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異世界はスマートフォンとともに。  作者: 冬原パトラ
第32章 めぐり逢えたら。
471/637

#471 姉のプライド、そして夫婦神。


■13巻発売日更新。






 万神殿パンテオン

 天界の遥か上、神々の住まう神界に存在する聖なる神殿。

 あらゆる神々が集まって、話し合ったり、くつろいだりする……いわゆる集会所のような場所である。

 新入りのぺーぺーではあるが、一応世界神様の眷属でもあり、上級神の資格を持つ僕もこの万神殿パンテオンに入ることを許されている。

 ま、神格は上級神だといっても立場的には一番下なんですけれども。親神(この場合、世界神様)の眷属であるから、必然的にそうなっただけで、自分自身では身分不相応だと感じざるを得ない。

 だから正直、あまり居心地は良くなかったりする。変に緊張するんだよね。当たり前だけど、神様だらけだしさ……。

 万神殿パンテオンの門をくぐると広い中庭のような場所に自動的に移動した。万神殿パンテオンの中はいろんなところが独立して存在しており、そこへ行く決まったルートというものが存在しない。

 慣れていれば一瞬にして目的地に移動できるが、慣れていなければあっという間に迷子になってしまう。

 その中央ステーションというべき場所がこの中庭らしいが、ここからどうやって行けばいいんだ?

 僕が途方に暮れていると、きらめく木々のこずえから、パタパタと一羽のスズメが飛んできて、僕の肩にとまった。あれ、このスズメって……。


「おう、新神しんじん。久しぶりだな、元気か?」

「あ、はい。おかげさまで。えっと、飛行神様……でしたよね?」

「おう」


 一見スズメに見えるが、これでもれっきとした神様だ。以前、花恋姉さんと万神殿パンテオンに来た時に会っている。飛行神ってことは鳥だけに限らず、飛ぶもの全般に関する神様なんだろうか。

 

「一人でここに来るたあ、誰かになんか用事か?」

「ええ。花恋かれん姉さん……あ、恋愛神様に会いに来たんですけども。どこにいるかわかりますか? 万神殿パンテオンにいるとしか聞いてなくて……」

「あー……恋愛神か……。そうか、あれか……」


 スズメ姿の飛行神は器用に片翼で頭を押さえ、首を横に振る。

 え。なんですか、その不安を煽る反応……。


「ま、いいや。案内ぐらいならしてやるよ。こっちだ」


 パタパタと再び小さな翼を羽ばたかせて飛行神は僕の肩から飛び立つ。よくわからないが、とりあえずついていくことにしよう。他にあてはないし。

 中庭に設置されている、真白い石でできたアーチをくぐると、一瞬にして別の風景に切り替わる。先程の中庭はどこかに消え失せ、ガラスでできた螺旋階段が上へと伸びる場所に出た。

 円筒状のガラスの建物の内側に螺旋階段があり、その外側ではキラキラと光る青い液体の中を、色とりどりの魚たちが自由に泳いでいた。え、海底なの、ここ?


「こっちだ。はぐれるなよー、迷子になったらお前一人じゃ帰れないからな」


 なにそれこわい。ひょっとして【ゲート】や【異空間転移】でも抜け出せないとか?

 僕は慌てて飛行神の後を追いかけ、ガラスの螺旋階段を上った。

 よく見ると海(?)の中にも、人らしき者や人魚のような者がいる。あれも神様か、その眷属なんだろうな。

 いや、そこらへんを泳いでいる魚だってそうなのか。ここには神様かその眷属しかいないって言うんだから。……なるべく余計なことはしないようにしよう。

 飛行神に導かれるままに、螺旋階段の上にあったアーチをくぐるとまたしても違う場所に出てしまう。

 今度は薄ぼんやりとした暗い空間で、空には数多あまたの星々がまたたいていた。

 足元は虹色に光る石畳で、真っ直ぐに前方へと伸びている。これのおかげで前を飛ぶ飛行神をなんとか見失わないでいられるな。


「もたもたすんな、こっちだ。あんまり長くここにいると面白がられて絡まれるぞー」

「なにに!?」


 飛行神の言葉にわけのわからない恐怖を覚えた僕は全力ダッシュで闇の中を駆け抜ける。背後の闇から『ちっ』という舌打ちの声が聞こえたが、聞こえてないフリをする。ズリズリとなにかを引きずるような音も聞こえるけど、聞こえないフリをする!

 空を飛ぶ飛行神とほぼ並ぶように闇を走り抜けると、またしても別の場所に出た。ここは迷宮かよ……。

 その後、いくつかの場所を通り抜けながら、出会った神々に挨拶をしつつ、厄介そうな神々からは逃げつつ、やっと花恋姉さんがいるという場所にたどり着いた。


「ここは……」


 鬱蒼と茂る緑の木々に、咲き誇る百花繚乱の花々。美しい小川が流れ、涼やかな風が吹く。精霊の光が溢れる木々のその先には、屋根が半球状のガラス張りになった真白き四阿あずまや──ガゼボがあった。まるでローズガーデンのような庭園である。

 僕がその庭園の見事さに言葉を失っていると、飛行神がパタパタとガゼボの方へと飛んでいってしまった。

 僕も追いかけるように、薔薇のトンネルを抜けてそこへ向かうと、ガゼボの中にあるテーブルで椅子に座り、突っ伏している女性を見つけた。あれは……!


「花恋姉さん!?」


 力なくテーブルに伏す花恋姉さんを慌てて抱き起こす。くたっと脱力した花恋姉さんの顔は青ざめて、目が虚ろに宙を泳いでいた。


「くっ、【光よ来たれ、安らかなる癒し、キュアヒール】! っと、【リカバリー】!」


 回復魔法と状態回復魔法を重ねてかけるが、花恋姉さんの顔色は元に戻らない。くそっ、神族に魔法は効かないのか!?

 いや、僕だって一応神族だ。僕に効くなら花恋姉さんにだって効くはず。まさか神魔毒に……!


「…………と、うやく……ん……」

「喋らないで! 待ってろ! いま世界神様を……!」


 懐から取り出したスマホを持って、抱き抱えた花恋姉さんへと叫ぶ。


「ごはん……食べたい……」

「…………………………」

「…………っ、あいたッ!?」


 抱き抱えた手を離すと椅子の背もたれに後頭部をぶつけた花恋姉さんが悲鳴を上げる。

 おい待て、コラ。ごはんって、空腹なだけか!?


「どういうことか説明してもらえるかなぁ……?」

「もう何日もなにも食べてないのよ! もう限界! 神だから食べなくても死なないけど、地上で食事の美味しさを知った私には耐え難い苦痛なのよ! ってなわけで、お姉ちゃんになんか食べ物よこすのよ!」


 ふざけたことを抜かす姉を無視して、テーブルの上にいる飛行神様に深々と頭を下げる。


「あ、飛行神様、お世話になりました。僕、帰ります」

「ダメなのよ! 帰っちゃダメなのよ! 見捨てないでええぇぇ!」

「あーもう! わかったから服を放せって!」


 泣きながらコートにしがみついてきた花恋姉さんを振りほどき、【ストレージ】からとりあえずルーの作った料理をいくつか取り出した。美味しそうな匂いが辺りに立ち込める。


「やったのよ! 冬夜君デリバリー成功なのよ! いただきまーす!」


 歓喜に満ちた表情で置かれたスプーンに手を伸ばす花恋姉さん。今泣いたカラスがもう笑う。やっぱり嘘泣きか、こんにゃろう。


「お前……。苦労してんだなぁ……」


 やめて。そんな憐れむような目で見ないで。

 飛行神の視線に耐えられなくなった僕は、ため息とともにガラス越しに見える空を見上げた。



          ◇ ◇ ◇



「で? 結局ここでなにをしているんだ?」

「昇神試験の最中なのよ」

「しょうしん……?」


 え? 昇進じゃなく? 


「神格を上げるための試験だ。神格は上級神、中級神、下級神と分かれちゃいるが、今はお役目ごとに分かれているだけなんだよ。昔は厳しい上下関係があったそうだけど、『今時それってどうよ?』ってなってな。今は上の方がちょいと優遇されるくらいで、基本的にあんまり差はねえんだ。……どうでもいいけど、美味うめェな、これ! ついばむのが止まんねー!」


 カカカカカッ! と、皿を連打するように説明してくれた飛行神がくちばしを鳴らしながらルーの料理を食べていた。ちなみに食べているのはオムライス。結果、飛行神はケチャップまみれになっていた。まるで血塗れスズメだ。


「その昇神試験に合格すれば神格が上がるの?」

「一応な。でもここ数万年、受けるやつなんかほとんどいなかったぞ? 従属神からの昇神とは違って、そんなに待遇が変わるわけでもないし、試験は面倒なのが多いし」


 うーむ……わからん。いや、昇神試験がどうこうじゃなく、なんでそんな面倒なことを面倒くさがりの花恋姉さんが受けようと思ったのかがわからん。

 わからんので思った疑問を正直にぶつけてみると、花恋姉さんはオムライスを食べる手を止めて、カツカツとスプーンで皿を叩き始めた。なに? その言い出しにくそうな表情は。


「……冬夜君、世界神様に神族として認められたでしょう?」

「うん」

「いずれあの世界の管理を任されるってことは、ひとつの世界を担当するお役目をもらうってことで、それは紛れもなく上級神の仕事なのよ。つまり……このままじゃ冬夜君はお姉ちゃんより偉くなっちゃうのよ!」

「……は?」


 ……このお姉様ってば、なに言ってんの? 


「お姉ちゃんとして弟より下なんてのはダメなのよ! ここはひとつお姉ちゃんの実力を見せつけて、冬夜君と同じ上級神の神格を取ってやろうと……あいたっ!?」


 熱弁を振るい始めた花恋姉さんの頭にズビシッ! と、チョップをかます。


「何日も姿を見せないし、連絡も取れないから心配していればそんな理由か! くだらなすぎて言葉もないわ! 言葉もないわ!」

「なんで二回!?」


 確かに僕は世界神様の眷属なので、神格だけなら上級神クラスらしいが、立場としては今いる神様の中で一番下だ。ちゃんとした上級神と認められるには世界神様の話だと一万年ほどかかるらしい。つまり、それまではあくまで『新神しんじん』であり、ペーペーなわけで。

 僕と花恋姉さん、どちらが上かと尋ねれば、神様全員が花恋姉さんだと答えるだろう。

 見ろ。飛行神様も呆れた目で見ているじゃないか。


「うう……。お姉ちゃんの威厳が……」

「そんなものは初めから無い!」

「言い切った!? あるのよ! ちょびっとくらいはあるのよ!」


 まったく……。余計な心配をかけさせるなっての。これなら諸刃姉さんの言う通り、ほっといてもよかったか。

 神格と神の地位は別物で、比べられるものじゃない。まあ、神格によって責任は重くなってくるみたいだけどさ。

 理由はわかった。さて、とりあえずこの馬鹿姉をどうするか。ユミナたちも心配しているし、無理矢理にでも連れて帰りたいところだが……。


「で、その試験ってのはいつ終わるの?」


 ため息をつきつつ僕が尋ねると、花恋姉さんは顔を歪めて苦痛の表情を浮かべた。……なんなの? というか、そもそも試験内容ってどんなんだろう?


「もう終わりにしたい……。終わりにしたい……んだけど、こればっかりは二人が納得しないと終わらないのよ……」


 ブツブツと口にしながら虚空を見上げた花恋姉さんが、機械のようにオムライスを口に運ぶ。目に光が無くなってるんですけど……。なにがあった?

 オムライスを食べるだけのマシーンと化した花恋姉さんの代わりに、ケチャップだらけの飛行神が答えてくれた。あーもう。気になるからハンカチで拭いてあげた。


「昇神試験ってのはな、大抵は自分の得意分野で『こういうことができる』って能力を示す場合が多いんだ。神格を上げるってのは、自らのランクアップを証明するようなものだしよ。で、恋愛神の場合だが……」

「花恋姉さんの場合……ってえと、恋愛事、ですか?」

「おう。喧嘩中の夫婦神がいてな。簡単に言えばその仲裁に入って、事を丸く収めれば合格、失敗すれば失格、ってなことなんだが……」


 なるほど。仲直りの手伝いってわけか。確かにそれは恋愛神としての力が問われるな。

 僕が感心していると、薔薇の茂みの奥から言い争う男女の声が聞こえてきた。だんだんとこちらに近付いてくる。ひょっとして喧嘩中の夫婦神か?


「っ、来たのよ……!」


 花恋姉さんがカランとスプーンを取り落とし、苦痛に満ちた表情を浮かべる。


「おっと、そ、そんじゃオイラはここで。じゃあな、新神しんじん。また美味いもん食わせてくれよ!」

「あっ、飛行神! 逃げるなんてズルいのよ!?」


 慌てた飛行神がガゼボからパタパタと飛び去っていく。あからさまに逃げたけど……なに、その夫婦神ってそんなにヤバい奴らなの!?

 僕が内心ビビっていると、茂みの奥にある石畳の道から、一組の男女が姿を現した。


「おい、恋愛神! この堅物になんとか言ってやってくれ!」

「恋愛神! この軽薄男になんか言ってやってよ!」


 怒鳴りながらバンッ! と花恋姉さんがいたテーブルを叩く神二人。怖っ。これが話に出てきた夫婦神か。

 男の方は日に焼けた赤銅色の肌を持ち、いかにも体育会系といった、筋骨隆々な偉丈夫だった。

 サファイアのような碧眼に短い金髪、古代ローマ人の着ていたようなトーガ風の青い衣装を身に纏い、その足には黄金のサンダルを履いている。

 女の方は黒髪ロングに色白とした女性で、どちらかというと美人系のタイプだった。整った顔立ちにはしばみ色の目、和服に似たような白地の服に紺地の帯を巻いてはいるが、足元は黒革のブーツだ。


「えっとぉー……。と、とりあえず、二人とも落ち着いてなのよ。まずは冷静になって話し合いを……」

「あれからずっと話し合っちゃいるが、こいつがまったく聞く耳持たん! 話にならんわ!」

「なに言ってんのよ! 人の話を聞かないのはあんたの方でしょうが! なんでもかんでも否定して、まるで子供のワガママだわ!」

「なんだと!?」

「なによ!?」


 睨み合いながら口論を続ける二人に圧倒されて僕はなにも言葉をかけられなかった。はっきり言って怖い。うちの父さんと母さんも夫婦喧嘩はしたが、父さんが折れるか、母さんがすぐ謝って、長くは続かなかったし。


「えっと、花恋姉さん、この二人が……?」

「海洋神と山岳神なのよ……」


 花恋姉さんがゲンナリした顔で男神と女神を指し示す。ははあ、海の神様と山の神様か。

 てっきり海の神様の方が女性かと思ったら逆だった。よく『母なる海』とか言うからさ。

 でもギリシャ神話で有名なポセイドンとかも男神だし、別におかしくはないのか。

 山の神様の方も『山男やまおとこ』とか男性のイメージがあったけど、『大地母神』って言葉もあるしな。あんまり気にすることでもないか。


「海の神様と山の神様が夫婦なのか……。まったく反り合わない気がするんだけど……」

「普段は仲のいい夫婦神なのよ。でも一度こじれるとどっちも意地っ張りだから……」

「「意地っ張りなのはこいつだけ(だ)(よ)!!」」


 ステレオで怒鳴られた。こりゃ確かにしんどそうだ。まあ、そうじゃないと試験にならないんだろうけど……。


「だいたいお前はいつも辛気くせえ山に篭ってるから考え方が古くせえんだ。もっと海のように大らかにだな……!」

「はっ! 考えなしのクラゲみたいに、あっちにフラフラ、こっちにフラフラしてる男に言われたくないわね。ほんとしょっぱい男!」

「なんだと!?」

「なによ!?」


 おいおい、エンドレスかよ……。どっちも相手の話を聞く気がないんじゃまとまるものもまとまらんだろ……。


「「恋愛神はどう思う!?」」


 睨み合っていた顔を、ぐりんと九十度回転させ、二人の視線が花恋姉さんへと向けられる。背後に燃えるような炎のオーラが見えた気がした。神の怒りってやつか?

 話を振られた花恋姉さんが引きつった笑顔で口を開く。


「ああ、えーっと……あ、冬夜君! 同じ既婚者として、二人にアドバイスしてあげてほしいのよ!」

「はぁ!?」


 ちょ、なんでこっちに振る!? これってば花恋姉さんの試験だろ!?


「恋愛神、こいつは?」

「地上での私の弟なのよ。ほら例の新神の」

「ああ、世界神様の眷属になったっていう? 既婚者だったのね。それなら話が早いわ」


 いやいやいやいや! ちょっと待てって! 確かに僕は既婚者だけど、正直言ってほとんど夫婦喧嘩らしい喧嘩もしたことがないんですけども!

 大抵は僕が謝って終わるし、数で来られたら勝てないしなあ……。


「お前も男ならわかるだろ!? 女房は旦那の意を汲んで自ら動くべきだよな!」

「はあ!? 『アレ、持ってこい。アレだよアレ』じゃ、念話でも伝わるわけないでしょうが! ちゃんと名称を言いなさいよ!」

「そこを察するのが女房だろうが!」

「私、アンタのお母さんじゃないから無理! ねえ、こいつ何かしてもらって労いの言葉ひとつもないのよ!? どう思う!?」

「あー、そうですねぇ。ありがとうの一言くらいは欲しいところですよねぇ……」


 山岳神に意見を求められて、若干引きながら答える。僕もちゃんと言えてたかな……? なるべく言うようにはしてたけど、疎かにしてた時もあったかもしれない。

 僕に同意されてドヤ顔になった山岳神に、海洋神が舌打ちする。


「そうやってお前が細かいことをネチネチネチネチ言ってくるから言う気もなくすんだよ! 何万年も前のことを未だに蒸し返たり……。何度謝らせりゃ気がすむんだ!? いい加減にしてくれ!」

「あー、確かに。もうすでに終わったことを何度も言われてもねぇ。今さらどうしろって話で……」

「だろ!?」

「ちょっと! あなたどっちの味方なのよ!」


 いや、どっちの味方でもないですけれども。

 目の前で火花を散らし、言い争う二人。意見を求められてどちらか寄りに答えれば、もう片方に責められる。理不尽だ。

 愛想笑いと『まあまあ、落ち着いて』という仲裁の繰り返しに、精神がゴリゴリと削られていく。

 っていうか、なんで僕がこんな目に遭ってんの!?

 元凶である花恋姉さんの方を盗み見ると、我関せずと残ったオムライスをぱくぱくと片付けていた。おいこら、お姉さまァ! アンタの試験でしょが!

 ちょっと殺気を覚えた僕の肩越しに、山岳神がテーブル上のオムライスに目を向ける。


「……恋愛神、さっきからなに食べてるの? なんか美味しそうね?」

「それってアレか? 地上の食いもんか?」


 興味深そうに二人が花恋姉さんの皿を覗き込む。

 ああ、そうか。神様は食べなくても死なないし、神界には『神酒ネクタル』や『神蜜アムリタ』、『神の果実(アンブロシア)』など完全なる食べ物があるせいか、神界の料理は地上の料理とはまったく違った食べ物なんだっけ? 珍しいのかな?


「調理神のやつが自分の研究室キッチンに閉じこもって何万年も出て来ねえから、地上の食いもんなんて久しぶりに見たな……。おい、これってもうねえのか?」

「ありますけど……ああ、そうですね、食事にしましょう! お腹が空いてるとイライラしますからね!」


 海洋神の問いかけに僕は殊更大きな声でそう言って、【ストレージ】からオムライスを含めた何品かをテーブルの上に並べる。とりあえず今は喧嘩する相手から気をそらしとこう。


「おお……!」

「美味しそう……!」


 ガッツリ系からあっさり系まで、なるべくいろんな種類を取り揃えてテーブルに並べる。興味を引いたのか、二人は言い争いをやめ、それぞれ椅子に座って目の前の料理に手を伸ばし始めた。

 ……ふう。根本的な解決にはなってないけれど、食べ物でこの言い争いが一時的にでも止まるのなら安いものだ。

 しかし、どうやって仲直りさせればいいのやら……。



          ◇ ◇ ◇



「はい、あなた。あ〜ん」

「ん! 美味い! お前から食べさせてもらうと美味さが増すな!」

「やだもう! 恥ずかしいじゃない……」


 僕は目の前で繰り広げられる甘ったるい言葉の応酬に、手にしたコーヒーを口に含んだ。ブラックのはずなのに甘い気がする……。


「これも美味いな! 山の恵みが溢れる山菜が最高だ! お前のような優しい味にホッとする……」

「あら、こっちの海鮮料理も美味しいわよ? 海が育んだ旨味が凝縮されているわ。深みのある大人の味で素敵よ」


 口に含んだコーヒーを全部吐き出してしまいそうなイチャイチャした会話に耐えて、なんとか飲み込む。

 苦味を。僕にもっと苦味をくれ……。


「いったいどういうことなんだ……?」


 二人とも料理を食べ始めると、それぞれに意見を話し始めた。初めは『美味い』という共通の意見をお互い勝手に述べているだけだったのだが、そのうちお互いの食べているものを相手に勧めるようになった。そしてその料理について楽しげに会話をするようになったかと思ったら、あっという間にこの甘々空間が形成させていたのだ。


「もともとは仲のいい夫婦神なんだよ。長引くと思ったが、今回の夫婦喧嘩は短かかったな。さすが恋愛神だぜ」

「私、なにもしてないのよ……」


 いつの間にか舞い戻ってきていた飛行神が、今度はミートソースまみれになりながら僕の疑問に答えてくれた。なに? トマト系が気に入ったの?

 花恋姉さんは花恋姉さんで、疲れた目をしながらストローで果実水を飲んでいる。なんとも言えない虚しさを感じているとみた。そりゃそうか。あれだけ苦労してた問題が勝手に解決してしまったのだから。

 結局、放っておけばよかったってことなんだろうか。『夫婦喧嘩は犬も食わない』とはよく言ったものだ。


「やっぱりお前は最高だな!」

「もう! あなたったら!」


 目の前でのイチャイチャ劇を見ているとさっきまでのアレはなんだったのかと僕も虚しくなってきた。よくもまあ、ここまでラブラブ光線を放ちまくれるもんだ。素直に感心する。周りの人たちも大変だよな……。

 そんなことをつぶやくと、花恋姉さんが呆れたような顔をしてこちらを見ていた。え、なに?


「なに言ってんの。冬夜君たちもあんな感じなのよ? ……自覚ないって怖いのよ」


 なん……だと……?

 え、あんな感じなの、僕ら……。確かにハグしたり、挨拶代わりのキスとかは増えた気はするけど……。そんな人の目を気にしないほどだったかな……。

 えーっと…………してないな。うん。結婚したんだから別にいいだろって考えてた気がする。


「まあ、新婚さんなんだからラブラブなのは仕方ないとは思うけど」

「だよね! 仕方ないよね!」


 新婚だからラブラブなのは仕方ない! 仕方ないのだ!

 なぜか火照ってきた顔を誤魔化すように、僕は残りのコーヒーを一気に飲み干した。









■『異世界はスマートフォンとともに。』13巻本日発売です。表紙はエーテルビークルですが登場は次巻です。(^_^;)

ルナ・トリエステの操る、紫の『王冠』ファナティック・ヴィオラが登場。よろしくお願い致します。



挿絵(By みてみん)



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■スラムで暮らす私、サクラリエルには前世の記憶があった。その私の前に突然、公爵家の使いが現れる。えっ、私が拐われた公爵令嬢?
あれよあれよと言う間に本当の父母と再会、温かく公爵家に迎えられることになったのだが、同時にこの世界が前世でプレイしたことのある乙女ゲームの世界だと気付いた。しかも破滅しまくる悪役令嬢じゃん!
冗談じゃない、なんとか破滅するのを回避しないと! この世界には神様からひとつだけもらえる『ギフト』という能力がある。こいつを使って破滅回避よ! えっ? 私の『ギフト』は【店舗召喚】? これでいったいどうしろと……。


新作「桜色ストレンジガール 〜転生してスラム街の孤児かと思ったら、公爵令嬢で悪役令嬢でした。店舗召喚で生き延びます〜」をよろしくお願い致します。
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