停車する。略式にだが、領主のパラメス伯爵が駅に出向いて挨拶をするのだそうだ。王弟であるオルトリンデ公爵も乗り込んでいるわけだし、当然と言えば当然か。

 わざわざ降りて挨拶を受けなきゃならないなんて、公爵閣下も大変だなぁ。


「なに言ってるのよ。貴方も王様でしょうが」

「あ、そうか。僕も降りなきゃダメか」


 リーンに呆れたように言われて、自分が王様だということを思い出した。車内は奥さんと子供たちばかりだから、家族旅行の気持ちになってた。これは公務、これは公務。

 スピードを落とし、ゆっくりとした速度になった魔導列車がパラメイア駅のホームに停車する。と同時に溜め込んでいたエーテルを大気中に解放すると、まるで蒸気のようにキラキラとした物質がホームに撒き散らかされた。

 プシューッ、と空気が抜けるような音とともに、列車が完全に静止する。


「どれ。では行くか、冬夜殿。いや、公王陛下」

「はぁ……。これもお役目ですかね」

「いってらっしゃいなんだよ」


オルトリンデ公爵と連れ立って席を立つと、フレイから励ましの声が飛んできた。うん、お父さん頑張るよ。


「パラメイアへようこそ、ブリュンヒルド公王陛下、オルトリンデ公爵閣下」


 魔導列車を降りると、恰幅の良い紳士が僕らを出迎えてくれた。この人がパラメス伯爵か。ベルファストの夜会で見たことがある顔だ。この人の領地だったのか。


「短い滞在にわざわざすまんな、伯爵」

「いえいえ。国を挙げての一大事業、この目で見ずにいられますか。この列車により我がパラメイアもリーフリースからたくさんの観光客を呼べることでしょう。ありがたいことです」


 ニコニコとパラメス伯爵が頷く。確かにパラメイアまでリーフリースから魔導列車に乗って数時間で着く。馬車で数日揺られないといけなかった都へ日帰りで行けるのだ。やがて観光客もやってくることだろう。

 僕らが乗ってきた魔導列車の線路に並走するように、同じようなもう一本の線路が延びている。

 お察しの通り、リーフリース発、ベルファスト行きの線路である。

 この日、同時刻にリーフリースからも同じように、もう一台の魔導列車が出発しているのだ。

 パラメス伯爵はこの数時間後に来るリーフリースからの列車も出迎えなければならないわけで。いやはや、大変だな……。

 列車から何人かの客が降り、逆にパラメイアから乗り込む客もいる。

 今回の開通式には公募で集められた一般のお客さんも乗っている。もちろん貴族たちが乗るVIP車両とは別になっているが。

 公募で当たった切符の行き先は、どの駅からどの駅までと決まっていて、一番短いのだとこのパラメイアで終わりだったりするのだ。もちろん当たった切符は往復なので、リーフリース発の列車に乗って王都に帰ることができる。


「おっと、時間もありません。これは我が領地の特産品の詰め合わせです。よろしければどうぞ」

「ああ、これはわざわざすみません」


 パラメス伯爵が手渡してきた箱を【ストレージ】で収納する。手土産まで貰えるとは。いや、宣伝サンプルかな? 確かにこれは効果的だ。


「お弁当ー。旅のお供にお弁当はいかがですかー。お飲み物もありますよー」

「え?」


 その声に振り向くと、画板のように首から紐で、弁当の立ち売り箱を持った弁当売りが、列車の窓から弁当を売っていた。

 弁当売りまでいるのか。や、確かそんな提案をベルファスト国王陛下とリーフリース皇王陛下の前で話したような……。まさか本当に取り入れるとは。

 物珍しさからか、客車の窓から手を伸ばし、弁当を受け取る客が多い。車内販売はないから買えるうちに買っとこうってことかもしれないが。


「ルー殿、そっちの弁当も取って欲しいでござる!」

「ルー母様、私、そっちのチキンカツサンドがいいんだよ!」

「お母様! 早くお金を! あっ、そこの人! そっちのお弁当も貰いますわ!」

「ちょっと待って下さいまし! なんでわたくしが全部やらねばならないんですの!?」


 一号車の窓からも騒がしい声が聞こえる。主に食欲に忠実な人たちの声が。

 もしかして全員分買うのか? 八重とフレイは数人分食うだろうから、二十個以上……?

 というか、お腹がすいたなら【ストレージ】の中に、いくらでも料理が入っているだろうに。駅弁はまた別ということなのだろうか。


「そろそろ出発か。では伯爵、これで失礼する」

「お土産ありがとうございます。ではまた」

「良き旅を」


 オルトリンデ公爵と僕は再び客車へと戻った。

 ピリリリリリリ、とホームに笛の音が鳴り、扉が閉められる。エーテルの残滓を残して、ゆっくりと魔導列車が再び走り出す。

 ホームで手を振る人たちに窓越しに手を振り返し、僕らはパラメイア駅を出発した。

 席に戻るとすでにみんなが中央のテーブルで弁当を開いて舌鼓を打っていた。早いな!


「はい。冬夜さんのぶんです」

「ああ、うん。ありがとう、ユミナ」


 ユミナから弁当を受け取る。厚紙で作られた箱を開くと、パンに肉や野菜が挟まれたハンバーガーのようなものが入っていた。

 他のみんなのもサンドイッチやホットドックのようなものだった。パン文化だとこんな感じの弁当になるのかな。

 もらったハンバーガーにかぶりつくと、柔らかい肉とトマトなどのジューシーな野菜の旨味が口の中いっぱいに広がる。

 鳥肉かな、これ。なんの鳥かはわからないが。チキンバーガーか。いや、チキンかどうかはわからないんだけど。

 まあ、美味けりゃ正義だ。うん、イケる。


「お父さん、その果物ちょうだい」

「これかい? いいよ、ほら」


 隅の席でアリスがエンデから苺のようなものを貰っていた。あいつ、一応今日はこの車両の警備員のようなものなんだが。

 とはいえ、アリスとの食事中に仕事しろとか野暮なことは言わないけどさ。食事休憩くらいはあって当然だと思うし。うちはブラック企業じゃないんで。


「かあさま、橋だよ!」

「ん。すごい」


 サンドイッチを片手にヨシノが叫ぶ。車窓から覗くと、小さな湖を跨ぐようにして高架線路が続いていた。迂回せずに突っ切ったのか。

 土魔法なら作るのも難しくはなかっただろうけど、これ地球で普通に作ったらどれだけ時間とお金がかかるのかねえ。土木関連の技術は異世界の方が一部優れているところがあるよな。魔法様々だ。

 ユミナが橋を見ながら僕に尋ねる。


「ベルファストからミスミドの線路も作られているんですよね?」

「うん。この間、ガウの大河に橋を作ってきた。数ヶ月後には開通するんじゃないかな。ベルファストとレグルスも開通するし、フェルゼンとレスティアも繋がる。世界同盟の国々はいずれほぼ繋がると思うよ」


 一部難しいところもあるんだけどな。魔王国ゼノアスとかノキア王国とか。あそこはユーロン地方があるからさ。

 ゼノアスとノキア間なら問題はないが、その他の国に線路を伸ばそうとすると、どうしても旧ユーロンの領地を通らなければならなくなる。

 まあ、もうすでに天帝国ユーロンという国は崩壊していて、線路をひいても構わないといえば構わないのだけれど、まだユーロンの人々は住んでいるし、彼らはその土地は自分たちの土地だと思っているだろう。

 そこに他国が線路など建設したら反感を買うだろうし、面倒なことになるのは目に見えている。どの国もそんなところに線路など引きたくはないだろう。

 最悪、レスティア、ロードメア、ライル、フェルゼンの四国を橋で繋いだように、海の上を走らせるのもありかと思っている。


「西方大陸の方から飛行船の技術も流れてきてるし、それを使うって手もあるんだけどね」

「ですがやっぱり列車の方が運搬量が遥かに上です。飛行船は天候にも左右されますし」


 確かにな。今回は客車だけを引いているが、やがて物資を運ぶ貨物車両も引くことになるだろう。飛行船の運搬量とは比べ物にならない。

 流通がもっと発展すれば、人々の暮らしも楽になる。そのための魔導列車だ。


ブリュンヒルド(うち)にも駅ができるんですか?」

「できるとしたらベルファストからレグルスの路線かな。王都から帝都のちょうど真ん中あたりになると思う」

「観光客がたくさん来ますね」


 あんまり来られても困るんだけどね。正直、ブリュンヒルドの王都(?)の規模はちょっと大きめの町程度だ。そこにたくさんの観光客が来られても、宿泊施設も足りないし。

 変な輩が入り込まないように入国チェックも人手がいるだろうしな。


「だけどウチに観光するとこなんかあるかね?」


 うーむ、と腕組みをして首をひねる。

 リーフリースの皇都なら美しい海と白壁の街並み、ベルファストの王都ならパレット湖の滝を背にそびえ建つ白亜の城などがあるが、ウチはこれといって名所が……。


「時計塔がありますよ?」

「時計塔かぁ。まあ、名所って言えば名所なのかな……?」

「あとは……フレームギアとか?」

「それは名所……か……?」


 微妙なところだ。確かにフレームギアは他の国にはないけれども。

 ロボットを名所にするなんてどうなのか、と思ったが、日本でもロボットアニメの実物大を作ってしまった所もあるし、ありなのかな?

 一般的に名所と言ったら、東京タワーとかスカイツリーとかのランドマーク、寺社仏閣、史跡、大型遊園地などだけど……。

 現在ブリュンヒルドでは遊園地が建設中だ。これができれば観光客も押し寄せると思うんだけどな。

 ああ、ダンジョン島があったな。名所という感覚はなかったので忘れてた。

 今までは近隣の冒険者しか来ていなかったが、これからは遠くの冒険者も列車に乗って来るようになるかもしれないな。乗車料金がそれなりにするからホイホイとは来れないかもだが。

 やはり宿泊施設の増築は急務だな。『銀月』ブリュンヒルド三号店を作るか。

 なんにしても人手が足りない。そろそろ騎士団の方もまた募集をかけないといけなくなるよなあ。


「そういえば……。未来では騎士ナイトゴレムってのが配備されているとかクーンが言ってたな……。騎士団の下部組織らしいけど、そう考えるとそこまで募集しなくてもなんとかなるのかな……」

「ふふっ、旅に出ても仕事のことばかりですね。少し忘れた方がいいのでは?」

「そうしたいのはやまやまなんだけどね……」


 ユミナに言われてため息をひとつつく。この小旅行も仕事の一環だしなあ。まあ、それなりに楽しんではいるけどさ。



          ◇ ◇ ◇



 ────一方、そのころ。エルフラウ王国とレグルス帝国の国境付近では。



「ほれ、ここからレグルス帝国だ」


 国境沿いの道に差してある立て看板を指差して、同乗者の男がそう告げる。

 エルフラウ王国からの乗合馬車に揺られること数日、ついに少年はレグルス帝国へと足を踏み入れた。


「やっと寒さから解放されますね」


 望月もちづき久遠くおん、六歳。故郷である(時代は違うが)ブリュンヒルドへの帰郷中である。

 レグルスに入り、すでに凍えるような寒さもなくなっている。それでもまだレグルスの北方、寒いことは寒いので、久遠はエルフラウで買った黒いコートをまだ身につけていた。


「あ、見つけた」

「またかい? 御者の旦那、止めてくれ。ボウズがまた見つけたとよ」


 幌馬車の客車に乗り込んでいた男が御者へと声をかける。御者の男が馬を止めるよりも早く、久遠は馬車から飛び降りて、手にしていた弓を林へと向けて構え、素早く矢を放った。


「ギュエッ!?」


 短い鳴き声が聞こえ、ドサッ、と重いものが倒れる音が林の中から聞こえた。やがて林の中へと分け入った久遠が、脳天を矢に貫かれた大きな鹿を引き摺りながら現れる。


「おっ、レグルスオオジカじゃねぇか。美味いんだぜ、こいつは」


 男の一人がナイフを持ちながら馬車から降りる。他の乗客も久遠が倒した鹿を見るのに馬車から降りてきた。


「解体お願いできますか?」

「おう、任せろ。そのかわり、こいつも買い取らせてくれよ」


 慣れた手付きで男は鹿を解体していく。この男、肉屋のあるじで、娘の嫁入り先からの帰りだという。

 基本的に馬車の旅というものは食事は質素なものだ。干し肉などの携帯食か、その場で捕らえた獲物を捌くかしかない。本来なら旅の途中に、そう簡単に獲物など見つかるわけもないのだが、この馬車の乗客はここ数日、毎日のように獲物にありついている。

 その理由がこの不思議な少年だった。近くに獲物を見つけると、確実に仕留める。林の陰にいようが、木の上にいようが、どう見ても安物の弓であっさりと倒してしまうのだ。

 おかげで乗客は旅の空でありながら豪勢な食事を取ることができている。


「ボウズのおかげでしばらくは仕入れに困らねえぜ。ありがとな」

「いえいえ。僕も路銀が増えてありがたいですから」


 実際にオリハルコンのカフリンクスを売ったお金だけでは、どう頑張ったところでブリュンヒルドには辿り着けないと久遠は思っていた。しかしなんとかレグルス帝国の帝都ガラリアまでなら行ける。路銀が多いにこしたことはないのだ。

 解体した獲物を乗せた乗合馬車はレグルス帝国を南へと進み、ジョンストの町へと到着した。少年が乗ってきたエルフラウ王国からの乗合馬車の終点である。

 ジョンストの町は大きくもなく小さくもない、いたって普通の町である。エルフラウ王国との国境付近に位置している、レグルスの辺境伯が治める町のひとつだ。

 そんな辺境の町に降り立った少年は、すぐに次の目的地へと向かう馬車を探すことにした。できれば帝都まで真っ直ぐに向かう馬車がいいのだが。

 彼は乗合駅の前に張り出してある予定表を確認すると、ため息をひとつついた。


「あー……。ついさっき出たばっかりかあ……」


 タイミング悪く、帝都行きの駅馬車はつい先ほど出たばかりだった。次の便は二日後となっている。


「どうしようかな。次の町まででもいいから別の馬車に乗せてもらおうかなあ……」


 時刻は午後をだいぶ回っている。もはや夕暮れが近い。今からだと確実に途中で野宿だ。馬車に揺られたここ数日も野宿だったので、今日明日くらいはちゃんとした宿に泊まりたいと久遠は思った。


「よし、決めた。宿に泊まろうっと」


 そう決定すると、久遠はリュックを背負い直し、町を歩き始めた。

 少し高くても、なるべくならいい宿に泊まりたい。食い詰めた冒険者たちが泊まるような、場末の宿はなにかとトラブルが多い。面倒事は避けるに限る。

 となると普通の商人が定宿にしているような宿がいい。そう考えた久遠は乗合駅で降りたと見られる、いかにも商人という人物の後をつけていった。

 やがて駅からそう遠くない通りの角に差し掛かると、商人はそこにあった宿へと入っていった。


「【銀の小羽亭】か」


 銀色の羽が描かれた看板を見上げて久遠は独りごちる。なかなかお洒落な店構えだが、そこまで高級店という感じはしない。『当たり』っぽいぞ、と久遠は胸を撫で下ろす。

 さて、ここからが正念場だ。久遠は呼吸を整えて、スイングドアを開けて一人中へと入った。


「いらっしゃいませ、【銀の小羽亭】へようこそ。あら? 坊や一人?」


 受付のカウンターには二十代前半の女性が一人。その横の階段を、宿の店員であろう男性と先程の商人が上っていくのが見えた。


「部屋を二泊お願いしたいのですが、空いてますか?」

「え? あのね、ボク。ここは子供一人じゃ……」


 困ったような表情を浮かべる女性店員に、久遠が視線を向ける。久遠の右目が紫を帯びた金色に変化し、パープルゴールドの瞳が女性店員の目を射抜く。


「……あ、あら? あ、すみません。ええと、空いてますよ。でよろしいでしょうか?」


 女性店員はいつの間にか少年の後ろに立っていた三十代ほどの男性を見て、驚きつつも自分の業務をこなす。


「はい。それでお願いします」

「では二泊で銀貨二枚になります。こちらにサインを」


 宿帳に久遠がサラサラとサインをする。てっきりサインは子供ではなく、父親と思われる後ろの男性がすると思っていた女性店員は少し驚いたが、顔には出さなかった。


「ではお部屋へ案内しますね」


 女性店員の案内で久遠は二階の部屋へと通される。二つのベッドに机と椅子、クローゼットに魔光石のランプがある、シンプルだが趣のある部屋だった。


「食事は朝昼晩、下の食堂で。出かける時は鍵をカウンターに預けて下さいね」

「わかりました。ありがとうございます」


 女性店員は少年のお礼の言葉を聞いてドアを静かに閉めた。


「……あのお父さん、一言も喋らなかったわね。無口なのかな?」


 そんな言葉をつぶやきながら、女性店員は首を捻りながら部屋を離れ、階段を降りていった。

 その部屋の中では一人安堵の息を吐き、脱力した久遠がベッドへとダイブするところだった。


「ああ、しんどい……。子供一人じゃ宿にも泊まれないなんて。でも場末の宿は嫌ですしねえ……」


 素泊まりだけの宿ならそこまで厳しくはないので、子供でも泊まれるかもしれないが。

 久遠はエルフラウ王国からここまで、宿で泊まるときはこうやって泊まってきた。

 使ったのは【幻惑の魔眼】。相手に幻を見せることができる、久遠の持つ七つの魔眼の一つである。

 あくまで幻を見せるだけであるので、幻は話せない。なので無口な父親という存在を演じてもらった。

 そんな面倒なことをしなくても、自分を大人に見せればいいと思うかもしれないが、それだと声は幼い久遠のままだし、身長も違うのでペンひとつ握れないし、多くの齟齬が出る。

 結局はこの方法が一番楽なのだ。二人分の宿泊料を払わなきゃならないので、お金はかかってしまうが。


「あー、久しぶりのお布団です……」


 干して取り込んだばかりなのだろう。お日様の匂いがする布団にダイブしたまま、久遠は微睡まどろみの中へと落ちていった。








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