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異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第32章 めぐり逢えたら。
482/637

#482 レア王国、そしてエルフの王。





「えいっ!」

「ぐっ!?」

「そこまで」


 フレイの手にした木剣が若い女性騎士の脇腹にピタリと当てられる。それに伴い、審判であるヒルダが二人の模擬戦を終わらせた。


「あー、勝てなかったかー」

「フレイちゃん、すごいなぁ。あんな小さいのに」

「さすがは陛下のご親戚ってことかしらねぇ……」


 同僚を応援していた他の女性騎士たちからため息が漏れる。ああ見えてフレイは金ランクの冒険者(未来において、だが)だ。そこらの騎士に簡単に負けるわけはない。


「えへへ。勝ったんだよ。でもお姉さん、右足の動きが途中から変だったんだよ。捻っちゃった?」

「えっ? あ、うん。さっき下段斬りをしかけたときに……」


 対戦相手の女性騎士が右足を少し上げて、痛みを確認するように軽く動かしている。


「おとうさ……あやや、へ、へいかー! 治してあげてー!」

「あいよー」


 女性騎士へ向けて【キュアヒール】を放つと、恐縮したように、女性騎士がぺこぺことお辞儀をしていた。

 まあ、なにげに国王を雑に使ってるからな。そりゃ、気まずいわ。使ってる方も実は王女なんだけどね。

 試合が終わると、あっという間にフレイは女性騎士たちに取り囲まれる。ここ数日で、フレイは騎士団、特に女性騎士たちのマスコットみたいになってしまった。

 バビロンに籠りがちのクーンとは違い、フレイは他の人たちとコミュニケーションをとるのが好きなようだ。おまけに人懐こいから可愛がられる。


「冬夜様、お顔がニヤニヤしていますわ」

「おっと、いかん」


 ヒルダに注意されて表情を引き締める。

 いや、自分の娘が人気者ってなんだか嬉しい感じがしてさ。

 ふと僕を注意したヒルダを見ると、一生懸命にニヤケそうになる顔をこらえているようだった。人のこと言えないだろ……。揃って親バカかよ。これって似た者夫婦って言うのかねえ……。

 複雑な気持ちを感じていると、懐に入れてあったスマホが着信を知らせる。誰だ?

 ……う。これは出るべきか出ざるべきか……。表示された着信名を見て少し躊躇ったが、出ないわけにもいかず、僕は応答ボタンを押した。


「はい、もしもし……」

『やあ、お元気そうでなによりだ、ブリュンヒルド公王陛下!』

「そっちも無駄に元気そうだな……」


 馬鹿みたいにテンションの高い声に、いささかゲンナリしながら電話を少し耳から離す。声がでかいんだよ。

 かけてきたのはパナシェス王国のロベール王子。通称、カボチャパンツの王子様だ。

 青の王冠、『ディストーション・ブラウ』のマスターでもある。

 こいつとは何度か会っているが、とにかくテンションが高くオーバーアクションで、一緒にいると精神的に疲れる。電話でもそのパワーは衰え知らずだ。他の王冠のマスターたちからウザがられているのもわかる気がする。


「で、なんの用だ?」

『ああ、うむ。実は公王陛下に会っていただきたい方がいてね。レア王国の国王陛下だ』

「レア王国?」


 レア王国ってーと……。確か西方大陸の北に浮かぶ国。かつて結界隔離されていた元表世界のパレリウス王国と左右対称の島国だな。パナシェス王国からは海を挟んで北西にある。


「レア王国の国王に会えと?」

『そう。「聖樹」のことでちょっとね』


 聖樹。それは邪神によって振り撒かれた『神魔毒』を浄化するために、僕が魔工国アイゼンガルドの中心に植えた、浄化能力を持つ大樹だ。

 聖樹のことでレア王国が話ってなんだろう?

 まあ、会うのは構わないので、とりあえず日時を決めて了承しておく。

 確かレア王国は、エルフの王が治める緑豊かな王国だったな。こっちの大樹海域みたいなところだろうか。

 特に悪い評判は聞かないので、会っても大丈夫だとは思う。レア王国は南西にあるレファン王国と、南東にあるパナシェス王国としか国交を開いていないらしいが。真南の氷国ザードニアはついこないだまで隣国の炎国ダウバーンと一触即発の状態だったしな。

 聖樹を植えたのは僕と広く知られているから、国交のあるパナシェスを通じて話が来たんだろうが……。

 なんにしろ行ってみればわかるか。



          ◇ ◇ ◇



 レア王国には僕の他に、ユミナとリーンがついてくることになった。ユミナは外交的に色々と助けてもらえるし、リーンは多種族との交渉には手慣れている。もともとミスミドの外交大使でもあるしな。

 それはまあ、いいんだけど……。


「レア王国は多くの遺跡が眠る国で、かつての大戦で使われた古代機体レガシィがいくつも発掘されている国ですわ。お父様ならひょっとしてまだ見ぬゴレムや特殊なパーツを見つけることができるかもしれませんわね」

「クーン、貴女ね……。遊びに行くわけじゃないのよ?」

「わかってますわ、お母様。外交の『ついでに』見つけられたらいいな、と」


 呆れた口調を滲ませて咎めるリーンに、クーンが悪戯っぽく笑う。

 レア王国に行くと言ったら、クーンも同行を懇願してきた。なんでもレア王国の国王陛下には会ったことがあるらしい。もちろん未来での話だが。


「準備はいいかい? じゃあブラウ、開いてくれ」


 ロベールがそう言うと、傍にいた青いゴレムが翳した手をくるりと回した。

 ぐにゅんと周りの風景が歪んだかと思うと、すぐにその歪みがゆっくりと戻り始める。青の王冠、『ディストーション・ブラウ』の能力、【空間歪曲】だ。

 完全に歪みが戻ったそこには緑の世界が広がっていた。

 ここがレア王国の王都、ファーンか。王都なだけあって、様々な建物が立ち並び、都会の様相を見せているが、とにかく至る所に緑が多い。まるで森の中に都が広がっているようだ。人々が行き交う通りは活気に満ちていて、笑顔が溢れている。


「やはりエルフが多いですね」


 通りを歩く人々を見て、ユミナがそんな感想を漏らす。

 確かに多いな。エルフだけじゃなく、もちろん人間や獣人、こちらではドラゴニュートと呼ばれる竜人族もいるがやはりエルフが多く見える。パッと見た感じ、割合的には7:3といったところか?


「数百年前から他の種族も移り住んだりしてるらしいけど、もともとレア王国はエルフたちの国だから。基本的に国の重要職にもエルフが就いているし」


 クーンの説明を聞いて、なるほどと納得した。エルフは森の民。この緑豊かな王都の様相もその意向が組まれているのだろう。

 まっすぐ伸びた通りの先には森をバックに聳え立つ王城が見える。あれがエルフ王の城か。そのさらに後ろには同じくらい大きな巨木が立っている。でかいなあ。


「では諸君! 王城へ向かうとしようか! レア国王陛下が僕らをお待ちに……」


 そろそろかな、と思っていたタイミングで、ロベール王子がバターンッ! とぶっ倒れ、イビキをかき始める。

 強制的な睡眠。それが青の王冠の能力を使う代償だ。ブリュンヒルドからレア王国まではけっこうな距離があるからなあ。しばらく寝続けるだろ、これ。

 ロベールから【リコール】でレア王国の記憶をもらい、僕が【ゲート】を繋げてもよかったんだが、クーンが一度ブラウの【空間歪曲】を見たいとせがんだのだ。

 ロベールの方も乗せられて、自分から【空間歪曲】でレア王国へ連れて行くと言い出した。まあ、パナシェス王国の騎士たちも一緒だったので、眠っても世話しなくていいかと思い、放っておいたけど。

 倒れたロベールをパナシェスの騎士が手慣れた様子で背負い、一緒にレア王国の王城へ向かおうとしたとき、一台のゴレム馬車が僕らの前にやってきてゆっくりと停車した。


「パナシェスのロベール殿下とブリュンヒルド公王陛下ですね。王宮よりお迎えに参りました」


 馬ではなく履帯のついたゴレムに引かせたマイクロバスのような馬車から、一人のエルフの男性が降りてくる。長い金髪を後ろで縛った二十歳前半の青年だ。白い手袋と黒い執事服を着ているが、王家の家令かな。若過ぎる気もするけど、エルフだと関係ないし。

 そんなことを考えていると、後ろにいたクーンにくいくいと袖を引かれた。ん? どしたん?


「お父様。あれがレア王国のエルフ王です」

「え!?」


 クーンに言われて馬車から降りてきたエルフの青年に視線を戻す。え、この人が王様!? じゃあなんで執事服着てるの?


「たぶん、あとで正体をバラして驚かせたかったんじゃないかと。イタズラ好きの王様だから」

「迷惑な王様ね」


 クーンの言葉を共に聞いていたリーンが、ため息小さくついて首を振った。

 単なるイタズラなのかね。あるいは僕らのことをどういう人物か直に見極めようとしているのかもしれないな。

 エルフたちは警戒心が強いから、なかなか本音を表に出さない人たちも多い。表面上は友好的に見えても、気を許してはいないってパターンもよくあるらしいし。ここは気が付いていないフリをするのがいいか?


「いかがされましたか?」

「いえ。国王陛下直々にお出迎えとは光栄ですわ。ですれけど、執事姿でとはまた変わった趣向ですわね。驚きました」


 笑みを浮かべて放ったリーンの言葉に、執事服の青年が目を見開いて驚いている。しまった。うちの嫁さんも負けず劣らずイタズラ好きだった……。

 しばらく驚いた顔を見せていたエルフの青年だったが、小さく笑い出し、軽く両手を挙げた。


「これはこれは……。せっかくロベール殿下が眠りに落ちたタイミングでやってきたのに、どうやら無駄だったようだね。どうしてわかったのかな?」

「国王陛下の放つ、隠しようのない気品で……とでも申しておきましょう」


 しれっとリーンが答えるが、嘘ですよ。未来から来た娘に教えてもらいました。


「そのようなもの、放っているつもりはないのだがね。ま、とにかくようこそ、レア王国へ。レア王国国王、アーヴィン・レアウィンドだ」

「ブリュンヒルド公国第五王妃、望月リーンと申します。そしてこちらが……」

「ブリュンヒルド公国国王、望月冬夜です」

「ブリュンヒルド公国第一王妃、望月ユミナです」


 僕と結婚したことにより、リーンたちも望月家に嫁入りしたことになった。と、同時にブリュンヒルドの王妃でもあるので、ブリュンヒルドも家名である。

 ここらへんはどちらを名乗っても名乗らなくてもいいらしい。国名が家名にない王家もけっこうあるしな。

 なので、リーンの場合、望月リーンでもあり、リーン・ブリュンヒルドでもある。同じく、ユミナも望月ユミナでもあり、ユミナ・ブリュンヒルドでもあるわけだ。

 まあ、僕は冬夜・ブリュンヒルドと名乗るつもりはないけれど。語呂悪いし。


「そちらの娘御は?」

「初めまして、レア国王陛下。公国王家に連なる一人、望月クーンと申します。森林王国と名高いレア王国を一度拝見したく、公王陛下に無理を言ってご同行させていただきました」


 スカートの端を摘み、カーテシーで挨拶をするクーン。なかなかさまにになっている。って、王女なんだからそこらへんはさすがに教育しているか。


「それと陛下の持つ、緑の王冠『グラン・グリュン』を一目見ることができれば、と」

「ははは。余よりもグリュンの方か。おい、お嬢さんがこう言っているが?」


 エルフ王が声をかけると、馬車に繋がれた大型ゴレムの上半身、胸から顔にかけての部分がガコンと後ろへとスライドした。

 そしてその中から小さな手が出てきたかと思うと、隣にいる青いゴレムとよく似た機体が僕らの前にその姿を現した。

 今までの『王冠』と同じく、小さい三頭身のボディでカラーは緑系統でまとめられている。

 今までの王冠と比べると、心なしか女性っぽい感じがする。後頭部から伸びる放熱板のようなパーツがポニーテールに見えなくもないし、ボディも丸みが多い。腰のパーツもスカートっぽく見える。

 ゴレムに性別があるかどうかはともかく、載せているQクリスタルによっては女性的な個性を持っている機体もいることは確かだ。エルカ技師の猫型ゴレム、『バステト』もそうだしな。


「司るは豊穣なる大地と母なる樹木。こいつが『グラン・グリュン』。二千年に渡りし我が相棒だ」

『ハジメマシテ。クラウンシリーズ、形式番号CS-06「グラン・グリュン」デス』


 お、言語機能は高いようだ。おそらくこのゴレムも王冠である以上、なにかを代償とする能力を持っているんだろうな。エルフ王を見る限り、身体的な代償ではないと思うが……。

 ふと横を見ると、目をキラキラさせながら緑の王冠を見ているクーンが視界に入った。


「未来で見たことなかったのか?」

「はい。基本的に世界会議には私たちは参加できませんし、レア国王陛下も、グリュンを連れてこなかったので。初めて見ましたけど、可愛いゴレムですわ!」


 可愛い……? まあ、そう見えなくもない、かな?


「ともかく乗ってくれたまえ。城へ案内しよう。グリュン頼んだぞ」

『了解』


 再びグリュンは大型ゴレムの中へと消えていった。ゴレムが操るゴレムって変な感じがするな。ああ、でもウチの獣型フレームギア、オーバーギアも同じようなもんか。

 履帯によるゴレムが引く馬車は意外と速かった。石畳の上を傷付けることなく走るところをみると、ゴム製の履帯なんだろうか。馬車内もそれほど揺れない。サスペンション的なものがきちんと装備されているのだろう。

 レア王国の王城はなんともファンタジックな城だった。巨大な大樹をバックにして、白い城壁に木々が絡みつき、蔦が茂り、まさに緑の城と言わんばかりの雰囲気を醸し出していた。

 聞くとこの城は四千年前からあるのだそうだ。保護魔法と同じような力が働いているのか、そこまで古いようには見えない。

 城の中もいささか年代を感じる造りだが、古過ぎるという感じはしない。

 馬車を降り、城の中を進むレア国王とグリュンについて歩いていた僕らだったが、どうも彼らの目的地は城の中ではないような気がしてきた。このままずんずん進むと城を突き抜けるんじゃ……。

 レア国王の表情にニヤついた笑みが浮かんでいる。またなんか企んでる?

 やがて行き止まったところにあった大きな観音扉を、その前で門番のように警備していた二人の騎士が力を込めて押し開いていく。


「わ……!」

「まあ……!」

「へえ……」


 ギ、ギ、ギ、と開いた扉の先は、木漏れ日が差し込む森の中だった。

 僕らの正面には、来るときに城のバックに見えた大樹が見上げんばかりにそびえ立っている。


「霊樹レアウィンドだ。エルフたちの母なる木、魂の帰りし場所……だった霊樹だ」


 だった?

 この霊樹とやらには、大樹海の御神木、大神樹のように精霊が宿っているわけではなさそうだ。というか、なんかおかしな感じがするな。生命力が感じられない。


「お気付きなられたか。そう、この霊樹はすでに寿命で息絶えている。樹木内に残された魔力のおかげて見た目だけはなんでもないように見えるが、あと数ヶ月もすれば枯れ始めるだろう」


 それでか。さすがに寿命が尽きた樹木では回復魔法でも生き返らない。おそらくこの霊樹とやらは何千年もの長い間ここにあって、レア王国を見守ってきたのだろう。その歴史を思うと感慨深いものがある。


「レアウィンドはその役目を終えた。しかし霊樹は我が国の象徴。このままでは民の安寧が乱れる。我らは新たな霊樹を迎えねばならない」

「新たな霊樹?」

「うむ。その件でブリュンヒルド公王に会いたかったのだ。そなたが生み出したと言われるアイゼンガルドの『聖樹』。あれを我が国の新たな霊樹としたい」

「聖樹を?」


 アイゼンガルドの聖樹。それは邪神との戦いのときにばら撒かれた『神魔毒』を浄化するために植えた聖なる樹だ。

 といっても生み出したのは僕ではなく、農耕神である耕助叔父なのだが。

 しかしあの聖樹をこの国の新たな象徴にって、まさかアイゼンガルドからアレを引っこ抜いてこいってのか?


「ああ、いや、語弊があったな。なにもアイゼンガルドの聖樹を、と言うわけではない。あの樹と同じものが欲しいということだ」

「ああ、そういう……」


 うーん、もともとあれはいくつかの品種改良を経てできたものだから、同じ苗木はあることはある。実際、僕の【ストレージ】の中に入ってる。

 少々躊躇いがあるのは、一応『聖樹』は農耕神の造りしモノだということ。僕の勝手で譲っていいものかと。


「ちょっと待って下さいね。確認しますんで」


 レア国王に断りを入れて、耕助叔父に電話をかける。耕助叔父が難色を示すようならレア国王には悪いけど諦めてもらおう。


『別に構いませんよ。基本的に人化した状態で生み出したものですからアレは地上の物ですし、【神魔毒】や汚れた大気を浄化する以外、これといって特別な能力はないですから』


 耕助叔父の返事はあっさりとしたものだった。軽いなァ……。まあ、本人がいいって言ってんだからいいか。

 【ストレージ】から聖樹の苗木を取り出すと、レア国王がそれを一目見て、興奮したように手を伸ばそうとしている。震えてる?


「こっ……これほどとは……! かつての霊樹に勝る気高き気配……! 確かにこれは聖なる樹だ……! まるで神が宿っているかのようだ……!」


 言い過ぎじゃないかとも思うが、確かにキラキラして綺麗だからね。わからんでもない。

 この葉っぱから出てるキラキラは浄化された魔素だ。大気中の汚れた空気や魔素を取り込んでいるんだろうけど、アイゼンガルドのよりは少ないな。これは苗木だから少ないのか、レア王国の空気が汚れてないからなのかはわからんけど。

 聖樹の苗木を僕が手渡すと、それを恭しくレア国王が受け取った。


「感謝する。我が国はブリュンヒルド公国と友誼を結び、共に栄えることを願うばかりである」

「いえ、こちらこそよろしくお願いします」


 レア国王が差し出してきた手を僕はしっかりと握った。そして彼は振り返り、そびえ立つ巨木を見上げる。


「レアウィンドよ。長きに渡りこの国を見守り続けた母なる樹よ。安らかに眠れ……」


 グリュンが霊樹に向けて手を翳す。するとグリュンの掌から柔らかな緑の波動が霊樹に向けて真っ直ぐに放たれた。


「冬夜さん、霊樹が……!」

「うおっ……!」


 ユミナに指し示されて霊樹を見上げると、青々と茂っていた霊樹が瞬く間にその色を失っていくところだった。

 動画の早送りを見ているかのように、あっという間に霊樹は枯れ果てていく。それどころか枝や幹といった部分も粉々に砕け始めていた。まるで塵と化すように巨大な霊樹が消えていく。

 ひょっとして、これって王冠能力クラウンスキルなのか……!?

 完全に塵と化したその霊樹があった跡地に、レア国王が聖樹の苗木を手際よく植えた。


「古き命を受け継ぎ、新たなる命よ、この地に目覚めよ。大地の祝福あれ!」

「えっ!?」

「うわっ!?」


 レア国王が言葉を紡ぐと同時に、植えたばかりの聖樹が見る見る間に育っていく。なんだこりゃあ……!

 僕らが絶句している間にも、聖樹はぐんぐんと成長していく。これもグリュンの能力なのか……!?


「これが【植物支配】……。植物だけじゃなく、加工された木材でさえも操ることができる、緑の王冠、『グラン・グリュン』の王冠能力ゴレムスキル……!」


 驚きながらもクーンが説明してくれる。やっぱりか! てことは、この能力って契約者マスターに大きな代償があるんじゃ……!


「ぐっ……!」


 それに気付いた僕の耳に、レア国王の苦しそうな声が届く。すでに聖樹は元の霊樹の半分ほどまで成長していた。グリュンから放たれていた緑の波動はすでに止まっている。

 レア国王はよろめいてその場に膝をつき、そのまま前のめりに倒れてしまった。

 王冠能力の代償は命を奪うほどのものもある。まさか……!


「っ、大丈夫ですか!?」


 慌てて駆け寄った僕が彼を抱き起こすと、今までに聞いたことがないほど大きな『グゥゥゥゥゥ……』という腹の音が聞こえてきた。え?

 目が虚ろになったエルフ王が、掠れるような声でつぶやく。


「腹が、減った……」


 え、代償って、それ……?








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■スラムで暮らす私、サクラリエルには前世の記憶があった。その私の前に突然、公爵家の使いが現れる。えっ、私が拐われた公爵令嬢?
あれよあれよと言う間に本当の父母と再会、温かく公爵家に迎えられることになったのだが、同時にこの世界が前世でプレイしたことのある乙女ゲームの世界だと気付いた。しかも破滅しまくる悪役令嬢じゃん!
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