#503 絶技、そして神々の共演。
■今週末に第18巻発売です。よろしくお願い致します。
盛大なドラムマーチとトランペットの音に合わせて、広いステージの左右から多数のサーカス団員が素早い連続バク転で登場した。
そのまま左右から来たバク転の波が、中央でクロスしていく。よくぶつからないなあ。
そのまままるでトランポリンの上を跳ねているかのように、人がポンポンと宙に舞っていく。
サーカス団員はそれぞれひらひらとしたカラフルな服に身を包んでいるので、ステージ上は花が咲いたかのような彩りを僕らに見せていた。
「よくあんな一糸乱れぬ動きができますわね」
「きっとものすごく練習してるんだろうねえ」
規則正しい動きから生み出される一種の美しさに、隣に座っていたルーとのほほんとそんなやり取りをしていると、ステージ上に二人の男が現れた。
そのうちの一人が、手にしたリンゴを空中へと放り上げてジャグリングを始める。もう一人はそのアシスタントのようだ。
ジャグリングをする男が隣の男から追加のリンゴ次々と受け取り、リンゴは四つ、五つと数を増やしていく。最終的には十ものリンゴが宙を舞った。
その技に観客からは拍手が送られる。しかしジャグリング男はそれで終わらず、そのまま隣のアシスタントが差し出したナイフを手にして、次々にリンゴと入れ替えていった。
あっという間に十個のリンゴは十本のナイフへと変わる。しかしジャグリングは先ほどと同じように繰り返されていた。おお、すごい。
そんな風に僕が感心していると、ジャグリング男のアシスタントが次に手斧が入った木箱を持ち出して、両手に翳し、観客にアピールしてきた。
え、今度はあれに変えるの!?
ざわざわとなる観客を尻目に、ジャグリング男はナイフを宙に上げながらちらちらとタイミングを計るようにアシスタントの差し出す手斧を見ている。
僕らも話すのをやめ、固唾を飲んで見守っていた。次の瞬間、素早い動作でリンゴを変えたように、ナイフが次々と手斧に変わっていく。重さのためか数は減ったが、手斧がくるくると宙に舞った。
割れんばかりの拍手が観客席から起こる。僕らも思わず手を叩いていた。
「あら、あれは……」
「おいおい、まさか?」
アシスタントがステージに高さ三十センチほどの小さな丸太を立てて横に並べ始める。ジャグリング男の手前、横一列に斧と同じ数の丸太が並べられた。
ジャグリング男がその丸太の一番端の前に立ち、タイミングを見計らう。バックに流れるドラムロールがなんとも緊張感を掻き立てるな。
ダンッ! と丸太に一本の斧が振り下ろされたと思ったら、そのまま男は横に移動し、連続で斧を丸太に突き立てていく。
やがて最後の斧を丸太に突き立てると、やりきったジャグリング男はどうだと言わんばかりに両手を広げてみせた。そして再び拍手の雨が降る。
「いや、ドキドキしたね」
「ええ、失敗するんじゃないかと思いましたわ」
ルーと手を叩きながらそんな感想を言いあっていると、ジャグリング男は袖へと引っ込み、今度は自転車に乗った陽気そうな男が現れた。
ステージをぐるぐると回る男が、お客さんに片手を振ったかと思うと、さらにもう片方の手も離し、手放し走行をしながら両手を振っていた。
おお、僕も昔やったなぁ、などと思っていたら、サドルの上に立ち、片足でハンドルを操作し始めた。あれはやってない。できるか。
ステージの袖から続けて三人の自転車乗りが現れた。計四人の乗る自転車がステージ上を駆け巡り、交差を繰り返す。ホントよく当たらないよなあ……。
ステージアシスタントがジャンプ台のようなものを持ち出してきた。跳ぶのか。
一台の自転車がジャンプ台に向けて走っていく。勢いよく宙へと飛び出した自転車は空中でくるりと一回転し、見事に着地した。続けて他の三台も見事に回転着地を決めると、観客席から拍手が巻き起こる。
自分がこの世界に持ち込んだ自転車だが、すでにここの人たちは自らの手足のように操っている。あの自転車も普通のやつではなく、独自に改良されたやつのようだ。サスペンションのようなものがいくつか見られる。着地のショックを吸収させるためのものだろう。
自転車乗りの四人がまたくるくるとステージを回り始めると、今度は袖から長いロープを持った二人組が現れた。
端と端を掴んだ二人の男がロープをぐるぐると回し始める。ははあ、なるほど。縄跳びか。
「なにをしているのでしょう……?」
「見てればわかるよ」
不思議そうに回るロープを見ているアーシアにそう僕は答える。
やがてロープを持っていた男がなにやら呪文をつぶやくと、彼らが回していたロープにあっという間に火がついた。あれっ、僕の思ってたのとちょっと違う……。
炎に燃えるロープの中に自転車乗りが飛び込み、小さくジャンプさせて縄跳びを始めた。うん、火までつけるとは思わなかったが、僕の思ってたやつだ。
というか、燃えるロープなんてよく持てるな。注意して見るとなにが厚手の手袋をしているようだ。不燃の手袋かな? おそらくロープもただのロープじゃないんだろうな。
四人の自転車乗りが全員炎のロープの中へと入り、呼吸を合わせたようなジャンプをリズミカルに横並びで披露していた。数十回縄跳びをしたあと、スッスッスッと連続で脱出していく。
その後、アクロバットな動きをしながら自転車隊はステージから去っていった。
『さて、皆様! お次は怪力無双の豪傑、フル・パワーによる驚異の力自慢をお楽しみ下さい!』
シルクハットの団長が拡声器を手に紹介すると、ステージ中央にあった幕が開き、全身の筋肉を強調させるポーズで佇む剛力神が現れた。出たな、力の神。
両サイドにはウサギの耳をつけたアシスタントらしき女性が立っている。……いや、あれは兎の獣人か。というか、女性の衣装がまんまバニーガールなんだけど。ハイレグ網タイツではなくて、スカートタイプではあったが。
『ファッションキングザナック』のザナックさんに見せた地球のファッション画像にそういえばあったような……。作ったんだろうなあ……。
「ふんっ!」
パワーのおっさんはしゃがみこむと、両サイドの女性をその手に乗せて軽く立ち上がった。
観客席からどよめきが起こる。腕ではない。手のひらの上に乗せたのだ。女性一人を片手で持ち上げるその力にもだが、バランスを崩さず笑顔で乗り続けるバニーさんも相当な技術がいると思う。
「ふんっ!」
それだけでは飽き足らず、パワーのおっさんは両手を頭の真上まで移動させた。パワーのおっさんの頭上にかざした両手の上に、二人のバニーさんが笑顔で観客席にアピールしている。
「すごーい!」
「面白いんだよ!」
リンネとフレイがその光景を興奮して観ている。あれくらいなら君らにもできそうな気もするが……ああ、手が小さいから無理か。
【パワーライズ】や【ブースト】を使えばお父さんにもできなくはないぞ。……って、なにを張り合っているんだ、僕は……。
ステージに下ろされたバニーさんが袖にはけ、なにやら二人掛かりで持ってきたものは大盾であった。頑丈そうな金属製のでかいカイトシールドだ。
パワーのおっさんがバニーさんからそのカイトシールドを受け取る。
「ぬん!」
めきょっ! という音とともに、パワーのおっさんはいとも簡単にカイトシールドを真っ二つに折り曲げた。
「ぬん!」
パワーのおっさんはその二つに折られたカイトシールドをさらに二つ折りに曲げ、四つ折りにしてしまった。
パワーのおっさんのパワー(ややこしい)に、会場が盛り上がる。四分の一になった盾を掲げてパワーのおっさんはそれに応えていた。
観客にポーズを決めて筋肉を見せつけるパワーのおっさんの背後に、ガラガラと今度は何十人もの団員たちに大型馬車の荷台が引かれてくる。
荷台だけだ。馬はいない。無理すれば何十人も乗れる大型トラックサイズのやつだ。
荷台を引いてきた団員たちが次々とその荷台に乗っていく。ざっと見てもその数は二十人は下らないだろう。
「おい、まさか」
どこからか観客席からそんな声が漏れる。僕も一瞬だけ『まさか』と思ってしまったが、すぐに『でも、やれるんだろうなぁ』と達観してしまう。
僕らの期待通り、パワーのおっさんは二十人以上乗っている荷台に手をかけた。
「ふんぬっ!」
ぐいっ! と両手でそれを持ち上げたおっさんは、荷台の下へと手をかけ直す。真下に潜り込んだパワーのおっさんの肩と頭、両腕に、全ての重さがのしかかっているはずだ。
しばしの静寂からドラムロールが流れる。ダンッ! という音に合わせてパワーのおっさんがまるでウェイトリフティングを決めるがごとく、団員が乗る荷台を高々と頭上に持ち上げた。
「すげえ!」
「嘘だろ!」
「なんて力なの!」
驚きの声とともに万雷の拍手が巻き起こる。うちの子供たちも楽しそうに手を叩いていた。
一人平均五十キロだとしても二十人でだいたい一トンか。一トンのウェイトリフティングなんて見たことないぞ。
しかもまだ余裕があるように見える。おそらくはそれ以上のことも可能なのだろう。しかし、あくまでサーカスショーの範囲内でと、力をセーブしていると見た。
「おとーさん、あの人すごいねえ!」
「むう、私でも【パワーライズ】を使ってもできるかわからないんだよ」
僕の前に座るリンネが振り向いてそうはしゃいだ声を漏らすと、その隣のフレイが感心したような声を上げていた。
【パワーライズ】は【ブースト】と同じく、自分の筋力を上げる身体強化の魔法だからな。子供の筋力が強化されてもあそこまではいかない。リンネの【グラビティ】なら荷台の重さを軽くして、似たことができるんじゃないかとは思うけど。
「ふんっ!」
荷台を下ろしたパワーのおっさんが筋肉を強調させるようなポーズで観客たちにアピールする。いや、もうそれはわかったから。
「「「ふんっ!」」」
それを見てフレイ、ヨシノ、リンネの三人がおっさんと同じようなポーズをしていた。真似しちゃいけません。ムキムキになりますよ?
「お?」
ステージに突然ドラムの音が響き始め、団員たちと空になった荷台を担ぎ上げたパワーのおっさんが袖に消えていった。
リズムを刻む軽快なドラムの音に続くようにトロンボーンやトランペットなどの金管楽器が彩りを加えていく。あれ、この曲って……。
ステージ中央の幕が上がり、楽団が僕らの目の前に現れた。一心不乱にドラムを叩いているのは誰あろう、音楽神である奏助兄さんである。
やがてイントロが終わり、サックスがダンサブルなメロディを奏で始める。スウィングジャズの代表的なこの曲は、爺ちゃんが大好きだった曲の一つだ。
女子高生がビッグバンドを結成し、ジャズを演奏するという日本の映画でも使われた。『King of the Swing』の異名を持つジャズミュージシャンの代表曲。
曲に合わせて左右の袖からサーカス団員たちがバク転を繰り返しながら現れる。
全員が女性で、アラビア風……こっちでいうところのミスミドの民族衣装のような姿をしていた。
上半身は胸覆いだけ、下はダボッとしたハーレムパンツだが、シースルーで脚が透けて見える。
ステージに並んだ女性団員たちの中央には舞踏神であるプリマさんがいた。
ダンサーのお姉さんたちが音楽に合わせて踊り始め、その艶やかなダンスに観客席(特に男性陣)から歓声が沸き起こる。僕? この状態でできるわけないじゃないですか。
時に軽やかに、時に緩やかに、激しくもあり、そして華やかな魅惑のダンスが観客たちの目を捉えて離さない。
さすが舞踏の女神。昨日はあまり感情を表に出さないタイプに見えたのに、ステージの上ではとても表情豊かに踊っている。
その周囲を彩るダンサーの女性たちもかなりのレベルなのだろう。プリマさんに合わせるように踊ったり、引き立てるように踊ったりと、変幻自在のダンスを生み出していた。
いつの間に観客席から手拍子が巻き起こり、テント内は熱狂の渦と化していく。
音楽神と舞踏神のコラボは、目にした耳にした人々を完全に虜にしてしまったようだ。
僕たちとて例外ではない。子供たちを始め、あのエンデやネイまでも手拍子をしてリズムに乗っていた。神の力恐るべし。
大盛り上がりを見せた神々のステージが終わると、観客席が総立ちになり、拍手の雨霰となった。泣いている者もいる。無理もない。これほどのステージは滅多に見られるものじゃないからな。
「すごい、すごかった。あそこで歌いたい」
「私も! かあさま、私も!」
桜とヨシノの母娘が一番テンションが高い。なだめるのに一苦労だ。
ステージでは新たな大道具が持ち込まれ、次の演目の用意が始まっていた。間を持たせるためか、奏助兄さんがピアノを弾いている。ていうか、あのピアノ、城のだよね……?
バックバンドも一緒になって弾いている曲は、地球アニメの主題歌だった。大泥棒の三代目が主人公のやつ。ジャズ調になっているが、なぜにそのチョイス……?
曲がかかっている間、ステージの端に樽に同心円が描かれた的や大きな板が並べられる。次はナイフ投げかな?
と、思ったら斧投げだった。このサーカス団、斧になんか思い入れでもあるんだろうか。
◇ ◇ ◇
『午前の部、皆様お楽しみいただけたでしょうか。休憩を挟みまして、午後の部を始めます。しばらくお待ちください』
団長のアナウンスに観客席を離れる者がけっこう見られた。指定席ではなく自由席だと、午前の部だけ、午後の部だけという格安チケットもあるそうなのでその客だろう。あとはトイレや食事に行く人とかか。
僕らもちょうどいいので食事にすることにした。大きめなテーブルにルーが、どかどかっと重箱を積み上げる。多いな!
「さあさあ、遠慮なく食べてくださいまし! お飲み物もご用意してありますわ!」
「取り皿はこちらにありますから各自取っていって下さいませ!」
ルーとアーシアが重箱の蓋を取ると周りから、わあっという歓声が上がった。彩り鮮やかな食材を使ったうまそうな料理が所狭しと並んでいる。様々な国の料理がいくつもの重箱に詰められていた。
「美味しそう! いっただきまー……!」
重箱に詰めてあったおにぎりに手を伸ばそうとしたリンネの手を母親であるリンゼがむんずと掴んだ。
「ダメだよ、リンネ。食べる前には手を洗ってから。ね?」
「あ、そだった……」
リンゼが空中に水球を生み出すと、リンネや他の子供たちもそこに手を突っ込んで洗い始めた。僕らも【ストレージ】から熱いおしぼりを取り出して手を拭う。
「じゃあ、いただきます」
『いただきます!』
一斉に手が伸びて重箱から料理が瞬く間に消えていく。あっという間に何箱か空になった。まあ、うちとエンデファミリー、それに神様ズまで加わったら当然の結果だけどさ。
中身が無くなった重箱を片付けて、ルーが再び指輪の【ストレージ】から中身の詰まった重箱を取り出す。いったい何箱作ったのやら。
「うん、よく味が染みてて美味しいのよ」
「にゃはは、お酒のおつまみに最高なのだ!」
花恋姉さんたちもご機嫌でルーとアーシアが作った重箱をつついている。ここって酒飲んでいいのか……?
酔花が手にしたイーシェン産の焼酎を見てふと思ったが、周りの指定席の客もワイン片手に談笑してるからたぶん大丈夫なんじゃないかな。
「思ってたよりすごかったですね。私がベルファストの城で観たものとは比べ物になりません」
ユミナがそう語りかけてくるが、このサーカス団がおかしいのであって、たぶんその時見たサーカスはこの世界でごく一般的なサーカスだったと思う。
「荷台を持ち上げたやつ、すごかったね!」
「私は幻影魔法が綺麗で楽しかった」
「ああ、あの魔法は綺麗だったねー。ボクも好き」
リンネとエルナ、アリスの三人がお稲荷さんを手に午前中の演目を語り合っている。お父さんも使えるぞ、幻影魔法。
確かにステージだけじゃなく、観客席まで届く水中映像の魔法は見事だったが。まるで水族館にいるような気持ちになったからな。
あれは個人の無属性魔法なんだろうか。それとも魔道具かな? 博士あたりなら持ってそうだが。
「午後の部はどんなのがやるのじゃ?」
「最初は一時間くらいの舞台演劇をやるらしいわよ。『宮廷騒動記』だって」
スゥの質問に入口で渡されたパンフレットを見ながらリーンが答える。午後は演劇からか。
そういや演劇神……シアトロさんは出演するんだろうか。演出・監督はしているらしいけど、まさか王女様役とかじゃないよな……?
男が王女役とかさすがにないと思いたいけど、コメディならアリなのか……?
その光景をちょっと想像してみたが、すぐにやめた。無い無い。そんなの子供に見せたらトラウマになる。
「お芝居、楽しみだね」
「生で観るなんて久しぶりですわ」
エルナとアーシアが微笑みながらそんな会話をしていた。未来じゃ演劇は僕があんまり観せなかったみたいだからなぁ。そのぶん楽しんでもらえるといいが。
神が自ら手がけた舞台なんだ。間違いなく面白い……はず。
でもこういうのは受け取り側の感性次第だからな。あまりにも大人向けだったり、社会風刺なんかを散りばめられても子供にはさっぱりだろうし。
シアトロさんは子供にも楽しめる、と言っていたから大丈夫だとは思うけれども。
「リンゼ、『宮廷騒動記』ってどんな話?」
こっそりとリンゼに尋ねてみる。何度か公演されているらしいからそれなりに有名な演目だと思うんだが。
「確か……村から出てきた女の子がひょんなことから王宮のメイドとして働くことになり、宮廷内でいろんな人たちに振り回されながらも、前向きに生きていく話だったかと思います。本で読んだわけではないので詳しくはわかりませんけど」
なるほど。シンデレラみたいに王子様に見初められたりするのかな? それなら夢があって楽しい話な気もするけど。
「楽しみでござるな!」
「楽しみなんだよ!」
八重とフレイが両手におにぎりを持ってもぐもぐと食べながらそうのたまう。相変わらずよく食うな……。フレイの母であるヒルダも若干呆れているようだ。
ふと横を見ると、エンデのところのメル、リセ、ネイの三人も同じようにがっついていた。
空の重箱が回収され、どどんっ! とまたルーの手で新たな重箱が置かれる。もはやこのことも予想済みといった手際の良さだ。
まあいい。今は料理を楽しむか。
僕は取り皿に取ってあった唐揚げを一つ口へと運んだ。




