#475 一人目、そして親の見栄。
■八重の声を演じて下さった赤﨑さんが、先日ご結婚されたそうです。おめでとうございます。
『いっくよーっ!』
アリスの乗る重騎士が地響きを立てて巨獣へと向かっていく。その手にするはゴツい戦棍。
迎え撃つのは猪型の巨獣、タスクボア。その巨体を弾丸のようにして重騎士に突っ込んでいく。
長く鋭い槍のような二本の牙が、機体に届くかというその瞬間、アリスの乗る重騎士は、鮮やかに宙へと舞っていた。
吹き飛ばされたのではない。自ら跳んだのだ。まるで走り高跳びのベリーロールのように、タスクボアの頭上を跳び超えてくるりと回転、簡単に着地する。
重騎士はフレームギアでも防御に重きを置いた重装型である。当然重く、動きは鈍い。
それをあれほど軽やかに操るには、かなりの操縦技術と経験が必要なはずだ。
未来の世界でよく乗っていたというのは嘘じゃないようだな。
「ブゴオオオォォッ!」
方向を転換したタスクボアが再びアリスの重騎士へ向かって突撃を開始する。今度はアリスも手にした戦棍を構えて真っ正面から対峙した。
『えいっ!』
アリスは鈍色に光る戦棍をタスクボア目掛けて投げつけた。え!? なんで投げんの!?
ゴインッ! と、鈍い音がして戦棍がタスクボアの額に当たる。皮膚が裂け、そこから血が流れるが、その突撃は止まることはなかった。
『【結晶武装】!』
突然アリスの乗る重騎士の両腕から水晶の茨が飛び出して、両拳にぐるぐると巻き付き、水晶のガントレットを形作った。
アレってメルの……。
『粉ッ、砕!』
水晶のガントレットで固められた、重騎士の拳がタスクボアの鼻面に炸裂する。
血飛沫と折れた牙をぶち撒けながら、派手にタスクボアが吹き飛ばされた。
顔面をひしゃげたタスクボアが地面に落ちて絶命する。
『やったあっ!』
「……あーあ、ダメだありゃ……」
拳を突き上げて、勝利のポーズを取る重騎士を見ながら、僕は引きつった笑みを浮かべた。
その言葉が気に入らなかったのか、隣にいたネイとリセが眉根を寄せて睨んでくる。
「ダメだとはどういうことだ。アリスはよくやったではないか。可愛いウチの子になにか文句でもあるのか?」
「激しく同意。アリスは天才。とてもいい子」
ううむ、こっちも親バカ化してるなあ。ちらりとエンデに視線を向けると困ったような笑いを浮かべていた。
「冬夜の言った『ダメ』ってのは、戦い方ではなくて、倒し方ってことなんだ。アリスの戦い方はフレームギアを傷つけることなく、見事に倒しているけどあの倒し方はいけない。一番貴重な素材になる牙が途中から折れて価値が値下がりしている。もったいないってことを言いたいんだよ」
タスクボアの牙は価値が高く、それだけに無傷で手に入れたいところだからさ。無傷のものと折れたのじゃかなり価値が違うから。
しかし銀ランクの冒険者ならそこらへんは知っているはずなんだがなあ。
……まあ、両親の前でいいところを見せようとしたんだろうな。攻撃を躱すのにあんな跳び方をする必要はないし。そういうところはまだ子供だな。
「えへへ。どう? ちゃんと倒せたでしょ?」
重騎士から降りてきたアリスが満面の笑みでマフラーをなびかせて駆け寄ってくる。褒めて褒めてオーラが全開だ。まるでブンブンと振られる尻尾が見えるような気がするな。
何をもって『ちゃんと倒せた』とするのか悩むところだが、フレームギアの操縦技術は素晴らしかったことは事実だ。
この笑顔に水を差すことは、さすがに僕もできない。
「うむ! さすが我々の娘だ! よくやったぞ、アリス!」
「アリスは強い。最強のフレイズ姫」
ネイとリセがアリスの頭を撫で撫でしながら交代で褒めまくる。本当にデレデレだな……。
そのままアリスは笑顔でそれを見ていたメルの胸の中へと飛び込んいく。
「大丈夫? 怪我はない?」
「大丈夫だよー。ボク強いんだから。お母さんたちの次にだけど」
猫のように目を細めてメルに甘えるアリス。なんというか、ホント馴染んだなあ。
今回はパレリウス王国で巨獣退治を行なったわけだが、これはギルドを通した依頼ではない。アリスがフレームギアを扱えるというので、その実力を見るために僕が探したのだ。
基本的に巨獣は人里離れた山奥や、人の寄り付かない魔境などに生息する。それだけならドラゴンたちと同じく、お互い棲み分けて不干渉といきたいところだが、たまにはぐれ者が現れて、冒険者ギルドに討伐依頼が来るわけだ。本来は。
このタスクボアはパレリウス王国の中央神殿近くまで来ていたので、僕がパレリウス王国に巨獣退治を申し出たのだ。
快諾してくれたパレリウス女王には格安でタスクボアの素材を売ると約束したのだけれど、これはさらに買い叩かれるなあ……。
「まあ、損失はエンデに賠償してもらえばいいか」
「なんか怖いことさらっと言った!」
頑張れ、お父さん。お前も大物を倒してこい。
……しかし、アリスの話だと未来でも巨獣被害はあるらしいな。逆に今よりも若干多いようだ。
これは世界が融合した際に、魔素溜まりが各地で発生してしまったことによるものだろう。今より数十年経って、巨獣化したやつらが次々と現れたってことか。
これはアリスが口を滑らせたのだが、僕の子供たちもフレームギアに乗って巨獣退治をしているらしい。子供になにやらせてんだよ、未来の僕。でも子供ら全員、金ランク銀ランクだしなあ……。
フレイズたちの脅威も去り、フレームギアの活躍もお蔵入りかと思ったが、まだまだ必要なようだ。ま、もう何百機も投入するような戦いはないと思うけどね。
とりあえず巨獣退治は片付いたから、パレリウス女王に連絡を入れて【ゲート】をつなぎ、パレリウスの兵たちにタスクボアを持って行ってもらった。お金は後日請求しよう。
さて帰るか、とブリュンヒルドへと【ゲート】を開こうとした僕の耳に、軽やかなスマホの着信音が聞こえてきた。
僕のじゃない。基本的に僕は懐に入れてマナーモードにしっぱなしだし。
エンデたちの誰かか? と思ったが、みんな顔を見合わせて不思議そうにしている。あれ? 君らと違うの?
「あ、ボクのだ」
そう言ってアリスがポケットから可愛くデコレーションされたスマホを取り出した。猫耳みたいなカバーケースが付いている白いスマホだ。あれって未来で作られたやつかな……。あまりバージョンアップしたようには見えないけど。
「あれ? 八雲お姉ちゃんからだ」
「え?」
やくもおねえちゃん? 八雲? まさか、それって……!
「もしもし、八雲お姉ちゃん? うん、ボクはもうブリュンヒルドにいるよ。お父さん、お母さんたちと暮らしてる。八雲お姉ちゃんは今どこ? え? うん、わかった。そう言っとく。でも……あ、切れた」
耳を離したアリスのスマホからツー、ツー、っという音が聞こえてくる。どうやら向こうが一方的に通話を切ったらしい。
いや、それはどうでもいいんだ。……いや、よくないけど。
問題は誰からの電話だったのかってとこで。
「あ、アリス……、今の電話の相手は?」
「え? 八雲お姉ちゃん? えーっと、えと……。あれ? これ話していいのかな? でも陛下に伝えてって言われたし……」
「話していい。ダメなら時江おばあちゃんが飛んでくるだろ。だから大丈夫」
多少強引だなと思わないでもないが、それよりも先程の電話の相手が気になる。僕の予想通りなら……!
「んとね、八雲お姉ちゃんは陛下の一番上の子供……ご長女で、八重様の娘だよ」
「やっぱり……!」
八雲。八重に似た名前だと思ったがやっぱりか。それに長女……。僕の初めての子供は八重との子供なのか……!
おっと感慨にふけっている場合じゃない!
「で、そ、その子は今どこに!?」
「えっと、ロードメア連邦に出たらしいんだけど、ブリュンヒルドにはしばらく修業してから行くって」
「は?」
……修業? ごめん、ちょっと何言ってるのかわかんない。
「八雲お姉ちゃん、修業好きだからなー。強くなってから陛下に会いたいんじゃないかな?」
「いやいやいや! 子供一人でうろつかせるわけにもいかんだろ! ロードメアだな!? 全州総督に捜索を依頼して……!」
「無駄だと思うよー。八雲お姉ちゃん、【ゲート】使えるし。あちこち回るって言ってたから、もうどっか行ってんじゃない?」
「うちの娘、【ゲート】使えんの!?」
マジか!? あれ、でも【ゲート】は行ったことがあるところしか……って、それほど景色が変わらないところなら未来で行ってたら行けるの……か?
というか、【ゲート】使えるならまっすぐブリュンヒルドに帰ってきなさいよ!
検索魔法で探そうとしたが無理だった。そりゃそうだ。僕はその娘の姿を知らんもの。【リコール】でアリスから記憶をもらおうとも思ったが、時江おばあちゃんとのことがあるからか、アリスは難色を示し、ご両親たちにもガルルルと唸られた。ちょっと記憶を覗くくらいいいじゃん!
いやっ、ここで挫けてなるものか!
「じゃ、じゃあその八雲に電話かけて!」
「いいけどたぶん……。あ、やっぱり着信拒否になってる。邪魔されたくないんだね」
「んもー!」
行動早過ぎるだろ! どんだけ修業好きなんだよ!
どうしよう……。とっ、とりあえず八重には伝えといた方がいいよな? いや、みんなにも伝えた方がいいか……。
頭がパニックになってきた僕は、みんなと相談すべく【ゲート】をブリュンヒルドへと開いた。
「せっ、せっ、拙者の娘がでござるか!?」
お昼に食べていた唐揚げを取り落とし、目を見開いて八重がガタンと椅子から立ち上がる。
他のみんなもびっくりして絶句しているようだ。
うーむ、この時代に来てはいるが、行方をくらましたってどう伝えたらいいものか……。
なるべくゆっくりと丁寧に状況を説明する。八重にとって(僕にとってもだが)大事な娘のことだ。あんまり刺激しないように……。
「あちこち回るって、どういうことでござるか、旦那様!」
「すみません、わかりません!」
無駄だった。そうなりますよねー。縋り付くように迫ってくる八重に対して、謝るしかできない。
「修業、ですか……。ある意味八重さんの娘らしいというか……」
「そうね。なんか納得しちゃうけど」
リンゼとエルゼがお互いの顔を見合わせながら、小さく頷き合う。
「ぬ? その八雲という子が一番上の長女なら、その子が金ランクということか?」
スゥの言う通り、今までの情報を照らし合わせるとそうなる。エンデが言ってた、『自分より強い相手じゃないと嫁に行かない』って言ってたのもたぶんこの子だ。
おそらくだが、八重だけではなく、諸刃姉さんもこの子に剣を教え込んだように思う。結果、八重以上の剣一筋の性格になってしまったんじゃないだろうか。
たぶん諸刃姉さんの加護ももらっているだろうな……。いや、まだ会ったことがないから予想でしかないけれども。
「どっ、どっ、どうするでござる!? 過去の世界に一人で大丈夫でござろうか……!」
八重がオロオロとテンパっている。気持ちはすごくわかる。わかるけど、唐揚げを箸で突き刺して唐揚げ棒を意味なく作るのはやめなさい。食い意地が張っているのではなく、単にパニくってるんだろうけど。
「落ち着きなよ。君たちがハラハラしても仕方がない」
苦笑しながら声をかけてきたのは二番目のお姉様。八重が唐揚げ棒を放り出して諸刃姉さんの下へと駆け寄る。
「も、諸刃義姉上! しかし、見知らぬ過去の世界に子供一人、危険なのでは!?」
「その子は金ランクなんだろう? なら心配はいらないんじゃないかな。だいたいそう言う八重が修業の旅に出たのっていくつの時だい?」
「せ、拙者は十三と半年ほどでイーシェンを出たでござるが……」
「ほら、さほど変わらないじゃないか。親ならもっと子供を信頼しなよ」
いやいや、子供の二歳差って大きいよ? 神様の感覚だと一瞬かもしれんけど。それにまだ会ったこともない子供を信頼しろと言われても難しいよ。
「いざとなったら【ゲート】で戻ってくるし、時江おばあちゃんの手の者が見張っているだろうから大丈夫だと思うよ」
「時江おばあちゃんの手の者って、前に言ってた時の精霊とかいうやつ?」
僕は地上における精霊王であるが、神々の中では入りたての新神、ペーペーである。同じ神々であっても、精霊にとっては当然ながら時江おばあちゃんの方がキャリアは上だ。つまり、他の神々>>>>僕(新神)>大精霊なのである。
僕も時の精霊とやらには会ったことはない。けっこう精霊たちって勝手気ままに生きてるから、会ったことのない精霊ってたくさんいるんだよな……。
「ま、そのうちひょっこりやってくるさ」
「ぬうう……。生まれてもいないのにもう親に心配をかけるとは……」
諸刃姉さんの軽い言葉に反して、なにやら思い詰めているような八重。あまり考え過ぎない方がいいんだろうな。
え、僕? めっちゃ心配ですが? なんとか【サーチ】で探し出せないか、さっきから試行錯誤してますけれども。
『八重との子供』で検索するとイーシェンを中心にものすごい数がヒットするし。まったく絞り込めない。これって見た目だけで『自分と八重の子供かもしれない』と判断しているわけだろうけど、どんだけだよ。
あとでアリスに聞いたら、子供たち(アリスもだが)の持つスマホには護符と同じ効果が付与してあり、【サーチ】には引っかからないんだそうで……。おのれ、未来の僕め、余計なことを。
「でも八重さんとの子供が冬夜様の初めての子供なんですわね……。なんかちょっと悔しいですわ」
ルーが小さなため息とともにそんな言葉を漏らす。いや、僕としてはその実感があまりないんですけれども。
普通は妊娠期間とかがあって、その子の親になるという覚悟というか、決意というか、そういったものがゆっくりと芽生えていくのかと思ってたんですけど。そんなのすっ飛ばしてしまっているので。
「な、なるほど。拙者との子が旦那様の初めての……。な、なんだかその、嬉しいような、恥ずかしいような……」
僕とは違い、顔を真っ赤にさせてもじもじと照れている八重。なんだよ、おい。うちの嫁さん最高に可愛いよ!
「しかしあれじゃな……。八重の娘が十一歳であろ? わらわと二つしか違わないんじゃが……」
むむむ、とスゥが天を仰ぎ唸る。スゥは十三。下手をするとスゥの方が年下に見えてしまう可能性もあるな。
ううん、スゥが結婚している以上、八重の娘……八雲もやっぱり婚約とかしててもおかしくはないのか……。
ま、まあ、自分よりも強い相手じゃないと結婚しないって言ってるらしいし、とりあえずは安心かな。
未来の世界はわからないが、こっちの世界で金ランクと言ったら僕とヒルダの祖父であるギャレンの爺さんしかいない。
ギャレン爺さんの実力は高いが、今なら八重とかヒルダの方が強いし、おそらく諸刃姉さんの加護を受けているだろう八雲の方が強いと思う。
同等クラスの神の加護をもらってて、金ランク並みの実力がある男なんてそうザラには………………いるな、一人……。
「? どうしたでござる?」
「いや、エンデが『娘さんを僕に』とか抜かしたら一緒に斬りかかろう、八重」
「なぜにそんなことに!?」
可能性がある以上、いくつかの対処法は考えておいた方がいい。一択だが。
僕らがそんな馬鹿な会話をしていると、横ではスゥが決意した目で力強く頷いていた。
「八重の娘ということは、わらわにとっても娘。二歳差とはいえ、軽んじられることのないようにせねばならんな。もっと大人っぽく振る舞わねばならんのう」
「いや、その八雲って子は未来から来ているんだから、大人っぽくというか大人になったスゥを知ってるだろ。無理しないでもいいと思うけど」
「いや、昔から大人っぽかったと思われた方がよい! とりあえず………………。えーっと、どうしたらよいかのう? ユミナ姉様」
スゥがユミナの方に首を向けた。大人っぽくする方法がこれといって浮かばなかったと見える。子供っぽいと言ってしまったらそれまでだが、その天真爛漫なところがスゥの魅力だと思うのだがなぁ。
「大人っぽくと言われても……。ええっと、リーンさん、なにかいい方法あります?」
「え?」
あ、ユミナが丸投げした。最年長のリーンは紅茶を飲んでいた手を止めて、ふむ、とスゥを眺める。おい、ポーラ。真似せんでいいから。
「一番簡単なのは、服、かしら。あとは髪型? 見た目から大人っぽくするというのもアリだと思うし。落ち着いた雰囲気の服を着ているだけでも印象は違うんじゃない?」
「なるほど、服か! それは手軽でよいのう!」
確かに人間、着ている服で印象が変わる。スゥもパーティーの時にドレスなんか着ていると、いつもとは違った印象を受けるしな。しかしそれでもスゥの場合、大人っぽくて綺麗というよりは、可愛らしくて微笑ましい、というイメージかある。
まあ、ドレスのデザインとか色にもによるんだろうけど。けっこうスゥの着るドレスってピンクとか黄色とかポップなカラーが多いような気もするし。
もっとシックな感じにしたら大人っぽく見えるかな?
「冬夜冬夜! わらわに合う大人っぽい服を見繕ってくれ!」
「え? いや、まあ……いいけど……」
見繕えるほど僕にファッションセンスはありませんよ? えーと、こういう時はスマホで検索して……と。
空中投影された服の群れに、スゥだけではなく他のみんなも興味を持ったようだ。
彼女たちが気になった服の写真を、僕は片っ端から保存していく。あとでプリントアウトして、『ファッションキング・ザナック』へ持っていけば、こっちの素材で作ってもらえるからな。
どうやらみんなもスゥの話を聞いて、子供たちに会った時ちょっとはよく見られたいと思ったようだ。これって親の見栄なのかね。
服の映像を吟味するみんなの後ろで、僕は自分の服装を改めて確認する。
「………………」
『お父さんって何年も前から同じの着てたんだねっ!』
グハッ!? 想像の声なのにダメージがでかい!
違うんだ、この服は保護の魔法がかけられていて、傷まないし、汚れもしないから……!
ぼ、僕もちょっと大人っぽい服装にしようかなー……。
妙な焦燥を感じ、僕はメンズファッションのサイトを開いた。




