#494 探索技師団、そして古代の船。
「あー……つっかれたー……」
アーシアの飛び入りという突発イベントはあったが、遊園地巡りは滞りなく終わった。ブリュンヒルドの遊園地に使えそうなもの、使えないものいろいろわかったが、世のお父さんにこの疲労感を広めていいものかどうか少々悩む。
まあ、子供たちの笑顔が見れるのならアリなのかもしれない。
アーシアが来て、建前上の親戚がまた増えたわけだが、あらかじめ何人か来るとは言っておいたので、城の人たちには普通に受け入れられた。
さっそくアーシアは城の厨房へ向かい、料理長のクレアさんを手伝っていた。おかげで今夜は豪華なディナーとなったわけだが、アーシアが僕に次から次へと自分の作った料理を勧めてくるので、現在少々胃がもたれている。
アーシアを送り届けてくれたロベールには礼を述べ、一緒に食事をした後、【ゲート】でパナシェスへと送った。今回ばかりは迷惑かけて申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
ともかくアーシアが来て、クーン、フレイ、エルナ、リンネと五人の子供たちが集まった。半分以上だ。
残りは八重、桜、スゥ、ユミナの子供たちだけど、八重との子供の八雲はもうこっちの時代に来ているんだよな。本当にどこほっつき歩いてるんだか……。
◇ ◇ ◇
「そう言えばアーシアの無属性魔法ってなんなの?」
次の日、アーシアに市場へと連れて行ってくれとせがまれた僕は、朝市を一緒に歩きながら、ふと思い出した疑問を本人に聞いてみた。
「私ですか? 私のは【サーチ】と【アポーツ】ですわ。効果範囲が短いので戦闘には向きませんけど、食材探しには重宝してます」
「ああ、そういう使い方か……」
確かに山なんかで食べられるものを探すのに【サーチ】は便利だし、【アポーツ】を使えば木に登らなくても果物などを収穫できる。使えると言えば使えるけど……。
「毒のある食材もわかりますしね。傷んでいるものも区別できます」
ううむ。僕も毒を【サーチ】で見つけたことがあるけどさ。そう言われると、料理人にとって便利な魔法のような気がしてきた。
「あっ、お父様、林檎がありますわ! アップルパイを作りますので買って帰りましょう!」
「アーシアはお菓子も作るのか」
「どっちかというと、そちらの方が得意ですわ。あまりお父様はお菓子を召し上がりませんけど、姉妹弟には評判がいいので」
別にお菓子が嫌いってわけじゃないけどね。そんなに何個も食べられないってだけで。ケーキとか二つも食べたらもう限界だし。量とかの問題じゃなくて、舌がギブアップするっていうか。女の人はなんであんなに食べられるんだろ……。
八重なんかホールケーキをペロリといっちゃうしな。いや、それは八重だからかもしれんが。
アーシアが林檎を睨みつけるように選別している。僕も子供たちになんか買って帰った方がいいのかな……。
そんなことを考えながら市場の商品を物色していると、辺りにいる人たちがなにかざわざわと騒ぎ始めた。なんだ?
「なんだあれ? 変なのが飛んでるぞ?」
「わからん。また陛下の新しい魔道具じゃないか?」
市場の人たちの声に空へと目を向けると、確かに何か豆粒のようなものが空に浮いている。ゆっくりだけど動いているな。
「【ロングセンス】」
視覚を飛ばし、謎の飛行物体を確認する。あれは……飛行船か?
ラグビーボールのような気嚢の下に、プロペラのついた大きな翼と薄鈍色に光る船体が見える。船体には長い腕のようなパーツが付いていた。
ありゃ魔道具の類じゃないな。西方大陸(元・裏世界)のやつか。ゴレム馬車ならぬゴレム飛行船かな。
何しに来たんだろうか。連絡もなく勝手に来られても困るなあ。こっちには領空侵犯なんてものがないからさ。
向こうの大陸ではゴレム飛行船というものは滅多に発掘されることはないものらしく、大抵は国が所持するか大金持ちが持っている、かなり希少なものだと聞く。つまりこれも国、あるいは大貴族などが持つ機体の可能性が高い。
飛行距離はそれほどでもないと聞いたが、どこからきたのやら。
とはいえ見ているわけにもいかない。まさかとは思うが、うちに攻撃を仕掛けようって可能性もゼロじゃないわけだしな。
「アーシア、おいで」
林檎を選んでいたアーシアの手を取って、北の大訓練場へと一緒に【テレポート】で転移する。
【ストレージ】からレギンレイヴを呼び出して、僕らはコックピットへと乗り込んだ。
レギンレイヴは基本的に一人乗りであるが、アーシアくらいの子供ならなんとか乗れるくらいのスペースはある。まあ、一人残していくのもアレだしさ。だけどなんで膝の上に乗る? モニターが見えにくいんですけど。
レギンレイヴを起動させ、空中へと飛び上がる。あっという間に飛行船の正面まで辿り着き、機体を浮遊静止させ、無属性魔法【スピーカー】を展開させた。
『前方の飛行船に告ぐ。これより先はブリュンヒルド公国の領空域である。直ちに下船し、入国の理由を述べよ。十分待つ。返答なき場合、強制的に領空外へと転移させる』
とりあえず警告はする。これにより敵対行為を取るか、はたまた進路を変えるか。まあ、他の国に行かれても迷惑だけどな。そこらへんの取り決めはしてなかったなぁ。今度の世界会議で提案してみるか。
とはいえあの気嚢あたりに地上から【ファイアボール】をぶちかましたら、一発で落ちそうだけど。それともなにかバリア的なものがあるのだろうか。
「お父様、船が降下していきますわ」
「お、話が通じたか」
飛行船が降下するのに合わせて、僕の方もレギンレイヴを下降させる。
船体下部から細長い足のような降着装置が出てきて、静かに飛行船は丘の上に着地した。
こっちもレギンレイヴを着地させ、アーシアをコックピットに残して、僕だけ地上へと降りる。
飛行船のハッチが開き、中から何人もの人間が降りてきた。おや、ドワーフらしき者も何人かいるな。飛行船のメカニックマンか?
ん? んん? なんか……こっちに向けて熊みたいなヒゲのおっさんが走ってくる。目をキラキラさせて、よくわからん絶叫を上げている。ちょっ、怖い怖い!
「【シールド】っ!」
「ガフッ!?」
不可視の壁に追突し、後方へと倒れるおっさん。髭だらけの顔が鼻血に染まっていた。おいおい、どんだけの勢いで突っ込んできたんだよ。
「このバカ! いきなり飛び出すんじゃないよ! あちらさんが驚くだろ!」
追いかけるようにやってきた、三十路過ぎではあるが美人の女性が倒れた熊のおっさんを蹴っ飛ばした。うおう。
「すまないね、驚いたろ。そのゴレムに興奮したこのバカが暴走しちまったのさ」
「あ、ああ……そうですか……」
ゴレムってのはレギンレイヴのことか。にかっと笑いながらも、足下のおっさんを蹴る女性。うあ。
茶髪の髪をアップにまとめ、グレーのツナギをラフに着こなしている。腰にはタオル、手には革手袋と、身なりは技術者のそれだ。
よく見るとヒゲのおっさんも同じような格好をしている。二人ともゴレム技師だろうか。
「しかし噂通り凄いゴレムだね。はるばるガンディリスから来た甲斐があるってもんだ」
「ガンディリス? あなたたちはガンディリスからの使者ってことですか?」
鉄鋼国ガンディリスは聖王国アレントの南、ガルディオ帝国の東に位置する山々に囲まれた鉱山国だ。豊富な地下資源を持つこの王国は、ゴレム製作に必要な鉱石を多く輸出していると聞く。
「うんにゃ。アタシらはガンディリスから来ただけで国とは関係ないよ。アタシらは『探索技師団』って技術屋集団さ」
『探索技師団』……? はてな、どっかで聞いたような……。
ああ! エルカ技師や、魔工王のクソジジイと同じ、五大ゴレム技師の……!
「アタシらは技術屋集団だからね。その肩書きは誰のもんでもなく、集団の肩書きだよ。一応そこのバカがギルマスのマリオ・ファランクス。アタシ、リップル・ファランクスの旦那さ」
「え、ご夫婦ですか!?」
さんざん蹴られてましたけど!? 壮絶なカカア天下でしょうか。ちょっとだけヒゲのおっさんが可哀想に思えてきた。
しかしヒゲのおっさんでマリオって。ある意味ピッタリな名前な気もするが。
「あ。というと、ひょっとしてパルレルさんのご両親で?」
僕がそう言うとリップルさんは驚いたように目を見開いた。
「娘を知ってるのかい?」
「ええ、まあ。一度ガンディリスの王女様と一緒に会ったことがあります」
リーフリースで行われたお見合いパーティー。そこで起こった擬人型ゴレムの入れ替え騒動。その黒幕がガンディリスの第二王女、コーデリア付きであったメイドのパルレルさんだ。
ってことはあの擬人型ゴレムはこの二人が造ったのか。いや、正確には掘り出して再生したってことだけど。
「ところでアンタは……」
「ああ、申し遅れました。僕は望月冬夜。ここ、ブリュンヒルド公国の国王をしています」
「え!? アンタが王様かい!?」
名乗りを上げると目を見開いて驚かれた。もう見慣れた光景なのでこちらは驚かない。いつになったら貫禄とやらがつくのやら。
「……え、えーっと、この度はウチの主人が公王陛下に対し、失礼をば……」
「ああ、普通に話していいですよ。元々冒険者上がりなので気にしません」
「そうかい。そりゃ助かる。ウチの連中には上品さってものがないからね。だからパルレルを姫さんトコに預けたんだけどさ」
ホッとした様子でリップルさんが答える。これぐらいで旦那さんを逮捕したりはしませんて。
「で、どうしてブリュンヒルドへ?」
「ああ。このでかいゴレムを見たかったのが理由のひとつ。あとはエルカの嬢ちゃんがこの国にいるって聞いてね。会えるかい?」
エルカ技師を? 同じ五大マイスターの一人、『再生女王』と呼ばれる彼女だ。この二人と知り合いだとしてもおかしくはないが、何の用だろう?
「っと、その前に。後ろのウズウズしている奴らを呼んでもいいかい? 近くでそいつを見たいんだよ」
リップルさんが後ろ指で指し示す先に、さっき突っ込んできたマリオのおっさんと同じキラキラとした目をした奴らが待ち構えていた。ぬおっ、暑苦しい!
「ま、まあ……見るだけなら」
「お許しが出たよ。来な!」
『ウオオオオォォォォ────ッス!』
ドドドドド! と、地響き立てて男たちが一気にレギンレイヴに群がる。
「なんだこの素材は!? ミスリルでもオリハルコンでもない!」
「おい! これ、ただの装甲じゃないぞ! びっしりと魔術刻印が……!」
「この重量をどうやってこんな細っこい足で支えているんだ……!」
おっさんたちがレギンレイヴの足下に縋り付き、あれこれとルーペのようなもので調べている。技術畑の人間ってみんなこんなんなのだろうか。
「ひい!? お父様! 怖いですわ!」
「あ、いけね」
コックピットに残されたアーシアが群がってくる男たちに恐怖を感じたみたいだ。単純に強さなら、あの子も金銀クラスの冒険者なわけだし、負けるわけがないのだが。
まあ、そういったものとは違う、鬼気迫る雰囲気に呑まれたのだろう。
【フライ】を使ってアーシアを抱き下ろすと、おっさんたちがレギンレイヴに登ろうとする。おいこら、見るだけだって言ったろ。
すかさずレギンレイヴを【ストレージ】にしまい、代わりと言っちゃなんだが、重騎士を呼び出した。レギンレイヴを壊されちゃたまらんからな。
「また別の機体もあるのか!?」
今度は重騎士に群がっていくおっさんズ。いつの間にか鼻血を出してぶっ倒れてたマリオのおっさんも起き上がり、重騎士にしがみついていた。
「さっきとは別の機体かい。いったい何機持ってるんだい?」
「さあ? 千機は超えてないはずですけど」
「せっ……!?」
リップルさんが固まっている。邪神を退治してからフレームギアの量産はストップさせたので、それくらいかと思う。
活躍の場がよく出現するようになった巨獣退治や災害救助がメインになったからな。
災害救助の機体なら、西方と東方の技術者が手を組めば、あのフレームギアの粗悪品と呼ばれた鉄機兵よりも優れた機体ができると思うんだが。
この人たちなら、それよりもなんか変わったものを造りそうだけど。
ま、考えていても仕方がない。とりあえずエルカ技師を呼ぶか。
◇ ◇ ◇
「なんだい、これは?」
「いや、なんだと言われてもな……」
エルカ技師とともにバビロンから降りてきた博士が、重騎士に群がるおっさんどもを見ながら呟いた。
「珍しい魔工機械を見て興奮してるのよ。子供と同じ。ほっといていいわ」
「迷惑なら黙らせるかい?」
エルカ技師の言葉にリップルさんが、手にしたレンチでトントンと肩を叩く。まって、黙らせるって物理的に!? さすがにそこまではしなくてもいいけどさ。
「ふわああああ……! こ、これはかなり珍しいタイプのゴレム飛行船……! 素材はミスリル? いえ、一部にハイミスリルも使っている? これって横からの衝撃を……」
僕は重騎士に群がるおっさんと同じような目で、『探索技師団』の乗ってきたゴレム飛行船に縋り付く少女を残念な目で眺める。
うん、ウチの娘ですけどね。『探索技師団』の話をしたら博士たちと一緒に降りてきたのだ。
「相変わらずですわね、クーンお姉様……」
アーシアがなんとも呆れたような目で姉を見ていた。おい、クーン。姉の威厳が失われているぞ。
そんな僕らをよそに、エルカ技師がリップルさんに話しかける。
「で? わざわざブリュンヒルドまでやってきた理由は? まさか、本当に私の顔を見にきたってわけじゃないんでしょう?」
「おや、見にきたらいけなかったかい? まあ、確かにそれだけじゃないけどさ。ちょいとあんたに見てもらいたいものがあってね」
リップルさんはツナギの胸ポケットから数枚の紙を取り出した。写真、か?
「これは……」
「最近ガンディリスで発見された新たな遺跡にあったんだけどね。それが何かわかるかい?」
「船……に見えるけど……。こんな巨大な?」
少し気になったので、エルカ技師の背後から写真を覗く。そこには地下と思わしき船渠に、かなり大きな船と見られるものが鎮座していた。立っている小さな人と比較すると、バビロンの半分くらいあるだろうか。
船……というか、どことなく宇宙船のようにも見えるな。
「古代文明の船……! っ! 待って、この紋章は……!」
エルカ技師が一枚の写真に手を止める。どうやら船体の一部らしいが、そこに描かれていた紋章……というかそのマークに僕も見覚えがあった。
「【王冠】……! まさか、これって……!」
「ああ、そうさ。おそらくその船を造ったのは、古代の天才ゴレム技師、クロム・ランシェス。【王冠】シリーズの生みの親だよ」
クロム・ランシェス。【王冠】シリーズを造り出した天才ゴレム技師であり、【黒】と【白】の王冠を使い、かつて裏世界から表世界へと世界の結界を超えた男。
また、彼が意図したことではないが、五千年前、フレイズによる大侵攻を防いだ立役者とも言える。しかしその時の【白】の暴走により、記憶を全て失ってしまったらしいが……。
「まさか、この船自体が【王冠】なんじゃないでしょうね!?」
「さあね。なんとも言えない。なにせ船内には全く入ることができなかったんだからね。それで同じ【王冠】なら何か知ってるんじゃないかと思ってさ。ここに【黒】と【白】、ついでに【赤】もいるんだろう?」
なるほど、リップルさんたちは【王冠】たちに会いに来たのか。っていうか、実はもう一体、【紫】もここにいるんですけれども。あ、でもあいつは言語機能に問題があるか。
「【青】と【緑】は王家のモンだからねえ。痛くもない腹を探られるのもちょいと面倒だし」
「あのう、【白】も一応、王家のもんなんですけど……」
【白】の王冠、『イルミナティ・アルブス』は、『仮』ではあるが、ユミナが契約者である。つまり、ブリュンヒルド王家のものでもあるわけで。
「こっちはまだ契約して一年も経ってないんだろ? 【青】と【緑】は数百年単位で王家にどっぷりだからねえ。王冠に会うだけでも一苦労だし、大きな国に知られると面倒なんだよ。うちにも一枚噛ませろ、ってね」
まあ、言わんとしてることはわかる。確かにこの船はゴレム技師たちにとっては大発見なんだろうし、それに使われている技術を自分の国に取り込みたいと、どこの国も考えるだろうからな。
その点うちはあまり興味はない。関わる気もない。『格納庫』の中に似たようなものもあるしな。
アルブスから話を聞きたいだけなら別に……。
と、そこまで考えて、ぐいっと僕の袖を引く人物がいることに気付く。
「お父様、お父様! 古代ゴレム文明の遺産ですわ! しかも王冠シリーズの! こ、これは大発見です!」
あ〜……。君がいたか。
いつの間にこっちに来てたのか、クーンがキラキラした目で写真を覗き込んでいた。
「面白そうだね。ボクも少し興味がある」
と、博士までそんなことを言い出した。
くう。こうなってくると関わらないのは不可避だな。
仕方ない。とりあえずユミナとアルブスを呼んでくるか。




